1.日本へ
志摩が仕組んだ襲撃から三日後。
三人は裕子の手配により面倒な事件聴取や今後の裁判などは出ない事となり、日本へ向かう飛行機に乗った。
秦と慶太は改めて大企業の力に驚いた。公共機関である警察を丸め込めるほどの力があるという事は、この大企業は政界にどれほどの権力を持っているのだろう? 秦は手に持つヤダナギコーポレーションの傘下にある企業が出す炭酸飲料を飲みながら考える。
飛行機は裕子の手配したジェット機は貸し切りで、おまけに席はVIPルームだ。他に乗客はいない。
客室乗務員も、裕子が準備した名簿に登録した者であり、身分証明は間違いないそうだ。
「なんだか、金持ちになった気分だ」
秦がボソリと呟くと、隣に座っていた瑠璃が「そうだね」と頷く。
あれから瑠璃も塞ぎ込んでいたが、飛行機に乗ってからは少し落ち着きを取り戻したようだ。けれども、今の待遇にはやはり慣れてはいないようだ。
「やっぱり、なんだか落ち着かないね」
座り心地の良い椅子がどこか窮屈そう感じるのか、瑠璃はそわそわとしている。無理もないだろう。秦だって、今まで生活してきた中で、飛行機のVIP席なんてテレビの中でしか見た事ないのだから。
一方でその瑠璃の横では、裕子に手配してもらった書類に真剣に目を通している慶太がいた。その書類にはこれから自分達が身を置く新たな生活の場所が記載されている。
秦も片手に持ったその書類に目を通す。
桜陽島
それは過去に起きたアジア戦争によって生まれた新潟県沖の人工島。
本島から800メートルの橋を渡ったその島は、侵攻した中北軍が港湾施設を併設した軍事基地を置き、兵士家族用の住宅なども建設する予定だった。だが工事事態が大掛かりであり、更に日本や米軍の反撃の速度があまりにも早く、基地建設前に中北軍は撤退した。
そして停戦後、日本が残った設備を使い、新しい島へと姿を変えた。5000人以上の住民が28年もの間で移り住んだ。
住宅施設だけではなく、大きな商業施設や企業などもあり、観光雑誌などでも取り上げられた。雑誌の『住みたい街ランキング』の20位以内には入るらしい。
そして瑠璃が住んでいるのは島の中に出来た『さくらえん』という小さな孤児院であった。保育園と兼ねており、決して大きくない一軒家に瑠璃を含め三人の子供が住んでいる。もちろんスポンサーはヤダナギコーポレーションだ。どうやら、瑠璃は鼻っから父の会社の元で暮らしていたのだ。
続いて今度は瑠璃が通学する青海学園。
小中高一貫の私立学園で、元は戦争孤児などの身寄りのない子供を支援する為に作られた学校であり、子供たちに大きく、広くて清い海原のような心を育んで巣立って欲しいという名前を付けられた。
現在では周囲に馴染めない子供や何らかなの事情で、普通の学校に通えない子供などを優先的に受け入れている。そのため学生寮の設備や奨学金制度なども充実している。おかげで生徒数は2000人も超えるマンモス校となった。
つまり、島の4割は学園の生徒なのだから驚きだ。だが、瑠璃の話では本島の方から通う生徒もいるので、全員が島の住民ではないようだが。
学校の案内図を見たが、広大な敷地に小学部、中等部、高等部の校舎に三つのグラウンドと三つの体育館が点在する。少し離れた所に学生寮があるらしく、そこでは中等部や高等部の生徒が生活しているらしい。
そして秦と慶太も裕子の手続きにより、この学園に入学する予定だ。
秦が瑠璃を飛ばして慶太に話しかける。
「どうだ慶太。これから新しい生活が始まるんだぜ」
得意げな顔をする秦に慶太が目をやる。顔色ひとつも変えず慶太が返す。
「……それで?」
「それでって……。お前、なんかこう……わくわくとか、緊張とかしないわけ?」
慶太は首を傾げ、「いや」と言う。
「確かに見慣れない土地だが、それに順応し、地形を適切に読めるようにするのも任務のうちだからな。高揚とか、そういうのはないだろう」
さらりと言い切る慶太。秦はやれやれとうんざりとした手ぶりを見せる。
「お前にはなんか楽しみはないのか?」
「俺達が向かう目的を忘れてないか? 俺達は護衛だ」
慶太の疚しさも何もない目が秦を見つめる。
「そりゃあそうだけど……。お前、ずっとそんな調子で生活するのか?」
「俺はいつもこんな感じだ。むしろ、そんな悠長なままでやっていけると思うのか?」
見下すように淡々と話す慶太にどこかムキになる秦。
まるで水と油のような正反対の二人のやりとりをに瑠璃は安堵しつつ、面白おかしく守っていた。
銃を撃ち、誰かを組み伏せる力を持っていても、二人は思春期真っ只中の男の子だと思ったからだ。