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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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32.『横山慶太』

 明くる日の朝、俺の部屋に来たのはあのマッドサイエンティストのベンダーではなく、小奇麗なスーツを着たサングラスをした四十代ほどの茶髪の白人の男だ。


 ベンダーとは違い、威厳のある体型と風格のある顔付きをした男で、部屋に入って俺が横になっているベッドの前に直立不動で立つなり、サングラス越しに俺を見下ろしてくる。


「君はどうやら問題なしのようだ」


 抑揚のない声でいう。まるでお利口なロボットみたいだ。奴はギースと名乗り、近くの丸いパイプ椅子に腰かけた。


「ベンダー博士には少し不安を覚えたが、どうやら君を見ているとそうは思えないようだ」


 ギースの本音だろう。確かに、教え子の俺からしても不安に思うところはいくつもあった。ギースは俺がどんな状況に置かれているか説明してくれた。

 俺がいる施設やそれを管理している機関は俗に言う、ブラックファイルと呼ばれる部門だった。


 随分前から存在し、平和主義のオナガ大統領に隠れて存在するアメリカの暗部。国防省とNSAの一部の人間しか知りえない組織らしい。彼らは大統領に忠義を示しているが、汚い仕事を請け負う為に働いている。


 俺はこれから彼らの手となり、足となり動いて貰いたいと言った。俺の想像通りだ。

 ギースはいう。


「早速君の実力を測りたい。いわば実戦試験だ」


 奴は笑いもせずに言ってのける。こういう男は嫌いじゃない。俺は頷いてみせてやった。


 ― ― ― ― ― ―


 それから二カ月、俺は奴らの仕事を望み通りに遂行してやった。

 とは言っても、大した仕事じゃあない。与党議員が抱える賄賂を受け取るダミー会社の調査や、国の重要人物の尾行など、とても退屈な仕事だ。


 子供という姿は便利で、周囲の用心棒や警備員、SPなんかは警戒するが、そこまで睨まれる事はない。

 俺は組織が仕立ててくれたダサい服とその中に仕込まれたGPSと小型カメラ、おまけにICレコーダーを身に着けて、お散歩するだけだ。


 当然だが、モニターやGPSは常に見られている為、脱走なんかは出来ない。俺もそんなバカな真似はしなかったし、する気もなかった。焦らなくてもチャンスはいくらでもある。

 俺は渡された小型イヤーマイクから指示される通りに動き、その日与えられた任務を忠実にこなすだけ。


 この仕事を二か月やっていて幸いだったのは、殺しがなかったことだ。

 やがて信頼を得た俺に、遂に殺しの指示が入る。そこで出会ったのが情報屋のレイだ。



 レイという男はとてもクレイジーなお調子者で、こいつはアメリカ国防省のコンピューターにクラッキングを仕掛けた男だった。

 いくつものサーバーを経由し、あらゆる情報を盗み出す厄介な男で、痕跡を辿る頃には姿を(くら)まし、また別の場所からクラッキングを行う。その多彩なクラッキング知識のお陰で自分が狙われているのがすぐにわかり、飄々と包囲網を掻い潜っていた。そこで俺が派遣された。


 ここで奴らも無線型のカメラやGPSを使うのを恐れた。レイの実力は底を知れない。下手をすれば、逆探知されてまた逃走をされる可能性もあるし、政府が子供を使って暗殺活動をしているとバレた日には俺達は全員お陀仏だ。唯一付けられたのはICレコーダーのみだ。これがチャンスだとすぐに理解した。


 俺はすぐに奴らがチャーターした飛行機に乗ってシカゴに飛んだ。用意されていたホテルはこれまで泊まったことのないような高級そうなホテルで、そこを拠点に俺達は行動を開始した。


 だから俺は調査から数日後、一人で探索中にICレコーダーの電源を切り、奴と直接接触し、ありのままの事を話した。最初、奴は俺の出で立ちから冗談だと思っていたが、以前に奴がクラッキングしていった施設とそのファイルを読み上げたら、流石に顔を青ざめていた。


 俺は奴に自分の目的を話した。お前を殺し、見つからない場所に死体を遺棄するのだと。だがそれをしない為に協力を得たいのだ、と。


 奴の家に上がらせて貰い、俺は今までの出来事とこれから起こるであろう自分の予想を話した。奴も俺の状況と話を聞いただけで同じ詠みをしていた。俺のような存在は決して長生きしない筈だ、そしてその組織も長くは

 ないだろうと。


 ある程度の話をした後、俺はすぐに行動を起こさない事を伝えるのと、備え付けられたICレコーダーに細工をお願いした。奴が工学部を卒業していて、細かい作業が出来るのも幸いだった。


 その日、ホテルに戻った俺は諜報員たちにレイは見つからなかったので、再度調査をしたいと申し出た。こんなことはしょっちゅうある事なので、皆疑わずに信じてくれた。


 それから次の日、俺達は奴の死を偽装した。奴に協力して貰い、奴に似た遺体を死体安置所にクラッキングを掛けて調べて、監視の目を潜り抜けて手に入れた。もちろん、奴にも運ぶのを手伝って貰ったが。


 レイの死を偽装工作する上で散々悩んだ末に、死体の顏が分からなくなる程弾丸を撃ち込み、奴の部屋に火を放った。幸い、死体の検視は精確に行われないようになっている。誰の死体だか知らないが、申し訳ない気持ちもあった。


 警察への圧力もあってか、事件は迷宮入りになった。その間にレイは幽霊として生き、信頼できる仲間の所でホームレスのような生活を送っていた。


 その後、俺は何事もなかったかのように研究施設に戻された。諜報員や職員たちはクラッキングの心配がなくなって安堵する一方で、俺の実力を認め、今後の研究と更なる工作活動に専念しようとしていた。俺は何食わぬ顔で仕事を続けた。もちろん、今度は真面目にだ。

 幸いだったのは、レイの仕事の後は殺害の仕事がなかった事だ。それは心の底から安心したよ。


 ― ― ― ― ―


 転機が訪れたのは俺が生まれ変わって一年と一か月が経った二月だ。


 俺の予感とレイの読みは的中した。

 オガナ大統領が国防省やNSAが隠し持つブラックファイルの存在に気付き、俺がいた研究機関に捜査官が入った。研究や実験は全て廃止となった。


 その日、俺と数名の諜報員は任務から戻る途中でそれは皆慌てふためき、不安を顔に出していたよ。当然、役人どもが本部に乗り込み、管理しているコンピューターに登録されている全ての諜報員の行動が掌握されている。逃亡は出来ない。この国で大統領に逆らえるものはそうそういないからな。


 俺は思う。この出来事はレイが仕掛けたんだと。後に聞いても奴はただニヤニヤ笑っていただけだったが。

 施設に戻った俺はすぐに部屋に幽閉された。このままでは確実に処分される。だから、最悪の場合はすべての職員を殺してでもここから逃げ出そうと考えていた。


 でも神様は俺を見放さなかったのか、俺の処遇を受け持ったのはなんと、アフガニスタンで俺と握手を交わした海兵隊の中隊長・ハリソンだった。

 ハリソンは海兵隊を辞め、どういう経緯か知らないが政府関係の高官になっていた。正直驚いたよ。恐らくだが、彼はタスクフォースか何かに引き抜かれたのではないだろうか?そこからNSAの職員に成りあがっていたのではないろうか?実際のところ、本人に尋ねてもいないから俺の小さい脳みその中での空想に過ぎないが。


 部屋に入ってきたハリソンは俺と目が合うと、ニヤリと笑った。


「ここでブギーマンに会えるとは。元気にしていたかね、マシュー伍長」


 浮かべた不敵な笑みは、アフガニスタンで出会った時と同じだった。俺はすぐにハリソンに懇願した。

 みっともないかもしれないが、ハリソンなら助けてくれるかもしれない。もしダメなら、俺はハリソンを殺さなくてはいけない。


 殺されるのは嫌だった。けれど、自分が生きる為にハリソンを殺すのはもっと嫌だった。

 ハリソンは俺の申し出を快く受けてくれた。驚いたよ。こんな虫のいい話に乗ってくれるとは思わなかった。俺のデータが集められた資料の束を抱えながらいう。


「あの日、君が俺や部下を助けてくれなかったら、俺はここにいなかっただろう。君の活躍はずっと見ていたよ。トリチェスタンではご苦労だったな軍曹。いや、少尉か?」


 最後に悪戯な笑みを浮かべるハリソン。恐らく、ハリソンがこの申し出にただ頷くには訳がある。何か有事の際には呼ばれるだろう、と俺は踏んでいた。


 ハリソンは話を続け、このままアメリカに居る事は出来ないとも告げた。そこでハリソンは最近設立されたボディガード・チルドレン・スクールに入学し、そのまま海外に移住する案を提案した。

 単純な海外移住よりも手続きが少なく、おまけに成功すればずっと海外で暮らせる。現在の俺には最高の安寧だった。俺は疑いもなく二返事で了承した。


 レイもついでに匿って貰った。ただで匿うのは出来ない。そこで奴は政府高官の裏稼業を手伝うことになった。金には一生困らなくなったが、奴は自由を半分失ったと嘆いていた。



 翌日にはハリソンの腹心の部下が俺の部屋を訪ね、有無を言わさずに死体袋(ボディバッグ)に入れられて施設を出ることになった。生きたまま入れられるとはまさか思わなかった。最悪の気分だったよ。

 彼らにストレチャーで運び出され車の中に入ると俺は息苦しいボディバッグから這い出た。それから数十分走り、ハリソンが手配したアパートの空き部屋に案内された。


 部屋には誰もおらず、ハリソンの部下も俺を降ろすなりそそくさと引き上げてしまった。

 すっからかんな部屋にはベッドとその脇に大きなトランクが置かれてあり、俺はトランクを開けた。


 トランクの中には俺がいたあの施設の事が書いた資料があった。恐らく、ハリソンが用意したものだろう。


 資料に目を通すと真っ先に目に飛び込んできたのは上部に記載された『新たなる子供たちの朝計画』という文字だった。新たなる子供たちの朝計画?ふざけた名前だ。

 読んでいくと、この計画は元々バイオニックヒューマン計画という名前で、その名の通り遺伝子改良やクローン技術を用いて、最新鋭の兵士育成計画として発動したそうだ。書類にはベンダー博士の名前もある。

 過ぎた事だが、読んでいると胸糞が悪くなる。書いてある事は人権保護団体が卒倒しそうな内容ばかりだ。

 資料から目を離し、もう一枚の紙に目を通す。それには俺の出生届の写しや住民カードの記載もあった。どれもハリソンが用意してくれた偽造書類だろう。


 一年ほど付けられたプロトという名前から解放され、俺は新たに『横山慶太』という名前を手にいれた。




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