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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
123/146

15.残酷な運命の歯車

 翌日、若干の寝不足は残ったがチームの皆で村落の捜索に出た。

 一昨日の基地の襲撃に加え、昨日の村での襲撃者の一件から、ターリバンが報復に移る可能性を考慮していた。


 俺達のチームは昨日の村から少し外れ集落へと向かった。

 そこで別のCST隊員と共に聞き込みに回る。予想はしていたが、何の情報も得られなかった。全ての家を回り終わった頃、無線が入る。


『こちらトーチ4。敵の襲撃を受けた』


 冷静な声が聞こえた。トーチ4の古参のジェリー曹長だ。

 全員に緊張が走る。エリクソン曹長が無線に出る。


「こちらトーチ3。了解した。場所は?」


 嫌な予感が俺の頭の中を支配する。すぐに無線が返ってくる。


『アル・ハヤック村だ。ハンヴィーにRPGが着弾した。負傷者3名。リッグス軍曹、アレン伍長、サリュー軍曹だ。他にも民間人に負傷者が出ている。応援が欲しい』


 アル・ハヤック村はここから遠くない。ハンヴィーを走らせれば十五分もないだろう。

 負傷の中にサリューの名前を聞いた俺は落ちつけず、エリクソン曹長の顔色を伺う。


「了解トーチ4。応援に向かう」


 無線を切るとすぐに俺達に向かって叫ぶ。


「聞いた通りだっ! アル・ハヤック村で味方が奇襲を受けているっ! 俺達も応援に向かうぞっ!」


 俺達は蹴飛ばされたようにすぐにハンヴィーに乗り込んだ。俺もすかさず運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。ハンドルを握る俺の心臓はバクバクと嫌に脈打つ。


 とにかく無事でいてくれっ! そして大した傷でない事を必死で祈りながらアクセルを踏み込んだ。


 ― ― ― ―


 アル・ハヤック村に向けてハンヴィーで渓谷を走る事十分と少し。遠くから銃声が聞こえ始めてきた。


 渓谷の斜面を通り抜け、視界が開けると斜面の中腹を切り開いた場所にあるアル・ハヤック村が見えた。村の中央では白い煙が上がり、いくつもの銃声が聞こえる。


「マシュー、村の入り口まで向かえっ!」


 助手席に座るエリクソン曹長の指示通り、俺は村の入り口までハンヴィーを走らせる。


 入り口まで辿り着くと、村の真ん中を通る道の向こうにはトーチ5、6のハンヴィーが見えた。皆、ハンヴィーの左側面に隠れ、右側に見える山の斜面に向かって応戦している。


 俺達は村の入り口で停止するなり、即座に下車して展開する。ルーフの銃座に付いていたハリスが斜面に向かってマシンガンを撃ち込む。後ろから来るトーチ1とトーチ2のハンヴィーも停まり、同様に村の中へと進む。


 俺はエリクソン曹長たちを追い抜き、先頭にいるはずのトーチ4のハンヴィーまで駆け出す。後ろで誰かが俺の名を叫んでいたが、そんなことも気にせずトーチ5、6のハンヴィーの横を通る。


 ハンヴィーや俺のすぐ真横に家の壁に弾丸が飛ぶが、どうでもよかった。

 まずサリューがどうなっているのか? 彼女はトーチ4にいたはずだ。


 二台のハンヴィーを抜けると、目の前にフロント部分が大破したトーチ4のハンヴィーが見えた。ハンヴィーを盾にするようにM4カービンで応戦しているリックが俺に気付き、撃つのを止めて振り返る。


「マシューっ!」


「応援に来ましたっ! 負傷者はっ!?」


「今、トーチ6の車両に引っ張っているっ! だが()()がまだだっ!」


 リックが道の向こうを指差す。()()だって?


 目を凝らしてみると、大破したハンヴィーの先にある小さな家の塀の向こうに倒れている迷彩服の足が見える。俺は全身の血の気が引くのを感じた。


 見えるのは足だけで、誰であるかまではわからない。俺は不謹慎ながら願った。あれがリッグス軍曹であることを。


 また俺とリックの近くで銃弾が飛び込んでくる。覗くと敵は尾根や斜面の岩場を利用して銃撃している。


「村の中にも入り込んでいるぞっ! マシュー、斜面側の家にも注意しろっ!」


「了解っ!」


 俺は斜面に展開する敵に銃撃をし、倒れている迷彩服に駆け寄ろうとリックの背中を通り越してハンヴィーの車体に手を掛けた。すると背中をごつい手ががっつりと掴んできた。振り返ると、俺の背後にはいつの間にかジェリー曹長がいた。


「マシュー、飛び出すなっ! あそこは敵の射線に入っているっ! 行けばお前も撃たれるぞっ!」


「ですがっ!」


「家の裏から回れっ! 俺達が援護するっ!」


 俺はジェリー曹長に引っ張られるようにハンヴィーの裏にある家の裏へと向かう。


 途中、ジェリー曹長が近くにいたバードマン伍長とアルバーンを呼びつける。アルバーンは相変わらず眉間に皺を寄せ、ビクついた表情を見せてくる。


 俺達は家の裏を伝い、倒れている人影の家の裏に回る。先頭にいた俺がそっと角から覗き込んだ。


 倒れている仲間は見えない。どうやら倒れた場所は敵の射線のど真ん中で、最悪な場所だ。俺はずっと倒れている仲間がサリューでない事ばかり祈っていた。


 エリクソン曹長も覗き込み、状況を確認すると俺たちに叫ぶ。


「俺達が一斉に援護したら引っ張って来い。マシュー、アルバーンお前らが行けっ!」


 ジェリー曹長の命令を受けた俺は頷いた。隣でアルバーンも怯えながら頷いた。すぐにジェリー曹長が無線を入れる。


『こちらトーチ4。仲間の救出を行う。今からカウントしたら斉射しろ』


 各班からすぐに無線が入る。報告が終わるとジェリー曹長がカウントを始める。


「5……4……3……2……1……撃てっ!」


 チームの皆が一斉に銃撃を開始する。けたたましい銃声が響き、鼓膜を震わせる。

 俺は「行けっ!」という指示も待たずに駆け出す。ワンテンポ遅れてアルバーンが付いて来る。


 角から飛び出し、敵の射線である家の正面に走り込む。

 倒れている仲間はうつぶせだった。目の前にして、その一回り小さいその身体に見覚えがある。


(嘘だ)


 心臓が跳ね上がるように脈を打つ。俺は祈ってばかりだった。分かっていても、現実を直視出来ない、したくない。

 見たくないという気持ちに反し、地面に突っ伏したそれの肩を掴み、身体を仰向けに起こす。


 こちらに顔が向き、目が合う。その青い瞳に力はなかった。間違いない、サリューだ。

 何も考えられなくなり、俺は彼女の顔をじっと見て、固まった。


 目頭が熱くなる。


(これは嘘だ)


 サリューの瞳孔は開き切っている。顔や胸を見たが、外傷らしいものは見えない。

 俺は掴んでいた肩を軽く揺すってみた。だがその瞳は俺を捕らえる事は、なかった。


「なにしてるっ! 早く腕を掴むんだっ!」


 サリューを挟んで反対側にいたアルバーンが悲痛な叫びをあげる。

 俺はハッとし、全身の力が抜けそうになりながらもサリューの腕を掴み、家の裏に引っ張って行く。


 家の裏までサリューを運んでいくと、すぐにジェリー曹長が手袋を外し、サリューの首筋に指を当てて脈を測った。

 しばらく指先を当てた後、サリューの顔に耳を近づけ、ゆっくりと顔を上げる。ジェリー曹長は悲し気な顔で俺を見据えた後、首を横に振る。


(嘘なんだ……)


 俺はそんな光景を呆然と見つめることしかできなかった。ジェリー曹長はすぐに無線を入れる。


『一名KIAだ。サリュー軍曹』


 すぐ目の前にいるのに、インカムでジェリー曹長の声が流れる。その言葉が俺を一気に絶望の淵に追い込む。


 俺の中で悲しみ以上に、沸々と怒りが込み上げる。

 彼女はここに対話しに来たはずだ。彼女は、争いなく解決させるために来たんじゃないか? なぜ、彼女を殺したんだ?


 悔しい。彼女をこんな目に遭わせた奴らを八つ裂きにしたい。苦しい。こんな所で立ち止まっている自分が苦しい。早く、撃たなきゃ。

 俺は立ち上がり、また家の裏から飛び出した。そのまま弾丸が飛び交う通りへと走る。


「待てっ!」


 ジェリー曹長が後ろ叫ぶ。だが俺は止まることなく、道の真ん中を駆け抜ける。


『マシューを援護しろっ!』


 そのまま反対側に飛び出し、近くの家の塀に張り付いて、敵がいる斜面を見る。近づいた分もあってか、今度は敵の姿がはっきり見えた。


 斜面の岩場に二人の民兵。さらに上の尾根にいる敵は小さく、とても狙える距離ではなかった。

 俺は岩場の二名の敵が顔を引っ込めた瞬間を狙い、更に奥にある家に向かって、路地の間を駆け抜ける。


 一軒先の家の玄関ドアを破る様に飛び込むと、中では二人の人間がいた。

 一人は女性でこの国特有の黒のベールのような民族衣装で顔を隠しており、部屋の片隅に座り込んでいた。残る一人はスツールを顔に巻いてAKを持って立っていた。民兵だ。


 民兵は突如飛び込んできた俺に驚き、慌ててAKを構えようとしたが、即座に体当たりして床に押し倒す。


 胸の真ん中でAKを抱える民兵に馬乗りになり、俺は拳を振り上げ、顔面に数発お見舞いする。


 すぐ隣で女性が何か喚いていたが気にも留めず殴り続ける。民兵がぐったりと伸びると、俺はホルスターからM9ピストルを引き抜き、倒れた民兵の胸と頭に撃ち込む。


『この馬鹿っ! 何してるっ! 今すぐ戻れっ!』


 エリクソン曹長の怒声がインカム越しに響く。だがどうでもよかった。冷静でないのは分かっているが、やめようなんてこれっぽっちも思っていなかった。


 俺はそのまま斜面側に出る勝手口を開け、岩場を見た。


 予想通り、岩場の斜め裏側を望み、仲間を銃撃している民兵たちの姿が見えた。その場でM4を構え、民兵たちに向けて引金を引く。右側にいた民兵に弾丸が当たり、その場で倒れた。


 左側の男が即座に気付き、こちらに銃口を向ける。俺はそのまえに引金を引いた。が、弾は発射されない。

 弾詰まり(ジャム)だ。すぐにレシーバー近くにあったボルトフォワードアシスト・ノブを押したり、チャージングハンドルを動かすが、詰まった弾丸が解消されない。


 すぐに民兵がこちらに撃ち返し、俺は弾詰まり(ジャム)の解消を諦めて、建物中に身体を引っ込める。素早くM4をスリリングベルトごと身体から離すと、家の中に戻って先程射殺した民兵のAKを拾い上げた。


 弾倉を外して残弾を確認するとまた勝手口に戻り、セレクターをフルオートのままで岩場に向かって引金を引いた。


 7.62ミリの弾丸を使うAKは肩に負担が掛かり、反動も重かったが気にしなかった。銃口の跳ね上がりがひどく狙いが定めづらいが、そんな事もどうでもよかった。


 とにかくあいつらを殺す。必ず撃ち殺す。そんな思考で俺の頭の中は埋め尽くされていた。


 民兵も負けじと撃ち返す。だが撃ち合いの末、俺の弾も、民兵の弾も当たらなかった。


 弾切れを起こしたAKを捨て、ホルスターからM9ピストルを引き抜くと弾が尽きるまで乱射した。だがピストルの弾も尚の事、全然当たらなかった。


 弾が切れ、スライドが後退し切ったのと同時に、俺は誰かに肩を掴まれて、建物の中に引き摺り込まれた。


「この馬鹿がっ! なに一人で熱くなっているっ!」


 ジェリー曹長だった。顔を真っ赤にし、額に汗と血管を浮き上がらせてこちらを睨みつけている。

 倒れた俺をそのままにし、ジェリー曹長は勝手口に行き応戦を始めた。


「マシュー、ジャムを直したら戻れっ! 二度とこんな真似するなっ!」


 そう言われて俺はハッとした。怒りに身を任せ、何も考えられずにいた自分の愚かさに気付いた。

 ジェリー曹長は敵弾の中を潜り抜けて馬鹿な俺を連れ戻しにきたのだ。


 途端に、衝動的な悲しみが込み上げてくる。ポツポツと頬から涙が落ち、昨日のサリューとの事が鮮明に頭の中でフラッシュバックする。

 身体に力が入らない。俺は握った拳を床に置き、そのまま前かがみになって泣き始めた。


 目の前で必死に応戦しているジェリー曹長には申し訳ないが、俺は立ち上がる事が出来なかった。

 すぐにインカム越しに無線が入る。


『こちらキラービー。現場に到着した。指示をくれ』


 無線が入る。AH-64Dアパッチヘリのパイロットからの無線だ。

 ジェリー曹長が応戦するのを止め、無線に答える。


「こちらトーチ4。斜面と尾根に敵が展開している。座標は335789」


『トーチ4。了解。繰り返す335789だな?』


「そうだ」


『確認する』


 しばらく無線が途絶える。ジェリー曹長はくしゃくしゃに泣いている俺の肩を起こして家の玄関を出る。


『トーチ4。あー、敵を確認。尾根に3名が見える。それか?』


「そうだ。やってくれ」


 俺の隣でジェリー曹長が指示する。

 家の壁に張り付き、正面で応戦してる仲間にハンドサインでヘリの攻撃を伝える。


 アパッチは俺達からも、敵からも気付かれない距離からハイドラ70ロケットを撃ち込み始めた。背後の尾根でロケット弾の着弾と思われる爆発音と振動が響く。


 ハンヴィーで応戦していた仲間たちが歓声を挙げる。


「ざまあみろっ!」


「くたばれ、このパジャマどもっ!」


 仲間達の喜ぶ声に、俺は何も感じる事が出来なかった。ただ、サリューを失った事だけが胸を支配し、ただただジェリー曹長に引き摺られるように歩くことしか出来なかったのだ。


 そのままハンヴィーの裏側に押し込まれるように降ろされると、すぐにリックが俺の肩を抱いた。


「マシュー、大丈夫かっ!?」


 真剣な顔で俺と身体に目を配るリックに、俺は必死に涙を堪えながら頷くしかできない。


『こちらキラービー。あー、斜面側に発砲する人影を確認。地点335116。どうぞ』


 またジェリー曹長が無線に出る。


「こちらトーチ4。335116。確認。敵だ、排除を要求する」


『了解トーチ4。アウト』


 俺は壊れたボンネットの上から顔を出し、岩場で応戦する民兵に目をやった。


 少しして、岩場に強烈な銃撃が加わる。遅れて小銃とは違う、けたたましい銃声が響く。アパッチの30ミリチェーンガンだ。岩場にいた民兵が見えなくなる。


『こちらキラービー。効果を確認せよ』


 岩場から一人の民兵が背中を向け、慌てて逃げ出すのが見えた。皆が民兵に狙いを定め、引金を引く。

 ジェリー曹長が再度無線を入れる前に、またチェーンガンの着弾が見えた。


 走っていた民兵の周辺に弾丸が降り注ぎ、土煙が舞う。みんなが喜びの声を挙げる。


『こちらキラービー。標的を確認。再度、効果を確認されたし』


 ジェリー曹長が持っていたM4に備えられたACOGスコープで確認を行う。


「こちらトーチ4。効果を確認。いい仕事をしてくれた。ありがとう」


『了解トーチ4。また何かあったら言ってくれ。アウト』


 通信が途絶えると、アパッチはどこかへ行ってしまった。


 仲間たちはアパッチが飛んでいた方向にガッツポーズを見せつけている。そんな様子を俺はただハンヴィーの横で胡坐をかいて、無気力なまま呆然と見ているだけだった。



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