第10話 終わりと始まり
私は一人、森へと向かった。
お母さん以外は誰一人として信じていなかったけども、私は山神様を説得して村へと連れてくれば良いだけの話。
緑一色の森をを進み、聖地へと向かう少し前に。
私は三度目の山神様との出会いを果たした。
「みいつけた」
山神様、正確には神ではないらしいけども。
でも名前がないなら山神様で良いだろう。
山神様は前回同様、私と一定の距離を取っていた。警戒と思っていたがどうやら警戒ではないらしい。
なんだろう。山神様なりの忠誠心を見せているのだろうか?
一定の距離を取って着いてくる姿は従者みたいだ。
「さてと、山神様。私の言葉に素直に従ってくれるのでしょ?」
私の言葉に山神様が反応を見せる。
「ぴ、ぴー、ぴ、ぴ」
前回発したような不思議な声と同じ。
「ぴ、ぴ、ぴー、ぴ、ぴー」
それは前回と同じ一定の長さと間隔で。
「ぴー、ぴ、ぴー、ぴ、ぴー」
「知能はあるみたいだから、やっぱり何かしらの意味があるのかな」
「ぴー、ぴ、ぴ、ぴー」
「前回と全く同じ」
前回と短い音と長い音の数と順番、そして一定数発すると一度声が止まる場所も同じ。つまり前回と同じ意味の言葉を発しているはずだ。
考えるんだ、私。
このおつむの弱い私の頭で。
そうだ。山神様は私の言葉は分かっているのだから。
「山神様。私はあなたの言葉は分からないけども、あなたは私の言葉が分かるのでしょう? なら、聞いてもいいかしら。あなたは私が何者なのか知っているが故に従っているの? 知っているなら、その同じ言葉を続けなさい」
その言葉で山神様は声を閉じた。
言葉を続けることを止めた。つまりは山神様は私が何者なのかを知らない。知らないのにどうして私に従うのだろう。
ますます分からなくなる。
「言葉が分かれば良いのだけれども」
ふと、私は思い出す。
短い音。長い音。短点と長点の組み合わせ。短点と長点の組み合わせで一つの文字を作っているのだとしたら。
それはつまり、モールス信号なのでは?
「やっとで分かった。それなら簡単じゃない。つまり、あなたは私に対して」
私が知るモールス信号と、山神様が発した文字列に奇妙な一致があった。つまりは私の知るモールス信号である可能性が高い。
私は山神様の言葉を本当の言葉へと変換する。
その言葉はか、み、さ、まへと変換された。
神様?
「あなたは私のことを神様と呼んだの?」
そして、山神様は私の言葉に肯定するかのように、頭を下げた。
「神様? あなたは私が神様だと知っているの? なら、どうしてさっき私が何者なのか知らないと、否定したの?」
山神様は答えない。
いや、答えなどすぐ分かる質問だった。
私は神様。でも何の神様であるのか、山神様は分かっていないのだ。でも、少なくとも私が神様であることを知っている。
人間でも気づけなかったことに山神様は気づいたのだ。
そんなこと普通の生物ではあり得ない。
「あながち、山神様で間違いないのかもしれないわね」
私の存在に気づけるということは、人間以上の存在であることは間違いないのだから。山神様は神に近い存在ということになる。
一体何なのだろう。
カルルは山神様のことを寄生虫とか言っていたけども、そんなはずがない。ただの虫が神の存在に気づけるはずがない。
もしかしたら、神あるいは神に近い何かの成れの果てなのかもしれない。
「分かった。あなたが私に従う理由が。それで、聞いてくれる? あなたはすぐ近くの村から危険視されている。素直に従って、人間を殺さないと約束してほしい」
再び山神様は頭を下げた。
「これで、良い?」
山神様を村へ連れてきた時、誰もが驚いた表情をした。自分たちが恐怖し、生贄を捧げてまで救われようとしていた化け物を従える私に対して。
それは山神様を初めて見る子供たちも同様に。
それでもどこか半信半疑な部分が見て取れる。
私は山神様に対して、地に伏せるようお願いした。本当に従えていることを見せるために。
そんな光景はインパクトが強かったのか、誰も何も言わなかった。本当に山神様が無害だと分かったらしい。
「この子は、遠くの地に行って貰うから。多分もう、姿を現すこともないと思う。これで山神様の呪縛から解放されるのだから、もう子供を生贄にしなくて良いよね」
「ああ、そうじゃな。平和になれば必要ない。だが、どうして。セレネは山神様を従えることができたんじゃ」
「さあ?」
私はとぼけたふりをする。
私は山神様に帰っていいと、伝える。すると山神様は私の命令を聞き、長い時間をかけて人のいない地に行ってくれるはずだ。
ノソノソとゆっくりした足取りで、山神様は森の中へと消えていった。
山神様が消えたのを確認して、私は村長とお母さんに向けて。
「これで私は山神様になる必要もないし、もっと言うならこの村を出ていくこともできるね」
「出ていく?」
お母さんが私に対して聞いた。
「セレネはこの村を出て、どこへ向かうつもりなの?」
「魔法学校へ入学するつもり」
「どうして?」
「私にはしなくちゃいけないことがあるから」
それは偶然にもやって来た。
私を魔法学校へ連れて行ってくれる人たちがこの村へ到着したのは。複数の男たちが馬車に乗って村の門を通ったのである。
危なかった。
もしも山神様を見たら、ちょっと面倒なことになったかもしれない。
「ここにセレネという名の、魔法が使える子供がいると聞いたのだが」
馬車から降りた一人が、そう言った。
姿格好はカルルとそっくりである。ただ所々にある装飾が豪華なところを見ると、カルルよりも上の人間なのかもしれない。
私はそんな男性に向けて手を振って自分をアピールする。
「私だよ」
私のもとへその魔導士たちが近づいてくる。
その短い間に私は別れ話を終わらせることにした。
「もう向かえがきたみたい。お母さん。そして村の方々。今までありがとうございました。また何時か会いましょう」
そう言ってお辞儀と共に、私は魔導士たちへ向けて歩き出す。
最後にお母さんが私に対して涙声と共に言った。
「セレネ。本当にありがとう。村の呪縛から救ってくれて。また戻ってきても良いのよ?」
「うん、分かった。お母さん。じゃあね」
きっと、もう。村に戻ってこれないことを心のどこかで思いながら。
私は先へ進むことにした。