精神異常
ホラー…なのかな?
僕は妹がと母さんの三人で小さなボロアパートに暮らしていた。
僕らの父さんは僕が物心がついたころにはすでにいなかった。
母さんは僕らが生まれてすぐに亡くなってしまったというけれど、それにしては仏壇を見かけたことはないし、墓参りにも行かせてもらったことがない。僕ら二人が高校生になった今でも父さんの実家に一度たりとも連れて行ったもらったことがなかった。母さんに父さんのことを聞こうとしても頑なに答えようとしない。
つまり、そういうことなのだろう。
母さんはシングルマザーであり、女手一つで僕らをここまで育ててくれた。実家は手を貸してくれなかったらしい。父さんのことがある程度関係しているのだろう。
朝、仕事で僕らの起きていない時間に出ていき、僕らが寝静まった頃に帰宅するなんて当たり前の毎日。偶の休みを貰うと僕らに気を使わせぬよう疲労困憊の身でありながら家事などを行い、気丈に振舞った。
そういう環境で育ったからか、僕ら兄妹は母さんの迷惑にならないよう自分のことは自分でやり、家事などは妹と分担するように自然となっていた。高校に入るとすぐバイトをやり、母さんになにか物をねだる様なこともなく、妹と僕二人で母さんを支えていた。
生活はお世辞にも贅沢とは言えないものだった。だが、それでも僕らは幸せだった。母さんがいる。それだけで……。
しかし、幸せは長く続かなかった。
母さんが過労で参っていたのか、人生に疲れてしまったのか車が行き来する交差点へと飛び出し弾かれたらしかった。遺体の状態から痛みは一瞬で即死だったらしい。
その翌朝、親族であった僕らはなんとか母さんの遺体を見ることが許された。
警察は見ないほうがいいとかなりの勢いで止めていたが、僕らの唯一の親であった母さんの最後の姿は何としても拝見したいと懇願すれば、「後悔しないでね」と警察の方は言い、渋々見せてくれた。
今に思えば見なければよかったと思った。せめて妹だけは家においてくればと……。
母さんの姿はまさに肉塊と相違ない姿だった。手足は無残に切り離され、急に圧迫されたであろう血液が皮膚を突き破り赤黒い塊が皮膚に張り付いていた。体中にはタイヤの黒い踏み跡があり、顔の造形は前の面影の一切を残してはいなかった。
妹は母さんの面影を残さぬそれを見て意識を失い、僕は事前に渡されていたビニール袋に吐しゃ物を吐き散らした。
家へは妹をおぶり、徒歩で帰った。
帰宅して暫くすると妹は目を覚まし、母さんのいなくなった現状を思い出し、吐しゃ物をまき散らしながら泣きじゃくった。僕はその背中を静かに撫でることしかできなかった。
妹がなき終わり、吐しゃ物を片付けると外は日暮れていた。
夜ご飯を用意しようとしたが、妹は食欲がないと言っていた。正直、僕も食欲は全くわかなかった。だからご飯を作ることはなかった。この一日の僕らのご飯は朝のみだったが、それで十分だった。
そして翌日。僕は高校生で妹は中学生。妹は体調が悪いと学校を休もうとしていたため、僕から学校に連絡し休みを入れた。対して僕は義務教育ではない。母さんのことを学校に伝えれば休むことが出来るだろうが、行けない状態という訳ではなかったため、重い足取りで学校へ向かった。
学校につき、教室へ入ればそれはいつも通りの日常。周りの連中はバカ騒ぎをしている。
僕は自分の席へと向かう。机には「大貧民」「ボロボロ」「きたねぇwww」「学校くんな」といった無数の落書きが書き記されており、上には花瓶一つと野道のタンポポが一本活けられていた。
(またか……)
これも日常。どこから仕入れたのか僕の家が貧乏でシングルマザーということがクラス内、いや学級内で広まり、現在のいじめという形に至る。
教師陣もいじめが露呈することで学校の評判が悪くなることを危惧しているのかこれらを黙認し、僕は脅しと相違ない口止めを担任に施された。
学校にいるとき、僕は列車に乗っている気分だった。他の人はホームで待機しており、列車を降りようにも列車は止まることなどなくそれを許されなかった。まさに孤立だった。
僕のところだけ他とは違かった。だが、変えることは叶わなかった。それでも、妹がこの列車に乗車してくれていた。そのおかげで僕はまだこの現状に耐えることが出来た。
僕の母さんが亡くなったということを知らないクラスメイト共は今日も今日とて飽きずに消しカスを僕へと放り投げる。
それでも僕は気にせず授業を受けていた。
昼休みに入り、軽い昼食を済ませた僕は机に伏せ、眠りに入ることにした。
そこはいつも心の中で形成されていた列車の中だった。
列車は走り続けているが外の景色はずっと変わらずホームのみ。車両は一つしかなく、そこで僕と妹は座席に座り静かに揺られていた。
心地よかった。その筈だった。
そこで不意に妹が席を立ちあがった。
「どうした?」
僕のその問いかけに妹はニコリと可愛らしい笑みを浮かべるととホームに続くドアの前へ立った。
列車は尚も止まっていない。しかし、ドアはプシューと特有の音を発すと同時に開かれた。
この光景は一度見たことがあった。母さんが亡くなった翌朝の夜中に見た夢と同じだった。
元々、僕の形成されていた列車には母さんも乗っていた。しかし、夢を見た日に母さんは妹と同じようにドアの前に立つと此方を一瞥し、ドアが開くと同時に走り続けていた列車から飛び出したのだ。一瞥したときに見えた表情はどことなく哀しげだった。
慣性の法則により母さんのその身は吹き飛び、ホームを覗くと朝見た肉塊の状態で放置されていた。
妹は母さんのようになろうとしている。そう思わざるを得なかった。
僕は身を乗り出し、妹を止めようとしたが体がうまく動かない。その場に倒れ伏し、地を這いつくばる状態だがあきらめない。
「と、とまれ!!戻ってこい!!僕を置いていかないでくれ!僕を……一人にしないでくれ……」
妹はこちらを振り向いた。その表情は母さんと同じく哀しげな表情で僕は悟った。止めることは出来ないのだと。
妹が下車したと同時にドアは閉まり、体の自由が利くようになった。すぐさま妹の状態を確認しようとしたが何もなかった。見渡したとしても妹らしき影は見当たらなかった。しかし、列車内にも妹の影は見当たらない。
そこで意識は覚醒する。
周りには変わらずバカ騒ぎしている連中とこちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべている連中ばかり。
俺はそんな奴ら構わずとその場を勢い良く立ち上がり、学校そっちのけで妹のいる家へと向かった。
帰宅手段は徒歩。疲れなど存在しないかのように我武者羅に走った。
家に着く。そこでは体調の悪いはずの妹が待っているはずだった。
だが、いなかった。影一つとて残されていなかった。
それほど大きくないワンルームと玄関を繋ぐ大人一人分の長さもない短い廊下と途中にあるトイレと風呂が同室にある部屋しかないこの家に妹が居れる場所など限られていた。それなのにいなかった。
そこで夢の出来事を思い出す。あの時も妹は見当たらなかった。
じゃあ、もう妹は……。
僕の頭は混乱のどん底へと落ちていく。
チクチクと音を立てながら僕の中で夢と現実、心で構築された世界がつながっていく。
どちらが夢?どちらが現実?もうすでにわからない。
そういえば今どこにいるんだっけ。
……そうだ、列車に乗ってたんだった。
辺りには孤立列車と幾多も不格好に書き刻まれていた。
孤立列車?そんな名前の列車あったっけ?
まあいいや。それにしても周りに誰もいない。
あれ、外にみんないる。
僕だけここ?いやだよそんなの。
そこで列車の扉が開いた。
あ、ここから降りれるじゃん。
早く帰らないと母さんや妹が待っている。
僕はその列車から飛び出した。
《視点:妹》
兄さんには体調が悪いと言って学校を休みましたが、昼頃になるとある程度回復しました。
ですが、学校に行けるほどとまではいきません。
私はとりあえず体を動かすため近場の散歩へと向かい、今はその帰りです。
家の前につくと鍵が開いていることに気付きました。
「兄さんはまだ帰ってくる時間ではないですし……。まさか空き巣っ!?」
私は恐る恐る音を立てないようにドアを開け、家の中へと入っていきます。
家の中はひどく散らかっていました。玄関の前だけでも足の踏み場のない状態。しかし、私の小学生の時のランドセルや兄さんの服など本来玄関にないものが散乱していることを私は不思議に思いました。なぜなら私たちの家には玄関に物を置かなければいけないほど多量の物を保持してはいないからです。
なら、この空き巣は何のためにこんなことを?
そう思いながら足をしっかりと踏みしめ、ゆっくりとした足取りで小さな廊下を渡り、お世辞にも大きいとは言えないワンルームを覗くと絶句しました。
目に映る光景は散らかされた教材類とその中心で小学校で配布された縄跳びを天井につなげ、首を吊る兄さんの姿でした。狂った表情で締め付けられた首を皮膚が抉れるまで掻き、あたりに鮮血をまき散らしていました。掻き過ぎにより剥がれた爪はまるで船のように宛もなく血の波の上をプカプカと浮いていました。
「え…あ……」
思うように声が出ない。お母さんがいなくなった。それだけでも壊れそうだった。でも、私には兄さんがいた。だから、壊れずにすんでいた。
だが、その兄さんは狂乱したように自殺してしまった。
私はどうすればいいのだろう。
とりあえず兄さんを降ろそう。
そのあとは?
いや、もう考えるのもめんどくさい。
こうなればいっそ私も……。
兄さんを降ろし終わった私はそう思うと不意に後ろのドアが開いたような気がしました。
振り返ってみると、肉塊が一つ彷徨う様に部屋に入ってきていた。
グチャグチャと醜い音をたてながら此方へと迷わず突き進んできます。
私は肉塊に怯み、逃げ出すことが出来ませんでした。
ですが、どうせ死ぬつもりだったのですから変わりませんね。
そして私は死を決心し、静かに目を閉じました。
目を閉じてしばらくしても肉塊は私を襲っては来ませんでした。
どうして?そう思いながら目を開くと目の前にはお母さんがにっこりとした表情でたたずんでいました。
私は目を見開きました。
え、お母さん??で、でもお母さんは……。
すると不意に肩に手を置かれた気がしました。
振り返るとそこには兄さんが笑みを浮かべていました。首にはなんら外傷はなく、辺りを見渡すと散らかっていた部屋は何ともなっていなく、テーブルには豪華とは言えない食事が置かれ、いつの間にか兄さんとお母さんがご飯に手をつけていました。
「どうしたんだ?たべないのか?」
「え……で、でも兄さんとお母さんは死んだはずじゃ……」
「あらあら、寝ぼけちゃったの?私たちはしっかりここにいるじゃない」
「そうだぞ?あと、そう簡単に死ぬとか使っちゃだめだかんな?」
「う、うん。そうだよね。私たちずっと一緒だよね?」
「なにを当たり前のことを言っているんだ?」
「そうね。でもお母さんにとっては自立してほしいところだけれど」
そこでお母さんも兄さんも笑い出し、私もつられて笑ってしまった。
そうだ。今までのは夢だったんだ。
そうだよね。お母さんと兄さんがいなくなることなんてありえない。
よく考えればわかることだったじゃんか。私のバカ。
あはははははっ。
そうして、私達家族はいつも通り楽しい食卓を送った。
《視点:現実》
そこは築100年越えといわれるかなり古いアパート。入居者は一つの家族しかおらず、そろそろつぶれるかに思えるボロアパート。その一室からは奇妙な声が聞こえていた。
そこに近づいてみると妙に生臭い臭いが換気扇から漏れ出てきている。部屋のカギは不用心にもかけられておらず、入ってみれば強烈な悪臭が充満しており、ドアを開けると同時に幾多ものハエが野外へと飛び出していく。鬱陶しく思いながら足を踏み出した。
廊下は短い。足の踏み場もないその道の途中にはバスとトイレが同室の部屋があり、奥にはワンルームが一つあった。
「きゃはははっ!!」
そこには一人の少女が絶え間なく笑っていた。髪はひどく乱れ、風呂に入っていないのか、かなりきつい体臭をしていた。顔も見るからに痩せこけており、水をしばらく口にしていないのか笑い声も乾いている。
声の原因は彼女のようだ。
しかし驚いた。まさか蛆の湧いた少年に膝枕をしながら笑っていられるとは。いや、これは壊れていると判断したほうがいいのだろう。
いったい、彼女に何があったというのだろうか。
っと、そんなことを思っている場合じゃない。取り合えずここは警察に電話を……。
ここで終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございました。
この作品は作者の夢でみた内容を元に作成された作品なのですが、夢特有の場面転換が多々起こっており、そこを補うためある程度内容を改変しています。
夢の中ではかなり怖かったので書こうと思いいたりました。
夢の内容をそのまま書き記すと、主人公と少女と母親が登場人物で作者は絵本を読んでいるという状態から始まり、母親が急に亡くなり、視点は主人公に移ります。本文通り主人公はイジメられていました。理由は頭が良すぎたこと(ガッシュベルの影響かな)。で、その時孤立列車というのに乗っていたので無理やり入れました。で、なんやかんやあって(ここあやふや)少女が列車から降り、主人公は孤独で壊れてしまう。また視点は変わり少女となる。少女は何故か主人公が壊れたことにショックを受けて記憶を消す。すると母親が治ったという文が急に入ってきて次のページをめくると肉塊となってと記され、茶色い歪な人型の何かがどでかく描かれていたというところで夢は終わりました。
少女が記憶を消した意味とか色々不明瞭ですがまぁ、夢だから仕方ないのかなと。
いや、夢だからこそよくわからない部分にも疑問を持たずにあそこまで怖く感じられたのかもしれません。
作者は恐怖ものが苦手なのであまりこういう夢は見たくないものです。
では読者様、作品のみならずあとがきまでも最後まで読んでいただきありがとうございました。
この他にも短編を少々投稿しておりますので是非お読みください!
連載に関しては……更新はほぼ無いと了承した上でお読みください。