2.桜陽島
長い時間を掛け、飛行機は新潟空港へと着いた。燦燦とした陽射しに恵まれ、遠くでカモメが羽ばたくのが見える。
飛行機は本来行くべき一般搭乗口へは回らずに滑走路の外れへと回った。やがて滑走路から外れたところで止まる。
前回の襲撃もあり、秦達は警戒しながら飛行機のドアを抜ける。既にタラップ車が回されており、タラップの先には乗客を運搬する小型バスが回されていた。こちらも裕子が手配していたようだ。慶太を先頭に周囲を警戒しながらバスへと乗り込む。
三人を乗せたバスは空港ロビーへ案内される事無く、滑走路からそのまま職員用の通用口を通り、そのまま駐車場へと回された。
バスは駐車場を進むと既視感のあるSUVの横で徐行し始め、そして停車した。
まさかとは思ったが、SUVの運転席のドアが開き、そこから裕子が降りてくる。いつの間に日本に先回りしていたのだろうか? 三人がバスから降りると裕子が口を開いた。
「長旅お疲れ様ですお嬢様」
相変わらずキビキビと話す裕子。日本のキャリアウーマンとは、皆こんな感じなのだろうか?秦はどうでもいい事を考える。
「八木さん、いつから日本に?」
「本日の午前中には戻っておりました。なにぶん、前回の一件もありますので私がお送りしなくてはならないかと」
瑠璃は少し困惑しながら「そう…ですか」歯切れ悪そうに言う。
「さぁ行きましょう。お二人も特に問題はありませんね?」
せかされるような言い方だったが、裕子に反対する理由もない二人は黙ったまま頷き、車へと向かう。
助手席に慶太、後部座席に秦、瑠璃と乗り込み、裕子が車を出す。
車が走り出すとどこか妙な緊張感が流れる。それは裕子が出すキビキビとした無駄のない動きのせいなのだろう。誰も一言も話さないまま車は進んでいく。
― ― ― ―
車内は無言のまま、海沿いの幹線道路を走り、山を二つ越えた。空港を出てから一時間も経った頃だろうか?
深く青い日本海の中にポツリと浮かぶ大きな島が見える。島の北側は小高い森林となり、そこにポツリポツリと建物が点在するのが見える。どうやらあれが青海学園のようだ。南側にはいくつもの建物が見え、企業が入ってるであろう高いビルが見える。そしてそれに繋がるように続く大きな橋。
「あれが、桜陽島」
秦の隣で瑠璃がぼそりと呟く。秦もまじまじで窓の向こうにそびえるその島に目を向ける。海岸線などはなく、切り立った斜面に白波が打ち付けている。
「リゾート地って感じじゃあねぇな」
少し遠くにコンクリートで出来た橋が見える。少し古びた橋で、他に島を繋ぐものはない。どうやら、あの橋だけが島と本島を繋ぐ生命線のようだ。
「島の反対側に砂浜はあるけど、潮の流れが速くって遊泳禁止になってるよ」
瑠璃が生い茂る森の向こうを指をさす。
「ほら、あの森の中にあるのが私の通う青海学園で、その奥には有名な神社があるの。さらにその奥に浜辺があるんだ」
言われた方に目を向けるが、木々の間から見える学園のクリーム色の建物しか見えない。秦は「へぇー、そうなんだ」と呟き、そこを数秒ほど見つめる。
車はそのまま進み、桜陽島の橋の前の交差点まで進む。二車線道路の橋の先には意外なほど島が発展しているのがよく分かる。道路はメイン道路となって島の中心を走っており、道路沿いには二、三階建ての雑居ビルが建っている。
一階には商店が入っており、のぼりが歩道沿いに並んでいる。そして通りの右側、つまり北東側には企業ビルとショッピングモールが見える。その反対側の西南は住宅街となっている。
「こうしてみると結構広い島だな」
秦がぼそりと呟く。元々が軍事拠点の為に使う予定だった島だ。それにしては広大過ぎる。
「そうだよ。島の中にはスーパーもあるし、ショッピングモールもあるから、ある程度の物は島の中で手に入るよ。でも、映画館とかはないんだよね」
瑠璃が楽しそうに言う。確かに、この島ならば不自由はすることはなさそうだ。
車はそのまま橋を進む。途中、島の橋の下付近に打ちっぱなしのコンクリートの外壁に目がいった。コンクリート壁には小さな穴が空き、ところどころ縁が欠けている。風化による破損ではないだろう。恐らく、アジア戦争時に建設された塹壕の跡地だろうと推測した。
橋を渡りメイン通りを進む。商店がいくつも並び、のぼりにはポップな字体で『蒸しカニ』や『鮭』と書かれている。
「この辺は海が近いから、魚とかカニとか一杯取れるんだよ。でも、港は全然遠いから、取れたてってわけじゃあないけど」
ツアーガイドのように瑠璃が説明する。「へぇ~」と秦は返し、商店内外で買い物をする人々を見つめる。
車は島の中ほどの所で交差点の赤信号に捕まり、停車する。正面を向き、遠くを見るとメイン通りは丁字路になっており、左右に分かれている。丁字路の突き当りには大きな白い看板が立っており、『青海学園入り口→』と書かれている。
青信号になり、車は左折して住宅街へと進む。