8.サンダークラップ作戦
あの戦闘から二日後、中隊長の口から都市部に集結しているターリバンの勢力を一斉に掃討する作戦が『サンダークラップ』と名付けられ、正式に決行することを告げた。
ネイビーシールズに伴い、海兵隊、更にはデルタフォースを投入し、ターリバンに組みする部族の長やターリバンの幹部級を捕縛することがこの任務の目的だ。
作戦本部は躍起になっているのが雰囲気でわかった。大統領選挙が近い今、この作戦を成功させなければ今後の軍への予算が変わるのだろう。なんせ経って国民は戦争に疲れてしまっている。国としても税金の無駄遣いは防ぎたいし、それのアピールも行いたいだろう。
だが最前線で戦う俺達には、そんな事どうでも良かった。
俺達はツインタワーを破壊した悪党を国の命令を受けて倒しにきたのだ。俺たちに政治の事だとか、国家予算がどうだとか言われても困る。つまらない議論をしていたら、死んでいった仲間たちは報われない。
特に俺たちのチームは先の闘いで死んだジェームスの仇を討つのに躍起になっていた。
俺とハリス、ファリンは作戦前に背中に入れ墨を彫った。もちろんジェームスの名前だ。
奴は最高の仲間で、俺が出会った中で最高の黒人だった。忘れることはないが、自分を戒めるためにも身体に刻んだ。
作戦は真っ昼間に市内にハンヴィーとヘリボーンで乗り込む同時侵攻作戦であった。俺たちレンジャーは都市部の周囲を囲い、逃げてくる奴や都市部へ応援に向かう勢力の足止めであった。
アレックス少尉のチームは都市部でもっともアジトに近いと言われる通りの封鎖を行う。そこで俺はアレックス少尉のチームに希望を出した。そこでドライバーのアルバーンが交替すると手を上げた。
俺の所属するジェリー曹長の班は郊外付近で、戦闘が少ないと見込んだのだろう。アルバーンは安心した表情を浮かべていた。正直、ムカついた。
俺はまたアレックス少尉の他にエリクソン曹長、ライバン軍曹の乗った車両に乗り、作戦に身を投じた。
俺が運転席に乗り込むと、隣にはライバン軍曹が座った。すかさず肩を叩いてきた。
「マシュー、話は聞いた。ジェームスは残念だった」
俺は頷く。ライバン軍曹は続ける。
「気を落とすな。強くなろう」
再度肩を叩くと少し口角を上げて、男前なスマイルをくれた。こういう時、古参の兵士は頼もしい。
後部座席にはエリクソン曹長、ハリスが滑り込むように乗り込む。銃座にはファリンがついた。
なぜ彼らが乗り込んだのか理解できず、俺が目を丸くしているとハリスが笑う。
「マシュー、こっちに移ったぜ」とハリス。
「なんでだ?」
俺は思わず笑みをこぼす。
「小隊長にお願いしたんだっ!『マシューにはおしゃぶりをつけるママが必要だってなっ!』」
ファリンが言い終わるとガッツポーズを上げる。
どうやらアレックス少尉が気を使ってくれたようだ。少尉は後方の車両に移ったらしい。
俺達の様子を見たライバン軍曹はニヤニヤと笑っていた。エリクソン曹長も表情では呆れているが、まんざらでもないような顔だ。
『こちら、カウボーイ。《キャシーは今日も笑った》繰り返す、《キャシーは今日も笑った》』
車載無線から声が流れる。”カウボーイ”とは本作戦の暗号コードで、《キャシーは今日も笑った》は作戦を開始する合図だ。
「“クソキャシー”」
ライバン軍曹が笑いながら呟く。
俺はエンジンを掛け、アクセルを踏み込む。
俺達レンジャーのハンヴィーは蛇のような列を作り、砂埃をまき散らしながら基地から出て行く。
上空ではUH-6リトルバードヘリ、そしてMH-60ブラックホークヘリが飛んでいく。
― ― ― ―
街が見えると、俺達”新生”トーチ3はアレックス少尉の乗るトーチ2と一緒にもっとも広い、南のメイン通りの入り口を封鎖した。
すでに市内に突入したネイビーシールズやデルタフォースが激しい銃撃を行っている。俺達は海兵隊の車列が通り過ぎるのを見た後、ただひたすらに敵を待った。
だが敵は逃げ出すことも、応援を呼ぶこともなかった。こちらのエリート部隊が良い仕事をしているのか、それとも奴らのガッツが高いのだろう。
十五分ほど、ただ熱い地面に膝を付いて、周囲を見回すだけであった。
しばらくして無線が入る。
『こちらカウボーイ。市内にて海兵隊が分断されている。トーチ、お前たちのチームが一番近い。行けるか?』
『こちらトーチ、了解した』
今度は無線にアレックス少尉が答える声が聞こえる。またアレックス少尉がいう。
『こちらアレックス。一番近いのはトーチ3だ。いけるか?』
「こちらトーチ3。了解した」
『聞いての通り、海兵隊※が分断された。エリクソン曹長、行けるか?』
「了解です。トーチ3、集合」
エリクソン曹長の声で俺達はハンヴィーに集まった。
「今から海兵隊の救出に向かう、付いてこい」
俺達は「了解」と頷く。
「ハリス、お前はここでトーチ2と残れっ!」
ファリンがハリスの目とは鼻の先で指先をひらひらさせる。
「ハリス、お前は留守番だ」
ファリンのからかう顔に向けてハリスはニヤリと笑う。
「土産を頼むぜ」
俺達はすぐさま装備を確認し、移動準備を行う。
俺もM4の弾のチェックをし、すぐにでも撃てるように安全装置は外した。
準備が整った俺たちは通りの建物の壁に張り付く。エリクソン曹長が無線を入れる。
「こちらトーチ3。海兵隊の場所を確認したい。指示が欲しい」
『こちらドラゴンフライ3。君たちを確認出来た。北へ一ブロック進め。その先を右だ。』
上空を旋回する無人攻撃機・プレデターの操作する兵士の無線が入ってくる。
『座標を送る。場所は……445123だ』
「了解、感謝するドラゴンフライ3」
応答を終えると、俺達はエリクソン曹長に続いて通りを横断した。指示された方向に向けて足を進めていくと、断続的な銃声が近くなっていくのを感じる。さほど遠くない所で戦闘が起こっていたようだ。
俺達は指示に従い、通りの右側沿いに走る。通りの向こうからはよりいっそう銃撃戦の音が耳に届く、一番先頭のエリクソン曹長が角の建物からそっと通りを覗き、ハンドサインで俺たちについてくるように促す。
角から指示のあった通りに出る。通りの少し遠くの真ん中で何かが白い煙を上げている。敵はどうやら、建物の屋上や上階から銃撃しているようだ。
エリクソン曹長が無線を入れる。
「トーチ3。通りまで出た。味方の位置を教えてくれ」
『こちらドラゴンフライ3。あぁ、君たちの姿を確認した。君たちから見て左側だ』
「了解した。接近する」
俺達は肩に力を入れ、ライフルを構えながら通りをゆっくりと進む。
途中、右手側から銃撃が来た。反射的に身をかがめ、弾丸は俺たちの誰にも当たらなかった。敵の姿は見えなかったが、銃撃がきたと思われる建物に、皆が数発ほど撃ち込みながら足を止めない。
近くの商店の前を通り過ぎた時、商店に人影が見えた。思わず全員が銃口を向けるが、分断されたと思われる海兵隊だとわかると引き金から指を離す。
「撃つなっ!」
海兵隊の一人が叫ぶ。俺達はすぐさま商店に飛び込み、すぐに入り口の壁に張り付く。店内を再度一瞥するが、海兵隊は二人しかいない。
「第75レンジャー・トーチ3。エリクソン曹長です」
「第23海兵師団所属、ロード4のハリソン中尉だ」
細い顔つきの海兵隊がいう。年の瀬から30代前半だろう。
「同じくガナー伍長です」
隣にいた少し背の低い男がいう。こちらは多分、俺よりも若い。
ハリソン中尉は商店の入り口に移動し、通りの交差点を指差す。
覗くと、交差点のど真ん中でフロントから白い煙を上げているハンヴィーが見える。煙の正体は海兵隊のハンヴィーだったようだ。
「状況を教えてくださいっ!」
「隊が分断されたっ! 奇襲を受けて私の乗っていた車両が行動不能になったっ! まだ中に二人いるっ!」
「さらに部隊が機銃掃射を受けました。自分は退避していた所、中尉に救われましたっ!」
ガナーが付け加える。
ハンヴィーの奥を覗くと、分断されたと思われる海兵隊が応戦しているのが見えた。
「仲間を救うぞっ! お前ら、いいなっ!」
エリクソン曹長の声で俺達は商店を出た。敵の攻撃はより一層激しくなる。建物の物影から物影へと縫うように移動し、通りのハンヴィーへと向かう。
※デビルドッグ……海兵隊の別名