表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
番外・その2
106/146

ある情報屋の追憶

 アメリカ・ニューヨーク州ニューヨーク市


 多くの高層ビルが立ち並び、人がまるで噴水から溢れ出した水のようにごった返す。


 セントラルパークには多くの観光客がケータイとパンフレットを片手に歩き、その横を自称ニューヨーカーが新品のスポーツシューズを履き、日本製のウォークマンに差したアメリカ製のイヤホンを耳に差して走り込んでいる。


 そのセントラルパークから南に外れた古いレンガ調のアパートの十階、ちょうど外の非常階段に面した部屋に男はいた。


 部屋の窓は常に遮光カーテンが掛かっており、中の光は一切漏れない。部屋の中にはサーバー処理がコンマ以下で行なえるスパコンに、幾つもの最新のデスクトップ、さらには沢山のモニターがひしめいていた。


 部屋の壁には28インチの薄型テレビモニターが並び、CNNからCNBC、更にはSYFY※やTNTまで映している。


 情報が錯綜するこの部屋の中こそが彼の城であり、理想としていた家であった。


 男の名前はレイ・グレイバー。


 レイは理由あってアメリカ政府のとある機関が抱えるクラッカーだ。


 短く切りそろえた髪にヨレヨレになったYシャツ、そしてお気に入りの色が白く薄くなったジーパンで、靴はもちろんハイカットスニーカー。これでも、彼は身なりに気を使っている方だ。


 彼は机の上のペパロニピザを片手に、キーボードとマウスを片手で巧みに操作してモニターを見つめる。

 そこには数日前、タイ国内で起きた過激派組織の鎮圧事件の写真が載せられている。


 新聞では『タイ・国内における過激派組織を壊滅させる』とリスが寝転がっても窮屈そうな小さな欄で掲載されていた。


 だが、モニターに映る写真にはテロリストではなく、迷彩服を着た傭兵たちの亡骸だ。おまけにその亡骸を運んでいるのは民間軍事企業の社員だ。


「こりゃあ、また派手にやったねぇ」


 垂れ目を少し上げて、ほくそ笑みながらペットボトルのコーラを一気に喉に流し込む。


 数日前に、ミスターAから電話があった。どうやら彼が手を回したようだ。早速ミスターAからミャンマーで有能な武器商人を調べ、密輸入業者も手配するように言われた。もちろん、レイにとってそんなものは朝飯前の仕事だが。その後、すぐに彼から電話があった。


 どうやら、彼は相変わらずのようだ。そう思い、特注のパソコンチェアの背もたれに身体を預ける。


 ― ― ― ―


 彼から久しぶりに電話が来たのは、一か月前の三月の終わりごろだ。


 いつものようにデスクに座り、世界の情勢や株の変動。そして議員たちのスキャンダルのネタをモニターの向こうで探っていた時だ。


 普段はピザの宅配と、ミスターAとのやりとりでしか使わないケータイ電話が久々になった。


 ディスプレイを見て、彼の名前だと気付くとレイはウキウキで電話を取った。


「久しぶりじゃないか。学生生活はどうだい? もう、卒業じゃあないのか?」


『久しぶりだな。ああ、よく知っているじゃあないか』


 電話口から幼いながらも、抑揚はないが力強い声が返ってくる。まるで氷の微笑だ。


「それで、就職先をお探しかい?」


『いや、もう見つかった。それで調べてほしい事があるんだ』


 そこから彼は大企業の名前を上げ、これから彼が仕事するであろう名前を挙げていく。

 レイは電話を耳と肩で挟みながらモニターの画面を切り替え、独自の検索エンジンのページに切り替え、その名前を検索していく。


「ほう、こりゃあ驚いた。世界的国際企業に隠し子がいるとは……」


『どうだ? なにかあったか?』


「いや、大した記事はなかった。だが、その話は金になりそうだな」


『当然だが、するなよ』


「はいはい。仰せの通りに」


 子供の王様は暴君だ。彼を怒らせれば、本当に殺されそうだから。


『調べて欲しいのは、どうして彼女に護衛を付けなくてはいけないか、その理由だ』


 レイは相槌を打ちながら、関連企業や事業のページを片っ端から開いていく。情報の洪水を瞬時に脳内で読み上げ、それらしい記事を探っていく。

 そこで、ひとつの記事を見つけた。


「あぁ、ひとつ面白い記事を見つけたよ」


 その記事をクリックし、ディスプレイいっぱいに広げる。


「リチャルド・マッケンガー。親から続いた企業を買収され、その金を元手に人材派遣会社を設立。だが、会社の経営は難航してる」


『そいつか?』


「まあ、待ってくれ」


 レイはページを閉じ、リチャルドの名前を検索エンジンに書き込む。すぐに男の紹介ページを出し、後は各銀行の個人情報が載ったページに不法アクセスし、奴の名前で検索する。当然これは犯罪行為だが、幸いこちらは国家に所属するクラッカー。国ぐるみでやれば犯罪ではないだろう。

 すぐに男の口座をいくつかピックアップし、出入記録を探る。


「おっと、また面白い物を見つけたぜ」


『なんだ?』


「奴の口座に多額の金額が振り込まれている。それも匿名さんだ」


『調べる事は出来るか?』


「当然っ!」


 レイは更に検索を掛ける。名前などどうだっていい。問題はどこの国の、どこの銀行かまで分かればいい。またキーボードを叩き、金の流れを見る。まるでネットの海をジェットボートで走る気分だ。


「金はバングラディッシュから来ている。ダッカ市内の銀行からだ」


 すぐにダッカ市内にある銀行にアクセスし、セキュリティを潜って銀行内の監視カメラにアクセスする。

 監視カメラには人でごった返す映像が流れ、人々が窓口やATMに並ぶ姿が映されている。


「こいつはちょっと時間が掛かるな。振込人の報告は後でさせてくれ」


『わかった』


 物分かりがいい王様だ。だから彼が好きだ。次にリチャルド本人の送金を調べる。

 キーボードを叩くと、またすぐに名前が挙がる。その名前を別のモニターで調べ上げていく。どの名前もアメリカの警察のサーバーに繋がり、顔写真付きの逮捕時の画像が出てくる。


「どうやら、この男のお金の使い道はワルとのパーティーに使っているようだぜ」


『本当か?』


「あぁ。それも札付きの不良だ。薬物に、武装強盗に……おっと、中には“警官に向けて自動小銃を発砲”なんているぜ」


『厄介だな』


「おっと、ちょっと待ってくれ。悪い奴もいないようだ。なになに……おっと会社側にもスパイがいるようだ。架空口座を使ってやがる」


『名前はわかるか?』


 王様が食い付く。キーボードを打ち込むが、答えに近づけるページは出て来ない。


「時間が掛かりそうだなぁ…待てるか?」


『いや、恐らく時間はないだろう。だが、おかげで警戒すべき事がわかった。厄介だがな』


 そういうが、声色は全然変わらない。さすがは我らが王だ。


「気を付けた方がいいぜ。就職してすぐに労災なんて、今どき流行らないぜ」


『そうだな。ありがとう、レイ』


 そう告げると電話は切られた。

 電話を切られてからしばらく、レイの高揚感は止まらなかった。

 こいつは嵐が起きる。そう確信したレイは彼の同行を探るとともに、彼からお願いされた依頼を遂行しようと考えた。


 ― ― ― ―


 あれから二週間が経ったか経たないかの頃だ。

 今度はレイから電話を掛けた。四コール程ですぐに電話は繋がった。


『どうした?』


 電話口でドアを開ける音が聞こえる。微かだが、十代中頃の子供の声が遠くで聞こえた。


「やあ、そっちの暮らしはどうだ? 本場の“テンプラ”はうまいか?」


『冗談はいい。例の件、分かったんだろ?』


「まあまあ旦那様、そうせかさずに」


 レイは知っていた。この二週間程でロサンゼルス空港で銃撃事件が起こり、更には国際企業が所有する空港で銃撃事件が発生するも、その事件がまるでなかったかのようにされている事を。ニュースにはないが、他人のSNSを介すればいつだってわかる。SNSのお陰で、今では誰もが目撃者であり、ニュースキャスターやカメラマンになれるのだ。


「まず、リチャルドという男に金を流したのは、“メッサーボルフ”という傭兵に所属する男だ」


『メッサーボルフ?』


 聞き慣れないのか王様は聞き返す。レイは別のディスプレイに映していたメッサーボルフのページに目をやる。


『ロシア生まれの民間軍事請負会社だ。会社の実績はコンゴ、南スーダン、南アフリカなんかだ。問題はこの会社に巣食う害虫みたいな部隊がいるんだ』


「ほう」


 珍しく王様が食い付いた。


「まず入金した男はヘンリーという奴なんだが、この男の上官はバッケン・フェーラーだ。かつてはロシア軍に所属していたみたいだが、部下を死なせてからメッサーボルフに雇われた。そして、今では中佐として一個小隊の指揮官だ」


『中佐にしては随分少ない人数だな』


「傭兵社会のことなんか俺も知らないね。だがこの男、反吐が出そうな経歴を持っているぜ。略奪、レイプ、捕虜への暴行。おまけに民間人の虐殺と来たもんだ」


『戦争犯罪者か』


「あぁ。こいつが捕まらないのが不思議だね」


『簡単だ、目撃者を全部殺せばいいからな』


 物騒な事を平然と言ってのける王様。思わずヒュー、と口笛を吹く。


「なるほどな。そんで、こいつが最近接触していたのが、“フランク・ホワイト”。かつてヤダナギコーポレーションの会計士をしており、現在はフリーだ。だが、そいつは表向きで、裏ではギャングやマフィアのマネーロンダリングを行ってやがる。裏では“レイブン”と名乗ってやがる」


『傭兵に、マフィアの会計士か。だんだん読めてきたぞ』


「お察しの通り、リチャルドに金を流したのは恐らくレイブンという男だろう。それともうひとつ面白い話がある」


『なんだ?』


「そのレイブンの金がメキシコに動いた。送金先はメキシコのギャングだ。当日、メンバーである二人の男が日本行きの便に乗ったよ」


『……殺し屋か』


 流石は王様! レイはシーフードピザの一切れを口に放り込む。


「ご名答。名前はツインズ。金さえ払えば誰だって殺してくれる双子だ」


『わかった。気をつけよう』


「あぁ。それで最後になるが、もう一つ忠告がある」


『どうした?』


「あんたの事を嗅ぎまわっている奴がいる。CIA(カンパニー)の捜査官だ」


 電話口からすぐに返事が来ない。


『……名前は?』


「ロバート・アキハラ。48歳。正確に言えば防誅工作員だ。そして、あんたの相棒であるジン・ハキナの養父だ」


 また返事が来ない。王様がすぐに返事しないという事は、厄介ごとである証拠だ。


『……泳がせておけ』


「言うと思ったぜ。だが、手は打っておいた。奴の周囲のパソコンにはアクセス制限を掛けておいた。俺にもあんたにも辿り着くことはないだろう」


『ありがとう、レイ。そろそろ切るぞ』


「あいよ」


 通話が切れると、レイはまたペットボトルのコーラを喉に流し込む。


 レイの高揚感は止まらない。


 自分の世界はこの狭い部屋とそれを囲むモニターたちだ。

 だが、その向こう側で起きる出来事はとてもバイオレンスで、そしてサスペンスだ。


 楽しい。彼と一緒にいると探求心も好奇心も湧いてくる。


 横山慶太。


 あんたは俺にスリルと生きる意味を与えてくれる。

 レイはニヤニヤと笑みを浮かべながらモニターを眺めていた。



※SYFY……SFやホラー、冒険ものなどの映画やドラマチャンネル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ