10.CST(文化支援部隊)
作戦終了から一週間が過ぎた。世間ではサンダークラップ作戦は失敗といわれた。
本来捉えるべきターゲットの確保が出来なかったのと、死亡者を出したことが批判の的になった。
そりゃあそうだ。大規模な部隊を投入して、ターリバンの主要人物を掴めなかったからだ。
軍部の今後の方針として、捕まえた幹部を尋問してそこで標的の足取りを追う算段であった。
しかし参謀本部の方針は違った。大規模な部隊投入による武力での制圧ではなく、対話への解決をアピールする姿勢にした。
現地住民と協力し、彼らの力を得て奴らを駆り出す。民主主義らしいやり方だ。
おかげで俺たちのチームは現地の協力的組織である北部同盟の支援の為に、カンダハール州に移動した。
俺達はまた護衛、援護だ。正直、もううんざりしていた。ネイビーシールズ、デルタ。その次はグリーンベレーか? もうどうでも良かった。この戦争での移り変わりの激しい大儀に、俺達は疲弊しきっていた。
一方で三名の海兵隊員を救出した俺は、一躍ヒーロー扱いされるようになった。
勲章はもらえなかったが、隊の中で一目置かれる存在とされる。ただ、俺が救出した海兵隊員に「ブギーマン」と告げたせいで、変な通り名ができてしまった。
カンダハール州の前哨基地に移動すると、そちらでも俺の噂はすでに広まっていた。歓迎してくれた他のレンジャー隊員からも「よう、ブギーマン」と声を掛けられる始末だ。
基地に到着するなり、早速アレックス少尉から召集が掛かった。格納庫内にてブリーフィングを行うということで、俺達は整列させられる。
チームの前に立つアレックス少尉の横には、見慣れない若い女性兵士が直立不動していた。
「聞いての通り、この地区にはまだターリバンの勢力が残っている。参謀本部は俺達に集落を捜索し、その中で有力な情報を得て、逮捕に向けていく方針だ。そこで、俺達は文化支援部隊(CST)の護衛と、その安全の確保という任務を下した。いいか、サリュー軍曹の話をよく聞くように」
サリュー軍曹と呼ばれた若い女性兵士が前に立つ。周囲の仲間はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「私はサリュー・ドールキン軍曹です。今回、私達の目的は対話によってアフガニスタンに住む国民を味方につける事にあります。我々が彼らの生活を脅かす存在ではなく、協力的である事を示すという事が第一の目的です。その為には我々が銃を向けるのではなく、手を差し伸べるという、その目的を彼らに理解してもらう為に私はいます」
サリュー軍曹の言葉はもっともだ。だが内心こうも思っていた。悪魔に言葉が通じるのだろうか?って。
「彼らを味方に付ければ、我々の損害も減ります。私も友人を失いました。ですので、これ以上の損耗を防ぐ為に全力を注ぎます。こちらの中隊は猛者ぞろいと聞きました。協力をぜひお願いします」
サリューが言い終わると、まばらな拍手が起きる。周囲の仲間はきっと俺と同じ事を思っているのだろう。あまり大半の仲間が険しい顔を浮かべているのがその証拠だ。
その後、アレックス少尉から今後の活動予定を明かされる。俺達は山岳地帯に密集する村を回る予定だ。チームで日にち毎に分けられ、それぞれが担当する集落へCSTと向かう
俺のチームは明日にも出発の予定だ。
解散が命ぜられたあと、俺は宿舎に戻ろうした。その時、背後からサリューに声を掛けられた。
「あなたが、ブギーマン?」
振り返り、俺は軽く首を振る。
「マシュー・ジェンソン伍長です。よろしく」
「明日、エリクソン曹長のチームに同行します。噂は聞いたわ。負傷した三名の海兵隊員を一人で救ったんですって?」
サリュー軍曹が握手を求める。俺は握手を交わしながらいう。
「一人ではありません。あれは、トーチ3の皆がいたお陰です。私一人では無理でした」
「でも、報告書を読んだわ。あなたは撃たれて身動きの取れなくなった海兵隊を守るために敵のRPGを奪ってマシンガンを制圧し、一人で車の中に取り残された二名の海兵隊員を抱えて連れ出したって」
そこだけ聞くと確かにスーパーヒーローだ。俺はかぶりを振る。
「偶然、そうなってしまっただけです。俺だって、撃たれれば死にます。アニメみたいに弾丸は避けたりしない」
「あなた、あんまり面白くない人ね」
呆れた顔でサリュー軍曹はいう。それには俺も同意した。年齢的に見れば同年代ほどだが、自分より階級の上の人間に減らず口を叩けるほど、俺は気が強い人間ではない。
「それはどうも」
俺は返すように笑みを浮かべ、踵を返して歩き始める。サリュー軍曹は離れることなく、俺の隣を歩く。
「ねえ、私の話を聞いてどう思った?」
「実に素晴らしい事だと思いますよ」
俺は心にもない事をいう。
「嘘。あなたはとてもそうには思ってない。現に、顔に出てるもの」
サリュー軍曹は俺の嘘を見抜いた。俺の前に出て、進路を塞ぐように止まると納得のいかない顔を向ける。
俺は厄介な事に巻き込まれたと落胆し、首の横をポリポリと掻く。
「サリュー軍曹。私はただ命令に従い、あなたを守るだけです。私の考えなど、今回の作戦では何の意味もありません」
もっともらしい事をいってみせる。だが、彼女は引き下がらない。
「いいえ。突然で悪いけど、今あなたの考えを聞かせてちょうだい」
サリュー軍曹の凄んだ顔に、他の仲間も奇異な視線を送ってくる。俺は手を小さく上げ「えぇ、分かりました」と告げる。
「軍曹の仰りたい事は分かりました。ですが、場所を変えませんか?」
「わかったわ。食堂で話しましょう。ついて来て」
勝ち誇ったような表情を浮かべ、彼女はそのままスタスタと格納庫の外を歩いて行く。俺は思わずちょっと離れた所でこちらを伺っていたエリクソン曹長の顔を見た。
エリクソン曹長は唇を閉じたままへの字にし、首を傾げた。近くにいたライバン軍曹も顔の前で手のひらをひらひらさせている。行って来い、という仕草だ。
小さなため息を吐き捨て、俺は仕方なくサリュー軍曹の後を追った。
― ― ― ―
食堂に着くと、まだ昼前だというのに基地の職員や別の隊員たちが食事していた。非常識に見回すと珍しい事に女性兵士が多く見える。恐らく彼女たちはCSTの隊員たちなのだろう。その中で俺はサリュー軍曹を見つけた。
俺はサリュー軍曹が座ったテーブルの前に敬礼し、腰掛ける。
「それで、私の意見をお聞きしたいと?」
「えぇ。今、CSTの活動はまだ周囲の理解を得られていない状況なの。あなたたちからしてみても、私達の存在意義はきっと薄いものよ。皆が皆、敵を殺せば満足しているし、私達をグラビア雑誌のモデルのようにしか見てないわ」
なるほど、確かにその通りだ。サリュー軍曹の意見には納得できる。
「そこで、私のような者に話が聞きたいと?」
サリュー軍曹は頷く。
俺は疑問に思う。彼女の階級から考えて、CSTの隊長でもないだろう。彼女がなぜ俺の意見を聞きたいのかが理解出来ず、不思議で仕方なかった。
俺はンン、と小さく咳払いした後に続ける。
「正直な話をいえば、我々が戦う相手は道理も理解もありません。もし、この国の住人と話し合い、彼らを味方にするというのならばグリーンベレーの仕事になります。彼らに任せるのがもっともでは?」
自分の考えをそのまま話した。なんせたって、グリーンベレーという部隊はその為にいるのだから。
「もっともな言葉ね。でもね、それは違うわ。なぜなら全ての住民を親米化にする事はできないもの。ましてや、彼らにも今後の生活がある。大事なのは、彼らの生活をそのままに、彼らと私達が憎むべき敵を倒すことが第一の優先事項なの」
「なるほど」と返す。その喋り方はハイスクールの時の教師に似ていた。もっとも、あの教師は自分の話をするばかりで、個々の生徒に興味を持つような人間ではなかったが。
「このままでは中立的な彼らも、戦いが長引けば私達にその敵意を向けてくることだって考えられる。私達は、これ以上の敵を作らない事が大事なの」
仰る通りだ。俺はサリュー軍曹が言わんとしてる事は分かる。だが、納得する事は出来ない。
「あなたの大義は立派です。ですが、私にはどうする事も出来ません。ただ命令に従い、それに―――」
「さっきも同じ事を言ったわね。でも、あなたみたいな英雄にも私達の目的を知ってほしいの」
自分の発言を遮られた俺は不快になるが、気を取り直して頷く。
「…わかりました。それと、何度もおっしゃいますが私は英雄なんかではありません」
「やはり、あなたはどこかおかしい。感情の起伏がないもの。まるでロボットみたいだわ」
サリューの目がどこか失望し始めた。そんな事を言われ、そんな目で見られれば、俺だって傷付く。おかげで次に言おうと思っていた言葉を見失った。半開きだった唇を一度締め、また開く。
「そうでしょうか? レンジャーは皆、こんな感じです」
「あなたは、他の人とは違う。褒められたら、もっと喜ぶものよ」
「もういいわ」と告げられ、サリュー軍曹は片手をあげて離席を促す。俺は立ち上がり、彼女に敬礼する。もちろん、上の階級の人間への礼儀は忘れない。
サリュー軍曹の冷ややかな目を背中に受けながら、食堂を後にした。
― ― ― ― ―
宿舎に戻ると、ベッドで寝転がっていたライバン軍曹とファリンが早速絡んでくる。
「よう、マシュー。きっちりとご教授されてきたか?」とライバン軍曹。
「軍曹、勘弁してください」
俺は苦笑いを浮かべた。
「彼女はなんだって? 『今度ディナーに行かない? マイアミに、おすすめのドイツ料理の店があるの』」
ファリンが声色を変え、言い終わった後に最後に大きく口を開けて、口の前で握った拳を前後させる。ブロウジョブの仕草だ。宿舎の皆が笑う。
「先生に、『俺はロボットだ』と言われました」
皆がオォーと歓声を挙げる。今度はファリンに言ってやる。
「『CSTはグラビア雑誌のモデルじゃない』と、さ」
皆がまた歓声を挙げ、両手に頭を付ける。
「マシュー、そんな話を聞きたくないんだ。俺は彼女がお前のカール・グスタフに夢中なのに気付いてるんだ」
またファリンがふざける。股間に分解中のM4のハンドガードを付け、くるくる回る。また周囲が笑い出す。
俺は自分のベッドに横たわり、天井に目をやる。
「なあ、彼女は何の話をしたんだ?」
隣のベッドで同じように横になっていたハリスがいう。
「CSTってのは、現地住民の生活を守りながら敵をやっつける。それをどのくらい理解してるかっていう事のレクチャーさ」
宿舎の皆が落胆の声を挙げる。ライバン軍曹はいう。
「笑っちまうぜ。敵はニコニコ笑いながら郵便バッグの中に仕込んだ拳銃で撃ってくるっていうのに」
「それをいうなら自爆テロもでしょうな。奴ら、人間の皮を被った悪魔さ」
ファリンがうんざりした顔でいう。
皆のいう通りだ。ここに来てから、民兵の襲撃は何度も見たし、何度も起きた。そのどれもが卑劣としかいいようがないやり方だった。
「俺は明日、彼女と動くのが不安です」
ライバン軍曹にいう。
「マシュー、その時はその時だ。彼女だって、弾丸が飛んでくれば子羊のように慌てて逃げるさ」
ライバンが笑い飛ばし、話はそのまま流れて行った。
やがて俺達は誰ともなくグダグダし始めた。俺は明日の事を考える。そうしていると自然とサリュー軍曹の言葉が蘇る。
『あなたは、他の人とは違う』
サリュー軍曹の言葉が頭の中でループする。あれはどういう意味なんだろうか? 俺は、ここにいる皆と何が違う?
ただ命令に従って、ただ敵を殺すだけだ。それはここにいるみんなが同じ事をやっている。俺も、その仲間だ。
明日のことを考える。このカンダハールという土地と、新たな部隊との行動がどう影響するのか?
毎日が想像しえないことばかりの連続なのだ。