28.終戦へ向けて
オーバーウォール作戦から三日後。
遂に首都バグラムの完全制圧が完了した。作戦は世間から見れば成功だったろう。だがアメリカ軍の死亡者103人にも上り、負傷はその倍だと聞かされた。おまけに今作戦の真の目的であったサラディ・ウルマンの逮捕に失敗したと聞かされた。
だが、世間では連合軍が遂にトリチェスタンの大部分を制圧し、戦いの終わりが近いこと報じた。
そんなニュースを聞いた俺が思ったのは、本当にこれが成功と呼べるものなのだろうか、と。
サラディの逮捕の話を耳にした時、俺はすぐにエディの事を思い出す。ここからは俺の推測だが、彼らはデルタフォースとSASが合同になったタスクフォースチームだったのだろう。彼らの本当の目的はサラディの逮捕だった。だがサラディに逃走されてしまい、その為に別の目標である俺が捕まえた男の確保に回ったのだ。
俺が捕まえ、彼らが連行した男はサラディの部下で、上級幹部のハラジャ・ラディクという男だった。
この作戦では他にも何名かの幹部を確保したらしいが、ハラジャ・ラディクは別格だ。
ラディクは『サラディの猛犬』と呼ばれ、大使館への攻撃指示や拿捕した外国人への拷問を行ってきたクソ野郎だった。奴は今回のバグラム防衛の指揮を担っていたらしく、奴の配下には多くのラッサー騎士団もいた。
俺の功績はタスクフォースから参謀本部に報告が上がったらしく、俺は伍長から軍曹に昇格した。恐らく、エディが報告したのだろう。
表彰の内容は「脅威ある敵に対抗し、逮捕に貢献した」とかなりぼかされていたが。
そして俺はレンジャーの中で一役有名になった。そりゃあそうだ。ブギーマンの異名を持つ男がBTRを一人で制圧し、さらには幹部を捕まえたのだから。それから俺は基地の中を歩く度に声を掛けられるほどの有名人となった。
だが良い事ばかりじゃない。基地では仲間の葬儀が行われた。カート伍長、ランディ軍曹、ケネス、フォーリー軍曹。ほとんどがトーチ2のメンバーたちだ。
誰もが悲しみに包まれた。特に古参だったフォーリー軍曹とランディ軍曹の死はチーム内では痛手であった。ソマリア紛争の時からずっとレンジャーにいた彼らは、いわば無敵の人間ともいえよう。そんな彼らの死は“次に死ぬのは俺かも”と思わせてしまう。こんな仕事をしている以上、死は常にそばにいる。だが、間近でそれを見るのは別だ。
彼らの死も辛かったが、自分より年下のケネスの死はより悲惨だ。彼は俺に憧憬していたし、同じチームでいた時、宿舎で家族の話もしていた。まだ十五歳の弟がいると言っていた。ケネスの両親とその弟は、冷たくなって帰ってきたケネスを見て、どう思うのだろう?
彼らが入った棺が貨物室に載せられる。アレックス中尉は死んだ彼らに哀悼の意を表し、敬礼した。俺達も同様に敬礼する。彼らの死はしばらく俺達を深い悲しみに包ませた。
残念な事に、悲しい思い出は飛行機と共に弧を描いて本国に染み渡るのだ。
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オーバーウォール作戦から四カ月が経った六月の半ば頃。もうこの頃にはトリチェスタン反政府軍はほぼ瓦解したと言ってもいいだろう。
バグラムから逃走したサラディは潜伏し、じっと身を潜めていた。彼に従う反政府軍は指揮系統を失い、さらに首都を奪われ、次々と投降し始めた。
そして今日、奴が潜伏していると思われるトリチェスタン北東部の都市・シャルディンへの攻撃が開始した。航空戦力も失い、地上部隊のみとなって彼らを連合軍の大戦力を持って攻撃を行った。
近作戦ではイギリス、イスラエルも前線を張り、お陰で俺達レンジャーはただ空爆されるシャルディンを眺め、荒廃したシャルディンの都市を進むだけであった。
爆弾でボロボロになった建物と、生気を失い、疲れ果て、途方にくれている人々を尻目に俺達は進んだ。やがて一発の発砲もないまま作戦は終了し、集結地点である都市の広場で警戒を行っていると無線が入った。
『こちらハンターライト。“ブリジット”を確保した。繰り返す、“ブリジット”を確保だ』
皆がその無線に歓声を挙げ、両手を高く空にあげて色めき立った。目標コード“ブリジット”。サラディ・ウルマン。
隊の皆は大いに喜び、抱き合った。俺もその場では喜び、ハリスやファリンと抱き合った。
人の死は不思議だ。死んで悲しまれる奴と、死んで喜ばれる奴。そいつらの人生はよくわからない。結局、俺はサラディ・ウルマンが良い奴だったのか、極悪人だったのかは、本当のところは知らない。
だが、奴の死は俺達を辛い戦いから解放してくれるであろうというニュースだったという事は確かだ。
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想像はしていたが、俺達が帰国する事はなかった。
奴の死は全世界でニュースとなり、戦争に参加した先進国の国民たちは大喜びであった。
各地では戦勝を祝う集会やトリチェスタンで亡くなった兵士たちへの哀悼が行われ、今後はトリチェスタンでの復興活動を行って終わるものだと思われていた。
だが事態は違った。サラディの意思を引き継ぐ者が現れ、「聖戦を継続する」とウェブ上で宣言を行った。やはり、僅か一か月足らずで国を崩壊された男だ。そのカリスマ性に魅入られた人間は多いのだろう。彼らは手始めにイスラエル治安部隊やアメリカ軍の輸送車列に自爆攻撃を開始した。トリチェスタンはまさに第二のアフガニスタンへと姿を変えようとしていた。
戦勝ムードに浸っていたアメリカ国民は激怒し、大統領に残存勢力の一掃を願った。先のアフガニスタンでは皆疲れていたはずなのに、この違いはなんだろうと感じた。
それから、奴らを捕まえる作戦が開始され、俺達も投入される事が決まった。俺達の目標はアムルタート・ハフヌス。
サラディの元参謀で、サラディの意思を引き継ぐ者の一人だ。作戦コードネームは“スペーシア”こいつを捕まえれば、今度こそ戦争が終わる。
幹部連中は躍起になり、こいつを血眼になって探し始めた。
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それから二カ月経った八月。地獄のような猛暑が続く中、アムルタートの捜索は難航を極めていた。
奴は狡猾な男で、一箇所に潜伏はせずにあちこちに潜伏箇所を設けて、雲隠れを決め込んでいたようだ。
次第に参謀本部は焦りを見せたのだろう。俺達は何もない平穏な村や誰もいない山岳地帯などへの捜索にも駆り出された。
ある日の朝日もまだ昇る前の早朝のこと、基地に居た俺達に緊急の召集が掛けられ、簡単なブリーフィングが行われた。ブリーフィングでは眉間に皺を寄せたアレックス中尉がおり、俺達はただならぬ雰囲気を察し、心構えをした。
アレックス中尉がなぜにここに俺達を呼び、なにが起こったのかを説明してくれた。結論から言えば、シールズがしくじった。
一時間前、山岳地帯の岩と砂しかない山の上で、作戦行動中のシールズを乗せたチヌークヘリが落とされた。同じ事をアフガニスタンでもやられたことがあった。またそいつを繰り返したのだ。当然だが、シールズは悪くない。アムルタート逮捕の失敗で焦った参謀本部のせいだ。
ここからは俺の推測だが、参謀本部はアムルタートの逮捕に躍起になり、裏を取っていない情報から作戦を実行したのだろう。恐らく、情報を流したのはアムルタートの部下で、殺害されたサラディへの報復の為の罠だ。
そんな杜撰な情報にシールズが貧乏くじを引いたのだ。
十六名のシールズは山岳地帯でサラディの兵士に十字砲火を食らわされ、身動きが取れなくなっていた。
俺達はすぐに装備を持って、シールズの救援に向かう事が決まった。緊急出動だ。ブリーフィングが終わり次第、俺達はすぐに自分の装備を取りに駆け出した。
俺達が兵舎に駆け込み、ボディベストやライフルを持ち、格納庫へと走る。格納庫に向かう途中、外では五機のブラックホークヘリが離陸の準備を始めているのが見えた。格納庫で素早く弾薬や銃のチェックを行う。
その時、俺は隣にいたエルに目がいった。エルは目に見えて力んでいた。デザートキャッスル作戦から自信が付いていたのは見てとれた。おまけに、あれ以降からは戦闘らしい戦闘もほとんどなく、力を持て余していたのだろう。
そこで俺はエルに注意しておけばよかったと思う。だが当時の俺は一刻も早く準備し、彼らを助けなければという衝動に駆られていた。そのせいでエルの事は気にも留めてなかった。
僅か分もかからないうちに俺達は装備を整え、トーチ4と共にヘリに乗り込んだ。硬い簡易シートに尻を収める。
『こちらブーンブーン2。これよりトーチを目標地点“タンゴ”にて降下させる』
インカムから操縦士の無線が流れる。
『了解したブーンブーン。現在タンゴは戦闘地域となっている。気を付けて』
管制官の返事が聞こえるとヘリはローターを回転させ始める。
『こちらブーンブーン2よりトーチへ。聞いての通りタンゴは激戦地区だ。滞空できる時間は少ない。素早く降下しろ』
俺達は「了解」と短い返事を返して頷く。
『離陸する』
ブラックホークが浮き始め、俺は窓の外から見えるトリチェスタンの渓谷に目をやる。まだ朝日が昇る寸前で、尾根の線を太陽光の光が白に近い黄色が切り取っている。
左右には他のブラックホークが並び、編成を作り始めていくのが見えた。
俺は手に持っているM4の銃身をグローブの上からそっと指でなぞり、その感触を確かめる。
この時はなぜか予想出来なかった。今思い出しても不思議だ。ただ、仲間を助けに行くという心構えばかりしか出来なかった。
この日がトリチェスタンで最後の戦闘になるなんて、俺は思わなかったんだ。