0.思い馳せるは青い空の向こう
新しく買った机。新しく買ったベッド。
自分だけの部屋を手に入れた。
それは十代の頃からの夢だった。
タイでの傷はだいぶ和らいだが、今は別の傷が胸の中で疼く。
窓の外から見える桜陽島の青空。
思考を巡らせ、過去に見てきた空を思い出す。
どこの空も変わらない。変わるのは、大地と人間。
自分も、その中の一部分なのだ。
思えば、自分が生を受けて今年で三十歳になる。いや、今は三十歳になる予定だったといえばいいのだろう。
あれから何が変わったのだろうか?
見た目が変わっただけで、おそらくはあの時の子供のままなのかもしれない。
あの日、ブルブルと震え、未来や自由、無力さに途方に暮れていたちっぽけな自分のままなのかも。
過去の自分は置き去りに出来ない。
だが、この手に持つコルト・ガバメント以外には『横山慶太』になる前のものは残ってない。
アルバムは愚か、写真は一枚だって残ってない。
ただ、唯一自分の過去を映している写真は見つけた。
それはトリチェスタン戦争に従軍した記者が撮った一枚の写真。インターネットで検索した写真の中の一枚だ。
その写真はトリチェスタン・首都バグラムで撮影されたもので、写真には墜落した米軍ヘリを囲う米兵たちが映されている。
墜落したヘリの少し離れた所に、自分は映っていた。
遠かったが、あれは間違いない。
あの日、第75レンジャー大隊所属のマシュー・ジェイソン伍長としての自分。
砂。硝煙。焦げたタイヤの匂い。死臭。汗。火薬。血の味。
冷たい金属の感触。
しばらく窓の向こうの空に思い馳せた慶太は、立ち上がって階下へと向かった。