27.現れた部隊
駐車場を駆け抜け、男は通りの向こうにあるアパートに向かっている。
走りながらも度々こちらを振り返るその必死の形相から、俺はこいつがただ者ではないと理解した。兵士に護衛を受け、BTRまで出動する男だ。
男の背中を必死に追いかけていると、インカムから通信が入る。
『こちらトーチ4っ! エリクソン、お前たちはどこにいるっ!?』
「別棟北側の駐車場で不審な男を追いかけています。北側のバルコニーに黒い手摺がついたアパートの方ですっ!」
背後でエリクソン曹長が走りながら無線に応答する。
男は力任せにアパートの木製扉に体当たりし、扉をこじ開ける。勢い余って転がりながらも、慌てて身体を起こしアパートの廊下を駆け抜けていく。俺も息を切らしながら男が倒した木製の扉を飛び越え、男の後を追う。
男はそのまま廊下を駆け抜け、反対側の裏口の扉を開け、路地へと逃げる。
俺も廊下を抜けて裏口を飛び出した時、男がどこからか隠し持っていたマカロフ・ピストルを引き抜き、片手でこちらに向かって連続で発砲した。
そのまま近くにあった大きなゴミ箱の裏に飛び込み、弾丸を回避する。裏口から飛び出そうとしたエルも発砲に気付いたようで、裏口の手前で止まってやり過ごす。
狙いの定まっていない射撃を続けた後、男はまた路地を駆け出した。俺はすぐに追跡を再開し、男の背中を追う。
男の手に持つマカロフはスライドが後退しきっており、弾切れを起こしていたのは目に見えて分かった。俺はペースを上げ、男との距離を詰めていく。
必死に足を動かす男は、ワイシャツの裾をなびかせながら近くの建物の扉に体当たりする。だが、一回では扉は開かず、二、三度体当たりをして、やっと開いた。おかげで俺と男との距離はだいぶ縮まった。
男はよろけそうになりながらも、中に入り込む。そのすぐ後ろを俺が続けて飛び込む。飛び込んだのは古い倉庫のようで、埃の積もった木箱が乱雑に放置されているが視界に飛び込んだ。走る視界の中で空気の中に舞う小さな埃を振り切っていく。
目と鼻の先に迫った俺に向かって振り返り様に持っていたマカロフを構える。だが弾切れを起こしているのに気付かず、俺に向かって引金を引く。
ようやく弾切れを起こした事に気付き、驚愕の顔でマカロフに目をやった瞬間、俺は奴の腰に向かってタックルをかます。
古びた床板に男が倒れ込み、積もっていた周囲の埃が舞う。俺は馬乗りになり、抵抗をしようとする男の顔面に右フックを一発お見舞いする。
男は一瞬昏倒するが、その目はまだ生きていた。続けてもう一発拳をお見舞いする。鼻から血を出し、男の鼻は赤黒く染まっていた。
混濁した男の顔を見降ろし、俺は太ももに収まっているM9に手を掛けようとした時だった。
「動くなっ! やめろっ!」
背後から叫ぶ声が聞こえ、複数の気配を感じた。すぐに俺の背後で展開し、ライフルを構えているのが気配だけで分かる。
三人ほどの男が見えるように俺の正面に回る。M4系統のアサルト・カービンを回し、長い髭を生やしてサングラスを掛けた兵隊。喋りと装備からして味方だ。だが、装備や服装からして俺達のような普通の兵士ではない。
「手を挙げろっ!」
まさか味方に銃を突きつけられるとは思わなかった。俺はM9に向かって伸ばしていた手をそのまま肩の上にまで上げる。一人、髭を生やしていない男が俺に近づき、肩の腕章を一瞥した後、すぐに俺の顔を覗き込む。
「第75レンジャーか。ここで何をしている?」
男が静かな声で問い掛ける。
その時、背後からまたドタドタと足音が響き、先程の扉からエルとエリクソン曹長が飛び込んできた。周囲にいた男達が二人に銃口を向け、「動くなっ!」と叫ぶ。
エルとエリクソン曹長は何が起きているのか把握できず、肩で息をしながら俺と周囲の男達を交互に見つめていた。俺は周囲の男たちの装備や人数を確認しながら口を開く。
「集結地点でこのクソ野郎が突然飛び出してきて、こちらに発砲した」
「それで?」
「だから、追いかけて捕まえた、それだけです」
俺の答えに男は感心したように頷く。だが、納得したかどうかは読み取れない。
男達は六人。持っているライフルは俺達とは違う。そして三人ほどアメリカ人ではない事が理解できた。白人だが、眉と目の間が細く、鼻が他の三人と比べて高い。その凛々しい顔立ちからして恐らくイギリス系だろう。
すぐに残りのチームの皆が追い付いた。やはり皆、俺と男達と足元に転がる男を交互に見比べる。
「一体何が……」
呟いたジェリー少尉が俺に近寄ろうとした時、周囲の男達がそれを制した。状況が掴めない皆が再度、俺と問い掛ける男、制止する男たちを見回す。
男はまた問い掛ける。
「作戦内容と識別番号は?」
「集結地点“ロメオ”を確保し、空挺師団との合流です。我々は“トーチ”です」
男は納得したようで、銃口を降ろして俺の身体を引き起こしてくれた。すかさずワイシャツ男を別の男が拘束する。
起こされた俺はそのまま皆の方へと歩かされる。俺は捕まえた男を指差し、問い掛けていた男に質問をぶつける。
「こいつはなんなんです?」
俺が問い掛けると、男は首を横に振る。
「詳しくは言えないが、この戦争を早く終わらせるために必要な人物だ」
「戦争を終わらせる?」
怪訝な顔を浮かべる俺に、男は表情を変えずに頷く。
「あぁ、いずれ分かる」
背後では手錠を掛けられたワイシャツ男のボディチェックを行われている。先ほど落としたマカロフが回収され、ポケットにあった煙草まで全て押収された。男は観念したように大人しくしていたが、その目は周囲の男達を怒りに満ちた目で睨みつけている。
俺の質問に答えた男は仲間たちの所に戻り、何かボソボソと話し始める。その会話は英語ではなかった。俺は注意深く彼らの会話に聞き耳を立てる。
「フランス語だ」
ライバン軍曹はぼそりと囁く。隣のライバン軍曹に目を向けると、すぐに耳打ちをしてくる。
「こいつらはデルタフォースだ。他の男はSASだ」
SAS。イギリス特殊空挺部隊。イギリスが誇る地上最強の部隊だ。
持っているライフルもM4カービンをベースに改良されたM6A2 UCIWというM4カービンより更に短く切り詰められたタイプのものだ。デルタの男が持つライフルもM4ではなく、ドイツ製のM4ライフルであるHK416Cだろう。
その瞬間に正直、彼らが羨ましかった。作戦によって自分の武器のカスタムが許され、自分の使いやすい武器を持っていける彼らを。
彼らはまだフランス語で会話を続けている。フランス語で会話するのは、俺達下っ端の兵士に自分たちの作戦内容を知られないようにする為だと後から知った。
しばらく聞き慣れない言葉で話し合っていたデルタの男は俺に近づく。
「君の名前は?」
「マシュー・ジェンソン伍長です」
俺が答えると男は手を差し出す。握手だ。俺は彼の伸ばした手を掴み、強く握る。
「先ほどは悪かった。よくやったジェンソン伍長。君はレンジャーの誇りだ。胸を張っていいぞ」
男は力強くいった。彼の言葉が急に俺の胸の中で重くのしかかった。一瞬にして今までの事が走馬灯のように駆け巡る。
ケネスも死んだ。俺達を助けるためにデルタのリトルバードのパイロットも失った。フォーリー軍曹も死んだ。
「いいえ、サー」
俺はぼそりと呟く。
「……チームメンバーの多くが負傷し、中には死んだ奴もいる。車両も失った。こいつ一人と引き換え、失ったものが多すぎる」
正直、的を射ていない発言だと分かっていた。しかし、どうしても自分を誇ろうなんて思えなかった。
デルタの男は眉をしかめ、不機嫌そうな顔で覗き込んでくる。
「失敗した、と言いたいのか?」
俺は何も言えずにデルタを見つめる。男は俺の目を力強い意志を宿して見返してくる。
「教えてやる。『俺達には失敗が伴う。だが、それは行動しなければ生まれない。真の失敗とは、剣を振るわずに立ち竦む者だ』」
デルタの言葉に、俺だけではなく皆が静かに耳を傾ける。
「ジェンソン伍長。君はどう思っているかは分からないが、ここまでの自分の行動を失敗だと言うなら、ここまで戦ってきて、死んだ彼らを否定する事になる。君は、もうここで剣を収めて立ち竦むのか?」
俺は黙って首を横に振る。男は満足したのか、頬を少し緩ませる。
「君は……いや、君たち全員はよくやった」
デルタの男は皆に顔を向け、頷く。
踵を返し、他の仲間とともに倉庫の奥へと歩いて行く。その背中はどこの部隊の人間よりも勇敢に、そして勇ましく見える。
「待ってください。あなたの名前を教えてください」
俺は思わず彼を呼び止めた。デルタは手に持っていたM6A2を顔の横に持ち上げるようにして振り返る。
「俺はこう呼ばれている。“エディ”と」
エディ。今まで生きてきた人生の中で一番カッコいい男だった。彼らは確保した男を連れ、そのまま立ち去っていく。
彼らは奥にある正面のドアを開けて通りへと出て行く。薄暗い倉庫の中、彼らが開け放った扉から光が漏れ、逆光が彼らの姿を映す。その姿はまるで映画のヒーローたちのようだ。
通りの前を見るとデルタの回収部隊の車両が到着し、彼らを待っている。彼らはトラックに拘束した男を乗せ、前後のハンヴィーに乗り込む。先頭の助手席に乗り込んだエディはサングラスを掛け、俺達を一瞥した後に去って行った。
俺達は彼らの車両を見送る。最後のハンヴィーの後部座席に座る兵士が簡単な敬礼を送る。俺も同じように手を挙げて見送った。
― ― ― ― ― ― ―
俺達が集結地点に戻ると、病院の東側の通りから空挺師団が現れ始めた。彼らが搭乗しているハンヴィーやLAVは銃弾で穴だらけになっており、中にはRPGか何かでひしゃげた車両まであった。車両と同じくらいボロボロで傷だらけの空挺師団の兵士たちが俺達に手を振る。
「“トーチ”かっ!?」
車両の脇を歩く空挺師団の一人が叫ぶ。
「そうだっ! よく頑張ったなっ!」
ジェリー少尉が叫び返す。
叫んだ空挺師団の隊員は、俺が無力化したBTRを一瞥した後、ニヤリと笑いだす。
「あれを破壊したのは君たちかっ!」
ジェリー少尉が首を振り、後ろにいる俺を親指で指す。
「“たち”ではない、こいつだっ!」
ジェリー少尉の言葉に空挺師団の隊員は目を大きく開き、大げさに驚きの表情を浮かべる。
「ブギーマンを怒らせると怖いぞっ!」
ボロボロになりながらも彼らは笑ってくれた。俺も嬉しくなり、頬を緩ませて笑い返してやる。
太陽が傾きかけてもなお、まだ銃声は市内中に響き渡っている。それでも俺達は、つかの間の安堵に胸を撫で下ろした。