第1話 転生したみたいです
目が覚めた時、目の前は天井だった。
天井。
そう木造の木の目の粗い天井。
私の知る真っ白な天井ではない。つまりは私の神殿じゃないみたいだ。
一体どこなのだろう。検討もつかない。
それに、どうしてこんなところにいるのだろう。
なんて呑気に考えてみる。
何があったのか思い出そうと頑張ってみる。
アヤメとバカみたいな会話をしていて。アヤメばっかり仕事を押し付けているのが申し訳なくなって。何となく手伝おうとして。
それで書斎に向かって、アヤメのプライベートルームを覗いて。
怖かった。
ものすごく怖かった。
アヤメの見てはいけない内面を見て、すごく怖かったのは覚えている。
あとは。
「そうだ! 神殿から落ちたんだ!」
思わず上半身を起こしてしまう。
アヤメに見つかって。
そのまま書斎を飛び出したら、気づいたら空中だった。
そうだ。そうだ。
じゃあ、その後どうなったのだろう。
「…………あれ」
ふと気づく。
私の視線が妙に低いことに。上半身を起こしてもこんなに視線が低いものだっただろうか。
体を見てみる。胸のあたりが真っ平。私の大変素晴らしかったナイスバディが見る影もない。というよりも体自身がものすごく小さい。
どういうこと?
何が起きたの?
考えよう。今まで使ってこなかった脳をフルで活用しよう。ここが人生で一番大事な時だ。
まずはじめに、私は神殿から落ちた。神殿から落ちて、まず私が助かるわけがない。空は飛べないし、上空から落下しても死なないほど頑丈でもない。ではどうなるか。
もちろんあの世行き。
でもすべての生あるものは皆来世がある。あの世になんか行くはずがない。それは女神である私も例外じゃない。
では、ここはどこか。
その答えはすでに出ているようなものだ。
「もしかしなくても、私転生しちゃった?」
転生の女神が転生。
笑えない。何一つ笑えない。アヤメならめちゃくちゃ笑いそうだけども、私にとっては何一つ笑えない。
というかどうして私は女神から普通の人間に転生したのだろう。
いや、もしかしたら木造建築の建物に住む神様かもしれないけどさ。
ないよね。そんな奇跡ないよね。
「うわああああ!」
どうして。
どうして私が普通の人間に転生するの。
ちゃっかり女神だったころの記憶を引き次いで。死んで次行くならその辺り、全部消していってほしかった。
これだから転生の女神は仕事をしない女神なんて言われるんだよ。
私のことだけどさ。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
思わず出ていた大声に、知らない人間が部屋の中に入ってくる。
誰だろう。大人の女性。もしかして私の母親とか? 歳は二十代後半、あるいは三十代前半ぐらいかな。私からするとなんて若い女性なのだろう。そこそこ綺麗。
なんて思っていると、その女性は私が寝ていたベッドのそばまで駆け寄ってきて、私の肩を掴んでくる。大事そうに、優しく。
「怖い夢でも見たの? 大丈夫?」
「ううん。大丈夫」
「そう。なら良かったわ」
どうしたのだろう。
少しだけ様子が可笑しい。
子供が叫んだから、心配になって駆け付けて来る。だけならまだ分かるのだけれども、明らかにそれ以上の何かが掴んできた手にある。
そう言えば、というか。
今更だけども。
どうして私は赤ん坊じゃないのだろうか?
普通なら転生は赤ん坊から始まるものだ。聖人ポイントを使って、成人から始めることもできるし、それこそ人外にもなれる。でも、私は別に聖人ポイントを使ったりしたわけではない。そもそも聖人ポイントを持っていない。
ではどうしてか。
恐らくだけども、私が女神なのが影響しているのだろうけども。
というか、どうして赤ん坊からじゃないの? 私がこの子に生まれ変わる前、どんな子だったのか何一つ分からないのだけれども。
「ねえ、ここはどこ? 私は誰?」
だから典型的な言葉を言ってみる。
今の私は記憶喪失。記憶喪失になってしまった可愛い子。よし、これで行こう。演技上手な私ならこの程度朝飯前。ボロは出さない。
そんな私の質問にお母さんらしき女性は驚いた表情をして、聞き返してくる。
「記憶がないの?」
「分からない。何も覚えていないの」
「そんな」
お母さんらしき女性が両手で口をふさぎ、涙を見せる。
そんなに泣くほどのものなの? いや、泣くか。
恐らく娘であろう私の口からそんな言葉を聞けば泣くのも納得だ。
お母さんらしき女性、長ったらしい。なんんだよお母さんらしき女性って。もう面倒だからもうお母さんで良いや。よし。
一人で泣くお母さんの横で私はそんなことを呑気に考えていて、何とも申し訳ない。
お母さんは私の手を取ってこう言ってきた。
「あなたは森の中に倒れていたの」
「倒れていた?」
倒れていた?
あれ、思っていたのと全然違う。きっと事故か何かにあったとか、そんなオチだと思っていたのに。
どういうこと? どうして私は森の中に倒れていたの? 一体何があったというの?
「どういうこと?」
「私は偶然にも森であなたを見つけるまで、あなたに何があったのかは私も知らないわ。ただ森の中、一人草原で気絶していたの」
「そんな私を助けてくれたの?」
なんて聞くと、お母さんは頷く。
命の恩人じゃないですか。なんて優しい人なのだろう。これだけで聖人ポイント10点はいけるね。私の裁量次第でもっと増やせるけども。増やしたらアヤメに怒られるからできないけど。
そうじゃなくて。今は聖人ポイントとかどうでも良いから。
もっと大事なことがあるから。
そう、お礼言わないと。
「ありがとう」
「良いのよ。無事でよかった。丸一日寝ていたものだから、心配だったわ」
そこでやっとで気づく。
ちょっと待って。
お母さんのこと、お母さんだと思っていたけども、話の流れ的に全然違うじゃないか。
てっきりお母さんのような感じで出てきたものだから、うっかり勘違いしたじゃないか。
私の勘も当てにならないものだ。
それにしても。じゃあ、なんて呼ぼう。お母さんがダメなら、お姉さん。いや下の名前にさん付けとか。いっそのこと呼び捨てでも良い気がする。
小さい子が年上の女性を呼び捨てとか、生意気に見えるけども、高い萌えポイントだと思うんだ。
とか、バカみたいなことを考えてみたりする。
「あなたに記憶があれば親の元に帰れたのかもしれないのに。この歳で親と離れ離れになるなんて、なんて可哀想に」
女性は涙を見せながら小さな声で呟く。
バカみたいなことを考える私とは真逆に真面目な考え事をする女性。なんか大変申し訳ない気がしてくる。
「目が覚めたばかりのあなたには酷かもしれないけども。あなたが親元に帰れるのは絶望的。だから、もしもあなたが良ければ、この村の子に、そして私の子にならない?」
女性はそんな提案をしてきた。
なんて良い提案なのだろう。母を訪ねて山越えとかは絶対に無理だ。そもそもどんな人物なのかも分からないし。
この提案を受け入れない理由が私にはない。
「私を受け入れてくれるの?」
「ええ。あなたが良ければだけども。親もとに帰りたいとは思わないの?」
「全然」
だって前世の記憶はあれど、今世の記憶はありませんし。
私は女性、ううんお母さんに笑顔を向けて言った。
「お母さん、よろしくお願いします」
そんな形で私の第二の人生が始まろうとしていた。