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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第五章・グッドバイ・ベビーフェイス
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1.慶太の過去

 その日は土曜日。


 レイブンが起こした事件から一週間以上は流れ、来週になればゴールデンウィークになる。


 リビングに降りると、ダイニングテーブルで今月の生活費を来月に延ばして欲しいと懇願する秦と、聞く耳も持たない瑠璃。そしてテレビの前で新聞を広げながら、チャンネルを何度も飛ばしている美咲を不思議そうに見つめている健太の姿があった。


 なんとも騒々しい休日だ。だが、こんな日常も悪くないのかもしれない。


「あ、慶太っ! お前からも頼むっ! 今月の生活費を伸ばすように瑠璃ちゃんを説得してくれっ!」


 慶太に気付いた秦が必死に懇願する。それを遮るかのように瑠璃は「あーっ!」と声を挙げる。


「ダメっ! 慶太くんは関係ないでしょ? そもそも、秦くんが高いバイクを勝手に持ってきたのが悪いんでしょ? 深雪さんから聞いたけど、『給料いっぱい貰ってる』って聞いてるんだから」


 頬を膨らませた瑠璃がプンプンと怒る。図星だったのか、思わず秦が口を紡ぐ。


「い、いやぁ、その……。なんといいますか……。ちょっと、バイクの修理費用と色々と合わせまして……お金が……」


 揉み手をし、なんとかはぐらかそうとする秦。どうやら、給料が大幅にカットされたことを瑠璃に告げていないようだ。


 慶太は深いため息をつき、やれやれといった表情を浮かべる。


「仕方ない。姉さん、秦の分は俺が払うんで、今回ばかりは見逃して貰えませんか?」


 慶太の言葉にすぐさま目をキラキラさせる秦。だが慶太は秦の顔の前に指先を突き付ける。


「その替わり、来月の分はきっちり払えよ」


 キッと厳しい視線を送り返す慶太。その瞬間にバツが悪そうに「は~い」と視線を逸らしながら呟く秦。


「……わかりました。慶太くんがそう言うなら、それで許してあげます。そ・れ・と」


 瑠璃の視線が今度は美咲に向かう。


「美咲はさっきからなにしてるの?」


 美咲はテレビと新聞から目を離し、瑠璃に振り返る。


「だって、おかしいよ。私達、あんな散々な目にあったのに、どこのテレビでも新聞でも記事が載っかってないんだよっ!? あれだけの大きな事になったのに、どこも報道されてないんだもんっ!」


 美咲の言う通りだ。

 その辺はきっと英造や裕子が手を回したのだろう。


「大人の事情って奴だ。あまり気にするな」


 秦はいう。瑠璃と慶太も黙って頷く。だが美咲は引き下がらない。


「やだっ! 私あのテレビとかの被害者インタビューとか受けたいもんっ!」


 美咲の言葉に思わず三人はズッコケそうになる。美咲は続ける。


「『悲劇の美少女、誘拐される』っていう題でインタビューを受けて、その後ワイドショーとかに出たいもんっ! その後、数年後に特番が組まれて『あの美少女は今、どうしてるのか?』みたいなのが組まれて……」


 妄想に入りそうな美咲に近づき、そっと肩を置く秦。


「色々と突っ込みたいところがあるけど、今は忘れた方が賢明だぞ」


 どこか真剣な眼差しに美咲は語るのを止め、はぁっと嫌味な溜息を吐く。

 健太を抜かした三人も、あんな事件の後だというのにそんな美咲の様子に深いため息で返した。


 ― ― ― ― ―


 その日の夜、夕飯を美咲と瑠璃が作り、皆が食事を終える。


 リビングでは皆が思い思いにくつろいでいる。美咲もすっかり諦めたのか、テレビで流れるアイドルのトークショーに目を向けている。その横でソファに座って健太がケータイをいじっている。


 慶太は食後に一人でランニングするのが日課になっていた。食事を終えるとそのまま玄関を出て、夜の桜陽島をランニングしに出て行った。


 ダイニングテーブルで秦と向かい合う様に座っている瑠璃は慶太を見送ると秦に向き直り、(おもむろ)にいう。


「この間のさ、ヘリの中での話、覚えてる?」


「それって……慶太の過去のこと?」


 秦は声を押し殺して返す。その話題は二人の間でタブーとなっていた。

 瑠璃はずっと聞きたかったが、慶太を見ているとどうしても聞き出す事が出来なかった。


 秦も気になっており、せめて夜に聞き出そうと思っていたが、少し前に新たな部屋に移ったせいでタイミングを見失っていたのだ。


「慶太くんの過去、気にならない?」


 瑠璃の問い掛けに秦は頷く。


「確かに気になる。でも、なんてーか……聞きづらいよなあ」


 秦はBGCスクール時代からずっと気になっていた。

 常にトップの成績を誇り、あらゆる訓練ノルマをクリアし、そして実戦でも迷いなく動くその背中。

 それが転生前に培った技術や経験からだったら、全ての説明に納得がいく。だが、そこに至るまでの経緯は興味深いものだ。

 

 ヤクタフの女隊長のエル。そしてアメリカ軍の参謀本部のジェイクというお偉い人間との関係。


 政府が作り出した人間とは? 想像がつかない。慶太は映画に出てくる人造人間やミュータントなのだろうか? 加えて秦はエルと瑠璃の関係も気掛かりであった。


 二人が思いつめた顔をしていると風呂が沸いたことを告げる機械音が響く。

 すぐに健太が気づき、そのまま風呂場へと向かってくのが視界の隅で見えた。


 二人はしばらく思考を巡らせた後、互いに頷き、決心した。


 ― ― ― ― ―


 健太も美咲も風呂に入り、自室に戻り始めた頃、汗を搔いた慶太が戻ってきた。

 リビングに戻った慶太の視界に入ったのは、ダイニングテーブルで向き合う瑠璃と秦だった。


「おかえり」


 ぎこちない声で迎える二人。その光景事態が慶太にとって不自然だった。


「あぁ、ただいま」


 首に巻いたフェイスタオルで顔の汗を拭きながら、二人に目をやる。


「どうしたの?」


 慶太の問いかけに、瑠璃はぎこちなく、「う、ううん。なんでもない」と返事をした。


 怪訝に思いながら、慶太は冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。その様子をずっと二人の視線が付き纏う。


 コップに注がれた水を飲み干すと、ミネラルウォーターを冷蔵庫にしまい、慶太は二人の前に座った。

 二人の視線が慶太に注がれる中、意を決して瑠璃が口を開こうとしたその時だった。


「聞きたい事があるんでしょ?」


 意外な言葉に二人は驚き、少し目を大きくする。二人に目をやるでもなく慶太は続ける。


「なんとなくだけど、わかってた。あのヘリの中で盗み聞きしてたのは別に怒ってない」


 秦があちゃ~というような顔を浮かべる。慶太は表情を変えずに二人に目を配る。


「聞かれてしまったものは仕方ない。まず、あのヘリの中で二人が言っていたこと、あれは本当だ」


 慶太は時計に目をやる。時刻は二十二時を過ぎたばかり。


「少々長くなるかもしれないけど、付き合ってくれるなら話すよ」


 瑠璃と秦は互いに目配せをした後、静かに、深く頷いた。


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