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そうしてどれほど時が経っただろう。


火消しが鳶口とびぐちやら刺又さすまたやらを振り回し、焼けた店の屋根がどおっと落ちた。


延焼を防ぐ為、火を消すのは建物を崩す事である。屋根が落ちたなら後は仕舞いだ。



「おおぉ!」


「やっつけた!」



火事見物は芝居見物に似ている。野次馬達は屋根が落ちると喝采を挙げた。



「火消しがもてる訳だ、芝居小屋よか派手な眺めだものなぁ。そう思わねぇか?お栄ちゃん」


「……なんだ善次郎ついて来たのか?芳坊まで?」



お栄は声を掛けられて初めて善次郎達が居る事に気が付いた。


余程に集中していたのだろう。



「しまったなぁ、俺ももぉ少し紙を持ってくりゃ良かった」



見れば国芳も一枚描いていた。


ただ眺めていたのは善次郎だけである。


帰り道、善次郎は呆れてお栄に言った。



「お栄ちゃん病気だぜ?危ねぇだろ夜中に独り飛び出しちゃあ」


「馬鹿、こういう時に描かないから善次郎は下手なままなんだ。このヘタ善」



これだ。


お栄の姿はどてらに男物の下駄履き、顔は先程の煽りで薄く煤けている。いい歳した女の格好では無い。


そんななりでこちらが諌めれば逆に説教し返して来るのだから堪らない。



「おっと、善さん、姐さん、俺ぁこっちだから…蕎麦ぁ御馳走様でした」


「芳坊、気ぃつけて帰んな」



もう国直の仕事は終わっただろうとみた国芳が途中で別れた。



暫し二人で歩く。



「明日あたり国直の奴やって来るぜ、お栄ちゃんの顔見に」


「アイツが見に来るのは俺じゃなくて鉄蔵のだろ」



お栄には浮いた話一つ無い。


別段顔の造作がひどいという訳では無いのだが、なにしろ北斎がアゴアゴ言うものだから、自分は不細工の類いと思っているらしい。


それで着の身着のまま、今の様にどてらに下駄履きでも気にせず外を出歩くし、歩く時まで顎を引いて猫背のまま、口許に紅をさしもしない。


それでもちっとは女言葉を使えばいいものを、ぶっきらぼうな上に北斎の口調が移って親爺くさいのだから始末に負えない。



「お栄ちゃん髪はきちっと結ってるよな」


「…描く時邪魔だからね」


「どうだい紅くれぇさしてみちゃあ?」


「不細工つかまえて何云ってんだぃ」


「造作は悪かねぇよ、お栄ちゃんは」


「………」



お栄は黙って歩いていく。


善次郎はふと、お栄の美人画が凄いのは自分の造作が悪いと思い込んでいるからだろうか?と思った。



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