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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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6.激戦地区へ

 俺達が派遣されたヘルマンド州は激戦地区で、山間に逃げ込んだターリバンとの争いが絶えなかった。当然、シールズの連中もこちらに回った。


 だが、隊の中ではいつまでも捕まらないテロ首謀者と、いつまでも終わらない小競り合いに誰もがうんざりとしていた。


 ただ、ここで俺は忘れられない戦闘を行うんだ。



 

 ヘルマンド州の前線基地に着くなり、俺達は宿舎へ向かう。


 向かう途中で野戦病院に目が入った。横目で覗くと多くの仲間たちが傷付き、簡易ベッドで寝かせられていた。一般兵だけじゃない。レンジャーも、海兵隊も、シールズもだ。それほどここが激戦区だと改めて痛感した。


 俺達は空いている新しい宿舎に入って荷物を降ろす。宿舎といっても、ベニヤとテントで作った簡単な宿舎だが。


 隊長たちがミーティングを行っている僅かな時間、俺達は宿舎でくつろいだ。

 ベッドに腰を下ろしたジェームスはいう。


「なあ、マシュー。お前は家族の元に帰りたいと思わないのか?」


 ベッドに寝ころびながら俺は首を横に振る。


「帰っても家族はいない。どうせなら、ここにいる間にでかい事をして帰りたい」


 俺がいうと、隣にいたファリンが割って入ってくる。


「なら、パジャマ野郎をたくさん殺せばいい。そうすりゃあ、お前は英雄だ」


 パジャマ野郎とは、ターリバンの事だ。この国の民族衣装の事をいっている。ひどい偏見的な言葉だ。


「奴らは殺してもキリがない。次から次に湧き出てくる。ファリン、お前はどうなんだ?」


「俺か? 俺はさっさとターリバンのアホどもをぶっ殺して、それから参謀本部のお墨付きのヒーローになるんだ。そして凱旋パレードをして、ハリウッドの女優と寝る」


 ファリンが腰を振ってガッツポーズを決める。俺達は皆失笑した。


「よせよ。ジェームス、なんとか言ってやれ。お前の妹でも紹介してやれ」


 俺が笑いながらいうとジェームスは首を横に振った。


「ダメだ。俺が妹に紹介するのは空軍のパイロットだけだ」


「なぜだ?」と本を読んでいたハリスが問い掛ける。


「奴らは“落とす”のが上手いからな」


 ジェームスの冗談が決まると、俺はジェームスとハイタッチした。ハリスがいう。


「なあ、ジェームスはどうなんだ? 帰ったら何をするんだ?」


「帰ったら、一人で西海岸を走るよ。ナイキのスニーカーに、タンクトップ。サングラスをしてロスの海岸を走るんだ。そして、ビキニでアイスカフェ・ラテを飲んでる女の尻を眺めるよ」


「お前に言い寄ってくるのはヤクの売人だけだろ」


 ファリンが茶地を入れる。ジェームスは笑ってる。


「俺は黒人だが、心の底から黒人じゃあねぇ。黒人はいつも群れている。だが、俺は群れない黒人だ」


 また皆が失笑する。そこでジェームスが少し離れたベッドに転がっているリックにいう。


「リック。あんたはどうするんだ?」


「帰ったら、息子に会いにいく。ここに来る前に生まれたばかりなんだ」


 リックは手に持っていた写真を見せびらかす。

 俺たちは歓声を挙げた後、指笛を鳴らして拍手を送る。


「そして息子に言ってやるんだ『パパはお前が生まれる前に、お前を殺そうとしてた奴らは倒しに行ってた』ってな」


 リックが笑うと、俺達は更に歓声を挙げた。そんな中、ハリスはいう。

 

「息子の名前はなんと?」


 リックが言う前にすかさずファリンがいう。


「“ダイヤモンド・キラー”」


 途端にハリス以外の皆が大笑いする。ハリスはなぜ皆が笑うのかわからず、周囲を見回す。


「ダイヤモンド・キラーってなんだ?」


 周囲に教えを乞うが、皆は笑いながら手を振るだけで、答えない。

 そんな時、ジェリー曹長が入ってきた。


「マシュー・ジェンソン伍長」


「はい」

 

 すぐに俺は立ち上がる。

 

「お前は別チームに移動だ。荷物を持って来い」

 

 そう告げるとジェリー曹長は出て行ってしまった。

 俺はやれやれといった顔を皆に見せる。リックが少し口角を上げて小さく手を振った。


 渋々、荷物をまとめる。


「待てよマシュー。“ダイヤモンド・キラー”ってなんだ?」


 荷物を背負い、出て行く間際に俺はハリスに向かって言う。


「“D・K”」


 ピンと来ていないハリスにファリンがいう。


「『ドーベルマン・キラー』。リックはこの間の任務で襲ってきたターリバンの幹部の用心棒を撃ち殺したんだ」


 ハリスがすぐにリックに目を向けるとリックがニコリと笑顔を向ける。ハリスはどこか驚いた顔でリックを見つめていた。


― ― ― ―


 俺はジェリー曹長のチームを離れ、今度はアレックス少尉のチームと行動するようになった。

 どうやらヘルマンド州での負傷や死亡が多いらしく、俺がその補充員として向かわされた。


 アレックス少尉は三十代半ばの中々の男前で、まるで最近のハリウッドスターのような男だった。金髪にスラッとした顔立ちで、青い目をした活かした男だ。だが性格は生真面目で、小隊長の任を任されており、中隊長クラスの士官と部下の板挟みに神経をすり減らしている可哀そうな男でもあった。アレックス少尉は過去にはソマリアの海賊退治にも参加していたらしい。


 チームメンバーにはアレックス少尉と同じくらい古参のエリクソン曹長、ライバン軍曹、アルバーン伍長がいた。


 エリクソン曹長はとてもガタイのいいアフリカ系で、無口な男だ。作戦中以外はスポーツ系のサングラスを掛けているのが印象的だ。


 ライバンはイタリア系映画に出て来そうな男だ。あまり綺麗でない青髭が残っているが、どこか紳士な印象だ。


 アルバーンは俺の二個ほど年上だが、どこか小動物のような男だった。あまり戦争が好きじゃない顔をしている。


 俺は彼らのチームと共に一時間前にパトロールが銃撃を受けた地区の偵察に向かった。


― ― ― ―


 銃撃を受けた場所に向かうと、やはりガズニー州に似た片田舎な場所だ。

 壊れた建物が点在する集落で、住んでいる人間はみな避難したらしい。


 ハンヴィーから降り、周囲の捨てられた集落を偵察していた。

 土壁の間から集落に目をやっている時であった。


 ガガガガガ、と遠くの方から聞こえた。軽機関銃の音だ。すぐに皆が身を屈める。


「敵襲っ!」


 古参兵のアレックス少尉が叫ぶ。すぐにハンヴィーのルーフで機銃を構えていたエリクソン曹長が小高い丘に向かって引金を引く。俺はどこに敵がいるのか分からず、ただ地面に伏せたまま古参兵の動きを見ているだけであった。


 少ししてパン、パパパンと断続的な射撃音が聞こえた。M16系やM249とも違う銃声。敵のものだ。どうやら複数いるのが分かった。それでも俺には敵がどこにいるのか全く分からず、ただ身体を強張らせているしかなかった。


 ヘルマンド州の民兵は容赦がなかった。複数で、一気に銃撃してくる。おまけに、敵の位置がわからない。


「マシュー! こっちだ!」


 少尉の声に気付き、俺は少尉が壁にしている小さな砂丘に走り寄った。だがその足もぎこちなく、もつれそうになる足を必死にぶん回し、とにかく少尉の横に飛び込んだ。


「さ、サーっ‼」


「敵はこっちからだ!」


 砂丘の向こうには古びた中東特有の土壁で出来た二階建ての古い建物が見える。少尉の言葉で、自分が先ほど伏せていた場所が敵から丸見えだというのに気付いた。いつの間にかアルバーンも俺の隣にいた。


「あそこの建物からだ。応戦しろ!」


 手慣れたように少尉は俺達に指示する。俺もアルバーンもその建物に向けて応戦した。


 正直に言えば、敵の姿は見えない。狙いはほぼ適当だった。こちらが撃っても敵は応じてこない。それでも俺達は撃ち続けた。ライバン軍曹が無線で呼んだヘリが来るまでの間だが。


 バリバリと小さな音が遠くから聞こえ、武装したロングボウアパッチヘリが対空ミサイルの届かない距離からロケット砲を撃ち込む。建物の壁が吹き飛び、周囲の土と砂が巻き上がり、土煙が舞い上がる。軍曹たちは歓声を挙げる。


 しばらく射撃を止めて敵の様子を伺う。もう発砲はない。上空でアパッチが旋回し、着弾地を確認している。


 少尉はまだ警戒態勢を解かず、しばらくの間じっと構えた。俺は地面に伏せながら安堵した。


 敵が死んだかどうか、そんな事はどうでもいい。敵の発砲がなく、ただこうして仲間に囲われていて、地面に寝そべっているのにとても落ち着く。不思議な感覚だ。


 後に人間は恐怖に直面した時、うずくまっているのが安心するのだと聞かされた時、俺はなんとなく納得した。


「こちらトーチ3。着弾を確認。土煙が収まるまで待て」


 土煙が収まり、ボロボロになった建物が見えた。ライバン軍曹が無線を入れる。


「こちらトーチ3。確認出来た。反撃はない。効果を確認する」


 ライバンは俺とアルバーンを呼び、破壊された建物を確認するように言った。アルバーンはその命令にどこか嫌そうだった。


 俺はアルバーンと並び、砂丘を越えて建物に向かった。


 向かう途中、建物から赤いスツールを顔に巻いた男が慌てて飛び出してきて、俺達から逃げ出すように走って行った。俺はすかさずM4を構え、男に向けて数回引金を引く。


 発射された弾丸を背中で食らい、男は前のめりに倒れる。いい気味だ。俺はそう思った。


 横を見ると、アルバーンがどこか眉間に皺を寄せて俺を見ている。俺は一瞥した後、すぐに建物に視線を戻す。


 建物の中に入ると、二人の男が死んでいた。ロケット砲を食らったせいで、その身体はズタボロだった。近くには壊れたAK-47のコピーとRPDが転がっていた。


「敵の死亡を確認。脅威はなし」


 俺は無線で報告をいれる。


 振り返ると、アルバーンが建物の入り口でミンチになった死体に目をやっていた。オドオドとした目で今にも嘔吐しそうな顔をしている。

 

「戻ろう」


 俺がそう言うと、アルバーンが小刻みに頭を縦に振る。

 エリクソン曹長の元に戻る途中、アルバーンはいう。


「こんな仕事、海兵隊にでもやらせればいいんだ。これじゃあ、命がいくつあっても足りない」


 アルバーンの悪態はもっともだ。だけど、俺はそんな彼を軽蔑した。

 ヒーローになりたいわけじゃないが、俺はこんな臆病者にはなりたくはない。


 隣を俯きガチで歩くアルバーンの背中を見て、先程まで身体をビクつかせていた自分に反省をした。




 そんな戦闘から俺達は一年間、ヘルマンド州にいた。


 散発的な戦闘を繰り返しているあいだに、ターリバンの指導者が殺されたという話が何度も出たが、戦闘も自爆テロも相変わらず続いていた。


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