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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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7.KIA

 2008年。


 封鎖線の歩哨に立つ任務があった。あの時が初めて経験した激しい戦闘だ。

 当時、ヘルマンド州の治安は悪化していく一方で、俺達は治安維持の為に駆り出されてばかりだった。


 そんな中、ヘルマンド州の都市部で大規模な紛争作戦を行う事が決まった。シールズや海兵隊が主体となり、都市部に潜伏しているターリバン達に攻撃を行うものであった。


 そこで都市部の周囲を封鎖し、奴らの出入りを制限して一気に叩きこむ作戦が行われるようになる。




 掃討作戦が行われる数日前、俺達は封鎖線に立った。


 歩哨に立ったのは俺とジェームス、それと同期で血気盛んなダック。古参兵ではエリクソン曹長、先輩のバードマン伍長だった。


 ダックは同年代の能天気な馬鹿だが、仲間思いの頼もしい奴だ。


 一方で先輩のバードマン伍長は口は悪いが、陽気な男で、興奮剤を飲んでは歌をうたう男だ。俺達はカリフォルニア・ドリームと陰で呼んでいた。


 俺達が立つ封鎖線は土嚢を積み、有刺鉄線とハンヴィーで作った即席のバリケードだ。土嚢は敵が残してたものだが。


 俺達のすぐ後方にアレックス少尉のチームがいたが、途中、上からの命令で帰還命令が出た。

 少尉はうんざりした顔を浮かべ、「なるべく早く戻ってくる」と言い残して戻っていった。


 ハンドルを握るアルバーンはどこか安心げな顔を浮かべていた。


「俺達だけで守れっていうのか」


 バードマン伍長が悪態を吐く。


 しばらくの間は何もなかった。何台か、市民の車が来たが、威嚇射撃を行うとすぐに引き返した。


 それから間もなくして闇夜を切り裂くようなヘッドライトがこちらを照らす。目を凝らすと一台のボロいトラックが見える。


 エリクソン曹長がバインダーに挟まれたリストに目をやる。


「この時間にここを通る車両はないはずだ」


 じっと見ているとトラックは減速する気配がない。

 全員に緊張が走る。バードマン伍長がブローニングM2のチェンバーレバーを引き、応戦体勢に入る。


「トラックの後ろに隠れてるぞっ!」


 エリクソン曹長が叫んだ。

 よく見ると、後ろに隠れていた乗用車が加速し始め、すぐにトラックの横に並ぶ。


 俺達は許可も待たずに引金を引いた。トラックも乗用車も停車し、すぐに中から人が降りてくる。

 降りてきたのはスツールで顔を隠し、コンバットベストを着た民兵たちだった。


 即座に展開し、車やトラックの影から発砲し、ものすごい弾丸がこちらに降り注ぐ。


 次にRPGが発射され、俺達が隠れる土嚢の脇に着弾した。周囲の土や石が飛び上がり、俺達の周囲に舞った。


 さらに、トラックの後方からまた一台の乗用車が走ってくるのが見えた。圧倒的な数だ。

 このままではまずいと判断したのか、隣のエリクソン曹長が俺の肩を叩く。


「マシュー、応援を呼べっ!」


 エリクソン曹長が叫ぶ。俺はすぐに無線を取り、本部に連絡を入れた。


「こちらルート133、激しい銃撃を受けているっ‼」


 エリクソン曹長が応戦を開始する。俺も左手で無線を抑えながら右手でM4の安全装置を外す。


『こちら本部。敵勢力の数は?』


「恐らく15名から20名ほどっ! ロケット砲も所持しているっ!」


『了解した。すぐに応援を要請する』


 横目で土嚢の裏でジェームスが応戦しているのに気付いた。

 俺はジェームスの横で応戦し続ける。


 少ししてジェームスの身体がガクン、と力なく土嚢の陰に落ちるのが見えた。


 飛び交う銃弾など気にせず、俺はジェームスの身体を引き起こした。ジェームスは瞳孔を開ききっており、額から短い細い血が流れている。思わず叫ぶ。


「曹長っ! エリクソン曹長っ!」


 声に気付いたエリクソン曹長が射撃を止め、身を屈めながらこちらに近づいてくる。


「どうしたっ!?」


「負傷しました! ジェームス伍長ですっ!」


 エリクソン曹長はジェームスに目をやると、すぐに眉間に皺をよせて首を横に振った。


「死んでる」


「なんですってっ!?」


 激しい銃撃で聞き取れない。もう一度聞き返す。

 今度は苦い顔を浮かべて俺に向き直る。


「死んだっ! ジェームスはダメだっ!」


 その言葉に頭が真っ白になった。何がなんだかわからなかった。ジェームスが死んだ?

 呆然としている俺にエリクソン曹長は、俺の身体にぶら下がっていたM4を掴み、胸の辺りにぶつける。


「他の仲間も死なすなっ!応戦しろっ!」


 俺が促されるがままM4を掴む。エリクソン曹長は素早く離れ、無線機の方に走り寄る。俺はM4と動かなくなったジェームスを交互に見遣る。


「クソっ!」


 自分に喝を入れる様に悪態を吐き、ジェームスの身体を地面に降ろすと、俺は自分の持ち場に走って車列に向かって引金を引いた。


 隣ではエリクソン曹長が無線を入れている。


「KIA※だっ! ジェームス・マクレン伍長っ!」


 その言葉に俺は泣きそうになった。ずっと一緒に戦って、生きて帰れるんだと思っていた。確証のない自信が打ち砕かれた。


 俺は必死に応戦仲間と一緒に引金を引き続けた。だが、敵はじりじりと迫ってくる。


 ハンヴィーのルーフに備えられたM2重機関銃の銃座に手榴弾が投げ込まれ、バードマン伍長が慌てて銃座から転がる。


「クソっクソっ!」


 バードマン伍長が悪態を付いた瞬間に銃座で爆発が起きる。積まれた土嚢の裏に隠れていたお陰で伍長は無事のようだ。


「伍長っ!」


 ダックが応戦しながらバードマン伍長の元へ進む。バードマン伍長はすぐに顔を見上げ、「ダック、戻れっ!」と叫ぶ。


 だがもう遅かった。


「グガァ」


 敵弾がダックに命中し、背中から倒れこんで悲痛な叫び声を上げる。


「クソが、クソ野郎がっ!」


 バードマン伍長が地面の上でもがいているダックに駆け寄り、物陰に身体を引き摺り込む。


「クソ野郎、俺を撃ちやがってっ!」


「ダックじっとしてろっ‼」


 エリクソン曹長がまた無線に向かう。俺は恐怖と怒りと悲しみの混じる濁った感情をむき出しに、涙を流しながら引金を引いていた。四つの弾倉を空にする間に数名の兵士を倒したが、それも記憶が曖昧だ。


「被害甚大っ! 応援はまだかっ!?」


 エリクソン曹長の声は怒鳴り声というより悲痛な叫びとなっていた。


 俺はもう誰かに頼るのは止めた。もう古参兵に頼ってもこの状況は打開できないと悟ったからだ。


 だから弾倉がなくなると、ジェームスの身に着けているベストから弾倉を探した。弾倉を交換し、すぐに撃ち続けた。



 戦闘が始まって三十分。俺の人生にとっては三時間ぐらい感じた。後方にいた仲間たちが遠くから駆け付けてくれた。


 今でもあのハンヴィーのライトを忘れない。


 俺達はたった五人で敵の猛攻を凌いだ。仲間が駆け付けてくれた時には敵は八名ほどまで減っていたようだ。


 敵はターリバンの斥候隊だった。現地での言葉は忘れたが、「砂漠の虎」の異名を持った奴らだったらしい。高度に訓練された奴らで、奴らは投降せずに皆戦って死んだ。


 この戦闘でジェームスが死に、ダックは右足を負傷した。

 俺は基地に戻るハンヴィーの後部座席に乗せられ、また代わり映えのない砂を見つめた。


「クソが」


 運転するバードマン伍長が悪態を吐く。


 俺も悪態を吐きたい。むしろ、叫びたいくらいだ。だが俺は静かに車窓から流れる砂をじっと眺めていた。


 今日のバードマン伍長は歌をうたいもしない。

 そして、それにハモっていたジェームスの声も聞こえやしない。


 ― ― ― ―


 基地に戻ると、チームの皆が暗い顔をしていた。

 俺は泣きだしたファリンと抱き合い、その背中を抱き締めた。


 ハリスは信じられない、という顔で変わり果てたジェームスの遺体を眺めていた。

 リックがジェームスの亡骸に向かって言う。


「ジェームス、仇はとってやる」


 ジェームスの身体は冷たい死体袋(ボディバッグ)に詰められる。

 その一方でダックの怪我はひどかった。


 右足の太ももに入った弾丸は解放切開によって取り除かれ、ダックは帰国を命じられた。

 俺達は「帰国出来て良かったな」といった。だがダックは違った。


 ストレッチャーに運ばれて空港へ向かうヘリに載せられる時、こういった。


「俺の分まで、あのクソ野郎どもを殺してくれよ」


 ダックとジェームスを乗せたヘリが飛び立っていく。

 俺達は、ヘリが見えなくなるまでずっと眺めていた。


※KIA……Killed in actionの略語。戦死の意。

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