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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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25.集結地点”ロメオ”

 シールズから弾薬を分けて貰った俺達は銀行のエントランスで集合した。全員の顔を確認したジェリー少尉は無線を入れる。


「こちらトーチ4。ハンターライト、どうぞ」


『こちらハンターライト。トーチ4、聞こえるか?』


「報告だ。ハインドはやっつけた。現在ゴールドフィンガーと合流。トーチ1からトーチ3が市内で動けない状態だ」


『了解したトーチ4。現在の人数は?』


 本部からの返答は素っ気ないものだ。もっとも、多くの事態が起きているのであろう。指示するのだって精いっぱいだ。

 ジェリー少尉が再度俺達の顔を見回す。


「十人だ」


 少しの間が空く。何か考えあぐねているのだろうか? 再度本部がいう。


『了解したトーチ4。君たちはそのまま目標のロメオへ向かえ。イーグルスの安全を確保しろ』


 ジェリー少尉の額に血管が浮き上がり、無線を切る。もう怒鳴り散らす事はなくなった。その代わりに失望した表情を浮かべる。


「聞いたか? 俺達はこのままロメオを制圧だ」


 怒りと失望が混ざった声音でジェリー少尉は告げる。俺達が下された命令はあまりに酷だ。チームの半数はいない上に、支援も何もないままたった十人で目標の病院を制圧しなければならない。それがいかに困難かは誰もが理解していた。俺達の肩に重圧な息苦しい沈黙がのしかかる。


 活き込んでいたエルでさえ今がどれだけ厳しい局面かに気付いたのだろう、目は相変わらず鈍く光っていたが、表情は強張っていた。


「いいか。先に言っておくぞ? 俺達は誰一人掛ける事は許されない。俺達はチームだ。少しでも危険だと判断したら、俺達はすぐに撤退命令する。いいな?」


 ジェリー少尉の言葉に皆が言葉を発さずに頷く。ここでの最高指揮官はまさに彼だ。彼の指示に俺達は頷く。

 ジェリー少尉が小走りで銀行の外へと出て行くと、俺達も意を決し、ライフルを構えて進んでいく。


 ― ― ― ― ―


 銀行から集結地点ロメオへは八ブロック先、約八百メートル先だ。俺達は先の襲撃といい、シールズの話もあったので警戒しながら通りを進んでいく。


 周囲には相変わらずの爆撃音と銃声、遠くで誰かの怒声や悲痛な声が渇いた風に乗って聞こえる。

 慎重に、街角に存在する死角に注意を払いながら進んでいく。先ほどのラッサー騎士団の襲撃といい、一瞬の油断も出来ない。


 六ブロックほど進んだ辺りで無線が入る。


『こちらラビット3。ロメオから東に三ブロック先で足止めを食らっている。トーチ、現状を』


 ラビットは合流する空挺師団の機甲部隊の作戦コードだ。ジェリー少尉が応じる。


「こちらトーチ4のジェリー・キャメロン少尉だ。現在トーチ3と共にロメオに向かっている。どうぞ」


『……ラビット3からトーチ4へ。現在、そちらは何名で向かっている?』


 訝しむような声だ。当然だろう、本来ならばスカイハイことアレックス中尉が応答しているのだから。


「ラビット3。こちらは現在10名。敵ヘリの攻撃によりハンヴィーは破壊された。徒歩で向かっている」


 無線の向こうで微かに『なんてこった』と漏らす声が聞こえる。何か逡巡しているのだろうか、少しの沈黙の後、交信が再開される。


『あー……わかった。トーチ4、気を付けてくれ。こちらも敵を排除しだい、すぐに合流するっ!』


 空挺師団から勇ましく頼もしい声が返ってくる。だが俺は先ほどのシールズの件が頭に霞んで、あまり期待してはいなかった。誰もが手一杯なこの状況で、本当に助けてくれる人間はいるのだろうか?


 無線のやりとりを終えると、すぐに移動を再開した。


 ― ― ― ― ― ―


 残りのブロックを進み、俺達はロメオの前まで辿り着いた。


 通りの建物の角から集結地点ロメオである国立病院を覗き込む。病院はかなりの大きさであった。


 病院前の駐車場には優に二百台は停められる程の広さがあり、元は白であったであろうくすんだ外壁の本棟は五階建てで、横幅だけで目算で百五十メートルはあるだろう。病院の隣の道路を跨ぐように連絡橋が作られ、別棟が存在している。


 これほど大きな場所をたったの十人で制圧しなければいけないのか……。途方もない大きな使命に俺は気が滅入った。

 しばらく双眼鏡で建物を覗いていたジェリー少尉が、双眼鏡から目を離し、俺達に向き直る。


「スナイパーもLMGも見受けられない。エリクソン、お前たちは反対側へ行け」


 ジェリー少尉の指示を受け、俺達は反対側の通りに一人ずつ走っていく。最初にリック、エル、エリクソン曹長、そして俺が続く。最初のリックから、最後の俺が渡り切るまで、一切の攻撃は受けなかった。


 チーム全員が移動を完了すると、即座に病院への移動を開始した。病院だけではなく、周囲のビルやアパートからの銃撃に備え、扇状に展開して通りを渡る。通りを渡り終えれば、駐車場に停まっている車と車の間を経過して進む。


 皆が緊迫した面持ちで銃を構え、着実に病院へと歩みを進める。だが、どうだ?今までの戦闘とは違い、まるで銃撃が来ない。


 攻撃を受けないまま病院の正面まで辿り着き、病院の外壁に身体を寄り添わせる。入り口に一番近いエリクソン曹長が指示により、俺達はエントランスホールを駆け抜け、病院のエントランス内に飛び込む。


 広いホール内に銃を構えた俺達の目の前に広がるのは傷付き、生気を失った人々だった。突然現れた俺達の登場に驚くこともなく、生気のない空っぽの瞳をただこちらに向けているだけであった。


「動かないでっ! 私達はあなた達を助けに来たっ!」


 過去に受けたマニュアル通りの言葉を並べながら広いエントランスに展開する。

 何人かは俺達の登場に身体をビクつかせ、通路脇へと移動したが、大半の人は先ほどと同様に身を捩じらす事もなく、ただ俺達を見つめているだけであった。


 俺は目が合うに人間全てに銃口を向けていく。目と銃口が合う奴はどれも敵意はなく、疲れていたり、空虚と怯えが混じった目をしていた。そして、その全ての人間が傷付き、血を滲ませている。


 俺は銃を構えながら畏怖した。ここにいる傷付いた人はみな、俺達のせいなのか?そんな疑問が頭に浮かび、悲惨な現状に身が強張った。


「その場でしゃがんでっ! 動かないようにっ!」


 エリクソン曹長が声を張り、立っている人々に口と手を動かしながら促す。立っている何名かゆっくりと

 俺が目の前に広がる惨状に固まっているとジェリー少尉が俺の肩を叩いた。


「マシュー、この中に兵士がいるかもしれない。いたら報告しろ」


 耳元で囁くジェリー少尉の向こうのファリンに目がいった。ファリンも俺と同じように、傷付いた人々から目を離す事が出来なかった。


 俺はジェリー少尉に視線を戻し、何も言わずに頷いた。俺はファリンに近寄り、肩を優しく二回叩いた。ファリンがハッとし、目が合うと俺は頷いて促してやる。


 俺達は彼らに刺激を与えぬように慎重に動き出し、一人一人、注意深く見ていく。


 くまなく人々を見ていると、そのうちの一人に目がいった。上半身裸で、肩や額に血の滲んだ包帯を巻き、どこか怯えが混じった瞳で俺を見つめ返してくる。


 男から視線を外さずに近寄り、尻の下敷きにしている上着に目を向ける。上着の肩の部分が尻からはみ出しており、そこにはトリチェスタン軍のワッペンが張られていた。


「少尉っ!」


 俺が呼ぶとジェリー少尉はすぐに駆け付けてきた。俺は男の尻に敷かれた上着を差す。ジェリー少尉は頷き、男に立つ様に促す。男は恐怖したのか、アラビア語で捲し立てるように喋り出す。


 ジェリー少尉の隣で「大丈夫だ! 乱暴はしない、ただ調べるだけだっ!」と促すが、男もこちらの言葉が通じない。こういう時に通訳がいないのは厄介だ。俺の言葉に耳を傾けず、代わりに負けじとばかりに身振り手振りで聞き慣れないアラビア語で訴えかけてくる。


 痺れを切らしたジェリー少尉が早口で男の肩を掴み、無理矢理立たせようとした。周囲にいた人々が慄き、俺達から離れようと身を捩じらす。


「やめてっ!」


 突如、背後から駆け寄ってきた女性の看護師が英語で怒鳴りつける。看護師は若く、熱のある意思を宿した目で俺達を睨み付け、男とジェリー少尉の間に割って入る。


「彼に戦意はないわっ! 乱暴はやめてっ!」


「彼は兵隊だっ! 武器があるか調べるだけだっ!」


 ジェリー少尉が怒鳴る。だが、看護師も負けじとジェリー少尉や俺を引き離そうと身体を捩じり込ませる。結局、ジェリー少尉が身を引き、看護師が男を庇う様に立ちふさがる。


「彼は裸よっ! 見て分からないのっ!? どこに武器を持っているのっ!?」


 看護師の鬼気迫る剣幕にジェリー少尉が負けた。俺は看護師の前に片手を出し、落ち着くように促す。


「落ち着いてください。我々は安全を調べているだけです」


「何が安全よっ!? あなた達は私達の生活を滅茶苦茶にしたっ! 美しいバグラムに爆弾を落とし、罪のない人を傷付けたっ! トリチェスタン人をすべて殺して、安全を確保つもりなのっ!?」


 看護師の気迫と、涙交じりに訴えかける目に俺は言葉を失った。伸ばしていた手を降ろし、彼女の視線に耐え切れず俺は目を逸らした。


 ジェリー少尉は小さく首を振り、「わかった。もういい、いくぞ」と俺の肩を引っ張る。何も言わなくなった男と涙交じりに睨み付ける看護師を残して、俺は背を向けて歩いた。


 言葉に出来ない無力さからくる倦怠感を振り払おうと、俺は命令された事を忠実にこなそうと奮い立たせようとした。その時、インカムにノイズが走る。


『スカイハイだ。トーチ3、トーチ4、聞こえるか?』


 アレックス中尉の声だ。すぐにジェリー少尉が応答する。


「こちらトーチ4。無事でなによりです。」


 皆、周囲を警戒しながらもインカムから聞こえるアレックス中尉の言葉に耳を傾ける。


『俺達は海兵隊と合流した。……報告する事がある』


 アレックス中尉の声がワントーン低くなる。また嫌な予感が走り、胸の心臓が嫌に跳ね上がる。


『二名がKIAだ。フォーリー軍曹とケネス伍長だ』


 皆が眉を顰め、暗い顔を浮かべる。


 俺はケネスの最後の顔を思い出す。オーバーウォール作戦前の、どこか照れくさそうな顔をした時と、俺達と離れる時の、どこか残念そうなあの表情。まだ幼さが残るあの顔はもう見れないのだ。


 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるも、すぐに気を取り直したジェリー少尉が返す。


「……了解です、スカイハイ」


『君たちはそのままロメオでイーグルスの到着を待て。すぐに応援に向かう』


 その言葉を最後に無線は切れた。

 俺は傷病人でごった返すエントランスの真ん中で、呆然としていた。


 たった数時間の戦闘で、いろんな事が起こり過ぎた。

 ケネスに、あのリトルバードのパイロットに、傷付いたシールズ隊員に、そしてあの看護師に……。


 眩暈に似た無力さが襲ってくる。

 誰が悪いんだ?俺達は何と戦っているんだ?俺は、誰に銃口を向ければいい?


 そんなつまらない疑問が思い浮かぶ。指先の力が抜ける。


「サー?」


 耳元でエルの声が届き、俺はハッと我に返った。


「顔色が悪いようですが?」


 エルの問いかけに首を横に振り、「大丈夫だ」と返す。


 頭と胸の中で渦巻くどす黒い念を振り払い、自分に言い聞かす。そうだ、考えるな。今は、ここにいる仲間の為に動け。俺はブギーマンだ。


 ジェリー少尉の言葉を思い出す。「仲間を死なすな」。そうだ、俺にはまだやる事がある。


 俺はエルにもう一度頷き返し、先輩らしく「続けよう」と言い放つと、胸の前で斜めに構えていたM4をもう一度握り直す。俺達はエントランスを通り抜け、病院の探索を開始した。




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