9.ブギーマンの誕生
交差点まで近づくと、中破したハンヴィーの運転席と助手席に取り残されている人影が確認できた。生きているかどうかはわからない。交差点の奥では分断された海兵隊が応戦しているが、通りの建物からの攻撃が激しく、近づけない様子だった。
俺達の接近が分かった民兵はこちらへの攻撃をより強くした。
窓や屋上からだけでなく、建物から飛び出して出てくる奴もいた。
奴らは民兵だ。軍人ではない。ある程度の訓練を受けているが、こちらの方が技量は確実に上だ。俺達は通りに少し出るように広がり、敵の出方を見た。一番道路に近かったのは俺だ。
俺は道路の真ん中でハンヴィーにRPG※を撃ち込もうとする民兵を背後から射殺する。民兵が射殺出来たのを確認すると、すぐに建物の影から影へ移動する。
次々と民兵どもが反対の建物から顔を出し、銃撃を浴びせてくる。俺はなるべく物陰を移動しながら、ハンヴィーは
『敵を多数確認っ! マシュー、建物に入れっ!』
エリクソン曹長の声がインカム越しに流れてくる。エリクソン曹長は建物内を警戒しながら、建物から建物へ入り、ハンヴィーに近づくように移動する。俺達はその背中を追いながら、反対側の民兵に応戦しながら進む。
『グアッ!?』
インカムの向こうで誰かの悲鳴が上がった。
『撃たれたっ! 海兵隊だっ!』
ファリンの声で、周囲を見ると建物の影でガナー伍長が苦悶の表情を浮かべて倒れている。すぐにハリソン中尉が身体を起こし、引きずり始める。
すると通りの向かいの四階建てのコンクリート造のアパートの三階の雨戸が開き、RPDを構えた民兵が出てきた。ハリソン中尉も気付き、近くの放置された車両に必死にガナー伍長の身体を引き込む。
こちらが対応するより先に銃口が向けられ、けたたましい銃声が響いた。二人が隠れている車両に向かって弾丸がばら撒かれる。
『ダメだ、動けないっ! 援護をっ!』
俺は窓からRPDを構えている射手に向かって発砲する。だが、そう簡単には当たらない
射手はずっとハリソン中尉と負傷したガナー伍長に向けて引金を引き切っている。ふと、俺は先ほど通りの真ん中で射殺した民兵がRPGを持っているのを思い出す。あれならば……。
そう思った瞬間に、俺は射撃をやめて走り出していた。後ろで俺の名を叫ぶエリクソン曹長。
「マシュー、戻って来いっ!」
飛び出した俺に民兵たちが狙いを付けて引金を引いてくる。足元や身体の横に弾丸が飛び交うが、不思議と恐怖心が湧かない。
俺は民兵の死体の横に落ちたRPGを拾い上げ、射手に向けて構える。向こうも俺に気付き、ハリソンから銃口を向けようとした。
引金を指で引き切ると、ボンっという鈍い音と共に先端の榴弾が発射される。煙を吐き散らした榴弾は窓の縁にぶつかってさく裂し、射手をコンクリートもろとも吹き飛ばした。
すぐにRPGを投げ捨てると、一階から接近してきた民兵に気付き、その場でM4を構えながら寝滑って応戦し始めた。接近してきた二人の民兵をすぐに射殺する。
射撃を終えた直後、俺の肩をエリクソン曹長の力強い手が引き起こす。
「この馬鹿が、なにやってるっ!」
俺はエリクソン曹長に引き摺られるように、また建物に戻された。
中にはハリソン軍曹とガナー伍長がおり、ガナー伍長はライバン軍曹の応急手当を受けていた。
「このサイコ野郎っ! よくもやってくれたなっ!」
エリクソン曹長は笑っていった。
「お前は本当にクレイジーだぜマシューっ!」と手当を終えて称賛するライバン軍曹。
「よし、やってくれたぜ兄弟っ!」
ハイタッチを求めるファリンに俺は笑みをこぼしてタッチを交わした。
「気を抜くな、応戦を続けろっ!」
エリクソン曹長の声に俺達は即座に銃を構え、引金を引き続ける。
マシンガンの存在を失った敵は、やがてこちらの銃撃に押され始めた。
手当を終えたライバン軍曹は建物内の階段を上がり、建物の屋上からM249ライト・マシンガンで敵に銃撃を浴びせ始める。おかげで通りにいた敵を建物側まで抑え込むことができた。
俺は通りを覗き、敵の銃撃が先ほどよりも薄れた事に気付くと壊れたハンヴィーに近寄っていく。
まず助手席のドアを開け、一人の海兵隊を引き摺り出す。肩に手を回しても反応はないが、そんな事を気にしていられない。
彼の身体を背負い、俺は建物に引き返す。
『マシューが一人救出したっ! 援護しろっ!』
エリクソン曹長が無線で呼びかける。皆が一斉に射撃したお陰で、敵の弾丸を食らわずに俺は海兵隊を背負って建物に飛び込むことが出来た。
「でかしたぞマシューっ!」
エリクソン曹長が叫ぶ。
「まだです曹長っ!」
俺は背負っていた海兵隊を下ろしながら叫び返し、また交差点のハンヴィーに走り出した。
『マジかよ、このサイコ野郎っ!』
交差点に飛び出した俺にライバン軍曹が皮肉ったぷりの台詞を吐き、援護し始めてくれた。
俺は先ほど開けた助手席に半身を入れ、運転手の身体を引き摺りだす。その時、運転手がうめき声を上げて覚醒した。
「何が起きたんだ?」
寝惚けているのか、俺を見ていう。その瞬間、俺は吹き出しそうになった。
「ブギーマンが迎えにきたんだ」
俺は笑って言ってやった。まだ状況を掴めていない彼の身体を引き摺りだし、俺は抱えるように走り出す。
敵の応戦が始まり、足元で弾丸が跳ねるがそんな事は気にせず走り続けた。
勢いをつけたまま建物に飛び込むと、ファリンが俺達を受け止めた。
「タッチダウンだっ!」
嬉しそうに叫ぶファリン。
「こちらトーチ3。海兵隊を救出っ! 3名が負傷しているっ! 衛生兵をっ!」
エリクソン曹長が無線を入れる。
ハリソン中尉とファリンが負傷した三名の海兵隊の手当てを行い、残った俺達が敵へ応戦する。
しばらく攻防が続いたが分断されていた海兵隊が戦線を押し上げ始めた。
『ロード1からトーチ3へ。そちらに接近する。北側だ』
「了解ロード1。発砲をやめる」
ロード1こと海兵隊は数台のハンヴィーと歩兵で来てくれた。ハンヴィーのルーフに備えられたMk.19グレネードランチャーを敵の居る建物に向けて撃ち込んでいく。
けたたましい爆発と破壊力でアパートは瓦解し、敵はすぐに交差点を放棄し、後退していく。その背中に向けて海兵隊の容赦ない銃撃が浴びせられる。
海兵隊と合流した俺達はしばらく周囲を警戒したが、敵は完全に通りから撤収したようだ。役目を終えた俺たちは自分たちの持ち場に戻るように指示が出される。
いざ戻ろうとしたその時、俺はハリソンに呼び止められた。
「待て。君、名前は?」
俺は立ち止まり、ハリソン中尉に向き直る。
「マシュー・ジェンソン伍長です」
「マシュー。ありがとう、君がいなければガナーはもちろん、俺のチームメンバーは死んでいた」
面と向かって言われるとなんだかこそばゆい気分になった。
「お礼なんて。ただ、自分のすべきことをしただけです」
照れ笑いを浮かべながらハリソンと熱い握手を交わす。いい男だ。彼の指揮する部隊はさぞかしい最高の部下なのだろう。
そう思って俺は手を離した後、敬礼して背中を向けて歩きだす。なんだか自分がヒーローになった気分だ。
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作戦は本日の夕方には終了し、俺たちは基地へと撤収した。
この作戦で八名のターリバンの幹部を確保した。民兵の被害は二百人以上といわれた。
だが、俺達アメリカ軍側も六名が死亡し、二十五名の兵士が傷付いた。
作戦が終わって俺達は基地に帰還する途中、負傷者を乗せたトラックやハンヴィーを見た。額や腕に巻かれた包帯から血を滲ませた、彼らは一様にひどく疲れ切っていた。
砂塵舞うヘルマンド州の夕焼けだけが平等に降り注ぐ。
海兵隊も、デルタも、シールズも、レンジャーも、民兵も、民間人も全部にだ。
※RPG……旧ソ連製の榴弾発射装置