11.村の巡回
翌日、俺達は三台のハンヴィーで渓谷の谷底にある村へ向かった。
トーチ1を先頭に、俺達トーチ3は後ろだ。間に挟まったトーチ2にサリュー軍曹は乗っている。
俺はハンヴィーの助手席でトーチ2をただ眺めているだけだった。
― ― ― ― ―
村に着くと俺達は早速展開し、周囲の家々を周り、危険がないか警戒した。
以前からこちらのパトロールが入っていたのだろう、俺たちの車両や展開する俺たちを見ても村人は特に顔色を変えることはなかった。
子供たちは菓子を目当てに俺達の周りをウロウロした。だが、大人たちはどこかよそよそしく近づこうともしない。北部同盟の支配は全然行き届いていないようだ。
その証拠に村長の家で話をしてきたサリュー軍曹の顏はどこか神妙だった。エリクソン曹長が彼女と一言二言会話し、すぐに戻ってきた。
「なんて言ってました?」とライバン軍曹。
「どうやら、この周辺にターリバンがいるらしく、村に圧力を掛けているようだ。『米軍に手を貸すな』とさ」
エリクソン曹長が苦い顔を見せる。
すると家から村長と思われる枯れ枝のようにやせ細った老人と、それに連れ添った若い男が出てくる。彼らは現地の言葉でサリュー軍曹に何か捲し立てるように話しかけている。
近くにいたトーチ2の隊員が警戒し、彼らを必要以上にサリュー軍曹に近寄らせないように手を前に差し出す。だが彼の手を押し退けるように、サリュー軍曹は長老のそばに歩み寄り、親身に話を聞き込んでいる。
そんな様子をみていたファリンがワーオと声を挙げる。
「死にたいのか」
俺達は唖然とした。もし、あの老人の服の下に爆弾が巻かれてあったら、もし隣の青年が拳銃を隠し持っていたらと思うと気が気でなかった。だがサリュー軍曹は気にしている様子はない。
しばらく村長と話していたサリュー軍曹がエリクソン曹長に戻り、何か話している。すぐに無線を入れ、誰かと話している。恐らくアレックス少尉だろう。
無線を入れ終わると、エリクソン曹長が俺とファリンを呼び出す。
「村の外れにある牛の飼育柵が壊れたらしい。それを直して貰えないかとのことだ。マシュー、ファリン、行ってやれ。トーチ1からも二人出す」
俺とファリンは互いに顔を見合わせて「了解です」と答えた。
― ― ― ―
俺とファリン、トーチ1から選ばれた二名の隊員は村の少し外れた所にある牛の放牧場に案内され、倒れた柵の修繕に取り掛かった。
持っていた折り畳み式のシャベルで土を掘り、杭を打ち込んでいく。
「まったく、俺達はNPOか何かか?」
ファリンが悪態をつく。
俺はシャベルで土を掘りながら遠くにいるサリュー軍曹を見た。長老と一緒にいた若い男と何か話している。ファリンも彼女を一瞥する。
「あの“お嬢様”の命令のお陰で、俺達は銃を置いて土方作業だ。まるで小人の気分だぜ」
そんな悪態を吐いていると、近くのトーチ1の兵士が「ハイホー、ハイホー」と口ずさみ始めた。
俺とファリンも一瞥するのを止め、手を動かしながら口ずさむ。万歳、声を揃えて土木従事。
しばらくそんな調子で作業していると、視線を感じて俺は少し離れた柵の向こうを見た。柵の奥でこちらの動向を伺う様に中年の男が立っていた。
気になって凝視すると、身体の細い男で、すぐ後ろには石と泥で固めた粗末小さな小屋が見える。俺と目が合うと、どこかよそよそしい顔をしながら背中を向けて小屋の方へと向かう。
「何をしている?」
気になった俺が声を掛ける。だが、男はこちらをチラチラと見ながら歩みを止めない。俺はホルスターからM9ピストルを抜き、男に構える。
「止まれっ! 止まらないと撃つぞっ!」
叫ぶが、男は歩みを止めない。俺の声で近くにいたファリンやトーチ1の隊員も異変に気付いた。
歩みを止めない男に、俺は威嚇の為に上空に一発撃った。男がビクつき、歩みを止める。ファリンも立てかけていたM4を構え、柵を飛び越えた俺の後を追ってくる。
「小屋から離れろっ! すぐにっ!」
俺は叫びながら男に片手でジェスチャーを送り、小屋から離れるように促す。
男は両手を上げながら喚きながら、何かを懇願しているようだ。ファリンが近づき、男にM4の銃口を突き付ける。
小屋は外側から南京錠が掛かっており、鍵がないと開かない。俺はもどかしいあまりに叫ぶ。
「バールをくれっ!」
俺の言葉にトーチ1の隊員が持っていたバールを貸してくれた。俺はホルスターにM9ピストルをしまい、バールで南京錠を無理矢理こじ開ける。背後でトーチ1の隊員が銃を構え、援護してくれていた。
背中に浴びせられる男の制止と思われる現地の言葉など気にもせず、俺は南京錠を破壊して扉を開けた。
小屋の中には若い娘がいた。十代後半ぐらいで、この男の娘だろう。突然現れた俺達にすっかり怯えており、俺の顔を見ると泣きそうな顔をしていた。
俺は出るように促し、若い娘を外に出す。だが、俺達は安心しなかった。
娘に駆け寄ろうとする男の肩を掴み、またM9ピストルを引き抜き、男に怒鳴りつける。
「他に何か隠しているんじゃないのか、言えっ!」
怯えた男は聞き取れないパシュート語を喚き散らし、首を横に振る。そこに異変に気付いたサリュー軍曹が俺を引き離すように割って入った。
「待ちなさい伍長っ! 彼は謝っているわっ! “騙すつもりはなかった、許して欲しい”とっ!」
「ですが、軍曹っ!」
「銃を降ろしなさい伍長。これは命令よ」
俺は男とサリュー軍曹を交互に見た後、M9を降ろして男を開放した。すぐにサリュー軍曹がパシュート語で男に説明し始める。
男は娘の肩を抱いたまま二、三度頷き、怯えた表情を浮かべながら村へと歩いて行く。彼らを見送るとサリュー軍曹は俺に振り返った。
「あなたがした行動は信頼を損ねる可能性があった。違う?」
俺はうんざりしたが、顔に出さずに「はい、軍曹」と答えた。
「いい? これからは私がそばにいる時は、私に報告してから動きなさい、伍長」
「はい、軍曹」
俺が頷くとサリュー軍曹はまた現地の言葉で青年と話を始めた。おおかた、部下の躾が悪くて申し訳ないとでも言ったのだろう。青年は俺達とサリュー軍曹を交互に見ながら相槌を打っている。
バツが悪くなった俺はため息を吐き、自分の作業している場所に戻る。すると無線が入る。
『こちらエリクソン。先ほどの銃声はなんだ?』
「こちらマシュー。発砲したのは私です。村人が不審な動きをしたので威嚇発砲を行いました」
『了解した。問題は?』
「解決しました。問題はなしです」
『了解』
無線が切れると近くにいたファリンが眉間に皺を寄せながら「お前は悪くない」と励ましの言葉をいう。
俺はうんざりした顔をファリンに向けて、またシャベルを持ち直した。