29.二人の快進撃
『こちら指揮官室っ! 敵が侵入しているっ! 各班、至急館内に戻れっ!』
少尉が無線に向かって怒鳴りつける。
バッケンがワナワナと身体を震わし、机に拳を叩きつける。
「ば、馬鹿な……。こっちは50人もの兵隊を集めたんだぞ……。たかが二人のガキに……」
モニターには無残にも倒された兵士たちが映されている。
そしてこちらに確実に向かってくる少年二人。
「え、F班も応答なしですっ! 残るはここの防備のH班のみです!」
無線を担当する兵士が声を荒げる。
「レイブン、話が違うぞっ! 貴様の話では私設部隊のはずではなかったのか!?」
バッケンが唸る。レイブンの顔は焦り、脂汗を額から流している。
「中佐、手違いがあったようだが報酬は充分に払う! いや、提示した金額の倍は払おうっ!」
「報酬だとっ!?」
バッケンが怒りのままにレイブンに歩みより、力任せに胸倉を掴む。
「今更そんな事などどうでも良いわっ! 俺の部下をここまで殺しおったのだぞっ! ハラワタを切り裂いて、豚の餌にしても気が済まんわっ!」
胸倉を離すとすぐに少尉に向き直る。
「基地の後方を防衛に回している班もこちらに回せっ! H班も同行しろっ! ありったけの弾薬を持てっ!」
「はっ!」
少尉が無線で各班に収集を掛け始める。次にバッケンは入り口に立っていたアロハシャツの兵士に目をやる。
「貴様はすぐにあの小娘たちを連れて来いっ!」
アロハシャツの兵士は駆け出して扉を後にする。それを見送ったバッケンはすぐにモニターに食い入るように目をやった。
― ― ― ―
別館は先ほど通った本館とは違い、狭い通路に左右に点在する客室が多かった。
一階通路で防衛を張っていた数名の兵士を即座に射殺し、周囲の各部屋を確認する。
「ダメだ、どの部屋にもいない」
秦が吐き捨てる。
「必ずこの館のどこかにいるはずだ。注意しろ」
慶太はそういうと、奪ったM16のマガジンを交換する。
一階で残すのは食堂だけとなった。食堂へ入り、周囲に敵がいない事を確認すると、食堂に繋がっているキッチンへと向かう。
キッチンに入ると、コンロやシンクなどといったものは全て取り払われており、その代わりにそこには木製のテーブルと二人分の椅子があり、椅子の足元には拘束してあった縄が落ちている。
椅子に触れると、まだ暖かい。どうやらこの別館で拘束していたのは間違いないようだ。
「やはり、ここか……」
秦が落ちていた縄を拾い上げる。一方で、慶太は机の上で垂直に刺さった三本のダガーナイフを見つめていた。
「どうやら、急いだほうがよさそうだ。廊下に繋がっている配線から見て、指揮を執ってるのはこの上の階のはずだ」
慶太はダガーナイフを引き抜き、胸の空いているコンバットベストのマガジンポーチに入れる。
秦も立ち上がり、キッチンと食堂を通って廊下へと進む。
廊下に出ると、本館と繋ぐ中庭から敵の姿が見えた。二人はすぐに奥に向かって銃口を向けて引金を引く。
「ち、外の連中が戻ってきたぞ」
二人は撃ちながら、建物の奥へと後退していく。
別館の入り口には基地の周囲を警戒した兵士たちが固め始めてくる。二人は入って来れない様にマガジン内の銃弾を撃ち尽くす。
兵士たちも、二人の銃撃のせいで中に飛び込めず、入り口の前で身を潜めているばかりだった。
外の兵士が怯んだ隙に、踵を返して二人は突き当りの角を曲がり、さらに続く廊下の奥に階段があるのを見つけた。
秦と慶太は何も言わずに、息が合う様に階段に向かって駆けだす。
― ― ― ― ― ―
アロハシャツの男に連れられて、美咲と瑠璃は指揮官室に入らされる。階下では激しい銃撃が響いていた。
指揮官室に入ると、バッケンとレイブンが二人を見遣る。だが、すぐに興味をなくしたのか、二人で何やら言い合っているようだ。
室内を見回し、すぐ横に監視モニターの前に座る一人の兵士に目がいく。瑠璃は男達に気付かれぬように、横目でモニターを見る。
監視モニターの中では秦と慶太が走っているのが映っている。思わず目を瞠った。
(やったっ‼ やっぱり来てくれた!)
嬉しさのあまり、小躍りしたくなるような気分だった。
美咲に促そうと思った瞬間、アロハシャツの男に強引に歩かされ、そのまま奥の部屋に押し込まれてしまう。
二人は乱暴に押し込まれ、部屋の真ん中で押し倒されると、ドアを閉められて鍵を掛けられる。
元々は書斎として使っていた部屋だったのだろう。部屋の中には空の本棚と小さな窓しかない。
二人は部屋の真ん中で寄り添うようにくっついた。
「お姉ちゃん、どうしよう……。私たち、殺されるのかな……」
「大丈夫、きっと二人が助けてくれるよ。だから、諦めないで、美咲」
瑠璃が美咲の背中をそっと撫でる。
ドアの向こうでは相変わらずバッケンとレイブンの言い争う声が聞こえ、壁や塞がれた窓からは階下の銃撃戦の音が漏れている。
しばらく抱き合うようにしていると言い争う声が止み、バッケンがドアを開けて二人の前に現れた。
バッケンは腰のホルスターから拳銃を引き抜き、瑠璃と美咲の頭に交互に銃口を突き付ける。思わず美咲が目をギュッと強く瞑った。
「この小娘らも連れて行くぞ、来いっ!」
すぐに二名の兵士が瑠璃と美咲の背後に回り、二人の両手を拘束して立ち上がらせる。
部屋を出されると先ほどモニターの前に座っていた兵士とレイブンが立っていた。
レイブンは何も言わない。その顔にはどこか焦りが浮き出ているのが分かる。
「少尉、すぐに車の準備をしろっ!」
バッケンの声にモニターの前に座っていた兵士が敬礼し、すぐに部屋を後にする。次に部屋の隅に立っていた男に目を向ける。
「軍曹、伍長。ここを頼んだぞっ!」
ワイシャツとアロハシャツの二人の男が「はっ!」と声を上げ、バッケンに敬礼する。
二人はそのまま廊下に引き摺られるように歩き出す。
「いったい、どうする気なのっ!?」
瑠璃が後ろ歩くバッケンに怒鳴る。
バッケンは瑠璃に目も向けず、正面だけを見つめている。
「気にするな。少し移動するだけだ」
その声は苛立っている。
不味い、どうやらこのままどこかへ移動するらしい。
(お願いっ! 早く来てっ!)
もうそこまで来ているであろう秦と慶太に祈る。
― ― ― ―
階上に上がった二人は指揮官室の前まで辿り着いた。
ここに二人が……。弾を込め直した秦は思わず慶太に目をやる。慶太は頷き、そっとドアノブに手を掛ける。
秦は慶太の背後に回り、UMPから手を離し、ベストジャケットの下に潜めていたR8を握る。
慶太の合図で指揮官室に飛び込んだ二人は、部屋の中を見回す。だが、そこに人影はいない。
「もぬけの殻か……」
そう言い切るか切らないか、というその瞬間、軍服を着ていない二人の男が背後から秦と慶太に襲い掛かる。
しまった。
秦にアロハシャツを着た男がナイフを持って飛び掛かる。
持っていたR8を床に振り落とされ、秦は男の持つナイフを阻止する。
一方で慶太にはワイシャツの男が襲い掛かる。持っていたM16を落とし、ナイフを止める。
もみ合いになり、床に倒れ込むと、互いに頭を上下逆にしてナイフの刃を寸でで止める。
慶太の頭の横に並ぶワイシャツ男のスニーカーには見覚えがあった。瑠璃と美咲が拉致された時、自分のこめかみに蹴りを入れた男の靴だ。
慶太はすぐにヒップホルスターからガバメントを引き抜き、男の腹部に押し当てて引金を三回引く。
男の身体が三度ビクンビクンと跳ね、ナイフを押し込もうとする手に力が弱まる。
手を押し退けると、すぐに立ち上がって頭に狙いを定めて引金を引く。
男の脳漿を吹き飛ばし終えると、秦を見遣る。秦は壁に追い詰められ、顔面に迫るナイフを必死で食い止めようとしていた。
即座に男に銃口を向けるが、その前に秦が男の腹に膝蹴りを入れる。
男の力が弱まると、秦はすぐにナイフを払い落し、空いた右手で男のベルトを掴み、腰を落とす。
男が立ち直る寸前、男の顔面に自分の頭を打ち込む。男が鼻血を噴き出してよろける。
まだベルトから手を離さず、もう一度頭突きを食らわし、男をノックアウトする。そのまま床に崩れ落ちる。
慶太は向けていた銃口を降ろす。
「心配ないようだったな」
秦がぶつけた頭を撫でる。
「あぁ……中々、厄介な敵だったな」
秦は慶太が撃ち殺した敵を見下ろす。秦はそのまま視線を変え、周囲に目をやる。
机の上に置かれた書類などから、どうやら慌てて出て行ったようだ。
「敵が来るぞっ!」
監視モニターに目をやった慶太が叫ぶ。
すぐに秦が頷き、二人はバックパックの口を開き、遠隔起爆装置をつけたプラスチック爆弾を机の下や床に転がす。
続いて廊下に出て、登ってきた階段とは別の階段を降りていく。その間も爆弾を転がす。
階下に下り、外に繋がる扉まで向かう。そこでもあちこちに爆弾を転がす。
バックパックの爆弾が空になると、二人は外に出るように駆け出す。
外に出ると、裏庭は捨てられた粗大ごみや館の椅子やテーブルが無造作に並べられている。
「居たぞっ!」
背後から迫る兵士たちが秦と慶太を捕らえた。
二人は即座にゴミの裏側に飛び込み、慶太が飛び込み様に起爆装置を起動する。
その瞬間、外に出たばかりの兵士、中には兵士は作動した爆弾によって建物ごと吹き飛ばされ、通路と指揮官室を含む別館の一部はガレキと化した。
二人は舞い上がった粉塵から身を隠し、粉塵が収まると身体を起こす。
壁にぽっかりと穴が空いた別館と、周囲に倒れ込んだ兵士には目もくれず、二人は瑠璃と美咲の姿を捜す。