12.相違する者
結局大した収穫もないまま基地に戻り、俺達はハンヴィーから降りた。すかさずサリュー軍曹が駆け寄り、エリクソン曹長と俺にいう。
「曹長。彼を少しだけ借りたいのですがよろしいでしょうか?」
エリクソン曹長は俺を一瞥し、「了解」と返事する。
帰還する途中に村での出来事を報告していたので、エリクソン曹長も察したのだろう。格納庫に向かって歩くサリュー軍曹の背中に顎で行くように促す。
また軍曹のご教授を受けられるとは……。俺はうんざりした顔を浮かべ、彼女の背中に着いて行った。
格納庫には他の隊の兵士がまばらにいたので、サリュー軍曹は少し外れた所にあるテーブルに腰掛け、昨日と同じように鋭い視線で見てくる。
「座りなさい、伍長」
「失礼します」と告げ、椅子に腰かける。
「今日の出来事は報告しないけど、いくつか質問に答えて頂戴」
「了解です、軍曹」
彼女の目つきが変わる。この時ばかりは青い瞳の彼女が獰猛なヘビにように思えた。
「あなたはどうしてレンジャーに志願したの?」
「アメリカ合衆国に忠誠を誓っているからです」
さらりと言ってのける。
「ウソ。本当の事を言いなさい」
俺の簡単なウソを見抜くサリュー軍曹。どうにも心証を悪くさせたようだ。俺は一呼吸おく。
「……立派な軍人になろうと思ったからです、軍曹」
「では、あなたが抱いている理想の軍人とはなに?」
とことん追い詰めてくるサリュー軍曹。まるでソクラテスのようだ。
「強く、仲間を守る為に行動する軍人だと思っています」
「……わかったわ」
サリュー軍曹は少し考えた素振りをし、組んだ両手をテーブルの前に置く。
「今日の出来事は、その為?」
「そうです、軍曹」
俺はなるべく余計な事は言わない様に務めた。審問官のような彼女にあれこれ言うのは、今後のレンジャー全体の活動の妨げになるのではないか? と想像したからだ。
サリュー軍曹はこちらの出方を伺っているのか、なにか探るような目を向ける。
「では質問を変えるわ。なぜ彼が危険だと判断したの?」
「何かを隠しているような行動と仕草を見せたからです」
「そう」
サリュー軍曹がまた何か考え込んでいるのか視線を少し上げると、また瞳をロックオンしてくる。正直、彼女の青い瞳に見られるたびに警告音が頭の中で鳴り響く気がした。
「あなたはね、見ていてどこか気になるのよ。普段は大人しそうな顔をしているのに、銃を向けている時だけ、別人だった。あなたたちレンジャーがみんなそうなの?」
「それが我々レンジャーであります」
「本当にそうかしら?」
まるで試すような物言いだ。サリュー軍曹は続ける。
「あなた、出身はどこ?」
「コロラド州です」
「ハイスクールでは何を?」
「何も。せいぜいトレーニングです」
まるで面接官のようだ。俺は表情を読まれないように真顔でスラスラ答える。
「トレーニング?」
「そうです、義父の指導を受けておりました」
「あなたの、お義父さんというのは……」
「軍人です」
サリュー軍曹が訊く前に答える。
「お名前を伺ってよろしいかしら」
俺は躊躇した。だが、逡巡するのはよくないと切り替え、すぐに唇を開く。
「ジェイク。ジェイク・ダニンガン」
「……陸軍少将の?」
信じられない、という顔をするサリュー。俺は黙って頷いた。
「なるほどね……。それで軍人を目指してるなら納得いくわ」
一息置き、サリュー軍曹はすうと息を呑みこむ。
「私はね、この戦争の中で、救える命があるならと、軍隊に入隊したの」
訴えかけるような目をする。俺はまじまじと彼女の目を見た。
「私の兄が海兵隊だったわ。ちょうど二〇〇二年、このアフガニスタンでね。私はまだ大学に入りたてだった。講義が終わって、アルバイト先に向かう途中だった。母から電話があったの」
サリュー軍曹が机に視線を落とす。俺は黙って彼女の話を聞き込んだ。
「兄が死んだという電話だった。最初は冗談かと思った。でも、母の涙ぐんだ声を聞いたら嘘じゃあないってわかったの。兄の遺体は見せられなかったわ。彼の友人で、同じ海兵隊の人に話を聞いたの。兄は自爆テロに巻き込まれたって」
二〇〇二年といえば、このアフガニスタンは激戦区であった。戦争自体は終結して支援開始と始まったが、民兵たちが水面下で動き、アメリカ軍を攻撃していた時期だ。
語るサリュー軍曹の目は充血し、ほぼ泣いているといっていい程だ。
「私は酷く憎んだわ。でも、私の中でこう思う節があったの。“きっとこのままじゃあ、世界は変わらない。私が復讐したって、また別の兄のような人が無くなるんだって”」
「それで、CSTに?」
鼻声になりかけている彼女に質問する。サリュー軍曹は小さく頷き返す。
「そう。これは私なりの兄への弔いであり、私のけじめ。マシュー伍長、私はアメリカ合衆国の兵士が怪我したり、死ぬところは見たくないの。それはこの国に住む人間も同じ。彼らは人間よ。誰だって、自分の家に土足で入り込まれ、家族や友人を傷付けられたら、武器を取るわ」
その通りだ。俺達はいわば侵略者のようなものだ。俺たちが殺した人間の中には彼らの恋人や友人、親戚だっていただろう。それを許せる人間なんていないだろうし、許せる奴はきっと心のどこかが壊れてる奴だ。俺たちがアメリカ合衆国の軍服を着ている限りは攻撃の対象だろう。例え、子供にお菓子を上げて、畑の柵を直してくれもだ。
ひとしきり話終えると、サリュー軍曹は息を整えて、再度俺の顔を見つめ直す。目の周りや鼻は赤くなっているが、瞳はもう完全に泣き腫らしていた
「あなた、本当の両親は?」
横に首を振る。
「いません。小さい頃に亡くなったと聞いていました」
「兄弟も?」
「いないと聞いております」
「そう……」
サリュー軍曹は黙り込み、何か掛けるべき言葉を捜しているようだった。そこで俺はいった。
「軍曹、あなたの想いはわかりました。私の事は気にしないでください。今後の行動には気を付けます」
そういって立ち上がった。これ以上すべき会話はないだろう。
サリュー軍曹は一瞬だけ何か言いたそうな顔を浮かべたが、唇を閉じ、「そう」と寂しそうに呟いた。
俺は敬礼し、そのまま格納庫の外へと歩いて行く。宿舎に戻りながら、俺は先のサリュー軍曹を思い返す。
本当は俺自身が何か声を掛けるべきだったのかもしれない。だが、俺もそこまで気の利いたセリフを言える程、きちんと人間と接した経験がないのだ。
胸の中で生まれた嫌な靄はしばらく俺の中で渦巻いたままであった。