1.ボディガードチルドレン
幼気な子供に訓練を受けさせる事に最初は戸惑っていたバーンズであったが、今ではもう慣れっこだ。毎年のように、今年の卒業試験を受ける生徒たちの名簿を机に並べる。
何枚もある生徒の中から一枚の生徒を見つめる。今期で成績優秀だったのはアメリカ国籍の日本人の横山 慶太。15歳。
黒い瞳にキリッと上がった目尻に少し腫れぼったい瞼のせいで、その瞳はカミソリのように鋭く見える。少し痩せた頬と、小さな鼻、綺麗に通った鼻筋はなかなか悪くない。瞳と同じくらい真っ黒の髪を短く切り揃えている。
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13歳からの入学の為に、ジュニアハイスクールのカリキュラムと同時進行で授業を受けた。慶太の他にもジュニア系のボディガード・チルドレン志望の子どもは30人いたが、現在までに残ったのは僅か14名。残りは途中で挫折したり、中間課題などをクリア出来ずに再教育となった。
残った13名も優秀と言えるが、この慶太は別格であった。
ジュニアハイスクールでの成績は志望する日本語の読み書きを抜けば優秀だし、ボディガードに必要な基礎体力訓練も合格基準ラインを軽く超えていた。銃の扱い方や格闘術も、他の教官も吃驚するほど熟練していた。
銃の操作や撃ち方は、かつてバーンズがアメリカ軍の訓練で受けたものと瓜二つであり、格闘術も教えていないのにCQC※の基礎をすでに取得していた。加えて格闘技術の動きは陸軍格闘術というよりも、CQCの基礎となったマーシャル・アーツに似ていた。
本人に尋ねた所、「軍に在籍していた叔父に教わった」と答えた。そこで慶太の過去の経歴を調べると政府長官の養子となっており、更に深いところまで探ろうとしたが彼の出生に関するデータは出せなかった。その後は敢えて詮索しない事にした。
本格的な実践訓練でも慶太は他の生徒を凌駕していた。
敵役として襲撃する生徒を、彼は素早く状況を判断し、瞬く間に一蹴した。また、奇襲攻撃の予測なども完璧だった。チームメイトを的確に動かし、護衛者の死角をほぼ埋めた。その指揮はまるで現役の軍人が生まれ変わったようだった。
強いて、そんな慶太の問題を挙げるとすれば護衛対象者の安全優先よりも、その場の敵を排除する事に集中してしまう傾向があるぐらいだ。
ボディガードにおいて大事な事とは、脅威の排除ではなく、護衛者を安全な場所へと逃がすことだ。その点を注意すると彼は改善に努めた。だが癖は抜けず、どうしても襲撃者が現れると護衛者を庇うよりも前に銃を抜いて応戦する癖が強かった。だが、その銃を抜いてからの射撃までの速さは誰にも負けず、護衛者を完璧に守り切る程だ。
彼ほどの実力があればボディガードにするのはもったいない。彼には軍の入隊の方がより似合っているし、実力を発揮できるはずだ、とバーンズは何度も思う。
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資料をめくり、今度はハイスクール系の生徒たちに目を通す。この生徒たちの中でバーンズが個人的に気になっているのは波喜名 秦。17歳。
野心に燃える何かを写真越しからでも感じ取れる大きな瞳。少しキリッと上がった眉と程よい肉付きの頬はどこか人懐っこさを感じさせる。
慶太同様に13歳からの入校で、ジュニアハイスクールのカリキュラムと並行して授業を受け、1年間の留年はあるが、慶太に劣らずに射撃や格闘術もパーフェクトのハンコを押せるぐらいだった。
秦の格闘術は警察やCIAで導入されているクラヴ・マガに非常に似ていた。蹴りや手刀の動きが非常に早く、一部の教官でも歯が立たない程であった。
射撃においても銃を抜く速さは抜群であった。だが、最初はどうしてもオートマチック・ピストルでのタクティカルリロードに手際の悪さを感じた。本人が「リボルバーなら早い」と減らず口を叩くので、教官の一人が持っていたリボルバーを差し出すと、確かに早かった。
秦の過去も洗った所、CIA職員の養子となっていた。職員の名前は分かったが、それ以上の事は記載されておらず、慶太同様に詮索するのはやめた。バーンズ自身の想像だが、恐らくは捜査官だと睨んでいる。
実践訓練においても中々の成績だったが、一人で突っ走る面が課題となった。襲撃の際に護衛者をいち早く逃がしながら警護するところは評価されたが、相次いでの奇襲が来ると独自の動きで解決しようとする傾向が高く、逆に窮地に陥ってチームメイトの救援が必要となる場面があった。秦が卒業試験を落とし、留年となったのもそれが原因だ。
また思春期のせいもあるのか、女性が近くにいると集中力が欠けてしまう面もあった。それに加え、お調子者で減らず口が絶えない性格も玉に瑕であった。バーンズ個人はそんな性格だから気に入っているのだが。
以前にこの二人を二度だけ組ませた事がある。
一度目は近接格闘の試合だ。この試合では教えられた事だけでなく、自らのスタイルを取り入れて良いフリースタイル方式であった。一戦目では慶太を年下だと油断していた秦が負けた。二戦目では組手において素早くひねり上げられた慶太が負けた。三戦目では互いに力任せの取っ組み合いとなり、秦の流血により試合は中断となった。
それ以降から、秦は慶太にライバル意識を燃やすようになった。
二度目は護衛での実践訓練。敢えて彼ら以外は護衛チームには参加させず、他の生徒には襲撃者になってもらった。
だが先に結果から言えば実践訓練は失敗に終わった。
慶太をライバル視する秦のせいで、指揮を執る慶太の判断を無視して秦が勝手に護衛ルートを変更し、奇襲チームのチャンスを作ってしまう事態に陥った。
奇襲への対応は見事であったが、結局、数に負けて護衛者は奇襲チームの手に渡ってしまった。この結果から、慶太も秦に対してどこか嫌悪感を抱くようになる。二人はまさに水と油であった。
だが二人には共通する点がある。ここに入学する前から自分の身を守る技術は長けている事である。この事実だけは確かであり、それがバーンズにはいまだに気掛かりであった。
※CQC……クローズ・クォーターズ・コンバット。近接格闘の意。多くの軍隊が取り入れている格闘術でもある。