13.基地の襲撃と村の捜索
サリュー軍曹の話を聞いてから四日ほど経った。俺達の隊は相変わらずサリュー軍曹やCSTの隊員を連れて周囲の村落を回り続けた。
報告を聞く限り、やはりどこの村人もあまり協力的ではなかった。どこかに隠れ潜むターリバンの影に怯え、何も大したことは話さずに、ただ適当な話をされるだけだった。
お陰で俺達は村の雑務をやらされたり、食料や医療品の提供をするだけで一日を終えていた。こうなる事はなんとなく想像していた。
今日のパトロールを終えたトーチ6、7、8が基地に戻ってくる。
トーチ7にいたリックがハンヴィーから降りるなり、基地の外周で警備していた俺とハリスの所に来る。
「やあリック。農村まわりはどうだった?」と聞いてやる。
リックは首を振り、はぁと疲れが混じっているため息を吐く。
「とても楽しかったよ。パジャマどもと一緒に壊れた水路直しだ」
うんざりした顔で俺達の横に座る。
「ここに来てから一発も撃ってない」
リックは持っていたM249ライトマシンガンを優しくなでる。
「あのサリュー軍曹はどうだ?」とハリス
「うんざりだ。あいつが居る時には家の中の捜索にも入れない。奴がいなければ、家中を捜索して武器を取り上げられるのに」
リックがまた溜息を吐く。
ここに来てから住宅へ踏み込んでの捜索は出来なくなった。CSTやサリュー軍曹の指示というより、上層部が下士官や士官に命令したのだろう。テロリストだろうと家に入る時には挨拶を行う、プライバシーを守るエチケット軍隊。国民にいいイメージ作り。反吐が出そうだ。
「俺達はそのうち、背中から撃たれるぞ。ハリス、ボディプレートは背中にもきちんと入れておけよ」
リックが茶化すようにハリスを見る。ハリスは唇を斜めに上げ、「了解」と返す。
「どれもこれも、マシュー、お前があの女の“欲求不満”をキチンと処理しないからだ」
その言葉に俺はリックにうんざりした顔を向ける。
到着初日と翌日に話し込んだせいで、隊の中では俺とサリュー軍曹がデキていると思われ始めた。もちろん、みんな冗談で言っているだけだが。でも中には本気にしている者もおり、俺に彼女の“感想”を熱心に聞き出そうとする者までいた。
一方で俺は複雑な気持ちだった。彼女が理想を現実にしようと熱心に務めているが事態は一向に進まない。空回りばかりで、随伴する隊の仲間からは非難の目に晒されている。さらに聞けば、彼女の実戦経験はほぼ皆無らしい。俺達は実戦経験のない人間には冷たい。先の話を聞いてから力になりたいと思うが、流石の俺もサリュー軍曹を庇いきれない。
CSTの隊員は他にもいるが、俺達の隊で熱心に動いているのはサリュー軍曹のみだ。他の隊員はサリュー軍曹と比べると、必要以上の行動はしなかった。特に、俺達の行動を制限するようなことは。それが俺達の中で彼女への不信感を高める要因になっていた。
「明日お前らトーチ3も巡回だったな」
「そうだ。明日はあの軍曹様と一緒じゃないのが幸いだ」
ハリスが嬉しそうにいう。
それを聞いたリックは鼻をフフと鳴らすなり、疲れた顔をぶら下げて宿舎に歩いていく。
― ― ― ― ―
その日の夜、ターリバンが襲撃を仕掛けてきた。
ターリバンは基地の北側にある山の斜面から銃撃を食らわしてきた。
基地の防衛にあたっていた陸軍の兵士一名が負傷した。
俺達が起き上がり、応戦に回る時にはすでに撤退したらしく、足を負傷した陸軍兵士が仲間の肩を借りながら運ばれていくのを横目にした。
当然、そうなれば犯人捜しが始まる。アレックス少尉を含めて各隊の士官は司令官に収集されて明日の朝に各村落を巡回するように命令が下った。
その日の朝、装備を整えた俺達は格納庫の中でアレックス少尉から説明を受けた。これから各チームで周辺の村に回り、捜索を行うそうだ。
当然、各班でまわるにあたって通訳としてCSTの隊員がチームに同行する。俺達のチームは予定を変更してサリュー軍曹が同行することになった。
今日のブリーフィングではサリュー軍曹を含め、CST隊員からは発言はなかった。それもそうだろう。彼らは護衛される身だ。ましてや、襲撃事件があって全員がピリピリしているこの空気の中だ。犯人を対話で引っ張り出そうと言い出す奴はいない。
ブリーフィングが終わると、すぐにハンヴィーに乗り込んで基地から出発する。
― ― ― ― ―
俺達のチームは初めに巡回した時と同じ村に向かった。村に入ると、物々しい装備と険しい俺達の顔つきを察したのか、村人たちは不用意に近づいてこなかった。子供たちも母親に肩を掴まれ、近づかせないように警戒している。
俺とライバン軍曹は村長の家に向かうエリクソン曹長とサリュー軍曹に同行した。ドアをノックし例のか細い村長と青年に聞き込みを掛ける。
サリュー軍曹が昨日の夜の事を説明すると、村長は身振り手振りを交えながら、なにやら早口で話す。パシュート語はいつになっても理解出来ない。個人的な意見だが、早口で話すとまるで何かを隠しているように聞こえて仕方ない。
しばらく村長の話を聞いたサリュー軍曹がエリクソン曹長にいう。
「『あなたたちには感謝している。だが昨日は何も見ていない。負傷した兵士の事を心から悔やむ』と言っています」
その言葉にエリクソン曹長は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「村長だけじゃなく、全ての村人に聞き込みをするぞ。各員、注意しろ」
俺達は周囲の家々の前に立つ村人たちに聞き込みまわった。だが、どこの家を回っても村人たちは「知らない。見ていない」の一点張りだった。有力な情報を得られないまま村の半分ほどの家を回った頃だ。
『トーチ1のサンダーソンです。村の南側にある家の住人がいません』
トーチ1のリーダーからの無線だった。すぐにエリクソン曹長が無線に出る。
「どんな奴だった?」
『身長が高く、首に大きなほくろがあった男です。以前来た時は家の前で睨んできていました』
「了解したサンダーソン曹長」
俺達はサンダーソン曹長の報告にある家に足を進める。
俺達が付くと、そこには他の家と同様の質素な小さな家で、玄関の前の軒下には洗濯物が干されたままであった。エリクソン曹長は同行していた青年を一瞥した後、サリュー軍曹にいう。
「ここはどんな奴が住んでいたか聞いてくれ」
サリュー軍曹がすぐに青年に声を掛ける。青年はすぐに話してくれた。
「村の若い男。今朝から見かけていていないと言っています」
サリュー軍曹の言葉にエリクソン曹長は黙って俺とライバンに促してドアを開けるように命じる。俺達はドアの両脇に張り付く。
「待ってください曹長。彼が帰宅するのを待つべきでは?」
反論するサリュー軍曹をエリクソン曹長がすっと手を伸ばして制止する。
「あなたは下がってください。やれっ!」
エリクソン曹長の声を合図に、俺がドアを蹴破る。すかさずライバン軍曹がM4を構えて入り、続けて俺も入る。
俺達の背中では心配そうに見守るサリュー軍曹と村の青年の視線を感じたが、そんな事は気にも留めなかった。
中に入ると、部屋の片隅には鍋や調理器具、そして赤いカーペットの上に薄汚れた毛布が無造作に置かれている。
俺とライバン軍曹は部屋を引っ掻き回すように漁る。
俺がカーペットをめくるとそこには縦1.5メートル、横0.75メートル程の穴が掘られ、それにすっぽりハマる様に木箱が埋められていた。俺は「軍曹っ!」と声を掛けながら力任せに木箱を開ける。
中には分解されたAK-47とそれらの弾倉。さらに鹵獲されたと思われるM16アサルトライフルと米軍のヘルメットが入っていた。この家の住人は確実に黒だと決まった瞬間だ。
俺は外にいるエリクソン曹長に無線を入れる。
「エリクソン曹長、この家の住人は黒です。鹵獲されたと思われる武器が出てきました」
ライバン軍曹が木箱の中に入っていた米軍のヘルメットを持ち上げる。ヘルメットの裏には『トーマス・D・カーソン』と書きなぐられていた。
「トーマスか。こいつは可哀そうに」
ライバン軍曹がぼそりと呟き、ヘルメットを脇に抱える。
俺とライバン軍曹が家を出て、三人の前に現れたその瞬間だった。
パン、という銃声と共にすぐ真横の外壁に一発の銃弾が着弾した。皆がすぐに頭を下げて周囲の物陰に隠れる。
「敵弾っ!」
エリクソン曹長が叫び、他の隊員たちが銃声のした場所を物陰から探す。
パン、パパパパパンっ!
立て続けに銃声が響き、俺達の周囲に弾丸が飛び、家の壁や地面の土が小さな破片となって舞い上がる。
村の中では女性たちが悲鳴上げ、子供たちを慌てて家の中に引っ張っていくのが見えた。
「北側だっ!」
ライバン軍曹が叫ぶ。そっと覗くと、村の北側の斜面にゴツゴツとした岩場があり、そこで微かに動く人影が見える。
『こちらトーチ2、敵を確認したっ! 発砲するっ!』
北側の斜面に近いトーチ2の隊員が発砲を開始する。断続的な銃声と共に岩場に向かって弾丸が降り注ぐ。
ハンヴィーの銃座に付いていたハリスも、M249ライトマシンガンを岩場に向かって発砲を始める。
敵をけん制すると、エリクソン曹長が俺とライバン軍曹にいう。
『マシュー、お前がサリュー軍曹とその男を安全な場所まで連れていけっ! ライバンは援護だっ!』
「了解っ!」
俺は物陰に隠れているサリュー軍曹に近寄り、「二人ともこちらへっ!」と叫んだ。振り返ったサリュー軍曹の目はどこか怯えていた。やはり戦闘経験がないのは本当のようだ。
サリュー軍曹が青年に捲し立てている間に俺は岩場に向かって適当に撃ち込む。
「先に行きますっ! 合図で来てくださいっ!」
俺が叫ぶと同時にエリクソン曹長とライバン軍曹が援護を開始した。先頭を走り、村の中心に近い家の物陰に着くと岩場に向けて応戦する。俺の背後では合図をしていないのに、青年が中腰で頭を抱えて、素早くこちらに飛び込む。無謀だが、なかなかガッツのある青年だ。
「軍曹っ!」
俺の言葉でサリュー軍曹が走り出す。その時、味方の銃声に混じって敵の銃声が聞き取れた。サリュー軍曹の足元で着弾し、土が舞い上がったのが見えた。俺達の応戦も激しさを増す。
サリュー軍曹の到着を確認すると、物陰から次に一番安全そうな場所を探す。俺達の居るハンヴィーでもよかったが、家々の密集が高い村長の家を目指す事にした。あそこならばRPGを撃ち込まれても持ちこたえることが出来るだろう。
次に隠れられそうな物陰を捜し、俺は少し離れた家に向かって走る。味方の援護射撃のお陰か弾丸は来なかった。すぐに青年に走る様に促す。
青年が走ってくる間、サリュー軍曹が不安そうな目で見ている。身体にぶら下げたライフルは情けない事にお飾りのようにぶら下がっている。
青年が物陰に隠れるのを確認すると、サリュー軍曹が合図をしていないのに走り出す。また、敵からの発砲が始まった。狙いは明らかにサリュー軍曹だった。
サリュー軍曹が息を切らしながらこちらに飛び込むと、俺は二人にここで待つ様に促し、家の壁から岩場を見る。敵は怖気づかず、物陰に隠れるのを止めて射撃だけに集中しているようだ。
こちらの弾丸が自分の周囲に降り注ぐのも恐れず、狙うことだけを考えている。厄介な奴だ。
俺はすぐに近くにある土壁に移動し、M4のバレルを土壁に乗せて構え、レシーバートップレールに備え付けられているドットサイト・スコープに目を通し、岩場に向ける。
距離からしてみれば恐らく六十メートル。山岳地帯特融の横風も吹いている。俺は以前にハリスに教わった射撃のコツを思い出しながら、自分の勘も含めて人影に照準を合わせ、引き金に指を掛ける。
一発撃ち込むと、人影の少し右で着弾して岩の小さな破片が飛び散った。弾が風で流されているのが分かる。敵がこちらの存在に気付いたのを確認した俺は、微調整してもう一度引き金を引いた。
自分の弾丸がヒットしたのか、それとも同じタイミングで味方の弾がヒットしたのかわからないが、人影は後ろに倒れ込んだ。
『こちらサンダーソン。敵は倒れた』
観測をしていたサンダーソン曹長から無線が入る。それを合図に「射撃中止っ! 射撃中止っ!」と声が上がる。
M4を構えるのを止め、俺はサリュー軍曹を見た。壁に背をもたれ、大きく息を吐いて呼吸を落ち着かせようとしている。
― ― ― ―
その後は他の隊員が倒れた男の確認に向かった。銃撃を行っていた男はやはり例の建物の家主の男だった。
小一時間ほど報告と確認を行った俺達は、本部からの撤退命令を受け、何も言わずにハンヴィーに乗り込む。サリュー軍曹も帰りの道中、一言も口を聞くことはなかった。