15.逃走劇
志摩の運転するSUVは燦燦と輝く太陽の下、熱されたアスファルトの上を進む。ハイウェイに走るまばらな車に目を配るが、悪意ある者の気配は感じない。
車の目的地は慶太の指示でロサンゼルス郊外にあるヤダナギコーポレーションが所有するニューハルス空港だ。
秦も調べたが、決して小さくはない空港で、貨物用のジェットが一台飛べる滑走路がある。さすがは世界の大企業といったところだ。
― ― ― ―
しばらく走り、降りるインターまで3キロに差し掛かった時だ。
慶太がルームミラーで後続車を見ていると背後に不審な車を見つけた。後方のピックアップトラックの後ろからちょこちょこと左にフロントを出すセダン車だ。ドライバーの顔は見えない。追手に間違いなさそうだ。
ルームミラー越しに秦に合図を送る。秦はやれやれといった手付きで返す。
「随分と早く見つけてきたな。弾痕の痕で判別してきたのか?」
秦の言葉に瑠璃と志摩の顔色が変わる。
「今は考えても無意味だ。秦、予備の弾倉は?」
秦は指を一本立てる。先の空港で慶太も弾倉を一本使っており、「俺もだ」と返す。
このままの戦闘は不味い。敵はおそらく一台だけではないだろう。
「志摩さん、ニューハルス空港に電話を。空港の中まで入れば奴らだって手出しは出来ない」
志摩は「承知いたしました」と告げ、すぐに空港へ電話を掛ける。
後方の車はいまだにピックアップトラックの後ろを隠れるように進んでいる。志摩が電話を終えると、二人に告げた。
「慶太様。このインターを降りた後、空港へ向かうのに工業地帯を通るのですが、そこで後ろの車を撒けるかもしれません」
意外な言葉に驚く秦と慶太。
「どのような方法ですか?」
「工場地帯にある廃工場を突っ切るのです。赤いレンガ調の大きな工場があるのですが、そこはかつてオイルタンクを製造する工場で、現在は使われておりません。そこならば、可能かと」
「運転とルートに自信は?」
志摩がごくりと生唾を飲む。
「ルートへの自信は半分、といった所です。ですが、運転には自信があります」
この初老の男は中々の優れものだな、と秦は感心した。慶太は少し考え、「分かりました、お願いします」と告げた。
「ありがとうございます」
車はそのままインターを降り、下りカーブを進む。案の定、ピックアップトラックの後ろに隠れていたセダンも付いてくる。そこで初めて車内の様子が確認できた。
搭乗者は五名。全員サングラスをし、いかにもな人相をした男達であった。ドライバー以外は手を真下に降ろし、ただ真っ直ぐにこちらを見つめている。
インターを降りると偶然にも青だった信号を右折し、あまり活気のない工業地帯を進んでいく。
「志摩さん、無理に速度は上げなくてもいい。でも絶対に抜かれないように」
秦の言葉に意気込んで「はい」と返す志摩。声に力が籠っているのを感じるのは、これから自分の見せ場だからだろうか? その証拠にハンドルを握る手には力が籠っている。
工場地帯を進んで五分もした頃、志摩が「あそこです」と呟く。
志摩の言葉に誘われて見ると、確かに300メートル先の左手に赤レンガ調の工場が見えた。ひび割れ、所々壁面を這うツタが、長年使われていない事を物語っている。
「以前通った時にゲートが倒れているのが分かりました」
なるほど、と慶太と秦は感心する。志摩は更に続けた。
「工場内を走ればひどく揺れます。皆さん、シートベルトをすることをお勧めします」
思わぬ言葉に秦は笑いそうになった。だが、その言葉の真意を知ったのは後になっての事だが。
すぐに工場の入り口が迫ってくる。門壁はひどく寂れ、いくつものツタが絡まっている。閉鎖してからだいぶ時間が経っているのは誰の目に見ても分かる。
志摩は「行きますよっ!」と言い放ち、ハンドルを思い切り切る。タイヤは甲高い音を上げて左に切れる。車体が傾き、思わず皆右に傾く。
「きゃあっ!」
「おおっ!」
後部座席では倒れそうになる瑠璃を秦が腕を伸ばして、包むように抱き込む。女子の柔肌に触れた事に、内心喜びを感じる秦。
志摩の言葉どおり、古くサビた鉄扉フェンスはサビて倒れており、その上をSUVである志摩の車は軽々と乗り上げる。
一方で慌てて左に切った追手のセダン車は鉄扉フェンスにタイヤを取られ、少し速度を減速してしまう。
「掴まっていてくださいっ!」
志摩は意気込み、アクセルを目一杯踏み抜く。エンジンの回転が上がり、くすんだ赤レンガの倉庫へと加速し、車一台分通れるだけ開かれた工場の入り口を突き進む。
工場内はもぬけの殻で車が飛ばすにはもってこいだった。
だが、当然それは追手も同じことであった。先ほどのセダンも入り口での失速を補うように速度を上げて追ってくる。
「本当に大丈夫ですか?」
揺れる車内で冷静な口調で慶太が問う。汗ばんだ手でハンドルを強く握る志摩は首を横に振る。
「大丈夫ですよ。勝負はこの先にございます」
車はそのまま反対側の出口へと突き進む。
出口を出た瞬間、車は一瞬中に舞い、フロントグリルの下端をコンクリートの地面につけると、また大きく舞って同じく続く工場の入り口に飛び込んだ。
連結するように並ぶ工場の出入り口には大きなアップダウンがあり、志摩はそれを知っていたようだ。
車内では小物と人間が宙に舞い、シートベルトをしていなかった秦は見事に天井に頭をぶつけた。
「いだぁっ!?」
一方で車高の低いセダンは工場の出口を飛び出すと、続く工場の出口のアップした段差にフロントをぶつけ、車体を斜めにして工場の入り口にぶつけた。
スピードを付けてぶつかった車は入り口の扉を塞ぐように停まった。立て直して追跡を再開するには時間が掛かるだろう。
志摩の運転する車はそのまま工場を通り抜け、反対側へ続く門へと一気に加速する。
こちらの門は幸いにもチェーンのみの施錠で、志摩はそのチェーンをフロントグリルで押しちぎり、道路へと転がり込むようにハンドルを切って、走行していった。