17.窮鼠猫を噛む?
ロサンゼルス空港に居た襲撃者のリーダー、ブラストはセダンの後部座席から降り、貨物倉庫へ走る三人の姿を見据えた。
滑走路全体に異常を知らせる警報音がやっと鳴り響き、遠く見える倉庫や休憩所と思わしき詰め所ではこちらの様子を伺う作業員の姿が見える。だが、決してドアを開けてこちらに詰め寄ってくる者はいない。懸命な判断だ。
ブラストは周囲の男達に促す。
「奴らは足を失った。もう袋のネズミだが、油断はするな」
いくつもの高性能ライフルやサブマシンガンを構えた男たちが頷く。だが、その顔は余裕に満ちた表情であった。
「警報が鳴って30分だ。近くの警察署から応援が来るまでの間にターゲットを捕らえる」
「“ブラスト”、この男はどうします?」
パーカーに弾倉ジャケットを身に纏ったカリルという男が尋ねる。見ると先ほどの三人が乗っていたSUVの運転手が息を絶え絶えにし、苦しそうにこちらを睨みつけている。
「今は殺すな。その傷じゃあ、どこにも行けないだろうしな。それに、どうせ長くはないだろう」
ブラストは手に持ったワルサーMPLサブマシンガンのチャンバーレバーを引き、安全装置を外す。それを合図に皆が車に戻り、すぐに三人の後を追い掛ける為に進みだす。。
ルームミラー越しに乗り捨てられたSUVを見る。運転席に横たわる男は身動きもしない。
ブラストは視線を戻し、点在する荷物や作業車の群れに逃げ込む三人を注意しながら見据えた。
― ― ― ― ―
一方で荷物の山に囲まれた倉庫前に辿り着いた秦達はすぐに作業車に積まれた荷物の後ろに身を隠した。
甲高いサイレンが響いている。どうやら敵は完全に空港を制圧したわけではなかったようだ。それでも警備員が来る気配もない以上、危険な事に間違いはない。
「どうする? このままじゃあ勝算は薄いぞ」
秦の問いかけに応じず、慶太は積まれてある荷物を覗き込んでいる。
「ねぇ、どうしよう!?」
今度は瑠璃が問う。滑走路に停まっている小型ジェット機を見た。自分たちとの距離からして400メートルは離れている。走って逃げきれる距離ではない。瑠璃は続ける。
「もう、降伏しようよ。武器を捨てて出て行けば、きっと乱暴なことはしないよっ!」
その言葉で瑠璃を見る。今にも泣き出しそうな顔で小刻みに震えている。怖いのだろう。秦だって、怖くないといえばウソだ。だが、そんな彼女を見ると逆に闘争心と勇気が恐怖を打ち消す。
「瑠璃ちゃん。ダメだ。君を奴らの手には渡せない。絶対に守り抜く。」
周囲を見回すと人が隠れられそうなコンテナに目がとまった。ボディガード.380をベルトにねじ込み、扉を開ける。コンテナは鉄製で、ある程度の弾丸は防げそうだ。鉄扉を開いて中を覗くと、乱雑に積まれた段ボール箱の隙間に、人が一人隠れそうなスペースがある。
「瑠璃ちゃん、ここに隠れてくれ。終わったら迎えに来るから」
瑠璃はどこか嫌そうな顔をしている。秦は有無を言わさず、瑠璃を押し込むようにコンテナに押し込む。瑠璃が必死に首を横に振る。
「瑠璃ちゃん、もし銃声が止んで、それで俺達が迎えに来なかったらゆっくりと出てきて。警報が鳴ってるから警察が来るはずだ」
扉に両手を掛け、閉めようとする。
「秦君たちはどうするの?」
「闘うさっ!」
待って、そう言おうとした瑠璃に応えずに扉を閉める。すぐにベルトからボディガード.380を引き抜く。
「来たぞ、秦っ!」
「クソ、弾の補給もなしかよっ!」
車で近づく敵に秦が応戦する。何発か撃ち込むとすぐに弾切れを起こした。
敵は遠くの荷物の山の近くに車を停め、散開し始めている。応援に来たセダンやバンも周囲を囲むように後方に回り、そこで停車するつもりだ。弾込めを終えるとなるべく身を乗り出さぬように最小限の構えで、周囲を走る車に応戦する。
「慶太っ! 弾は持ってるか!?」
秦がそう叫ぶと、返事の代わりに慶太は新しいマガジンを投げよこす。
「そいつで最後だっ!」
秦が受け取り、すぐに弾倉を切り替える。だが小型のボディガード.380では分が悪い。慶太はまだ応戦せず、並べられている荷物のラベルを必死に見ては移動している。
秦は停まった車から飛び出してくる敵に何発か撃ち込む。だが、敵は積まれた鞄の山に隠れ、発射した弾丸は鞄の中で留まってしまう。
「クソ、ここに逃げたのは失敗だったんじゃねーか?」
慶太が荷物を漁りながら返事する。
「何故、俺がここの空港に指示したのが分からないのか? 俺たちの私物はどこに運び込まれた?」
慶太の言葉で、道中にバーンズから渡された荷物の伝票を思い出した。荷物を経由する空港はこのヤダナギ・ニューハルス空港だ。秦はハッとし、すぐに盾にしていた目の前の荷物コンテナのラベルを見る。
「まさか、慶太っ!お前……っ!」
「そのまさかだ。つまり、秦。お前のモノもあるか?」
意味深な言葉に互いは頷く。
そう、秦も慶太も個人の私物で銃を入れていたのだ。BGCスクールでは、教官と寮長の許可証さえあれば、持ち込みは可能だ。それでも、持ち込んでくる人間は滅多にいないが。
秦は応戦しながら隣の荷物の山に移動する。慶太と同じようにラベルを見ようとした時、慶太が叫んだ。
「あったぞっ!」
慶太が開いたコンテナの中に秦の旅行鞄があった。だが、慶太の荷物はない。
「俺の荷物がないっ! どこかにあるはずだっ!」
「“どこか”ってっ!?」
秦は周囲を見回す。荷物を入れたコンテナは決して多くはないが、中には敵の近くにもある。秦は目の前の荷物コンテナのラベルを見る。
そこには今日の日付で赤いインクで『特別配達』と記載されている。送り主の住所はボディガードチルドレン・スクールだった。
「目の前にあったっ!」
秦はすぐに慶太の鞄を漁る。一方ですでに秦の鞄を開けていた慶太はその中に入っていたハンドガンケースを引き摺り出す。
「秦、いくぞっ!」
放り投げたケースを素早くキャッチし、慣れた手つきでケースを開ける。目当てのものを手に掴みあげると喜々として叫んだ。
「やっぱ、こいつじゃないとなっ!」
秦が手にしたのは愛用しているリボルバーM327だ。スチールフレームに塗られた錆止め加工が黒光りしている。すぐに馴染んだ木星グリップを握り、シリンダーを開け、特注のスピードリローダーで.38口径弾を込める。
「早く俺のもよこせ!」と唸る慶太。
「わかってるよっ!」
秦は鞄から取り出していたハンドガンケースを慶太に投げ渡す。慶太はボディガード.380を右手に構えたまま、器用に左手でキャッチする。新たな武器を手にした秦がすぐに応戦を再開する。
「慣れたもんが一番だ!」
秦が応戦する間に慶太もケースを開け、自分の使い慣れた銃を取り出す。
M1911コルト・ガバメント。
スライドなどの銃の表面は傷だらけだが、手入れをして、カスタムパーツを組み込んだ特別な一丁。手になじむグリップがその証拠だ。45ACP弾が入った弾倉をガバメント内に滑り込ませ、スライドを動かす。
(秦の言う通りなのが、ちょっと癪だな)
秦に続き、慶太も新たな銃で応戦を開始する。
「応戦しろっ! 絶対に抜かさせるなっ!」
「言われなくてもなっ! んで命令すんなっ!」
秦と慶太は新たな武器を手にし、迫りくる敵に向けて銃口を構えた。