表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
127/146

19.オーバーウォール作戦

 一月二十七日。その日は来た。


 イスラエルの陽動により、トリチェスタン国内は大きく揺れ動いた。


 だがイスラエル軍だけではない。イギリス軍、フランス軍、ドイツ軍、オランダ軍の連合軍もトリチェスタン北部の国境に集結し、トリチェスタンの反政府軍は防衛戦力を散り散りにさせなくてはいけなくなった。


 それでも、地中海に侵入したアメリカ海軍艦隊の脅威に気付いた反政府軍は地中海側の防備を固めているだろう。

 レンジャー連隊はUH-60ブラックホークヘリとV-22オスプレイに乗り分け、作戦開始の合図を待つ。


 俺たちトーチ3はブラックホークヘリに乗り込み、都市の中でも高層な商業ビルである『イヒュマビル』への降下が任務だった。


 作戦発令を前に、俺達はいつでも飛べるようにローターを回し続けているヘリの機内で待機。全員の顔が妙な緊張感と高揚感を練り混ぜた空気で張りつめている。


『こちらは皆さまを運ばせて頂きます、操縦士のリード曹長です。機内は大変揺れます。お荷物をお持ちの方は足元に降ろしください』


 そんな空気を切り裂くような軽快な声が無線に響く。皆がクスクスと笑う。


『当機内でのご飲食は禁止となっております。また、ご気分が悪くなった方は、お隣の方のヘルメットをお借りする事をお勧めしております』


 リード曹長のジョークにさらに皆が笑い出す。大規模な戦闘前にこんなジョークを言えるのだ。彼はきっとベテランの操縦士なのだろう。


 少ししてリード曹長が別の無線に繋ぎ、会話をしている。会話が終わるとすぐに機内無線に切り替える。


『早速フライトを開始します。コード《チャーリーは波の乗った》っ!繰り返す、《チャーリーは波の乗った》っ!』


 作戦開始の合図だ。ローターの回転数があがり、ヘリが離陸を始める。


「”カリフォルニア・ドリームっ‼”」


 リックが高らかに叫ぶ。続いて俺達が「レンジャーっ‼」と叫んだ。


 俺達のブラックホークヘリが飛び立ち、周囲のオスプレイやリトルバードも同じように続く。空母から飛び立ったヘリ達は編隊を組み、それは大規模な航空機の群れを作り上げた。さながら滅多に見れない航空ショーだ。


 ヘリから望む地中海の海は熱く、そして藍色に光って綺麗であった。


 俺達は遠くに見える着陸地点の市内を眺めていた。轟音を響かせて飛んで行ったF-22戦闘機が市内上空を旋回し、制空権を確保している。市内にはいくつもの黒煙が上がり、時折爆音が聞こえる。


 俺達が上陸する十六時間前、空軍が制空権を掌握してからずっと空爆を行っている。空軍もかなり本気を出しているようだ。こちらの獲物は残っているのか?


『着陸まで五分だっ!』


 リード曹長が叫ぶ。皆が銃の安全装置を外し、インカムの具合などを確認する。


 シャバブー沿岸部上空まで辿り着いた時、対空砲火がヘリを襲った。ほとんどの固定砲座やSAMなどは戦闘機が破壊してくれたが、それでも取りこぼしがあったのは充分予想していた。


 反政府軍の兵士がライフルやジープに搭載された重機関銃でこちらを狙っていた。すぐ近くのオスプレイの羽根に弾丸が当たり、火花が散ったのが確認出来た。すぐにブラックホークヘリのドアガンに搭載されたミニガンが火を噴き、応戦を開始する。轟音がヘリ内に響き、大量の薬莢が地面に向かって零れ落ちるのが見える。


 更に周囲を護衛していたMH-6リトルバードヘリの両翼に備えられたバルカンとミサイルポッドが火を噴き、市内で応戦していた反政府軍に襲い掛かる。それを見たチームのメンバーが喜びの咆哮を上げる。


 間近で見るシャバブーという街は綺麗な都市だ。多くのビルが並び、二車線道路の真ん中には手入れされていたであろう街路樹も見えたし、おしゃれなカフェやアパレル店も見えた。なかにはスターバックスコーヒーなんかも見える。


 そしてヘリがそれぞれの降下地点に向かう為に編隊を崩し、散開を始める。


『降下まで三十秒っ!』


 俺達が乗ったヘリは目標のイヒュマビルの屋上でホバリングを開始する。屋上の床にすれすれの高さまで機体の高度を下げる。かなり高難易度な飛行の仕方だ。


「行くぞっ!」


 エリクソン曹長の声を合図に俺達は即座にヘリから飛び出した。


 俺達を乗せてくれたリード曹長がコクピッドの足元のガラス越しに親指を立てて見送ってくれた。俺達は散開し、屋上から街を見回す。


 既に敵は撤退を始めていた。俺達は奴らの背中に銃撃を浴びせた。だが、弾は全然当たらず、敵の撤退を許した。俺達もその方が安心だった。


 アフガニスタンと違うのは敵が正規軍だという事だ。兵器などの運用と訓練を行っている分、彼らの方が脅威だが、不意打ちを浴びせたり捕虜などを取らない民兵の方が厄介だ。


 俺達は即座に建物の中に突入し、部屋という部屋をクリアリングしていく。だが、小奇麗なオフィスの中には敵はおろか民間人の姿すらない。机に置かれたラップトップや真っ白な書類などが無造作に置かれたままだ。


 建物の窓から街を覗くが、都市部の反政府軍の動きが慌ただしい。皆が我先にと都市部からどんどん離れていく。


「エリクソン曹長、敵が逃げていきますよ」とケネス。


「逃がしておけ。とりあえずここの制圧は完了だ」


 言い終えたエリクソン曹長が無線で報告を入れる。


 俺達は窓から双眼鏡で周囲を索敵する。だが見えるのは人のいない街ばかりだ。市民は完全に避難しているのだろう、たまに大慌てで野良犬や野良猫が駆けていくくらいだ。


 しばらくして無線が入る。


『こちらブーンブーン。敵戦車を確認。地点は“インディア”』


 上空を偵察しているAC-130ガンシップからの無線が入った。“インディア”地点は俺たちからそう遠くない距離だ。すぐにエリクソン曹長が答える。


「こちらトーチ3。了解した」


 少しの間を置き、遠くを見ると、通りの真ん中をトリチェスタン軍が採用しているロシア製のT-72戦車が走っている。


 緊張が走り、俺達は効きもしないライフルを構える。唯一対戦車用バズーカ“カール・グスタフ”を持つリックが窓のそばで戦車の様子を慎重に伺っている。


 しばらくして、戦車はゆっくりとこちらに向かってくる。距離からして恐らく六百メートルはあったと思う。俺達はリックの近くの窓に移動し、いつでもガラスを破れるようにした。


 次の瞬間、上空から対地誘導ミサイルがT-72に突き刺さり、甲高い音ともに爆発を起こした。すぐに上空を味方のF-22が滑空していく。空軍が爆撃を行ったのだ。


 しばらく砲塔や砲塔上の脱出ハッチの隙間から白い煙が仄かに上がったかと思うと、脱出ハッチから瞬く間に火が噴き上がった。搭乗員が出てくる気配がないことから中で死んだのだろう。


 皆がヒューと歓声を挙げる。


「やけに燃えるな」とファリン。


「T-72の操縦室の下に弾薬なんかがあるからな。下手したら砲塔が吹き飛ぶぞ」


 エリクソン曹長がいうと、俺達はその砲塔が吹き飛ぶんじゃないかと、今か今かと胸を躍らせながら見守った。だが、結局30分経っても爆発は起きず、ハッチから吹き上がった火も収まってしまった。


 しばらく交戦もないまま膠着状態が続くと、無線が入る。


『こちらトーチ8。地点“リマ”にて敵が集結をしているのを確認した。あー……“サンダーボルト”だ』


 地点“リマ”は都市部の真ん中に存在する国立図書館で、作戦コード“サンダーボルト”こと反政府軍の精鋭部隊である“ラッサー騎士団”が集結しているという事だった。最後の抗戦を行うのだろう。


 ラッサー騎士団とは、トリチェスタン国内に出てくる神話で、かつて災厄が降り注ぎ、悪魔がこの地を支配した時に悪魔を追い払ったとされる伝説の騎士団になぞらえているらしい。ま、確かに向こうからしてみれば俺達は悪魔だ。


「こちらトーチ3。ゴッドファーザーへ。目標を更新するか?」


 エリクソン曹長が本部に問う。無線の返事に俺達は期待していた。


『こちらゴッドファーザー。トーチは全て現状を維持。目標はアサシンが排除する。オーバー』


 “アサシン”は今回の海兵隊のコードネームだ。その場で目に見えて落胆する俺達。


「クソ海兵隊っ!」


 悪態をつくリック。


「気を抜くな。警戒を続けろ」


 エリクソン曹長の叱責を受け、俺達は周囲の索敵を続けた。だが、街からは敵が撤退したばかりで、人っ子一人もいやしない。


 遠くから激しい銃撃や爆音が聞こえる。海兵隊とラッサー騎士団が衝突したのだ。だが、俺達は小綺麗なビルの中でひたすら座って待機だ。

 それから四時間はずっと同じビルで周囲の警戒に勤めた。俺はただ、先程破壊されたT-74の残骸をライフルスコープで覗いているしかなかった。


 ― ― ― ― ―


 太陽が沈みかけた頃、本部から移動命令がやっと出され、強張りかけた身体を捻りながらビルを出る。他のチームもぞろぞろと路上に出ると、市内の中心部から味方の車列が見えた。


 海兵隊の車列だった。彼らはやり切ったような、満足感溢れる顔を浮かべてこちらを見据えている。海兵隊を乗せたトラックやハンヴィーが俺達の横を通る時、一人の海兵隊が声を浴びせてきた。


「随分遅かったな。悪いが、このまま先に行かせてもらうぜ」


 楽しげに彼らは走っていく。俺達は呆れた顔を浮かべ、去っていく彼らを見送るしかなかった。


「ヤンキーめ」


 エリクソン曹長が悪態を吐く。

 しばらくして他のチームも集合し始めた。


 そこで俺はトーチ6の中に一人、小柄なレンジャー隊員が居るのを見つけた。

 不謹慎ながらも、その隊員をじっと観察した。


 そのレンジャー隊員は日系で、しかも女性だった。大きく黒い瞳に、ヘルメット越しにでもわかる短く切った坊主頭がどこか不釣り合いだった。


 彼女はつまらなさそうに海兵隊が去って行った方向を一瞥し、噛んでいたガムを地面に吐き捨てた。


 それが後にヤクタフの隊長になるエル・ミカエラとの出会いだった。初めての印象としては、“生意気そうな新兵”といった所だ。



 ― ― ―



 こうしてオーバーウォール作戦は終わった。


 主要施設であるラフィール国際空港をシールズが制圧し、海兵隊がラッサー騎士団の第四師団を打ち破ったそうだ。


 俺たちレンジャーの功績は、ただ周囲の脅威となりそうなトラックや軽装甲車の破壊。俺達のチームに至っては弾倉を撃ち切るか撃ち切らないかくらいだった。


 米軍の死傷者は三十四名。敵の死傷者は三百五十名以上に上ると言われた。


 各地で行われた侵攻作戦も成功し、連合軍の猛進撃が始まった。だが、初っ端から面白みのない戦闘をした俺は気が滅入ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ