24.現れたヒーロー
銃火を食らわせたハインドはすぐにホバリングを止め、上空へと逃げる。
その間に展開した兵士たちがこちらに銃撃を浴びせながら距離を詰めていく。道路を挟んで敵との距離はおよそ百五十メートルもないだろう。俺達は数発撃っては屈み、また数発撃って、屈むという悪循環を繰り返した。
下で応戦していたライバン軍曹が叫ぶ。
「奴らは“ラッサー騎士団”だっ!」
ライバン軍曹の言葉に、俺は応戦しながら兵士を注意深く見た。肩飾りの所に羽をモチーフにした青い飾りが見てとれた。トリチェスタン軍の特務部隊にだけ許されたその飾諸はラッサー騎士団のものだ。厄介な相手だ。
ヘリの連携からして、奴らはそうとう訓練されているだろう。だがこちらだってアメリカ軍の特殊部隊だ。負けてはいられない。
「絶対に近寄らせるなっ!」
カールグスタフからM249に持ち替えたリックが叫ぶ。
俺達は必死に応戦を繰り返す。だが敵も不用意に飛び出してくる事はなく、物陰から少し身を出して巧みに撃ち返す。
すぐ近くで砲塔が破壊されたBTRも敵の後方に回り、突撃のチャンスを伺っているようだ。
「敵ヘリっ!」
エルが叫ぶ。すぐに応戦を止め、先程と同様に壁や柱に背を隠し、ヘリの攻撃におびえる。
そして予想した通り、ハインドがこちらに機首を正面に向けガトリング砲を撃ち込む。
弾丸によって削れていく床や壁を見て、生きた心地がしなかった。自分が隠れている壁がいつ破壊されるか分からない。心臓が嫌に大きく脈打つ。
ハインドの攻撃が終わると、また俺達は応戦を始める。やがて奥で静観を決め込んでいたBTRがゆっくりとこちらに迫ってくるのが見えた。
「こちらトーチ4っ! “サンダーボルト”とハインドに囲まれているっ‼ このままでは全滅するぞっ‼ 誰かいないのかっ‼」
階下で無線に向かって叫ぶジェリー少尉の声は悲痛なものに変わっていた。
迫ってくるBTRを盾にするように兵士たちがその後ろから応戦しながら進んでくる。
このままでは俺達はみんな嬲り殺しだ。俺も腹を決めた。
するとインカムにノイズが走った。
『こちらアウトロー23。了解したトーチ4。支援に向かう』
“アウトロー”はデルタを輸送するリトルバードヘリのトリチェスタン侵攻作戦での作戦コードだ。デルタ? 俺たちのブリーフィングでは聞かされていなかったぞ?
通信が終わってから数秒経った頃、小型のリトルバードは俺達の真上に現れた。
攻撃を仕掛け、旋回しようとしていたハインドヘリを追尾するように続き、その背後を短い両翼に備えたガトリング砲を発射する。
助けに来てくれたのはありがたいが、いくらなんでも無謀すぎる。ハイスクール生がミドル級王者に挑むようなものだ。
「よせっ!」
思わず叫んでしまう。だが俺の声などもちろん届くわけもなく、リトルバードはその小柄な機体を利用し、ハインドヘリの背後を取る。もちろん、高機動のハインドヘリも負けじとリトルバードを引き剥がそうとする。
俺はヘリの攻防から目を離し、近づいてくる兵士に向かって応戦をする。近づいてきた兵士は始末出来たが、装甲車の勢いは止まらない。
階下のトーチ4の隊員の一人がライフルのハンドガード下部に取り付けられたM203グレネード・ランチャーを発射する。
グレネードは見事にBTRに直撃して炸裂するが、その装甲を破る事は出来なかった。
次の瞬間、BTRの横っ腹に対戦車ミサイルが突き刺さり、大きな爆発音を響かせる。
BTRは横っ腹にミサイルを受けた勢いで、そのまま横転しながら爆発する。その真上を先ほどのリトルバードが通り過ぎていく。
なんてこった。まさかドッグファイトをしながら地上の支援を行うなんて。俺が一瞬の出来事に驚愕していると無線が入る。
『こちらアウトロー23、憂いは払ってやったぞ』
痺れるようなセリフを吐く操縦士。彼も相当な手練れだ。俺達は歓声を挙げ、リトルバードに賞賛の声を挙げながら、まだ迫る兵士たちに向かって引金を引いていく。
だが地上の支援が仇となった。
ハインドは僅かな隙を見つけ、綺麗な旋回で今度はリトルバードに機首を向けて発砲する。リトルバードはすぐに機首を逸らして回避したが、今度はその背後を捕らえんと追いかけていく。
今度は俺達のヒーローが追い回される番になった。リトルバードは巧にビルとビルの間を飛びながら、ハインドの攻撃を紙一重で回避していく。
いくつもの弾丸が空中で飛び交い、時折、周囲に着弾した弾丸が爆ぜる破片が降り注ぐ。
果敢に飛び回ったリトルバードだったが、遂にガトリング弾を後尾翼に食らい、ロールしながら見る見る高度を下げていった。
『こちらアウトロー23、被弾したっ! 制御不能っ! 制御不能っ!』
無線に悲痛な声が聞こえる。周囲の皆も身体が強張り、ロールするリトルバードに目を向ける。
『みんな離れろっ! 墜落するっ! ついら――――』
操縦士の懸命な無線が途絶え、近くの工事途中だったビルに激突し、無残にもその機体は潰されていく。耳をつんざくような金属音、そして硬い鉄骨に弾き飛ぶローターの破片は、俺達の希望と同じように砕け散った。
皆が悔しみ、悲しみ、怒りを覚えた。だが、俺達の持つ武器ではまともに太刀打ちできない。
「空軍の応援はないのか!?」
ジェリー少尉が怒りに任せた声を無線に投げ掛ける。無線からはすぐに応答がない。
俺達はヒーローを失った失望に負けじと、展開する兵士たちに向けて応戦する。
応戦を続けていたライバン軍曹が上空に目をやり、目一杯叫ぶ。
「不味い、こっちに来るぞっ!」
空に目をやると、リトルバードを墜落させたハインドが機首をこちらに向け始めている。
俺達は隠れるのを止め、ハインドに向けて掃射した。小口径ライフルでは歯が立たないとわかっていた。だが、今はもう必死に引金を引き続けるしかない。
耳をつんざくような銃声の中で、俺達の使う銃とは違う一発の銃声が微かに聞こえた気がした。少ししてハインドがバランスを崩し、そのまま機首を前にして地面へと吸い込まれるように落ちていった。
「どうしたっ!? 落ちるぞっ?」とファリン。
やがてハインドヘリは煙も上げることなく、そのまま大きく回転し始め、高度を落として近くのビルに突っ込んだ。皆歓声を挙げる事もなく、ただ茫然とその光景を見つめる事しかできなかった。
それを合図に反政府軍の兵士たちも狼狽え、撤退を始めた。空からの援護を失くした今、勝機がないと確信したのだろう。
俺達は撤退する兵士に銃撃を浴びせるわけでもなく、そのまま警戒し続けた。
ハインドが墜落したビルは大きく穴が空き、そこから黒煙が立ち昇っている。ビルの周囲には破損したローターや後尾翼が路上に転がっていた。
「弾丸が貫通したのか?」
この戦闘のお陰で、顔中擦り傷だらけのリックがいう。考えにくいが今はそう思うしかないだろう。俺達だって、奇跡が起きて墜落したとしか今は思えない。
「……ハッシシでもキメてたんじゃないのか?」
ファリンが呟く。見れば、ファリンも同じように擦り傷だらけだった。笑えないジョークを俺達は鼻で笑い、すぐに階下へと降りる。
階下に下りると、俺達よりももっと酷く擦り傷をし、迷彩服を埃で汚したエリクソン曹長とジェリー少尉がこちらに向く。
「お前たちもよくやった。すぐに移動するぞ」
ジェリー少尉の言葉に頷いた。そうだ、俺達のやるべき事は変らない。
俺達は僅か一時間にも満たない戦闘で疲弊したが、気力で身体を動かす。
またトーチ4を先頭に、弾丸でボロボロにされたレストランを出ると、通りへと進んでいく。
― ― ― ― ―
敵との交戦もないまま通りを出て4ブロックほど進むと、通りの向こうにトリチェスタン国立銀行の建物が目に入った。鉄筋先ほど連絡のあったシールズがいる建物だ。
「こちらトーチ4からゴールドフィンガーっ! 南から接近する、撃つなっ!」
『了解したトーチ4』
俺達は周囲を警戒しながら銀行のエントランスへと向かう。入り口から数名の隊員が出てきて、周囲を警戒する。俺達は彼らの横を通り過ぎ、建物の中に転がり込む。
中に入ると俺達は思わず息を呑んだ。
エントランスの待合用の長椅子には重症を負った兵士や、もう息をしていない兵士が横たわっていた。
頭に血が滲んだ包帯を巻きつけた一人のシールズ隊員が問い掛ける。
「ハインドはどうした?」
「やっつけてやったぜっ!」と自らのM4をパンパンと手で叩くファリン。
俺は空気を読まないファリンを背後で睨み付けた。
周囲を見回せば、殆どのシールズの隊員らはすでに満身創痍と化していた。負傷している者が多く、動ける者すらも疲弊し、壁にもたれるように座り込んでこちらを睨みつけていた。
エリクソン曹長が先ほどの隊員の肩に手を置く。
「一体何があった?」
「二時間前、俺達はここから北に2ブロックの国立図書館に降下した」
傷付いたシールズ隊員がぽつりぽつりと語り始める。
「そこに待っていたのはラッサー騎士団の連中だった。それも、第二機動歩兵隊と呼ばれる連中だ。奴らは俺達が降下するのを待ち伏せしていやがった。ヘリからの降下中、奴らは一斉に撃ってきやがった。お陰で三人が地面に落ちた」
シールズ隊員が悔しさを滲ませながら、床に視線を落とす。俺達は黙って彼の言葉に耳を傾けた。
「それから図書館の中に突入し、奴らとやり合ったよ。奴らは狡猾だった。俺達を袋のネズミにし、動けない所をひたすら撃ち続けた。お陰で四十人のうち、動ける者は僅か二十七人まで減らされたよ」
「それで、奴らは?」とエリクソン曹長が尋ねる。
「しばらくの交戦の後、奴らは撤収した。まるで風のようにだ。俺達は傷付いた仲間を背負ってここまで辿り着いた。」
シールズ隊員は言い終わると虚ろに俯く。エリクソン曹長はどこかバツが悪そうに顔を歪めたが、すぐに気を取り直していう。
「俺達は市の中心部にある病院を制圧したい。だが、仲間を置いてきてしまっている。手を貸してはくれないか?」
エリクソン曹長の声にシールズ隊員は首を横に振る。
「すまない。ここで手いっぱいなんだ」
シールズの隊員の言葉に俺達は落胆した。
「だが、使える装備は持っていてくれ。すでに応援は呼んでいる。俺達は、疲れた」
吐き捨てるように彼は言った。“疲れた” その言葉が何故か胸に響く。
俺達は互いに顔を見合わせた後、頷き合うなり、声を掛けまわって弾薬を探す事にした。