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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第二章・新しい生活
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3.さくらえんと寮

 車は細い道路を走り、住宅街を抜けていく。並んでいる住宅はどれも綺麗で、真っ白な外壁に小奇麗な門壁が続く。


 やがて車は小さな保育園の前で減速し始めた。周りと比べ、少し古いその建物の屋根には『さくらえん』と看板が出ている。今日は休みなのか、園内の外やガラス張りの建物の中には人の気配を感じられない。


「ここがさくらえん。でも私達が住むのはここじゃなくて、この裏なんだけどね」


 車はそのまま保育園の前を通り過ぎ、すぐに左折して、保育園の横を通り過ぎる。保育園を抜けるとすぐに車は停車する。秦の前にさくらえんよりもさらに古い一軒家がポツンと建ってあった。

 どうやら、戦後すぐに建てたものなのだろう。


「ここが、瑠璃ちゃんの暮らす……?」


 思わず声を濁す秦に瑠璃は「あはは」と苦笑いする。代わりに裕子が答える。


「元々はさくらえんの保育士の寮でしたが、使われなくなりましたので孤児院として使っております。現在は別の院が出来たので、もう新しい子供は来ませんが」


「そう、今は妹と弟と三人だけだったの。でも、これから秦君も慶太君も住むから、にぎやかになるね」


 車を降り、秦はさくらえんを見上げる。ごく普通の古い一軒家だ。日焼けしてくすんでしまったクリーム色の外壁に同じく日焼けした黒い瓦屋根。門の奥に見える玄関の脇には学生自転車が三台並んでいる。

 玄関のタイルも所々ひび割れている。少し驚いている秦を尻目に、慶太は周囲を見回している。


「それじゃあ、中に入ろうか」


 玄関を開けると汚れた小さなサッカーシューズと同じくらい小さな学生用の靴が脱ぎ散らかっていた。ホールに張られた木目調のフローリングは少し傷み、日焼けで色褪せている。


 瑠璃は「もう、あの二人はぁ」と文句を呟きながら靴を並べる。


「ただいまー」


 玄関から階段に向かって大きな声を上げる瑠璃。


「おかえりー」


 二階から二人が同時に聞こえる。恐らく、美咲と健太という姉弟の声だろう。少ししてドアが開く音が聞こえ、二人分の足音が玄関に響いてくる。


「瑠璃姉、アメリカどうだった~? お土産とかあるの……って」


 階段を降りながらはしゃいでいた女の子が途中で秦達に気付き、立ち止まる。その後ろを女の子よりも少し背が低い男の子が同じように立ち止まる。


「裕子……さんと、だれ?」


 ボブカットに少し頬が丸いその女の子はこちらを訝しげに睨む。右耳にはイミテーションだろう、ガラス製の星形のイヤリングが揺れている。

 その後ろではスポーツカットで丸い目をした男の子が興味津々に見つめている。


「紹介するね、この人たちは私の……」


 瑠璃が紹介するのに一瞬ためらう。すかさず慶太が一歩前に出る。


「ボディガードチルドレンの横山慶太です」


「同じく俺も。名前は波喜名秦」


 突然の事に目を大きく開けて固まる二人。無理もないだろう。


「ぼでぃがあど、ちるどれん?」


 男の子が口を金魚のようにパクパクさせる。


「えーと、それで手前の子が美咲(みさき)。奥の子が健太(けんた)


 美咲は何も言わずに秦と慶太を交互に見ており、健太は「ど、どうも」と小さく頭を下げた。


「うーん、とりあえずその、長い話になるから、リビングに行こう、ね」


 瑠璃の提案により、12畳ほどの広さのリビングに招かれ、少し古ぼけたダイニングテーブルに座った。



 ― ― ― ―



 ダイニングテーブルを皆で囲うと、瑠璃は話し始めた。父親に会ったこと、その父からボディガードチルドレンを付けられたこと、帰り際に命を狙われたこと。そして、今後の生活において何かしらの支障が出来ること。

 瑠璃が説明し、細かいところや補足などを裕子が付け加える。美咲と健太もそうだが、秦と慶太も二人の話を聞いていた。


「それで、これから危険があるってこと?」


 美咲が怪訝そうに呟く。


「そうなります。突然のことでございますが。もし出来ることなら、丘野(おかの)さんも萩原(はぎわら)君も別のかえでいんへの転居を……」


「わたし、あそこは嫌っ!」


 裕子の言葉を遮るように美咲が怒鳴る。丘野は美咲の名字だろう。萩原は健太の名字だと今初めて知った。


「そんな急な話、私は全然知らないっ!だから、私は絶対にあそこには行かないっ!でしょ、健太!?」


 思わず健太に振る。健太は戸惑いながらも、鋭い美咲の視線に負け、「う、うん」と弱気な返事を返す。


「で、でも美咲。もし二人にも危険な事があったら……」


「そしたら、その二人が守ってくれるんでしょ?」


 困った顔の瑠璃に美咲が不機嫌そうに秦と慶太を指差しながらいう。慶太が背筋を伸ばし、組んでいた腕をダイニングテーブルの腕に乗せる。


「しかし、私達の依頼は……」


「わかったわ。美咲がそう言うなら、そうしましょ」


 慶太の言葉を遮り、瑠璃はいう。突然の言葉に戸惑いを露わにする慶太。


「ね、それでいいでしょ?」


 瑠璃は裕子と秦、慶太をそれぞれ見つめる。慶太はため息を吐き、口を開く。


「しかし、わた……」


「お嬢様がいうなれば、仕方ありません」


「瑠璃ちゃんがそう言うなら、そうするしかないな」


 裕子と秦が賛同する。慶太は「なっ!?」と漏らしたが、バツが悪そうに渋々「わかりました」と言うと、しばらく眉間に皺を寄せる。


 三人の賛成に納得したのか、今度は美咲が眉間に寄せていた皺を解いた。それを見た裕子は席を立ちあがる。


「それでは、私は仕事があるのでこれで失礼させて頂きます」


「そう……ですか」


 瑠璃が呟く。少し視線が俯くのは、きっと裕子にもっといて欲しいからだろうか? なんとなく、秦はそう思った。


「私は定期的に様子を伺いますので。それから横山様、波喜名様」


 二人に向き直る裕子。


「お二人の荷物はこれから配達させて頂きます。そしてその中に緊急用の携帯端末も用意しておりますので、何かあればそれをお使いください。」


 二人は「分かりました」と返し、「失礼させていただきます」という彼女の背中を見送った。


 リビングに残された四人の中には妙な緊張感だけが残った。なぜだか、皆すぐに口を開けない。慶太はどこか不機嫌になったので別だが。


 少しして、その空気を払拭させようと瑠璃がパンと両手を叩いた。



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