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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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18.トリチェスタン戦争、勃発

 二週間の休暇が終わり俺達は基地に戻った。無事にまた顔を合わせた俺達は再会を喜び合う。これから本国での生活に戻る。今後の何かに備えて、また訓練が始まるのだ。


 だが、本国での暮らしなんてものは俺には窮屈だった。


 訓練していたキャンプの近くで強盗や立てこもり事件があって、それに派兵された事はあった。それ以外は訓練に、疑似戦闘、合同演習、そして休みばっかりだった。


 それ以外の出来事として言えば、アレックス少尉が昇進し、中尉に上がった。アレックスは中隊長の任を任され、後任には少尉に昇進したジェリー曹長になった。三名の海兵隊を助けて一躍有名になった俺には昇進もメダルもなし。期待はしていなかったが、残念だ。


 俺は週末が近づく度に、退屈な休みを利用してイーサンおじさんやサリーおばさんとミオが住んでいたあの町に戻ろうか悩んでいた。情けない話ではあるが、こちらに戻ってからも、女々しく過去に囚われだしていた。悲しい男。


 それも含めてサリューを奪った戦場に戻りたい気持ちが高かった。俺の胸の中に空いた穴は、戦う事でしか埋められないと決めつけていた。もっとも、そんなもの誤魔化しに過ぎなかったのだろうが。


 とにかく、平和な所で心の中で燃える炎が、燻ぶるのが嫌だ。俺が必要とされる戦場に戻りたい。

 そんなことばかりを考えて毎日を過ごしていた。


 ― ― ― ― ― ―


 それから六か月経った十一月、俺にうってつけの戦争が起きた。それがトリチェスタン戦争だ。


 トリチェスタンは中東の地中海に面する国で、イスラエルとレバノンの間に挟まれるように存在する国だ。第二次世界大戦後には宗教観から何度も紛争が起こり、近年になってイスラエルの支援により民主主義国家となった。


 だが、水面下でずっと力を蓄えていた原理主義の過激派が決起し、国そのものを混乱に陥れた。それは地中深くに溜まったマグマが噴火するように一気に国内に広まり、トリチェスタンはあっという間に崩壊した。


 この戦争で評論家たちを唸らせたのは、大隊ごと過激派に寝返ったケースが複数報告されている事だ。


 おかげで十二月には軍部の八十%が反政府軍と化し、トリチェスタンの主要施設はほぼ掌握された。トリチェスタンの大統領はすぐさまトルコに逃げ込み、トルコ経由でドイツに亡命した。


 トリチェスタン国内ではアメリカ大使館が襲撃され、逃げ遅れた十一人の職員の処刑がインターネットによって流された。さらにヨーロッパ各国の大使館も襲撃され、同様に逃げ遅れた職員は処刑された。中には現地の人間もいたが、先進国に加担したことを理由に、首にタイヤを嵌められて生きたまま焼かれた。


 胸糞が悪くなる処刑映像の中に奴はいた。サラディ・アクザダ。元トリチェスタン防衛空軍・総司令官。クーデターを起こし、後にこの戦争を起こしたクソ野郎だ。


 奴は演説台に上がり、強気に先進国を侮辱した。角ばった顔つきにカストロ髭にサングラスを掛け、握りこぶしを持ち上げて国を腐敗させたとするアメリカやヨーロッパ、イスラエルを批判している。カストロ気取りの独裁者だ。


 俺達は基地の食堂のテレビでその様子を、固唾を呑んで見守った。


 この事態に平和を愛するオナガ大統領も動かざろう得なかった。なぜなら、国内全体でトリチェスタンへの報復を願っていたからだ。


 ニューヨークでは参戦を促す国民のデモが始まり、ワシントンのホワイトハウスの前では殺害された大使館職員の遺影と『サラディの暴挙を許すな』と書きなぐられたカードを掲げる人々が並んだ。軍事介入するのは、もう目に見えていた。


 ― ― ― ― ―


 テレビで派兵の報道が決まる数日前に、俺達レンジャー連隊は基地の外に整列され、連隊長の演説を聞かされた。


 もちろん、トリチェスタンの治安維持の為に派兵されるという事。そして大規模な強襲作戦が立案され、俺達は参加する事が決まった。


 今回、トリチェスタンでの戦闘指揮を執る将校の中にジェイクはいた。ジェイクは陸軍における戦闘指揮を執るのだ。


 数日後の十二月十二日。緊急で開かれた国連議会でアメリカ、イスラエル、エジプト、フランス、オランダ、イギリス、ドイツがトリチェスタンの治安維持の為に武力介入が決定された。戦争はもう秒読み間近だ。


 そのため再度召集が掛かり、ニミッツ級空母『ジョン・C・ステニス』への乗船が決まった。乗船日は一月十二日。少し先だが、余裕はない。


 俺達は最後のクリスマスを家族で過ごし(俺は一人だったから基地にいたが)、来たる日の為に準備を行った。そこで俺は装備を新調した。


 携行するのは作動不良の多いM4カービンライフルだが、これは規定により他の銃に変える事が出来ない。そこで俺は中のパーツを評判のいいドイツ製に交換した。本当ならば軽くて反動の少ないドイツ製のHKシリーズに交換したいが、レンジャーは仲間の輪を乱すわけにはいかない。


 ホルスターはずり落ちたり、走る度に位置が変わるレッグホルスターをやめて、ヒップホルスターに交換した。おまけにバックパックを背負った時に見えなくなるように、腰回りにガバメントのヒップホルスターも忍ばせた。作戦が始まった時に、こっそり付けておくつもりだ。


 アフガニスタンでの経験を活かし、メンテナンス用のガンオイルなども多めに忍ばせて準備は万端だ。後は、乗船の日が来るまでウォーミングアップを続けるだけであった。

 俺は遠足前にワクワクしている子供のような高揚感に包まれて日々を過ごした。



 ― ― ― ― ― ―



 そして一月二十日。


 空母に乗り込んだ俺達は狭い会議室に召集され、アレックス中尉から上陸作戦の内容を言い渡される。


 トリチェスタンへの上陸作戦名は『オーバーウォール』。いかした名前だ。俺達は色めき立った。だが、作戦行動の説明に入った時、隊の皆はすぐに落胆した。


 俺たちの作戦目的が海兵隊(デビルドッグ)の支援だったからだ。海兵隊は誰もがヒーローと讃える。だが、レンジャーからはあまり好かれていなかった。勇敢であるのは間違いないが、彼らは好き放題暴れ、とにかく目立ちたがり屋だ。多くの仲間が嫌っていた。


 けど、俺はあのアフガニスタンで会ったハリソン中尉を思い出すと、別に嫌いにはなれなかった。良い奴はいるもんだ。もっとも、今回の作戦に彼が参加しているかどうかは不明だが。


 作戦の目的はこうだ。地中海沿岸部にある政令都市シャバブーを制圧及び都市の北西にあるラフィール国際空港の掌握。連合軍はそこを足掛かりに、トリチェスタンの侵攻を開始する。


 この作戦はイスラエルとの合同で、上陸数日前にイスラエルがトリチェスタン南部へ侵攻し、陽動を掛ける。戦力が南部に集中した所をアメリカ空軍がシャバブーの制空権を奪い、そして俺達が都市に乗り込む。


 シールズがラフィール国際空港に奇襲をかけている最中に、俺たちレンジャーは高機動ヘリで都市に突入し、空軍を撃ち漏らした対空兵器や対地兵器を破壊する。そしてある程度の安全が確保されたら、海兵隊が颯爽とLCACで上陸し、都市部の反政府軍を撃退していく。


 おいしいところを持ってかれるのはしょうがない。なぜなら、海兵隊はヒーローなのだから。


 作戦の説明が終わると、俺たちは班の編成が始まった。この作戦から新兵も混ざるので、俺達のチームの人員は変らざろう得なかった。


 俺とファリン、リック、エリクソン曹長、そして新米のケネスがトーチ3となった。アフガニスタンを乗り越えてきたファリンに、古参のリックとエリクソン曹長が居るのは頼もしい。アレックス中尉の配慮だろうか?


 青い瞳が綺麗で、まだ幼さの残る新米のケネスはわりと聞き分けのいい男だ。初めての戦闘を前にして、新兵というのはだいたい浮足立ったり、顔を強張らせているものだが、ケネスは例外で、なぜか妙に落ち着いていたのを覚えている。


 俺達は早速ケネスを歓迎の儀式に招いた。空母の格納庫で俺とファリン、リックとハリスは集まり、さっそくケネスに問いだたす。女はいるのか? なぜレンジャーに参加したのか? そんな他愛のないことばかりだ。ケネスは半笑いを浮かべ、嬉しそうに語る。


「女はハイスクールを最後にいません。ですが、これから作る予定です」とケネス。


「これからだと? これから俺達は殺し合いに行くんだぞ? 砂漠のど真ん中でラクダとヤるのか?」と返すファリン。


 ファリンの言葉に俺たちが苦笑する。

 ケネスは笑いながら「いいえ、サー」と返す。


「これからヤりたいと思ったら、トーチ4のライバン軍曹を見習え。軍曹はどんな猫もイチコロだぞ」


 ファリンが少し離れたライバン軍曹に顎をクイっと持ち上げて指す。ライバン軍曹も俺達に気付き、男前な顔つきでウインクする。


「ここだけの話だが、ライバン軍曹は帰還してすぐに広報官の女を寝取ったらしい」


 ファリンがニヤニヤと小さい声でいう。


「あの尻が細い女をか?」とリック。


 俺達は足を震わせて笑いを堪える。俺たちが馬鹿な話で盛り上がっている中、(おもむろ)にケネスがいった。


「マシュー伍長、話を変えて申し訳ないですが……。あなたが『ブギーマン』?」


 堪えていた笑いを止め、鼻で大きく息を吸い、「そうだ」という言葉と共に息を吐いた。


「やはり。友人の兄が海兵隊でしたので噂は聞いています。あなたのチームに入れて光栄です」


 ケネスが笑みを浮かべ、俺に握手を求める。俺は握手を交わし、「あまり期待なんかするな」と告げた。どうりで、ケネスが戦闘前に緊張しないわけだ。


 スーパーヒーローがいるチームに入れたケネスは俺達の輪にすぐに溶け込んだ。でも俺はこの時、彼にこう告げてやるべきだったのかもしれない。『自分の身を守れるのは、自分しかいない』んだと。


 俺達を乗せた空母は艦隊となって大西洋を渡り、地中海への航海を始めるのであった。



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