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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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5.入隊、そして

 ハイスクールを卒業後、俺は入隊試験を無事に通過した。

 コネなのか、それともきちんと合格ラインを通過したのかはわからない。


 アメリカ陸軍に入隊した俺はさっそく基礎訓練キャンプに送られた。

 丸坊主にされ、軍服に着替えさせられ、俺と同じような奴らがバスに乗せられる。


 バスが基地に着くなり、キャンペーン・ハットを被った教官たちが俺達を怒鳴り声で出迎える。

 俺達はいそいそとバスを降り、訓示の書かれたアーチを潜り抜けていく。


 それから基本戦闘訓練、高等個別訓練などが始まる。


 ここでの話は割愛する。

 当時の俺は目標に躍起になっており、あまり周囲とも関わらなかった。変人扱いされていたのは当然だと思う。


 バトル・バディー(訓練相棒)だったスマーソンという男もそんな俺に気を使って必要以上に近づこうとはしなかった。


 俺は訓練課程で歩兵科に進んだ。進んだ理由はただ一つ、ただの兵士になる為じゃない。俺は第75レンジャー連隊に入る為だ。


 合計で二十五週にも及んだ訓練期間を過ぎ、晴れて空挺資格を取った。レンジャーに入るチケットだ。


 そして俺はレンジャースクールに入隊した。これが第二の関門だ

 空挺資格を取るのも大変だったが、レンジャースクールはそれ以上に大変だった。


 入隊した頃におこなった基礎戦闘訓練や高度訓練プログラムにも鬼教官は様々居たが、レンジャー訓練の教官はより過激で過酷だった。


 その中でもワイバーン教官は強烈であった。


 ワイバーン教官は元グリーンベレーに居たらしく、湾岸戦争にも参加していたらしい。丸坊主にした頭にちょび髭を生やした彼の右脇腹には銃創があり、右のふくらはぎには手榴弾の破片で出来た傷が残っている。言動は映画『フルメタル・ジャケット』のハートソック教官そっくりであった。

 ワイバーン教官はスクール生の俺達を並ばせて言う。


「戦争はお前らが鼻を垂らしながら見てきた映画とは違う。アーノルド・シュワルズネガーも、シルヴェスタ・スタローンもいない。いいか、ヒーローなどいない。貴様らもヒーローにはなれないし、なろうなんて思うな。お前らがティーンエイジャーのようにワクワクしながら敵を想像している間に戦略ミサイルが降り注ぎ、奴らを穴倉からあぶり出す。お前らが楽しそうにライフルを股間のナニみたいにさすっている間にラプターやサンダーボルトが奴らをボロボロにしている。お前らが戦場に向かうトラックに乗って、ピクニックにはしゃぐガキみたいにしている頃に、今度はプレデターやヘルファイヤーが敵の尻に一発かまして、お前らはボロボロになった敵に銃口突き付けるだけだっ!」


「サーッ! イエス、サーッ!」


「分かるかっ! お前らは最前線に立つっ! だが今までの事は忘れろっ! 『コマンドー』も『プライベート・ライアン』もだっ! お前らが想像していた戦争はなく、代わりにお前らが想像もしない戦争が起きるっ!」


「『フルメタル・ジャケット』もか?」


 隣の兵士がボソリと皮肉を言う。もちろん、ワイバーンには聞こえずにだ。ワイバーンの演説は続く。


「俺が教えるのは、お前らがすぐ隣にいる仲間を守る為だっ! お前らが『ランボー』の真似事をすれば、お前らの誰かが死ぬ。そして死んだ仲間を回収するのに何万ドルという兵器と弾丸を消費し、何千人もの命を危険に晒すっ!」


 当時、レンジャー訓練教官といえど差別的な発言はしなかったが、それでもワイバーン教官の叱責は精神的にきた。


 そんな地獄のレンジャースクールで出会ったのはジェームスとハリスの二人だ。


 ジェームスは東海岸出身で、アフリカ系のとても気さくな男だ。自分の肌の色もジョークに使うほどだ。


 一方でハリスはどこか神経質な男で、皆と比べて背が低い事を気にしていた。だが射撃の腕前は誰よりも上手く、70ヤード(64メートル)先のコインを射貫いた時は誰もが歓声を挙げる程であった。



 俺達は地獄のようなレンジャースクールでしごかれながらも、必死に耐えて乗り越えた。

 その後、無事にレンジャーに合格して、俺達はすぐにレンジャーに転属希望を出した。


 第75レンジャー連隊に入隊した当時は、戦闘未経験者が俺の他にも居て少し安心した。というより、同期の人間がほとんどであったが。


 レンジャー連隊に配属された俺達はすぐにアフガニスタンのテロ抑止作戦に参加させられた。

 同時テロの影響で、反政府勢力のターリバンへの風当たりは厳しかった。


 俺達新人レンジャーたちは色めきたった。初めて戦争が出来る。訓練の成果が見せられる。同時テロを起こしたテロリストどもをやっつけにいける。そう思ったのだ。


 ― ― ― ―


 2006年。


 最初に降り立ったアフガニスタンの印象としては、砂と岩の国だとばかり思っていたがそうでもなかった、というところだ。森もあれば水もあるし、町もある。でも町はあまりいいとは思わなかった。


 都市部には鉄筋コンクリートの建物も多かったが、田舎にいけば土を固めた家々も点在していた。その多くは銃弾や砲撃で傷付いていた。

 暑さも酷かったが、町の荒廃ぶりも酷かった。仕方ない、戦争をずっと続けてきていたのだから。



 基地に着くと、先輩や古参のレンジャー隊員が出迎えた。


 彼らは俺達新人を奇異な目で見つめ、中には囃し立てる隊員もいたが。だが、ほとんどの隊員の顔はどこか疲れて切っていたり、うんざりしたような顔だった。


 なぜ、そんな顔をしているのか、当時の俺は全然わからなかった。

 だけどそれは、後になってわかるのだが。


 ― ― ― ―


 俺の最初の任務はガズニー州でのネイビー・シールズのバックアップだった。


 ターリバンの重要人物が町郊外のホテルで密会を行う事を掴んだ参謀本部が、シールズによる奇襲作戦を行うという噂が基地内で流れた。その数時間後、俺達に召集が掛かった。


 扇風機が回る作戦会議室に各チームの隊長と数名の士官が呼び出されて、俺達はそれを頑なに見守った。


 任務はやはり噂通りシールズのバックアップで、俺達はホテルの周囲に車両で向かい、周囲の安全確保となった。


 俺が配属された車両には古参のジェリー曹長、俺達の一つ程先輩のリック、そして新米のファリンとジェームスと俺だ。


 古参のジェリー曹長は十四年間レンジャー隊員を務めるベテランで、ナイフのように鋭い目が特徴だった。


 リックは俺達と一歳ほどしか変わらないが、どこか斜に構えた男だった。いつも不貞腐れたような顔で、口の中に噛み煙草を入れている男だ。


 出撃直前、期待と不安でそわそわする俺達にジェリー曹長は言う。


「思うほど期待はするな。そして、落ち着いていけ」


 ジェリー曹長の言葉を胸に、俺達は出撃した。


 俺達の部隊はホテルから一,六キロ離れた空き地で待機し、シールズの撤退中に問題が起こった時に、高機動車・ハンヴィーで迅速に向かい、援護するという内容であった。


 俺達の車両はバラックに囲まれた空き地でひたすら待つというだけだった。


「まるであの映画のような作戦だぜ」


 俺のすぐ横でジェームスが囁く。


「『ブラックホーク・ダウン?』」


 銃座についているファリンが答える。


「よせ」と運転席のリック。


 見るとうんざりした顔をジェームスに向けている。


「あの映画はレンジャーが死ぬ。だから嫌いだ」


 リックの言葉に俺達はしばらく黙った。

 しばらくしてブラックホークやリトルバードが上空を飛んで行った。やがて無線機から連絡が入る。


『こちら本部。ガゼルが交戦開始。各員、警戒せよ』


 ガゼルとは奇襲したシールズの暗号名だ。


「おしゃべりはそこまでだ。降車しろ、散開だ」


 ジェリー曹長の声で俺達は降車し、周囲を警戒した。

 街の方では銃声が響いている。だが、敵も味方も、煙すら見えない。


 俺達はただライフルを構えて敵が来るのを、今か今かと待ち続けていた。


 やがて一発の発砲音が響き、俺のすぐ横でビシッと弾ける音がした。銃弾がハンヴィーに当たった音だ。音がすると同時に俺はすぐに理解し、慌てて頭を下げる。


「敵弾っ!」


 ジェリー曹長が叫ぶ。俺はすぐに敵の姿を探したが見つからなかった。その間にも単発であるが、数発の弾丸が飛んできた。どうやらかなり遠くの方で狙い撃ってきたようだ。


「曹長、撃ち返してもいいですか?」


「敵を見つけたならなっ!」


 皆で周囲を確認する。

 もう一度発砲音が響き、近くの地面でビシッと音がした。


「マシュー、場所はわかったか?」


「いいえ、ですがこちらの方向かとっ!」


 俺がそれらしい方向に指をさそうとした時だった。


 俺の方から見て四時の方向。距離にして二百メートル程離れた所。そこは爆撃でボロボロに穴が開けられた四階建てのアパートで、壁のほとんどが崩れ落ちていた。その三階の僅かに残った壁の物陰から人の姿が見えた。


「四時の方向っ! アパートの三階」


 俺が叫ぶとジェリー曹長がライフルスコープを覗き、ボロアパートを覗く。数秒ほど覗いた後、ファリンを見た。


「敵だ! ファリン、撃て」


 ファリンの銃撃に続いて、俺達も射撃する。


 他チームの銃撃もあり、その銃声はすごかった。いくつもの弾丸が崩れそうなアパートを、さらにズタズタにしていった。


 何度か撃ち込んではやめを繰り返すと敵の反撃がなくなった。


「敵は死んだか?」


 ファリンがいう。

 ジェリー曹長がもう一度ライフルスコープを覗く。しばらくして首を横に振る。


「わからん。警戒を怠るな」


 その後、遠くの方で土煙をあげて撤退するネイビー・シールズの車両を見た後、俺達も撤退を始めた。

 撤退際、近くにいたリックがうんざりした顔で言った。


「敵は見えなかった。クソみたいな戦いだ」


 初めての戦闘で、一番印象に残ったのはその台詞だ。


 本当に期待して損した。正直にいえばスティーブとその取り巻きと戦った時の方がアドレナリンも出たし、恐怖心もあった。


 俺と二人の同期はがっかりしていた。


 ― ― ― ― ―


 それから俺達は散発的な任務の繰り返しをした。


 偵察、援護、巡回。そのどれもが大したこともなく、たまに聞こえる数発の銃声に大人数で撃ち返す戦闘をしていた。


 この頃になると、俺たちのような新米レンジャーも慣れてきて、少しでかい面を見せ始める。正直に言えば、俺もその中の一人だった。


 この辺りでようやく俺は基地に初めて来たとき、皆がシラケきってる理由がわかった。

 この戦争は退屈で、大儀もなく、終わりもない、最低な任務だってことを。



 そして一年後の2007年。

 俺達は激戦地区、ヘルマンド州に移動が決まった。


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