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プロローグ

「退屈だなぁ」


 私は暇を持て余していた。

 天空に浮かぶ神殿の一室で、ソファに座りながら足をバタバタさせる。

 私の名前はイーリス。

 こう見えて、仕事は転生の女神をやっている、結構偉い存在だったりする。

 この転生の女神がどういう仕事なのかを簡単に説明すると、平たく言えば死んだ人間を転生させることである。

 すべての人間には来世がある。

 その人間を来世へ転生させるのが私の役目。

 ただ、流石に私一人ですべての人間の対応をすることはできないし、したくない。だから基本的に人の来世は自動的に決まるのだが、その人間の中で特別な扱いをする存在もある。

 それが俗に言う聖人と呼ばれている人間だ。

 聖人は、その人生で行った偽善含む善の行為、これらをすべてポイントに変換する。

 このポイントを使って人は来世に様々な特典を持ち込むことができる。例えば力だったり前世の記憶だったり。

 貯めこめば天使になることもでき、そうやって天使になった人間もいたりする。

 ただ、最近は聖人なんて全然いない。


 なんだろう時代なのだろうか。

 まあ分母が多くなっているから、昔に比べて多くなったのは事実だけども。全体で見るとやっぱり少なくなっている。

 今の人間は数百年前と比べて余裕がないのだろうか。それとも価値観が変わったのだろうか。

 一日に一人か二人、それぐらいしか来ない。

 だから私は暇を持て余す。


「退屈だなぁ」

「イーリス様。大変五月蠅いです」


 私の独り言に反応を見せる天使が一人。

 アヤメと呼んでいる大変可愛らしい天使が、私の方を睨んでくる。

 アヤメは私の部下にして、下部である。こう見えて私は何千もの天使を従えているが、その天使の頂点がアヤメに当たる。ちなみに本名はアヤメではなく別にあるのだが、私は何となくアヤメと呼んでいる。

 そんなアヤメは天使の頂点。故に、常に私の傍に置いている。


 私たちがいるのは私の仕事場兼自宅にしている空に浮かぶ神殿。そのうちの一室にあたる俗にいう休憩室。基本的には休憩室として使っているのだけども、アヤメにとっては仕事場らしい。

 まあ、私がいつもここにいるから。傍で仕事をするとなると、必然的に休憩室でしかないのだけれども。せっかくアヤメ専用の書斎を上げたのに、無駄になっている気もしなくもない。

 というか今も何かしらの仕事をしている。

 なんて真面目な。


「退屈だから仕方ないよね」

「そうですね。仕方がないですね。ですがちょっと口を閉じててもらって良いですか?」


 そしてアヤメは口調が悪い。

 でも私は知っている。

 アヤメが心優しい子だって。

 普段の口調は汚いけども、何だかんだいってアヤメも天使なのだ。純白で、純粋な心を持っているに違いない。

 だから暇な私の話し相手になってくれるはず。


「アヤメ~、話し相手になって~」

「謹んでお断りさせていただきます」

「そんなこと言わないで、話し相手になるだけで良いからさ~」

「ちょっと黙ってくれませんか? 殺しますよ?」

「…………はい」

「イーリス様。大変良く出来ました。主人の成長は下部にとってうれしい限りです」


 私はアヤメが根は心優しい子だって信じている。

 とはいえ、アヤメはどうも忙しいみたいだ。

 流石に邪魔は悪い気もしてきた。

 アヤメが何をしているのかは分からないけども。良く分からない書類に文字を書いているだけに見える。


「あの子はあの神様の方に移動させて、あの子は…………」


 何だろう。天使たちの配属部署でも変更しているのだろうか。

 本来、私がするべき仕事の一つをやっているみたいだ。

 真面目だ。

 私と違ってめちゃくちゃ真面目。

 私は何時いかなる時も、どうやってサボろうかを考えている。

 まあその結果がこの暇なのだけれども。

 じゃなくて。


「アヤメ、手伝おうか?」

「私の仕事を増やさないでください、イーリス様。イーリス様は適当に天井のシミでも数えていれば良いのですよ」

「もしかしなくても、私いらない子?」

「いるかいらないかを言えば、いらないですね」

「そこは嘘でもいると言ってよ」


 なんてことだ。

 部下の評価がここまで低いなんて。

 まあ知っていたけども。

 ずっと暇を持て余す上司なんて、普通は好きになれない。

 しかし、これは由々しき事態だ。

 ソファから立ち上がり、アヤメの元まで近づく。そしてテーブルに手を置きアヤメに顔を近づける。


「アヤメ、私変わろうと思う」


 こう近くで話しても、アヤメは何一つ表情を変えない。

 近くで見るとより一層可愛い。どうしてこの子はこんなにも可愛いのだろうか。

 淡々とした表情でアヤメは答える。


「そうですか」

「そうなの」

「とりあえず、今日は一日中黙ることをしてみましょうか」

「そういうことじゃないのよ、アヤメ」

「では、どういうことですか、イーリス様」

「真面目に働こうと思う」

「イーリス様が? 面白い冗談ですね。今年一番笑えた冗談です」

「冗談じゃないのよ、アヤメ。というか、この程度が今年一番笑えるなんて。オフのアヤメ、どんな会話しているの?」

「パワハラですか? 訴えますよ?」

「どうしてそうなるの」


 たまにだけども、こんな風にノリが良いと気もあったり、なかったり。

 アヤメは本気で言っているわけじゃない。多分だけども。

 なんだかんだ言って、私の相手をしてくれる、心優しい子なのだと再確認。


「冗談はさておき。分かりました、イーリス様。イーリス様は真面目に働きたい。だから今私がしている仕事を教えてほしい。そういうことですね?」

「そういうことよ、アヤメ」


 私が頷くとアヤメはではと考え込む。

 しばし考え込む。

 左腕で膝をつき、考え込む姿勢をしながら利き手である右腕は動かし続ける。書類の手を止めないで考え込む。なんと器用なのだろうか。


「この書類は大事なものですので、今のイーリス様に渡すことはできません。ですので、始めは違う書類から致しましょう。ちょうど良い書類が私の書斎の方に溜まっていますので」

「了解しました。アヤメ様」


 私は敬礼をする。

 大事な書類は触れさせてくれないとか、本当に信用がないみたいだ。

 なんて思っているとアヤメが私の言葉遣いに対して。


「イーリス様。目上の相手に了解しましたはあまりよくありません。かしこまりましたか承知いたしました、を使いましょう。分かりましたか?」

「承知いたしました。アヤメ様」

「では、イーリス様。私の書斎の机の上に幾つか書類がありますので、それを全部取ってきてください。それと私のプライベートルームは絶対に覗かないでくださいね? 分かりましたか?」

「サーイエッサー」

「イーリス様。次はありませんよ?」

「承知いたしました。アヤメ様」


 一瞬怖い表情が見えたので、慌てて訂正。

 今は冗談を受け付けられないみたいだ。

 私は回れ右をして、そのまま休憩室を出ていく。

 休憩室を出ると、廊下に出る。ただ、廊下と言っても壁はない。どちらかというと通路が正しいのかもしれない。扉の先、幅三メートルほどの通路を超えた先は外、ひいては空である。

 この神殿は円形の形をしており、外周に通路、その内側に幾つか部屋がある形で構成されている。

 天使は皆翼が生えているから落ちても飛べば問題ない。ただ飛べない私からすると非常に危険な問題で、一歩外に踏み外せば私はあの世行きだ。

 いや、別に飛べないわけじゃないよ。飛ぼうと思っていないだけ。いろんな力を生み出ては身に着け過ぎて、ただキャリーオーバーなだけなんだ。

 そう私は転生の女神。だから案外何でもできたりする。

 まあそれでも死ぬけどね。流石に私でも人の死は自由にできても、女神の死はどうにもできない。人と神様の死は同等ではないのだ。

 だから落ちれば私はあの世に行く。

 女神に来世があるのかどうか知らないけども、きっと来世行きだろう。

 転生の女神が来世に行く。

 転生の女神が転生する。

 ふふふ、笑える冗談。


 なんて馬鹿なことを考えながら、アヤメの書斎を目指して歩く。

 流石に私ともなれば、通路から足を踏み外すような真似はしない。

 たどり着いた書斎。扉をノックすることなく開ける。

 アヤメらしい書斎で、仕事に関係するものしか置いていない大変真面目で質素な書斎だ。夜、私が寝ている時、アヤメはここで仕事をしているらしい。

 なんて真面目な。

 じゃなくて。

 私は目当ての書類を探す。確か、書斎の机の上にあるとか言っていた。

 あったこれだ。

 目当ての書類をすべて持って、私は書斎を出ようとするとき、ふと横の扉に目が行く。書斎の隣にはアヤメの寝室、ひいてはプライベートルームがある。

 あの真面目なアヤメだ。

 きっとプライベートルームも綺麗で統一された、無駄のない部屋なのだろう。

 ちょっと覗いていこう。

 なんて思ったのが運の尽き。


「へ?」


 一面、写真が貼られていた。

 壁一面。見渡す限り写真。壁は覆い隠されている。

 そのすべての写真。

 全部、私が写っている。


「…………へ?」


 二度思考が停止する。

 落ち着け。落ち着くんだ、私。

 全部私の写真なだけ。

 そう、たったそれだけ。

 どこに可笑しい所がある。普通の光景じゃないか。それに部下が上司を想う。なんて良い響きなのだろう。

 そうだ、そうに違いない。

 そうだとも。

 そうしよう。

 見なかったことにしよう。

 そう思って私はアヤメのプライベートルームの扉を閉じる。


「イーリス様」


 後ろに不穏な空気。聞きなれた、というよりもさっきまで会話していた声。ご本人が、鬼の様な形相で背後に立っていた。


「イーリス様? どうして私のプライベートルームを覗いているのですか?」

「ご、ご、ごめんなさい!」


 慌てて私はアヤメの書斎を飛び出す。

 勢いよく飛び出す。

 ふと気づく。

 扉の先、通路の先は何もないことを。


「あ」


 そのまま私はなすすべなく。

 地上へと落ちて行った。

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