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ボディガード・チルドレン  作者: 兎ワンコ
第四章・アマレット
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32.慶太と『マシュー軍曹』

 立ち上がった四人がしばらくその場に留まっていると、基地の方から三台の車のライトが見えた。思わず秦と慶太は銃を握り、前から迫る車に銃口を向ける。

 やがて車の列は四人の前で減速し始める。車はメッサーボルフが使っているジープではなく、軍隊で使用している高機動車のようだ。やがて上空にもヘリが飛び始め、四人にサーチライトを向ける。

 高機動車が目の前で止まる。車体に『Y.C.T.F』の文字が刻まれているのに気付き、二人は銃を降ろした。


「じ、秦くん……」


 背後で瑠璃が囁く。秦は向き直らず、高機動車を見つめたままいう。


「大丈夫、話せばたぶん分かる連中だよ」


 高機動車から武装した隊員たちが降り始め、こちらに銃口を向ける。秦と慶太は両手を挙げて見せる。

 先頭の車両の助手席が開き、二人の目の前に一人の隊員が立つ。マスクとヘルメットをしているから顔は見えないが、雰囲気からしてヤクタフの女隊長のエルだと気付いた。

 エルは四人の背後で横を向いたジープと、その奥で地面に突っ伏しているレイブンに目をやると、四人に向き直る。


「どうやってここに辿り着いたのかは問わないわ。だけど、あなた達二人がやったのかしら?」


 挑発的であるが、どこか呆れたような声を挙げるエル。二人は黙って頷いた。

 エルは秦の後ろにいる瑠璃に目をやる。


「あなたが、谷田凪瑠璃ね」


「は、はい」


 エルの問いかけに瑠璃は頷く。


「私は、ケイ・ミカエラと申します。あなたのお父様の会社の人間で、お父様の命令で救助しに来ました」


 ケイはマスクを外さないまま手を差し出す。瑠璃はそっと伸ばされた手を握り、握手を交わす。

 瑠璃の手を離した後、また秦と慶太に目をやった。


「しかし、大したものね。たった二人で傭兵の一個小隊を壊滅させるなんて。今生き残っている連中は全て拘束しているけど、ほとんど残っていないもの。メッサーボルフだって面目丸つぶれよね」


 呆れたような声をあげる。秦と慶太は何も言わずにエルを見つめる。


「さすがに『あなた達二人によって壊滅した』、なんて報告は上げられないわ」


 お手上げ、というポーズを見せるエル。


「どうするつもりだ?」


 秦の問いかけにエルは首の後ろに手を回し、めんどくさそうにポリポリと掻く。


「どうするも、ここでの活動はある指揮の元、タイ治安当局とそれを護衛するヤクタフでの活動ということになるわ」


「“ある”、だ?」


 秦が問うと同時に、また上空に一機のヘリが旋回し始める。ヘリはゆっくりと下降し、秦達のすぐ近くに着陸しようとする。


「あれは……」


 ヘリはMH-60ブラックホークだ。機体の側面ドアにはガトリング砲を握る射手がおり、機体尾翼にはアメリカ合衆国の星条旗が描かれている。


「まさか……」


 慶太が思わず呟く。

 強い風を周囲にまき散らしながら着陸したヘリから降りてきたのは初老の男だ。

 日に焼けた肌に軍服の下からでも分かる筋肉質な男。皺の多い顔にナイフのように細い目はまるでクリント・イーストウッドだ。

 男はエルの横に並び、慶太と秦を一瞥すると、薄く唇を開く。


「私はアメリカ軍参謀本部所属、ジェイク・ダニンガン大将だ」


 英語でそう自己紹介した。エルは即座に敬礼をする。

 ジェイクは細い目をさらに尖らせ、慶太と秦の後ろにいた瑠璃に目をやると、静かにいう。


「君の御父上はとても権力があるようだね。まさか、ペンタゴンを動かすとは」


 流暢な日本語でそう語るので瑠璃は思わず目を瞠った。

 即座に慶太がジェイクに問い掛ける。


「なぜ、米軍が? 他国の人質事件で、アメリカ軍が動くとは思えません」


 ジェイクが頷く。


「レイブン。いや、フランク・ホワイトはテロ組織と手を組み、その資金を潤していた。南アジア、北アフリカ、イギリス。奴は厄介者だ。以前からNSAが目を付けていたが、その動向を掴むのに中々手間取っていたのだ。そこで匿名のタレコミがあった。奴が東南アジアで動くと。そこで来てみれば君たちがいた。そうなれば話はわかる」


 ジェイクは四人の背後、ヤクタフの隊員によって運ばれるレイブンの遺体に目をやる。


「まさか、君たちのような子供に殺されるとは、な」


 ジェイクは秦と慶太の肩に手を置く。


「君たちはよくやった。ここまで出来る人間はそうはいないだろう」


 アメリカ軍のお偉いさんに褒められるとは、これほど光栄なものはないだろう。思わず秦は胸が高揚する。


「だが、危険な上に、一歩間違えば君らは国際犯罪者だろう。不法入国に武力介入だ。そこは俺達大人が握り潰してやる」


 脅すようにジェイクはいう。突然の冷酷な言葉に秦の高揚はすぐに消えた。ジェイクは四人に背を向け、ヘリへと進む。


「君たちを無事に送り届けてやろう」


 背中越しにジェイクはいう。秦と慶太は同時に「ありがとうございます」と返した。

 もう一機のヘリがこちらに飛んできた。ジェイクが乗ってきたブラックホークヘリだ。


「ただし、条件付きだ」


 ジェイクの言葉にエルが銃を持ち上げる。その銃口の先には慶太がいた。


「そう、あなたには色々と聞きたい事がある。横山慶太」


 思わず全員の視線が慶太に向く。慶太はエルとジェイクを交互に睨み付けるように目をやる。


「他の三人は着陸してくるヘリに乗りなさい」


 エルが指示し、慶太に向けた銃口を振る。ついてこい、という合図だ。


「慶太くん……」


 心配そうな顔を浮かべる瑠璃。慶太は振り返り、優しく微笑む。


「大丈夫だよ、姉さん」


 今まで見せたことのないような優しい微笑み。

 すると秦が慶太の肩にポン、と手を置く。


「慶太、なんだか知らないけど気を付けろ」


 慶太は置かれた手を優しく持ち上げ、「あぁ、大丈夫だ」と返し、エルに連れ添うように歩く。


 慶太はジェイクとエルと共にヘリに乗り込むと、ドアが閉められる。

 秦達はヤクタフの隊員指示に従い、先ほど着陸したばかりのヘリに向かって歩き出す。



 ― ― ― ― ― ―



 離陸したヘリは連なってタイの上空を飛ぶ。

 窓の外は白み始め、生き返ったばかりの太陽の光が差し込んでくる。

 慶太の前にはジェイクとエル。そしてドアガンに張り付いているアメリカ軍兵士二人がいる。肩のパッチからDEVGRU(デブグルー)※だと気付いた。

 ヘリの中でエルはヘルメットとフェイスマスクを外す。その様子を見ていた慶太が、少し身を乗り出す。


「聞きたい事は、なんでしょうか?」


 バリバリと響くローターの中で慶太が問い掛ける。

 エルは少し身を屈め、慶太を睨み付けるようにいう。


「『俺達には失敗が伴う。だが、それは行動しなければ生まれない』」


「…『真の失敗とは、剣を振るわずに立ち竦む者だ』」


 エルの言葉に続けるように慶太は答える。

 慶太の言葉を聞いた瞬間、エルは顔を上げてなんとも言えなような表情を浮かべ、もう一度慶太に向き直る。


「ハラジャ・ラディックを捕まえた時、彼はどんなシャツを着ていた?」


「黒と白のストライプのワイシャツ。胸ポケットには黒いマルボロ。右手にマカロフピストル。グリップには鷹のマークが入っていた」


 慶太の返事にエルは両手で顔面を覆った。泣いているのか? その表情は読み取れない。

 しばらくしてエルは顔を持ち上げた。


「やはり、あなたはマシュー軍曹よ。私がかつて在籍していた、アメリカ陸軍レンジャー連隊のね」


 その問いかけに慶太は座席にもたれ、すう、と息を吸って吐く。


「……しばらくだな、ミカエラ伍長」


 慶太は懐かしそうな顔でエルを見つめる。

 その言葉と顔つきでエルは確信した。今にも掴み掛りそうなほど身を乗り出す。


「あなたはトリチェスタンで死んだはず。なぜ、そんな姿で私の前に現れたのですっ!」


 そう、エルの知っているマシューという男は目の前にいる。だが、こんな姿ではなかった。

 白人で、年齢は生きていればもう三十を軽く超えているはずだ。エルは信じられなかった。だが、信じざろう得ない。目の前の少年は、あの日、トリチェスタン戦争に参加していなければ知りえない事を知っているのだから。

 慶太は何も答えない。その代わりにジェイクが割り込む。


「この少年……。いや、この男はアメリカ政府が秘密裏に作り上げた人造マシーンというべきだ」


 ジェイクの思わぬ言葉にエルが向き直る。ジェイクは慶太を見つめたまま続けた。


「俺がまだペンタゴンに行く前だ。随分前の大統領の政権の頃、政府は人体実験により、身体能力の高い兵士の育成を考案していた。これらはブラックファイルと呼ばれ、大統領が交代後も水面下で続けられていた。そのプロジェクトの一環に、ひん死の兵士の脳を転移させるリサイクルプログラムが行われた。長い研究の末、成功例が出来た。その成功実験体がこの少年だ」


 エルの視線はほぼ睨みつけに変わっていた。ジェイクはエルを一瞥し、首を横に振る。


「俺は米軍の幹部というだけで、参謀本部に入る数年前までは何も知らなかった」


 未だ睨み付けるエルを気にせず、ジェイクは続ける。


「そして現オナガ大統領が就任し、大統領はこのプロジェクトをリークした。当然、大統領はこのプロジェクトの中止を命じた。平和作りのためだ。この少年は平和作りの為に捨てられる予定だった。廃止という名の廃棄だ。だが、それを保護した者が居る様だ。恐らくは大統領に仕える者だろう」


 ジェイクが言い切ると慶太もどこかバツが悪そうにジェイクを見た。ジェイクは首を横に振る。


「安心しろ、名前は聞かん。」


 それでも慶太はバツが悪いのか、視線を床に落とす。

 そんな慶太を見ていたジェイクが口元を緩ませる。


「マシュー。お前が生きていたのは嬉しかったよ。」


「おじさん……」


 その言葉にエルが二人は交互に見る。その視線に気付いたのか、慶太はいう。


「俺はこの人の元で育った。この人が、俺の育ての親みたいなものだ。」


 そう呟く慶太はどこか居心地が悪そうに見えた。またジェイクはいう。


「マシュー。お前がもし、また戦場に戻りたいなら……」


「おじさん。俺はもう、戦場には戻れない」


 ジェイクの声を遮るように慶太は視線をヘリの床に落としたまま、掌を膝の上で組む。


「今は、こういう生活でいいんだ。できれば、もっと争いのないところが良かったんだけど」


 そう言い切るとしばらく慶太は黙った。エルは何か言いたげな様子だったが慶太の心境を察したのか、ただ黙って見つめているだけだった。

 そんな様子を見ていたジェイクはハッハッハと大笑いした。思わず慶太とエルが顔を上げる。


「どうやら、お前も変わったようだな」


 細い目を更に細めて慶太を見つめる。


「おじさん……」


「色々と考えた結果だろう。お前もそんな姿になったが、随分と大人になったもんだよ」


「おじさん、俺は……」


 何か言い掛けた慶太を、ジェイクは片手だけ挙げて遮る。


「昔と比べて、お前は戦争に憑りつかれなくてよかった。それだけでもいい成長だ。これからは残りの人生、自分で決めていけ。それと……」


 ジェイクは立ち上がり、慶太の首元に手を回した。一瞬、驚いた慶太は顔を見上げるが、ジェイクは襟裳を指先でめくると、そのまま後ろの座席に座る。


「聞き耳を立てている小僧と、あの娘と仲良くやれ」


 そういうなり慶太の襟首に手を回して何かを掴みあげる。その指先に挟まれていたのは小型盗聴器だ。間違いなく、秦だ。

 やれやれ。慶太は呆れた顔をするも、少し頬を緩ませる。


 ― ― ― ―


 すぐ隣で並走するように飛ぶヘリの中で、秦と瑠璃が受信機に繋がったイヤホンを片方ずつ耳に入れて、三人の会話を盗み聞きしていた。

 ジェイクの言葉に思わず秦が目を開いて驚く。


「あっちゃー……バレてたか…」


 渋い顔を浮かべる秦。瑠璃はそっとイヤホンを外し、色んなことを考えた。

 とんでもない事件が終わったと思えば、とんでもない秘密が明かされた。

 視線を落とし、今までの事を思い出す。

 そう、今まで大人びた振る舞いだったのは、正真正銘の大人だったから。

 でも、その彼が今まで通ってきた道は、どうやらとんでもなく過酷だったらしい。


「瑠璃ちゃん」


 秦に肩を叩かれ、振り向く。

 不安そうな顔を見た秦はいう。


「深く考えることはないよ。慶太は、慶太だ」


 そういってニッコリと笑った。

 本当にそんな単純な事でいいのだろうか?でも、今の秦の笑顔を見ていると、そう思ってもいいのかもしれない。

 瑠璃は小さな溜息を吐いて微笑みを返す。


「そうだね」


 向かいを見ると、美咲が眠りこけている。ヘリに乗った時から、すでに寝入っていた。

 しばらく思いを巡らせていた瑠璃は、やがて秦は寄り添うようにもたれ、やがていつの間にか眠ってしまっていた。



※……アメリカ海軍特殊戦開発グループ。対テロリスト特殊部隊

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