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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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16.撤退

 戦闘が終わり、仲間たちが村の中にまだ脅威がないか警戒を続けている。俺のチームに従軍していたCSTの隊員が村人たちに聞き込みをはじめ、トーチ4、5が倒した敵の確認を行っている。


 肝心の俺はサリューの亡骸の横に座り、ずっと彼女の遺体を眺めていた。

 昨日あんなに笑っていた彼女が、今ではピクリとも動きやしない。その綺麗な顔を見ると、今にも動きそうなのに、だ。


 トーチ5の衛生兵のマーカス軍曹によれば、彼女の死因は背中から撃たれた事によるショック死らしい。俺はマーカス軍曹に彼女の死の間際を聞かされた。


 トーチ4、5、6と共にアル・ハヤック村での聞き込みを行っていた所、突如トーチ4のハンヴィーにRPGが撃ち込まれた事を合図に、山の斜面側からの銃撃が始まった。


 当時、マーカス軍曹はトーチ4のハンヴィーの近くで村人の診療をしていたのだが、車両の裏側に居たのと、RPGの着弾がフロント部分だった事で、運よく怪我をせずに済んだ。


 一方サリューは襲撃に気付き、目の前で話していた親子を家の玄関に押し込み、まだ幼い小さな女の子の背中を必死に押し込んでいた時、銃弾に倒れたそうだ。

 マーカス軍曹は助けに行こうとしたが、目の前でリッグス軍曹が撃たれてしまい、彼の救助を始めた。リッグス軍曹は首を撃たれたが、頸動脈ギリギリの所で弾丸は貫通しており、大事には至らなかったそうだ。


 だがサリューはというと、倒れた場所が悪く、敵の銃弾よって完全に分断されて助けに行く事が出来なかった。おまけにアレン伍長も撃たれ、チームは彼らのカバーと立て直すのに時間が掛かってしまった。

 そこに俺達の応援がやって来たのだ。


「彼女には申し訳ない事をした」


 マーカス軍曹が悔やみながらいう。その顔は、確かに悲しんでいる。俺は立ち上がり、彼の肩に手を置いた。


「マーカス軍曹。あなたのせいじゃあない。あなたを含めたここにいるみんなは精一杯やったと思います……」


 俺はそう慰めた。だが、内心はそんなこと思っちゃあいない。


 サリューにはもっと生きていて欲しかった。本当なら、今日の夜も格納庫の隅っこで彼女と話していたかった。

 マーカス軍曹はそんな俺の心中を察してか知らずか、肩をポンと叩く。


「マシュー、ありがとう。お前がいてくれて、光栄に思うよ」


 礼を言ったマーカス軍曹は彼女をボディバッグに入れていく。ボディバッグ。いつ聞いてもひどい名前だ。死体袋。美しかった彼女が、マーカス軍曹とトーチ5の隊員によってゴミのように詰め込まれていく。


 俺は動くことが出来ず、その場握り拳を震わせて、ただただ、サリューの身体が入ったボディバッグが運ばれていくのを見つめるしかなかった。


 しばらく見つめた後、背後から俺の肩をエリクソン曹長が叩いた。


「マシュー。今日、突出した事は恐らく報告されるだろう」


 肩越しにエリクソン曹長が囁く。俺はエリクソン曹長の方に見向きもせずに頷く。


「だが、気を落とすな。俺だって、きっとお前みたいになっていたと思う」


 そう囁き終わると、再度ポンポンと肩を叩いた。励ましてくれたのだろう。この時の俺はすぐに気づけなかったが、エリクソン曹長は俺とサリューの関係に気付いていたのだ。


 俺は俯いたままトボトボと足を進め、トーチ3のハンヴィーまで歩く。

 ハンヴィーの前まで歩くと、すぐにファリンが抱き締めてきた。力強く抱き締めながら耳元で囁いてくる。


「マシュー、ごめんな。俺達、知っていたんだ。昨日、お前が軍曹と格納庫で仲良く話していた事を」


 ファリンが今まで聞いたことのない、悲しげな声音で俺にいう。そんな事を言うものだから、また急激に悲しみが込み上げてきた。


 俺はファリンの胸の中で涙を零した。続いてライバン軍曹が俺のヘルメットの上にポン、と手を置いてファリンごと抱き締める。


「こんな時は泣いていいんだ。そうだ、俺達は機械なんかじゃあない。ブギーマンだってクローゼットの中で泣いてもいいんだ」


 ライバン軍曹の言葉に俺は嗚咽し、大粒の涙でファリンの胸を濡らした。ハリスはルーフの機銃に肘を掛け、やるせない顔で俺達の様子を眺めていた。


 経った一週間と少ししか出会ってないサリューに、俺は恋焦がれ、そして一生忘れられない失恋を経験した。


 また同じだ。

 俺はさよならも言えずに、好きな女と別れた。今度は、サリューが奪われた。


 俺の胸中に、深い穴が空いたような気分だ。もう、見つからないパズルのピースなのだ。



 ― ― ― ― ― ―



 それから約一年間、俺達はカンダハール州のあちこちを周った。どれも小規模な戦闘なかりで、退屈な任務だ。


 攻撃があれば出向き、終わりかけか、既に逃げた後の現場に出向く。もしくは、どこかの隊の護衛に着き、見えない所から数発ほど撃ち込んできた民兵に何百発もお返しで撃ち込む。


 正直、ウンザリしていた。


 一度、アレックス少尉と中隊長と面談し、色々と質問を受けたりして精神状態のチェックが行われた。大して面白くもない質疑応答を繰り返し、最後に「何か要望はないか?」と尋ねられた。俺はこう言ってやった。


「もっとターリバンを殺したい。一人でも多くです。その為なら危険な作戦でも喜んで志願します」


 その言葉にアレックス少尉と中隊長は顔をしかめ、互いに見つめ合っていた。中隊長は知らなかったが、アレックス少尉は隊のみんなからサリューの件は耳に届いていた。アレックス少尉はいう。


「それは、私怨か?」


 誰の、とは尋ねて来なかったのが幸いだった。俺はあえて首を横に振る。


「いいえ。仲間を守るためです」


 半分は嘘、半分は本当だ。

 アレックス少尉は腕を組み、悩ましげに俺を見遣った。


「……わかった。考えておこう」


 アレックス少尉が答えると、俺は離席を命じられた。


 内心、そんなチャンスがあっても、俺は選ばれないだろうと踏んでいた。自分でも、俺がヤバイ奴だと分かっている。だが、それ以上に感情や復讐心が先走ってどうしても抑え込められなかった。


 当然だが、それから俺が望むような戦いも作戦もなかった。もう軍部としては治安維持がメインで、幹部や指導者の逮捕に力を入れなくなっていた。


 それもその筈だ。大統領選挙が既に行われており、国民の指示を得るために、下手な作戦は逆に悪評に繋がると判断したのだろう。


 ― ― ― ― ― ―


 そして年が明けた2009年1月。


 新議会により、民主党のオナガ議員が大統領に当選した。アメリカ初となる黒人大統領だ。


 彼の公約の一つには徹底的な平和維持で、アメリカ合衆国が他国の戦争に参加するのはもうやめよう、というものだ。今のアメリカはぴったりな公約だ。


 そしてオナガ大統領は当選のあかつきには、まず中東で展開している米軍を撤退させると断言していた。すでに軍部内でもこの戦争には疲弊している者が多く、なにより、そんな彼らを本国で待っている家族たちも願っている事だ。


 当選が発表されたその日、基地の食堂にはたくさんの兵士が集まり、選挙の発表を待ち望んでいた。


 そしてオナガ大統領の当選が発表されると、基地の皆は湧き上がった。ほとんどの皆が帰りたがっていた。当然だ、みんな居所の分からないテロリストの首謀者や、不意打ちを食らわせてくる民兵どもに畏怖し、疲れていたのだから。


 だが少数の兵士は落ち込んだり、残念がってもいた。俺もその少数派の方だ。なんてたって、俺はまだサリューやジェームスを死に追いやったターリバンの親玉を捕まえるか、殺したかったからだ。


 ― ― ― ― ―


 それから時が経った2月。


 アフガニスタンでの作戦指揮を行っていた軍人将校は一新され、新たな将校が付いた。

 公約通り、俺達の撤退が始まる。その日は新たに就任した将校がその為の演説に来るのだ。


 格納庫に俺たち陸軍兵が集められる。


 俺たちの前に立ったのは、ジェイクだった。


 ジェイクは陸軍中将にのぼり詰めており、グリーンベレーだけでなく、陸軍の統括指揮官クラスまでいっていた。だが、俺はそんなことで驚きはしなかった。


 ジェイクの元で育った俺にはわかっていた。ジェイクはそこらの軍人で終わるだけの人間じゃない。きっと、自分が理想としていた軍人に上り詰めている途中なのだ、と。


 ジェイクは話初めに、俺たちに労いの言葉を述べた。君たちは最前線で戦い、アメリカの誇りを守ってきたと。そしてこれからのアメリカ陸軍の在り方を話した。我々は選挙やテロに負けてここから撤退するのではない。アメリカへの脅威がなくなったからこそ撤退するのだ、と。


 俺はジェイクに言ってやりたかった。なぜそんな事が言える? ジェームスやサリューを殺した奴らが、ニューヨークのタイムズスクエアで身体に巻いた爆弾にスイッチを入れない日が絶対に来ないのか?


 そんな考えを巡らせている時、隣にいたリックがぼそりと呟いた。


「じゃあ、誰がターリバンのクソ野郎を殺すんだ」


 リックに同意見だった。

 俺は不信感を顔に出さないまま、しばらくジェイクの話を聞いた。


 ― ― ― ― ―


 演説が終わって解散を命じられると、隊の皆は帰国できる安堵から和やかな雰囲気を格納庫で作った。


 そんな中で浮かない顔していた俺は、皆を掻き分けて格納庫の外へと歩き出す。すると見慣れない士官に呼。


「君がマシュー・ジェンソン伍長だな?」


 制服にしっかりとノリが掛かっているその士官が、ジェイクの側近だとすぐに分かった。俺は「そうです」と

 頷く。


「ジェイク中将がお呼びだ」


 思った通りだった。俺は士官の後に続いて隊の仲間を掻き分けて歩く。


 格納庫の入り口に辿り着くとジェイクと基地司令官と中隊長が話している。俺が士官と共にジェイクの前に立つと、ジェイクは基地司令官に外すように促す。

 俺は敬礼し、ジェイクを見た。ジェイクは敬礼を返すと、つま先から頭の天辺まで見返してくる。


「マシュー伍長。ヘルマンド州で海兵隊を助けたそうだな?」


「はいっ!」


 次に中隊長に目を移す。


「リーガー大尉、君はいい部下を持ったな」


 中隊長は「はっ」と敬礼する。褒められてまんざらでもない顔を浮かべている中隊長。


「中隊長、少し外してもらえるかな? タヴァナー中尉、君もだ」


 中隊長と俺を連れてきた士官は敬礼し、その場を後にする。

 ジェイクはそのまま俺の肩に手を置き、外へと歩き出す。俺もジェイクの歩幅に合わせて、連なって進む。


「ここでは親子水入らずだ。気楽に話せ」


 親子水入らず? 耳を疑いそうになる。そんな言葉が出てきたのは初めての事だ。俺はすかさず先ほど思ったことを切り出す。


「おじさん、さっき言っていた事は本当ですか?」


「なにが、だ?」


「もうここには脅威がない、という所です」


 この時俺はギラついた目をしていたと思う。ジェイクはすぐに察してか、フンと鼻を鳴らす。


「あんなもの、方便でしかない」


「だったら、どうして撤退なんかするのです? まだ、首謀者は捕まってない」


 ジェイクは俺の顏の前で人差し指を立てる。


「マシュー。お前も政治を知ればわかる。今、アメリカで大事なのは悪役を殺すヒーローなんかではない」


 言いたい事はわかる。大統領の意向は、いわば国民が願っていたものなのだ。黙っていた俺をジェイクは探る様に見つめる。


「その様子だと、お前もこの三年間でいろいろ見て、体験してきたのだな」


「えぇ。もううんざりするほど」


 皮肉に近い台詞を吐き捨てる。ジェイクは俺の肩にそっと手を置く。


「マシュー、よく聞け。俺も多くの仲間を失った。ここでも、友人を何名か失ったよ。そこで今の俺に出来ることはなにかわかるか?」


 ジェイクの目が妙にギラつく。俺は首を横に振った。


「これ以上、仲間を失わせないようにすることだ。そして、死んでいった仲間たちが、決して無駄死にでなかったことにするんだ」


 その言葉には力強い意志が宿っている。決して弱音や愚痴を見せたことがない、いつものジェイクらしい言葉だ。


「俺がやろうとしている事は今のお前にはわからない。だが、いつかわかるだろう。それが指揮官というものだ」


 そういってジェイクは俺を送り出した。


 俺は敬礼し、ジェイクの元を去った。正直、ジェイクがこれから何をするのかは検討が付かなかった。

 それが何だったのかは後にわかる。それも数年も先の話になるのだが。




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