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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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21.解放作戦前日

 作戦会議室に集められた俺達にアレックス中尉と連隊長がおり、作戦の説明が行われた。

 首都バグラム攻略作戦はデザートキャッスルという名前が付いた。


 六時間前に空軍がついに制空権を掌握し、さらに首都へ続くファジー川の橋を制圧した連合軍はついに足掛かりを掴み、首都への大々的な侵攻が出来るようになった。


 本作戦では首都西側より、ネイビーシールズ、海兵隊、レンジャーが雪崩れ込む。第101空挺師団が都市部東側に降下し、封じ込める作戦となった。


 また南部側はイスラエル軍、エジプト軍によって封鎖し、逃げる者を全て検閲に掛ける予定になっている。当然、サラディのクソ野郎を捕まえる為にだ。


 その日、基地では皆が浮かれた。すぐに戦争を終結してやる。そんな意気込みでいた俺達には今回の作戦は大きな山場であった。作戦開始まで十八時間前だというのに、基地では皆がはしゃいでいた。


 一方で俺は装備のメンテナンスに取り掛かろうと格納庫に行き、自分のライフルや弾薬を確認していた。

 作業を行っていると背後からエルが近づき、無言で同じように武器のメンテナンスを行っていた。しばらく何も言わずに作業を行うエルに俺は(おもむろ)に問いかける。


「戦いが好きなのか?」


 俺が問う。エルは手元を動かしながら唇を舌で濡らし、上目遣いで俺を見る。


「えぇ。実力を発揮できます」


 自信たっぷりな言葉。

 そんなエルの姿を見ると、確かにジェリー少尉が言っていた事が理解出来た。いつかのハイスクール時代の自分を思い出す。無駄に尖り、誰かと力合わせすることで自分を見つけられなかった自分。


 M4カービンのロックピンを外し、中のボルトにガンオイルを差しているエル。俺は自分のM4を戻し、彼女の背中に回る。エルは一瞬警戒して俺を一瞥したが、俺は気にせずエルの持つM4カービンの中を覗き込む。


「そこにオイルをつけすぎない方がいい。ガスの噴出が妨げられて、弾詰まり(ジャム)を起こすぞ」


 俺の指示にエルは素直に受け取った。器用にグリスをチョンチョンと細かく出す。

 エルは拍子抜けた顔でM4を見つめている。俺はついでに自分の持っているガンオイルを差し出した。


「こいつを使うといい。こいつの方がM4のピストンに合う」


 エルは再度警戒した顔をしたが、俺がわざとらしく首を傾げると、パッと奪い取る様に受け取った。

 しばらく俺から受け取ったガンオイルを見つめた後、「ありがとうございます」と礼をいう。


「どこか、勘違いをしていました。あなたも()()()()と一緒かと」


()()()()?」


 俺が聞き返すとエルは少しうんざりした顔を演じる。


「皆が私にいう。“エル、あなたはどうして戦うの?”“エル、君にはもっと良い選択をすべきだ”、と。なぜ私が戦ってはいけなのか? だから私は連中に言ってやるんです。“女だから?”“そんな事、誰が決めたの? 国の決まりで、別に女性は兵士になってはいけないと書いてはいない”。いつもそうやって言い返してやってるんです」


 不機嫌を演じたエルは、そのまま眉間に皺を寄せる。


「もしかして、それで軍人に?」


「ええ。……いけませんか?」


 その勝気な言葉に俺は確信してしまう。エルは、間違いなく昔の俺だ。不謹慎にも俺はいう。


「気を悪くしないで欲しいんだが、もしかして、家には戻りたくないのか?」


 俺の言葉にエルは目を丸くする。しまった、そう思い、俺は薄く唇を開き、すぐに顔を逸らす。


「すまない。別に変な理由があったわけじゃない。ただ、その……なんとなく、そんな気がしただけだ」


 思わず俺が狼狽してしまった。


「……その通りです。私は、自ら家族を捨てました」


 意外な言葉だった。エルは持っていたM4を斜めに構え、ハンヴィーに背を預ける。


「私を生んだ父は生まれた時には死んでいたそうです。その後母は、女手一つで私を育ててくれました。それから再婚してすぐに今度は母が亡くなりました。生まれたばかりの妹を残して」


 硬い床に視線を落とし、エルは静かに続ける。


「そして義父はあろうことか、すぐに再婚したんです。私たち姉妹は別の家で暮らすようになりましたが、義父はそこで妹と同じ年の娘を生ませていました。そこから義父は二重の生活を送ってました。愛する家族の前では優秀な父を演じ、私達の前では哀れに思う優しい父として」


 俺もエルの隣でハンヴィーにもたれかかって、彼女の話に耳を傾ける。ついさっきまでの強気な姿勢が嘘のようにエルの顔は暗かった。


「幸い、父は大きな企業の社長でした。暮らしには困らなかった。ですが、私は耐えられなかった。そして十七歳の時に知りました。養父は母と再婚する前から再婚相手と恋仲だったという事を。だから十七歳になった時、家を飛び出しました。まだ幼い妹を振り切って」


 過去の事がフラッシュバックしたのだろうか、エルの瞳が赤く充血している。だが、エルは決して涙を零す事はなかった。


「伍長、私が軍人になったのは間違いですか? 私は確かに強くなる為だけに、それが簡単に出来そうだった軍隊に入りました。それは、間違いですか?」


 強気の目を蘇らせ、俺に向ける。少し思考を巡らせ、そっと口を開く。


「ここに来る奴は、色んな理由をもってやってきている。ただレンジャーに憧れたり、ヒーローになってみたかったり、あるいは女にモテたいなんて奴もいる。君もその中の一人だと思えばいい」


 エルが何か言いたそうだったが、俺はそれをさせまいと続ける。


「それでも、君は厳しいレンジャースクールの試練を突破してここまで来た。それは君の努力と信念の成果だ」


 褒めてるつもりだった。だが、エルの反応はどこか薄い。俺は自ら言葉を継ぐ。


「そして、間違いか正しいかなんてものは、気にしなくていい。頭の横を弾丸が霞めれば、そんなものはすぐに忘れてしまうのさ。自分の人生の選択が間違いか、正しいかなんてもんは、死んだ後で充分だ」


「死んだ、後……」


 エルが息を呑むのが分かった。俺は頷いてやる。


「そうだ。だが、死を意識するな。俺も決して偉そうな口を利ける程に軍人をやっているわけじゃないが、なぜ古参が君にうるさくいうのかは分かる。誰だって君に死んでほしくない。仲間の死は自分が死んだような気分になる」


 そう言った途端、俺の瞳の後ろにあの光景がフラッシュバックする。ジェームスが死んだあの瞬間、そしてサリューの遺体を見たあの時の……。

 俺の視界はすぐに目の前のエルに戻る。


「伍長、仲間の死は……とても痛いですか?」


 エルの問いかけに俺は目を閉じた。そのまま小さく深呼吸し、目と口を同時に開く。


「……あぁ、すごく痛い。だが、経験する必要はない。そうしないように俺も努力する。君もそうしろ」


 俺はエルの肩を叩き、自分の作業に戻る。


 しばらくエルは俺を見据えたまま微動だにせずにいたが、「ほら、その為の準備をしようぜ」と声を掛けると作業を再開した。


 自分のM4をメンテナンスしながら思う。もし、妹がいたらこんな感じだったのだろうか? それとも、後輩がいたらこうだったのか?


 わからない。俺には兄弟もいなければ、親しい後輩もまだ出来た事がない。気が付けば、軍隊で経験する事が多いものばかりだ。


 ― ― ― ― ― ―


 作戦開始4時間前。時刻は朝8時頃だ。


 俺達は作戦開始地点に移動する為にハンヴィーに乗り込み、長い車列を作って国道を走る。


 先頭には機甲師団の歩兵戦闘車LAV-25の集団が走り、その後ろにはM1エイブラムス戦車の車列が走る。彼らが先頭を走るお陰で国道に積もった砂埃が舞い上がり、俺達は薄い砂塵の中を口にスカーフを巻いて走るハメになった。


 俺達トーチ3は運転席に俺、助手席にエリクソン曹長、後部座席にファリンとエル、ルーフの機銃座にはリックが座った。


 珍しくファリンが軽口を叩かない。作戦前の緊張なのか、隣のエルを気にしてなのか。だが俺はそれにつっこまずに目の前で進んでいくアメリカ軍の大隊に付いて行くのに専念した。


『こちらコンピーより各車両へ。目の前から民間人の列だ。減速せよ』


 先頭のLAVから無線が入る。速度が落ち、人が歩くぐらいの速度で車を進める。

 しばらく進むと、車列が一度停止した。周囲からうんざりする声が飛び交う。俺達の車内は無言だった。


『こちらコンピー1、民間人は首都バグラムからの避難民と確認。本部の要請により待機』


 周囲からはさらに罵詈雑言が飛び交う。


「構うな、ほっとけよっ!」


「先を行かせろっ!」


 兵士たちの喧騒が生まれ、緊迫と高揚があったムードはどこかへ消えていってしまった。

 ルームミラーを覗くと、エルはどこか冷めきっていた。


 これも新兵にありがちだが、大きな作戦と聞いて色めき立つが、大掛かりな作戦ほどこんな風にトラブルに見舞われて足止めを食らう。そして何度も出鼻をくじかれて心が萎えてしまうのだ。


『こちらハンターライト。民間人の取り調べを行う。各班、現状にて待機』


 本部からの無線が入る。

 さらに落胆の声が広がる。さすがのファリンもここぞとばかりに口を開いた。


「待機ねぇ。“お座り”、“撃て”、“待て”、“お座り”………俺達は何回待たされれば気が済むんだ」


 苛立ち、膝をパンパンと両手で打ち付ける。隣のエルも首を小さく横に振り、車窓の向こうに見える硬い砂と小さな岩以外にしかない風景をじっと眺めていた。


 ふとサイドミラーを見ると、後方の海兵隊の車列が道路脇に車を寄せているのが見えた。どうやら、取り調べを任されたようだ。


『こちらスカイハイ。トーチ6よりトーチ10へ。海兵隊の援護を行う。車列を離れよ』


「嘘だろっ!?」


 アレックス中尉からの無線にファリンが激怒する。それもそうだ。作戦に参加すべき仲間が減らされたのだ。誰だって頭に来る。

 流石のエリクソン曹長も眉間に皺を寄せている。


『こちらトーチ4よりスカイハイ。味方の戦力が減っては作戦の遂行に支障が出ます』


 ジェリー少尉の声だ。聞き取りづらい無線の声でも苛立っているのが分かる。


『トーチ4へ。ハンターライトからの決定事項だ。変更できない。アウト』


『スカイハイ、了解した』


 最後のジェリー曹長の声はひどく苛立っていた。ジェリー曹長の気持ちも分かるが、アレックス中尉にも俺は同情した。軍隊は所詮、大きな会社だ。上からの命令は絶対だ。命令に不服従すれば、厳しい処罰が下される。もちろんアレックス中尉はそんな事を気にしない人間だが、自分が中隊の指揮を任されている以上、そんな無責任な事は出来ない。リーダーのいないグループほど、容易く崩壊するからだ。


 すぐに後ろのトーチ6からトーチ10の車列が路肩に移動し始める。


「クソッたれ、クソッったれっ‼‼」


 呪文のように悪態を吐き続けるファリン。


「ファリン、少し黙れ」


 機銃座の上からリックが静かにいう。


「あーあー申し訳ありませんね。だけど、こんな理不尽なことあるか?」


 ファリンが俺達メンバーに視線を巡らせて訴えかける。その様にはエルもうんざりし、視線を合わせない様に身体を反対側に逸らしている。


 しばらく沈黙が続いた後、唐突にエリクソン曹長が口を開いた。


「俺がまだ小さい時、妹が熱を出してな。親父はまだ六歳だった俺を連れて薬局に行ったんだ。解熱剤を買うために」


 ファリンもエリクソン曹長の言葉に怒りを鎮め、前のめりに聞き耳を立てる。


「そして町の薬局に行くと、店主は俺と親父の顔を見て首を振るんだ。『残念だが、君たちには売れない』と。そして俺たちの後ろにいた白人の子連れには解熱剤を売ったんだ。俺は言った“ねえ、父さん。どうして僕たちには薬を売ってくれないの?”と。“僕たちが黒人だから?”ってな」


 横目でエリクソン曹長の顔を見た。視線は前のハンヴィーを見ていたが、その目はどこか遠かった。


「親父は苦い顔をしていたよ。そして親父は何も言わずに俺の手を引いて車に乗せた。結局、2時間かけて別の町へ行って、そこでやっと薬を買えた。家に帰る時間を含めて合計で四時間、親父はずっと無口だった。カーステレオからずっと流れていた『グッドバイ・ベビーフェイス』が苦痛で堪らなかった。それと比べれば、こんな渋滞なんてもんはマシだ」


 最後に薄っすらと笑った。俺達は初めてエリクソン曹長のジョークを聞けて歓喜した。堅物だと思っていた男のジョークに俺達は頬を緩ました。


 しばらくクスクスと笑っているとルーフにいたリックがハンヴィーの屋根をリズムよく三回叩く。


「“ハイウェイを走る 君は横でうなだれたまま”」


 リックが唐突に『グッドバイ・ベビーフェイス』を歌い始める。俺もこの曲は知っている。おじさんから貰ったカセットテープの中に入っていた曲だ。80年代中頃にヒットしたフォーク・ミュージックだ。


 次いでファリンも歌い始める。


「“僕の顔をうんざりと見るんだ”」


 次に俺とエリクソン曹長も口ずさむ。


「“コーヒーショップでも寄ろう 僕は誘うけど 君は目も合わしてくれない”」


 エルはどうやらこの曲を知らないみたいで、俺たちの顔を不思議そうに眺めていた。車内では四人の男の歌声が響く。


「“もっと遠くへ そう、もっと遠くへ もう離れないように”」


 俺達の歌声が届いたのか、前後の車両からもハモる声が響く。


「“君は『もう会えない』と言うけど 僕はここで君を待っているんだ そう待っているんだ”」


 サビの部分に差し掛かると、ハモリは大きくなり、中には手拍子を挟んでくる者で出てきた。


「“さようなら ベビーフェイス さようなら ベビーフェイス”」


 サビを歌い終わると、間奏中に入るアルペジオを後ろのトーチ4の機銃座に座っていたライバン軍曹が巧みな口笛で奏でる。俺達はその間にハンドルや車体を手でパーカッションのようにリズムを刻む。


 間奏が終わると、誰ともなく二番のAメロを歌い続ける。本部から無線が入り、車列が進んでもなお、俺たちの歌は止まらなかった。


 通り過ぎる難民たちなど気にもせず、俺達は歌い終わるまで、決して歌を止めなかった。


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