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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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14.サリュー軍曹

 基地に戻った俺達は即座に装備の点検を行った。


 他の村を捜索していたチームも基地に帰還し、早速士官は集められた。恐らく、俺達が襲撃を受けた村を中心に、本格的に捜索が行われるだろう。その為のミーティングだ。


 俺はチームのみんなの為に今日消費した分の弾薬を取りに格納庫に向かった。


 格納庫で弾薬を受取ったところで、格納庫の隅にあるテーブルにサリュー軍曹がこちらに背を向けて座っているのに気付いた。背中越しでも気分が沈んでいるのが見て取れた。


 俺は一瞬悩んだが、サリュー軍曹に歩み寄った。

 サリュー軍曹のすぐ後ろに立つが全然こちらに気付かない。テーブルに肘をつき、組んだ拳を自らの額に押し当てるように項垂れていた。俺は彼女の横にわざとらしく弾薬箱を置く。


「軍曹」


 声を掛けると同時にサリュー軍曹は慌てて目を拭い、こちらに振り向いた。その眼はいつかの時のように赤く腫れている。


「大丈夫ですか?」


 サリュー軍曹は少し考えた素振りを見せ、「えぇ、大丈夫」と頷いた。

 しばらく彼女は俺をじっと見つめた後、「それで」と切り出した。


「この私を笑いにきたの?」


「はい?」


 聞き返す俺に彼女は皮肉交じりの笑みを浮かべる。俺はそっと横に座る。


「あれだけでかい口を叩いておいて、いざ戦闘になったら、私は怖くてただ指示に従うだけの人間だった。私も軍人であるのに」


 彼女は俯き、悔しさから唇を震わせる。俺はゆっくり首を振った。


「いいえ軍曹。そんな事はありません。俺だって、初めての戦闘の時は怖かったです」


「そう……。そうよね……」


 消え入りそうな声でいうとサリュー軍曹は少しの間、俯いて口を噤んだ。俺は心配になり、彼女の様子をじっと伺っているとまた口を開く。


「マシュー伍長。銃を構えた時、“相手がこの弾丸を受けたら死ぬんだ”って……。“相手の人生が終わるんだ”って。そう感じる時はないのかしら?」


 俺はしばらく考えたが、首を横に振った。


「考えた事もありませんでした。もし、皆がそういう想いを持っていたのなら、戦争だって、犯罪だって起こらないでしょう。なにより俺達軍隊だって、きっといらなくなるでしょうね」


 本音だ。どう頑張ったって、これは一生変わらないんだろうと思う。


「それもそうよね。そんな事、当たり前よね」


 またサリュー軍曹は俯く。俺は頭をフル回転させた後に、サリュー軍曹の肩に手を置いていう。


「サリュー軍曹。気をしっかり持ってください。あなたは俺にないものを持っています。俺は戦う事でしか、仲間を救えない。だが、あなたは対話で仲間を救うんだと言っていたじゃないですか。それはきっと、俺や隊の仲間ではできない。あなたにしかできないのです」


 精一杯の慰めだった。俺に言えるのはこれぐらいしかなかった。


「でも、あなたは違うわ。何故ならあなたはブギーマンよ。実際に海兵隊を助けたし、私も助けた。でも、私はまだ何も出来てない」


 その言葉に今度は俺が俯いた。ブギーマン。まるで嫌味な言葉だ。

 少し考えた後、俺は顔を横に振りながら上げてサリュー軍曹の顔を覗く。


「軍曹。ブギーマンは偶然の産物です。あの時、俺は偶然ブギーマンになっただけです。もしかしたら、ブギーマンはファリン伍長になっていたかもしれないし、ハリス伍長だったかもしれない。ただあの時、あの場所で動けたのが、俺だった。それだけなんです」


 どこかの受け売りのようなセリフを吐いた。でも本心はそうだった。俺はただ偶然にあの場所で、そうしただけなのだから。

 しばらくサリュー軍曹は視線をテーブルに落とす。数秒の間が空いたと思うと、口元を緩めるサリュー軍曹。


「やっぱり、あなたは面白くない人ね」


 ふふ、と彼女は笑みを漏らす。今度ばかりはと俺は反論した。


「そうでしょうか? あなたを笑わせることが出来た」


 俺は不敵な笑みを浮かべた。サリュー軍曹と目が合う。

 しばらく彼女と見つめ合うと、白い歯を見せて笑い出した。


「ふふ。そう、かもね。……ねぇ、伍長」


「なんでしょうか?」


「その、またここで話をしてもいいかしら?」


 意外な台詞だった。サリュー軍曹はどこか照れくさそうにはにかんだ。俺は「はい、了解しました」と返事する。


「ありがとう。それじゃあ、今夜にでも」


「了解です、軍曹殿」


 俺はわざとらしい顔で敬礼した。サリュー軍曹も含み笑いを浮かべながら敬礼を返す。

 机の上に置いた弾薬を脇に抱え、格納庫から出る俺はどこか浮足立っていた。


 悪くない気分だ。胸の中がソワソワする。俺には遅い、青春時代が来たのだ。


 ― ― ― ―


 夜、消灯前の自由時間に俺はサリュー軍曹と格納庫内の隅っこにあるテーブルに座った。

 俺達はインスタントコーヒーを入れたカップを持ち寄り、昔話をした。とは言っても、ほとんどサリュー軍曹の話を俺が聞いていただけだったか。


 彼女が幼い頃、父親に連れられてガールスカウトに行った時、カヤックで危うく溺死しかけた事。彼女の兄がガールフレンドを家に連れ込み、あわよくばいい感じになりそうな時にわざと押し掛けた事、ハイスクール時代、付き合っていたボーイフレンドと初めてのデートで見た映画がとても最低な結末を迎え、気まずくなった事。


 彼女はとても楽しそうだった。俺はそんな彼女の素敵な笑顔を見るのが僅かな時間の中で好きになった。

 しばらく話し込んでいると消灯時間が迫った。俺も彼女も腕時計を一瞥し、馬鹿な話にいったん区切りを付ける。


「もう戻らないとね」とサリュー。


「時間は過ぎるのが早いですね。また、あなたとお話したいです」


「そうね、“マシュー”」


 サリューの目はどこか穏やかだった。話している時からそうだったが、任務中には見た事ない表情ばかりを見てきた気がする。


「明日はトーチ4たちと行動だわ」


「そうですか。それなら、また明日の夜にでも。“サリュー”」


「えぇ、いい夢を」


 そう言い切っても俺達は互いに見つめ合ったまま、動かなかった。もう互いに言葉にしなくても分かっていた。

 しばらくしてサリューが立ち上がると、俺は彼女の首の後ろに手を回し、強引に口付けを交わす。


 ほんのり、コーヒーの香りがした。サリューが先ほど飲んでいたコーヒーだ。俺のファーストキスはどこかほろ苦いものになった。それも、悪くない。

 サリューも俺の首の後ろに手を回し、唇を貪るように絡めてくる。


 この時だけ、俺は今までの事なんて消し飛んでいた。あの町での事も、おじさんとおばさんも、そしてミオの事も。彼女とこうしているだけで頭のねじが飛んだかのように幸せだった。


 時間にすれば数秒にも満たない口付けだったが、俺には何時間にも感じるほど、忘れられないものになった。

 唇が離れると、サリューは照れ隠しのように「それじゃあ、気をつけなさい、伍長」という。俺はふざけて「了解致しました、軍曹殿」と敬礼した。


 不敵な笑みを浮かべ、踵を返すと俺はその足で格納庫を後にした。


 宿舎に戻ると、皆が「どこい行っていたんだ?」と尋ねてきたが、俺は不愛想に「別に。自家発電さ」と答えた。皆にはまだ内緒にしておきたかった。


 しばらくなんやかんやでヤジが飛ぶが、俺はベッドの上で狸寝入りを決め込んだ。そんな素振りをするもんだから、皆も諦め、それぞれベッドに寝転がり始める。


 当然、俺はすぐに寝付けるわけも出来ず、先程交わした口付けの余韻をひたすら胸の中で浸り込んでいた。このアフガニスタンに来てから、いや、もしかしたら人生の中で最高の瞬間なのかもしれない。


 この肥溜めのような戦場に来てから2年。俺に新しい希望が生まれた。生きる意味が増えるというのは、最高の気分だ。


 だがその最高の気分が翌日に無残にぶっ壊されるなんて、その時は想像できなかった。


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