23.頭上の捕食者
店を飛び出したエルが歩道を跨ぎ、走行車線の中ほどを行くか行かないかの所で止まると、また旋回してきたハインドに気付いてヘリに向かってM4カービンを構えて乱射する。
当然だが、小口径のM4カービンの弾丸ではヘリには大したダメージはなくこちらに向かって飛行しながらガトリング砲を発射していく。
発射されていく弾丸は蛇が這うように地面を走り、エルに届く前に俺とエリクソン曹長が身体を引っ張る。
間一髪の所で直撃を免れ、エルがさっきまで立っていた場所に弾丸が炸裂し、砂埃を舞い上げる。
「こっちに来いっ!」
エリクソン曹長と共にエルの身体を掴み、店の中へと戻る。
建物の中に引き摺りこんだエリクソン曹長がエルの身体を投げ込むように奥へと押し込み、すぐに店の入り口側の壁に張り付く。俺も同様に壁に張り付き、ハインドヘリを警戒した。
店内の床に崩れるように落ちたエルが立ち上がると、その身体をジェリー少尉が掴み、壁に押し付けた。
「貴様、なにを考えているっ!」
「仲間を助けようとしましたっ!」
ジェリー少尉の怒鳴り声に負けじとばかりに声を張り上げるエル。
「エリクソンとマシューがいなかったらお前が死んでいたぞっ! 仲間を死なす前に、自分を殺すなっ!」
ジェリー少尉の言葉に俺はレンジャースクールのワイバーン教官を思い出す。俺も心の中でジェリー少尉に同意する。
「サーっ!」
「ヒーローを気取るなっ! 貴様なに様のつもりだっ!」
ジェリー少尉の怒声に俺達は思わず目を向けてしまった。その時だった。
「おい、クソっ!」
外を警戒していたファリンが驚愕の声を挙げる。すぐに視線を戻す。
「ハインドがこっちを向いたぞっ!」
ファリンが叫ぶよりも前に、視線がそこに向いた。ちょうど向かいのトーチ1とトーチ5が逃げ込んだビルの真上にハインドヘリが滞空し、こちらに機首を向けようとしている。まずい。
「奥に逃げ込めっ!」
ジェリー少尉が叫び、店の奥へとエルと共に走り出す。俺達は我さきにジェリー少尉の背中を追いかけた。
続いてランチャーやガトリング砲が火を噴き、店内に飛び込んでくる。列の最後尾だった俺は、背中に破壊されて舞い上がった破片と熱を感じながら、必死に前を走るエリクソン曹長の背中を押した。
店の奥に行き、狭い従業員用のスペースを通る。突き当りのドアを押し破ると狭い路地裏に出る。俺は転がるように飛び出し、すぐ対面の薄汚れたコンクリートに背中をもたれ、荒々しい息を整える。
他の仲間はすでにライフルを構え、周囲を警戒していた。俺も大きく息を吐き、肩でしていた呼吸を整え終わると、すぐに持っていたライフルを構える。
『こちらトーチ1。トーチ3、トーチ4、応答を』
無線が入る。トーチ1のサンダーソン曹長だ。
『こちらトーチ4。トーチ1、聞こえるか?』
ジェリー少尉が応答する。
『トーチ4、無事でなによりだ。状況を』
『トーチ1、こちらは……』
ジェリー少尉が皆を見回し、最後に俺を見る。俺は親指をグッと立てて見せる。
『全員無事だ』
『了解トーチ4。災難でしたね。おかげでトーチ2を収容出来た』
どうやらハインドが俺達に攻撃をしている間に、トーチ1とトーチ5が救助を行ったようだ。ある意味、エルの功績かもしれない。
『トーチ2は……アレックス中尉は気を失っているが無事だ。ルディ曹長、ケネス伍長が負傷。カート伍長、ランディ軍曹がKIAだ』
『……了解した、トーチ1』
KIA。聞きたくない言葉だった。俺たちはうなだれ、肩を落とす。仲間の死はいつだって痛い。
眉間に皺を寄せたジェリー少尉が本部に無線を入れる。
「こちらトーチ4っ! 敵のヘリの掃射を受けているっ! 空軍に応援をっ!」
『こちらハンターライト、スカイハイは?』
「スカイハイは負傷したっ! 代理のジェリー少尉だっ!」
『こちらハンターライト。……ダメだ、空軍の応援は回せない。しばらく持ちこたえてくれ』
本部も手一杯なのだろう、早口でいうなり無線を切った。「クソッたれ」と悪態を吐き、今度は無線を全周波数に掛けるジェリー少尉。
「こちら第75レンジャー連隊第2大隊所属のジェリー少尉だ。市内で敵ヘリの攻撃に襲われている。支援が欲しい」
ジェリー少尉の無線が混線する。耳障りなノイズに混じり、色んな声が断続的に飛び交う。
しばらくしてスピーカーの向こうで息が吹きかかるザザ、という音が聞こえるなり、声が届く。
『こちら“ゴールドフィンガー”。現在の場所を教えてくれ』
“ゴールドフィンガー”とは、ネイビーシールズの暗号名だ。ジェリー少尉はすぐさまポケットから地図を取り出し、確認する。
「現在の場所は446789だ。どうぞ」
数秒ほど沈黙が続き、またザザ、とノイズが入る。
『了解した。そのまま北側に七ブロック進め。ハインドをおびき寄せてくれ。対処する』
おびき寄せてくれ? 簡単にいう。ヘリから逃げるのが如何に大変かはシールズの連中だってわかっているはずだ。だが、今はシールズのいう通りにするしかないだろう。
ジェリー少尉は「感謝する」と無線を切り、俺達を見据える。
「いいか、聞いての通りだ。ここで留まっていたら皆死ぬぞ。ゴールドフィンガーと合流する」
俺達は黙って頷く。ジェリー少尉は額に血管を浮き上がらせて叫ぶ。
「路地裏に沿って合流する。通りに出る時は充分に注意しろっ!」
「ハインドは?」とライバン軍曹
「どうせ付いて来るだろうっ! ついてこなかったらゴールドフィンガーを連れて叩き落とすっ!」
ジェリー少尉の怒声は圧巻する。彼なら本当にシールズの隊員を殴り倒してでも連れて行きそうだ。
「俺たちトーチ4が先導するっ! エリクソン、お前のチームは後ろを頼むぞっ!」
「了解です、少尉っ!」
エリクソン曹長も声を張り上げて返し、トーチ4を先頭に俺達は路地裏を進んだ。
― ― ― ― ―
俺達はトリチェスタンの熱い気候の中、汗を滲ませながらライフルを構えて路地を素早く進む。
もう四ブロックも進んだ。途中、大通りを跨がなければいけない所は素早く渡った。その度にハインドは俺達の頭上を旋回する。
このハインドの操縦士は狡猾で慎重的だ。決して通りでホバリングを行うことはない。戦闘ヘリの基本は攻撃して離脱だ。それをある程度わきまえた上で俺達を付けまわしている。
ホバリングをずっとしてくれていたら、リックの背中に背負っている無誘導のカール・グスタフでも落とせるのだが。
先頭を走るライバン軍曹が路地から大通りへ顔を向ける。その瞬間、ライバン軍曹の周囲に弾丸が飛び散り、周囲の壁の破片が舞った。
「敵兵っ!」
先頭にいたライバン軍曹がM249を腰だめで撃ち、路地に後退する。俺達は足を慌てて止める。
続いて路地の向こうからエンジン音と車両が近づいてくる振動が地面に伝わる。
「装甲兵員輸送車っ!」
路地を塞ぐようにBTRが現れる。全長七メートルの車体に、腰ほどの高さのどでかいタイヤを八輪備え、車体上部には回転式の14.5mmの重機関銃とそのすぐ真横にPKT 7.62mm機関銃を備えた砲塔が乗っかっている。
BTRは一度その鋼鉄の横っ腹を見せつけるように停まり、横っ腹の側面に備えられた銃眼※1が開く。
俺はそこから銃口が伸びる前に、すぐ目の前の木製の扉を体当たりで押し破った。体勢を立て直すと、皆を建物内に入れている間にライバン軍曹と共にガンポートに向かってM4を撃ちまくった。小窓の向こうにいた兵士は怯んだのか、銃口を引っ込めた。
一瞬、手榴弾を窓の向こうに投げ込もうか悩んだが、すぐにBTRのタイヤが回転し始めたのを見て、ライバン軍曹と共に建物内に逃げ込んだ。
俺達が逃げ込んだ建物はレストランか何かのようで、中に入るとすぐに広いキッチンに出くわした。ファリンとリックが扉を閉めると、二人掛かりで大の大人が二人は入れそうな冷蔵庫を傾け始める。俺もそれに加わり、冷蔵庫を扉の前に倒して、敵の侵入を防いだ。
「クソっ! なんだっていうんだっ!」
「サーっ!」
正面に回ると、通りを挟んだ向こうは広い更地になっていた。足首ほどの高さのコンクリートの基礎やショベルカーが置かれているのを見ると、工事途中の現場のようだ。
更地の隣には建設途中のビルがあり、四階から上は外壁が張られておらず、むき出しの赤い鉄骨が露わになっている。建設用足場がない事から、建設途中に放棄されたのだろう。
エルが視線を向けるのはその更地の向こう。公園のような広い場所が見える。敵は大通りから工事途中のビルへと入り込み、その広場へと展開する。
先程のBTRも大通りからこちらの店の前に回り込んでくる。目と鼻の先に迫るBTRは恐怖そのものだ。
エリクソン曹長は二階のテラス席に続く階段に気付き、リックの肩を掴む。
「リック、上にあがってカール・グスタフをお見舞いしてやれっ!」
頷いたリックはすぐに二階に続く木製の階段を駆け上がる。俺とファリン、エルもリックに続いて二階に上がり、通りに面する窓に駆け寄る。
二階から覗くとBTRは通りの反対側の車線に回り込み、砲塔の射線にこちらを入れようとしている。俺が窓ガラスの四方を撃ち、続いてファリンが近くにあった硬いスチール製の椅子でガラスを叩き破る。その間に準備を行っていたリックがカール・グスタフを肩に担ぎ、窓際に走る。
俺達はバックファイア※2に気を付け、すぐにリックと距離を置いた。
「やっちまえっ!」
ファリンが叫ぶ。リックがゆっくりと走るBTRに狙いを定め、引金を引く。
ブォン、という大きな音と共にカール・グスタフの発射口と後方から巨大なガスが発生し、店の中の紙ナプキンやらメニュー表が宙に舞い上がる。
発射された弾頭はBTRの砲塔部分に当たり、砲塔部分を見事に吹き飛ばした。だが、それは成功ではない。
「BTR、中破っ!」
エルが叫ぶ。肝心のBTRは生きており、砲撃を食らったお陰で慌ててエンジンを唸らせ、通りの前から離れていく。仕留め損ねた。俺達はリックを責める事は出来ないが、目に見えて落胆する。
「次弾はないのかっ!?」
「今ので最後だっ!」
のたまうファリンにリックが首を横に振る。下で様子を見ていたジェリー少尉が再度無線を入れる。
「こちらジェリー少尉だっ! 後三ブロックの所だがそちらに近づけないっ! こちらの応援に来れないかっ!?」
『こちらゴールドフィンガー。ダメだ、作戦行動中の為に現在の位置を離れられない。自力で抜け出してくれ』
言い切ると無線が切れた。
「何が作戦行動中だっ!」
ジェリー少尉が悪態を吐き捨てる声が二階に居ても聞こえる。
敵は工事現場のビル、そして公園と思わしき敷地の塀の裏などに展開し始める。
俺達が応戦を始めようとしたその時、ハインドが奴らの真上でホバリングを始めた。一瞬にして俺は青ざめる。
「来るぞっ!」
俺が叫ぶや否や、皆が壁や柱の後ろに張り付く。次の瞬間、店内にけたたましいガトリング砲の弾丸が飛び交った。
「クソがぁっ‼」
物陰で頭を抱えながらファリンが叫ぶ。
数秒ほどの短い時間だったが、俺達には何十分にも感じた。その間ずっと息も出来ず、ただひたすらに自分に弾丸が当たらない事だけを祈った。
※1銃眼……弓矢や銃を構える為の小さな小窓。
※2バックファイア……ロケットランチャー等の武器を発射した際、兵器の後方から出る発射ガス。