29.一度目の死
離陸してから一時間もしないうちに目標地点タンゴの付近まで接近した。その頃には太陽の光も尾根の向こうから顔を出し、渓谷のゴツゴツした岩場たちを照らし出し始める。
渓谷の斜面ばかりで安定した場所はとても見当たらない。ローター音に混じって微かに銃声のようなものが聞こえるが、目標地点からでは視認できなかった。
『こちらブーンブーン2。降下地点の確保が難しい。タンゴより北西150メートル離れた位置にてホバリングする。ハーネスの用意を』
ヘリは山間に流れる強風に揺られながら、なんとか姿勢を維持しながら斜面の中で比較的に平らな場所へと移動する。なんとか平らな場所といえる場所の上空でホバリングし、ゆっくりと高度を下げる。
『機体安定よしっ! 降下開始せよ』
操縦士の無線にジェリー少尉が立ち上がり、降下用のロープを地面に向かって蹴落とす。
「よし、降下するぞっ! 行け行けっ!」
エリクソン曹長の声を合図に俺達は椅子から立ち上がり、ロープを掴んで地面に向かって滑り落ちる。山間の肌寒い風が頬や首を霞めながら、俺は硬い石と砂の地面に降り、即座に周囲を警戒した。
風に乗って聞こえる断続的な銃撃をバックに、仲間たちが背後で降下していくのを確認する。
「クリアっ!」と俺が叫ぶ。
「クリアっ!」
「同じくクリアっ!」
ファリンやリックも叫ぶ。
エルの降下後、エリクソン曹長も降下して俺達は即座に移動した。続いて降下地点を確保できなかったトーチ5とトーチ6を乗せたブラックホークが入れ替わるようにホバリングを開始する。
俺達は周囲を警戒し、皆が降下を終えるのを待つ。
目の前に広がるゴツゴツした山々に目をやっていること数十分、トーチ全員の降下が完了し、ブラックホークヘリが去っていくのを見た後、すぐにアレックス中尉が召集を掛かる。
「よく聞け。ここから一キロ東に行った所にシールズは落ちた。情報では敵のトーチカまであるようだ。先頭はトーチ4。その後ろをトーチ3が続け、いいな」
俺達は頷き、即座に行動を開始する。先頭を歴戦の戦士であるジェリー少尉が走る。俺達はジェリー少尉のトーチ4を先頭に続いた。足元の悪い斜面に何度もバランスを崩しそうになりながらも、先を急ぐ。
― ― ― ― ― ―
悪路の斜面を必死の思いで進んでいくと墜落したチヌークヘリが見えた。
前後に備えられたローターは墜落の時にひしゃげてしまっており、機体は斜めに傾いていた。どうやら操縦士の機転により、比較的なだらかな場所に落ちるようにコントロールはしたらしい。その機体に向かって斜面上からゲリラどもが銃撃を浴びせているのが見える。
ジェリー少尉がハンドサインで停止を促し、敵に気付かれないように屈む。すぐに前方の様子に気付いたアレックス中尉が先頭まで駆け寄り、ジェリー少尉と小さな声で話し合っている。
互いに頷きあった後、アレックス中尉が無線を入れる。
『トーチ1からトーチ5。シールズの援護に回れ。トーチ6からトーチ10は尾根に上がり、側面から襲撃を掛けろ』
アレックス中尉の指示に従い、チームはすぐに行動に移る。ジェリー少尉は即座に斜面を滑り落ちるように降り、敵に気付かれないように下側を回る。トーチ4のメンバーや俺達トーチ3も続いて降りていく。
俺達は敵の射線に入らぬよう、大きい岩の影に沿いながら墜落したチヌークヘリに近づいていく。
近づくに連れてけたたたましい銃声が耳に届く。友軍の軽い銃声を掻き消す様に重低音の迫力ある銃声が響く。敵の方がかなり強力な銃を持っているようだ。
俺達の存在に気付いた敵がこちらに銃撃を食らわせてくる。俺達は頭を屈め、すぐにヘリの影に隠れているシールズたちに飛び込んだ。
「レンジャーかっ!?」
「そうだっ!」
機体の隅で応戦していたシールズの一人が叫ぶとジェリー少尉が怒鳴り返す。
ヘリの影に隠れていたシールズたちはボロボロだった。動ける隊員は四人。辛うじて息がある者が三人。四人が上着をかぶせられて亡くなっていた。そのうちの二人は服装から見てヘリの操縦士だろう。
「状況はっ!?」
「七人が死んだっ! 残りの三人が重症だっ! 斜面のトーチカが邪魔で動けないっ!」
ジェリー少尉が目算で確認する。俺もつられて目を向けるが、どう見ても数が少ない。
「少ないようだがっ!?」
「ヘリの中で三人死んでいるっ! それと敵の射線側に負傷した仲間がいるっ! 援護してくれっ!」
シールズ隊員の叫びにエリクソン曹長が動く。
エリクソン曹長がヘリの機体の影から斜面を覗く。頭を乗り出した途端に曹長の周囲に弾丸が飛び散る。
「クソっ!」
慌てて頭を引っ込めたエリクソン曹長がまたシールズの所に戻る。
「仲間はどこだっ!?」
「この機体のすぐ後ろだっ!」
「なんだとっ!?」
俺はヘリの割れた窓から中を覗いた。機内は酷く荒れ果てており、突っ伏すように倒れたシールズ隊員の足だけが見えた。反対側の窓に目をやるが、機体が傾いているせいでゴロゴロした石と砂しか見えない。
俺が窓から目を離すとジェリー少尉はポケットからコンパクトミラーを取り出し、機体の影から敵の様子を伺う。しばらく覗き込んだ後、ミラーをしまって俺達に叫ぶ。
「いいかっ! 敵は塹壕を掘っているっ! 一斉に射撃したら引っ張り出すんだ」
ジェリー少尉の言葉に俺達は配置につく、合図を待ち準備する。
「よしっ! 俺の合図で撃てっ! リック、お前が引っ張って来いっ!」
命令されたリックが頷き、俺の背後で構える。
しばらくの銃撃が続き、敵の弾幕が一瞬途切れたその瞬間だった。
「よし、行けっ! 行けっ!」
仲間達はヘリの機体の影から半身を出し、一斉射撃を浴びせる。俺もヘリのすぐ真横に飛び、身を低くして射撃を行う。そこでやっと敵の姿が見えた。
敵はエリクソン曹長の言う通り、敵は塹壕から銃撃を浴びせてくる。ご丁寧に土嚢まで積んで塹壕を築きあげて。ここでようやく俺は気付いた。ここは奴らの巣なんだと。
機体の外に出てしまった俺に容赦なく銃撃が浴びせられる。味方の射撃のおかげで敵も狙いが定まらず、当たらなかったが周囲に飛び散っただけだが、俺をまた機体の影に戻すには十分であった。とてもではないが恐ろしくて身を乗り出せない。
倒れたシールズに走り込もうとしたリックにも銃撃が襲い、リックも踵を返して退散せざろう得なかった。
奴らはこちらの弾丸に一切恐怖せず、黙々と撃ってきている。恐らく、覚せい剤か何かを打っているのだろう。
俺も容赦のない銃撃に身を隠そうと身体を這いずり、ヘリの影へと向かおうとした。皆も身体を敵の回復した銃撃に身を隠そうとする。
その時、一人だけ敵の射線に飛び出る者が居た。エルだ。エルは自分の周囲に飛び交う弾丸に怖気ず、そのままヘリの向こうへと駆け出そうとする。
俺は戦慄し、慌てて身体を起こし、叫ぶのも忘れてエルの後を追う。
エルはそのままヘリの反対側まで駆け込み、倒れているシールズに手を掛けようとした。
その時、上の塹壕からNSV重機関銃※の銃身がせり上がっていくのが見えた。一瞬にして血の気が引き、俺は叫びながらエルに走り込んだ。
「エルっ!」
俺はエルの身体を引っ張り、エルを引き込む。その代わりに慣性の法則で俺の身体が敵の射線上に飛び出る。
(しまったっ!)
思ったその瞬間に、敵のNSVが火を噴いた。俺の身体に弾丸がぶつかり、巨大なパワーで身体が後ろに吹き飛ぶ。
熱い。最初の印象はそうだった。
撃たれた衝撃でヘリの機体に身体がぶつかり、倒れる事が出来ない。
その間にも何発もの弾丸が自分の身体に撃ち込まれていく。
電撃が走った様に身体が痺れ、俺はやっと崩れ落ちた。
身体に力が入らない。鈍痛な痛みが全身を支配し、思考すらも消し飛ばす。
遠くで何か叫ぶ声が聞こえる。
何も出来ない。立つことも、声を出すことも。
ヘリの機体にもたれる様に座り込んだ俺の視界に広がるのは硬い砂と岩ばかり。
微かに、視線を動かすことが出来た。左手首がなかった。右足の膝から下も千切られたようになくなってしまっていた。後から知った記録によれば、俺の身体は十六発の弾丸に撃ち抜かれていたそうだ。
呼吸が苦しくなり、意識が遠退き始める。
閉じた瞼の裏で、色んな映像が見える。
ミオ、イーサンおじさん、サリーおばさん、ジェイク、ジェームス、サリュー。
……だ。…やだ。いやだっ! 死にたくない! 嫌だ! ここで終わりたくない! 助けて! 誰か助けて!
消えていく心の中で虚しく叫ぶ。だが、次の瞬間には俺の意識はブラックアウトしていた。
死とは、平等に優しく与えられるものなんだと、消えていく意識の中で感じたよ。
NSV重機関銃……旧ソビエト製の重機関銃