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???「勇者に勝利はなし」

大魔王軍の襲撃によって祖国アースガルナ王国が大魔王国家・デスラールに成り代わって六年、私、私たちはついにデスラールを統べる大魔王・デスラスカオスがいる大広間に辿り着いた。

でも、なぜか奥から女性の笑い声が聞こえてくる。



「な、何か奥から笑い声がしない?」


「するな。気味わりぃ……さっさと大魔王と御対面と行こうじゃないか。あたしはもう大魔王の幹部と戦闘はごめんだ」


「……確かに。そろそろ大魔王と御対面と行きましょうか。もしかしたら先に行ったアークさんが既に大魔王を倒してしまってるかもしれませんが」


「そうだと良いんだけど……じゃあ、開けるよ?」


私の体に魔壊の力は宿っていない。

ということは少なくともアークお兄さまはまだ死んでいないということ。

それなら勝ち目があるはず。

私は真っ赤な髪のカラメルさん、金色の髪を持ち、尖った長耳が特徴的なウィンドラさんという勇者たちを代表して魔王城の大広間の扉を開く。

重々しく音を鳴らす扉を緊張感を加速させる。



「明るい……中に誰かいるのか? おーい! アーク、生きてるかー?」


「眠っていますよ?」


「なっ!? い、いつの間に。あなた、誰!」


「そんなに一斉に剣を抜くことはないじゃないですか。大魔王とはいえ、怖いです」


大広間を少しずつ進みながらアークお兄さまの名前を呼ぶカラメルさん。

返事はない。

そのとき、背後から声をかけられた。

人の気配なんて、まったくしなかったのに。

私たち三人は瞬時に反射的に剣を抜いた。


「大魔王? もしかしてあなたがデスラスカオス?」


「はい! わたくしこそがあなたたちが過剰なまでに恐れる大魔王・デスラスカオスその人です。でも遅かったですね。炎蛇の勇者カラメル、烈風竜の勇者ウィンドラ……そして幻の勇者クーアークの片割れ……聖浄の勇者クーアディア。他の二人の勇者はどうしたのですか? どうせなら六人の勇者が勢揃いしたところが見たかったのですが」


「大魔王は女だったのか」



「……アークはどこ?」


「アーク? あぁ、魔壊の勇者ですか。それなら眠っていただきました」


「眠った? 殺したのか!?」


「いいえ、殺さず生かさず眠っていますとも。玉座をご覧ください」


「玉座……?」


私たちは大魔王の言葉に全員が玉座を見た。

そこには小さな少年がいて、頭を下に向けてどこかを見ていた。



「なんだよ、あのガキがアークだって言いたいのか? あれがアークなわけがねぇ……アークはもっと背丈があのガキよりこのくらい高くてな」


「いや、きっと、ううん、間違いない。あれは間違いなくアーク……姿が小さくなっているけど、私にはわかる。あれがアークお兄さまだってことが」


「確かに、どことなくアークさんに似ているような」


「くすくす、理解していただけましたか? わたくしが彼を殺してなどいないということを」


カラメルさんがジェスチャーを交えてアークお兄さまがどれだけ身長があるか伝えようとする。

でもそんなことは問題じゃなかった。

たとえ、小さくなっても妹の私には彼がアークお兄さまであることはわかった。

どうして小さくなったかまではわからなかったけど。

私たちは玉座まで近寄る。

とにかく、アークお兄さまを起こさないと。


「だいたいなんで寝てんだ? 大魔王が目の前にいるってのに緊張感なさすぎだろ」


「カラメルさま、そういう問題ではないような……」


「おらアーク! 起きろ! いつまで寝てんだ! 一緒に大魔王を倒すぞ──ってなんだこいつ!? 目を開けたまま寝てやがる!?」


「ま、待ってカラメルさん。何か、目が変だよ!」


「本当ですね。まるで何か、遠くを見ているようです」


「なんだそりゃ……眠りながら何かを見てるってのか?」


「…………」


カラメルさんがアークお兄さまを起こそうと、髪を掴み顔を上げさせる。

でもアークお兄さまの状態のおかしさにすぐに手を離して気味悪そうに飛び上がるような勢いで驚いた。

確かにどこか変だった。

目が開いてるけど、普通に眠っているともどこか違う。

例えるなら人形が感情なく息をしているようなそんな感じだ。

不気味でそれが人なのかどうかすらわからなくて、怪しく思えてくる。

本当はとても精巧な人形なんじゃないかって考えが及ぶくらいに人間らしさが感じられない。

生きている感じはとてもじゃないけどしないのに息はある。

とてつもなく恐怖が掻き立てられてアークお兄さまは人形に変えられてしまったんじゃないかって思えて胸がざわついた。


「おい! どういうことだよ大魔王! てめぇ! アークに何をしやがった!」


「ふふっ、とても美味しかったですよ。魔壊の勇者は。男性だからサキュバスのわたくしでも簡単に彼のパワーを吸収することができました」


「なっ……アークさまのパワーを吸収?」


「えぇ、彼の魔力は底無しですね。もしも彼の魔力を吸い尽くそうとしたならわたくしは廃人と化していたかもしれません。ですがそれほどの膨大な魔力……やはり眠ってもらって正解でしたね」


「デスラスカオスにそんな力があったなんて」


アークお兄さまの総魔力量は現代の測定可能範囲を遥かに逸脱している。

そんなアークお兄さまの超魔力を仮に半分でも大魔王がその身に取り込んだとしたら。


「おかげでまた更に強くなってしまいました。わたくしが元々持っていた力、先代の力、そして魔壊のアークの圧倒的で質の良い高濃度の超魔力! あぁ……あぁんっ! なんと素晴らしいのでしょうか!」


「ぐがっ!?」


「うぅっ!?」


「ひぁっ!?」


「これでは……これでは、わたくしは最強ではありませんか!」


恍惚とした表情で艶かしい女性らしい声を上げる。

それに呼応するかのように魔王のみが持つとされる地に、人体に有害だと言われる暗黒魔力を惜しみ無く開放する。

その圧倒的な魔力圧に私たちは立っていることすら儘ならず体を頭を地に伏せてしまう。

それでも、それでも私たちならなんとかできるはずだ。

私は今まで何度も魔王と戦って、命を失うかどうかの死闘を繰り返してきても勝利してきたのだから。


「あらあら、勇者御一行さまがた、どうして東方異世界に存在するという文化──いわゆる土下座をなさっているのです? もしや、わたくしには勝てないと理解し、愚かにも見逃してくれとでも仰るおつもりで?」


「そんなこと言うわけがねぇ……あたしらは勇者だぞ。大魔王にそんなことは意地でも言うわけにはいかねぇし、そんなことは今まで考えもしなかった。しなかったが、」


「もしもあの、アークさまの力が今この状況を作り出しているというのなら話は別です」


「え? カラメルさん? ウィンドラ? いったい何を」


「なぁ……クーアディア? お前に一つ訊きたいんだが、アークが一度でも魔力で困ってるところを見たことがあったか?」


「え? それは……ないですけど」


カラメルさんの質問に私は短く答えた。

確かにアークお兄さまが、魔力の枯渇……いわゆる魔力切れを起こしたところは今まで見たことがなかった。

それどころか魔力を分けてくれて救われた場面が何度もあった。


「だろ? そんなあいつの魔力が、あの常識はずれの魔力が奴の身体にあるならこれはもう魔王に負けたってことにはならないんじゃねぇか?」


「は、はい? 何を言ってるんですか? たとえ、アークお兄さまの魔力を取り込んだとしても奴は大魔王でーー」


「そ、そうですよ! 奴はアークさまの魔力を取り込んだのです! ならば、それはもはや勇者と戦って負けたも同義ではないですか!」


「ウィンドラまで何を言ってーーえ? なに?」


そのとき、私の中で何か、勘のようなものが脳裏に、うすら寒さのような感覚が背筋に走った。

それはちょっとした違和感なんてものじゃない。

私の経験則から感じる確かな違和感。


「……あなた、何か、したの?」


「んんー? 何のお話ですかー?」


私はデスラスカオスを睨み見ながら言った。

この突然の違和感はこいつが何かやったに違いない。

ウィンドラもカラメルさんも、この程度のことで屈するような人たちじゃないことを私は知っている。


「とぼけないで! あなたが何かしたことが私にはわかる! ウィンドラやカラメルさんに何をしたのッ!?」



「あらあら怖い怖い。しかし、さすがは聖浄の勇者ですね。このわたくしの力を以てしても思考を操ることはおろか、その身体の動きを停止させることもできないなんて」


「思考を操る……? あなた、そんなことを!」


「バレては仕方ありませんね。やりなさい」


「クーアディアっ!」


「ご覚悟ッ!!」


「くっ……! ごめんっ!」


抜き身の剣を向けて言った。

彼女はしらばっくれることもなくカラメルさんとウィンドラに命令した。

攻撃命令だ。

火柱を纏った剣、竜型の烈風を纏った剣。

一方は剣で受け止めた後、切り払い、一方は回避して後ろに回り込み剣で峰打ちと手刀でそれぞれ気絶させる。


「はあー、躊躇ありませんねぇ……同じ旅を共にした仲間であり、勇者であるのに」


「カラメルさんもウィンドラも、もはや勇者としてのお役目を実行することはできないと判断したんだ。それに、彼女たちの行動はあなたの思考の中にあるので読みやすかった」


「それはわたくしが単純だとでも言いたいのですか?」


「違う。使命や、感情の宿っていない勇者なんて死人しびとも同然……これほど悲しいことはない」


「勇者の誇りというやつですか。しかし、その威勢がいつまで通用するか、見せてください」


彼女は鎌を背に背負いながら言ったと同時か襲い掛かる。

私はは自身の聖剣で向かい打つ。

彼女の鎌の刃は人間では想像絶する速度で動かしていた。

しかし、私も負けていなかった。

勇者とは、時に狂人の隠喩で使われることもある。

人間を超越した動きを見せる私はは大魔王・デスラスカオスの鎌攻撃も捌いてみせた。



「さすがですね。この大魔王の攻撃を防ぎ切るとは」


「当然。まだまだいける!」


「そうですか。ではこれならどうです? 地獄へ導く死神の魂狩り《ヘルデスソウルキル》」


「? 何かした?」


「な……即死系の中でも高確率で死へ誘う呪術がまさか通じないとは……」


四方から鎌を持った骸骨が現れて振り下ろした。

それでもその鎌は私の身体をすり抜けて骸骨は消えた。

それを見た大魔王は驚愕の表情を見せた。

私はと言うと、首を傾げるばかりだった。


「ふふっ、さすがは大聖女アースガルナの生まれ変わりと言ったところですか。ですが……これ以上は好きにはさせません。出でよ、我が下僕よ」


「……来て、私の愛しい使い魔たち!」


彼女が呼び出したのはアンデッド系の魔物だった。

魔法にも近接戦闘にも長けた。

アンデッド種の中でも戦闘に秀でた上位種だった。

それに負けじと私も使い魔を召喚した。

初めての使い魔であるシルバーフェニックスドラゴン。ダークエルフ、そして氷雪の吸血鬼女王ブリザードカーミラクイーンの三種の使い魔たちだ。


「クー、ここはシルフェたちに任せて大魔王を!」


「うん、ここは任せたよ!」


私の使い魔たちは頼りになる。

私はアンデッドの輪を掻い潜り、聖剣を大魔王にぶつけ──


「ふふ、まだやりますか、この大魔力を前にしても!」


「え? そんなっ、」


強大な収束魔法が私を包む。

身体が思うように動かない。

これはまさか、


「暗黒、魔力……」


「そう、わたくしたち、魔族の祖先、大悪魔デスラールの頃より伝わりし魔障──あなたたちが暗黒魔力と呼ぶ力……人間であるあなたには、おつらいでしょう?」


「…………くっ」


暗黒魔力……それは古より、私たち、人類が恐れてきた魔族の絶対的な力。

それでも暗黒魔力を乗り越えないと私たち人類に勝利は……


「くすくす、魔壊の力なきあなたでは無理ではないでしょうか?」


「それでも……歴史がそうだとしても私は諦めないっ!」


「往生際の悪い方ですね。もはやあなたに勝ち目などないというのに」


魔法と暗黒魔法のぶつかり合い、剣と鎌のぶつかり合い、幾度なく相殺されていく瞬間瞬間に焦りを覚えていた。


「……くすくす、力の差は歴然。さあ、軍門に下りなさい。そうすれば、あなたの生は約束しましょう。あなたはまだまだ使えそうですから」


「そんな……負ける? 私が? そんなの、」


そんなの認められるわけないじゃない。

私はアースガルナ王国を、世界を、大好きな人たちがいる大好きな世界を守るためにここまで来た。

よくわからない国でよくわからない家で、よく知りもしない剣を振るってここまで来た。

私が強くなりたいと願った。

誰にも負けない剣士になりたいと願った。

ならそれを願ったのは何のため? アースガルナ王国復活? 世界を救うため? 違う。

どれもこれも綺麗事、本当にやりたいことはただ一つ──


「おやおや、ついに戦意喪失ですか。それでは我が国へ──」


「そうだ……そのための聖剣だ。これは聖剣アークスなんかじゃない」


「ん? どうしたのですかぶつぶつと、ついに精神がイカれましたか?」


「本当ね名前、聖剣、アースガルナ!」


「なっ! こ、この輝きは!?」


私はこの聖剣をずっと、アークスという名前だと思い続けてきた。

でも違った。

この聖剣はアースガルナの聖遺物──いわばアースガルナの魂を形作ったものだったんだ。

まるで輝きが違う。

月明かりのそれだったものが巨大な光を形作り、聖剣となって現れたみたいだ。


「王国の最終兵器……大聖女の剣。ですか。まさかそのようなものが現存していたなんて」


「アースガルナ人の総ての力をここに! アースガルナ・オブ・クイーン!」


「さすがですクーアディア。ですがあなたの敗けです。あなたの唯一の敗因、それはあなたの強大すぎる力に剣が耐えきれなかったことです」


「なっ、そんな……聖剣が……っ」


確かな勝利の感覚はあった。

この剣の力を最大限に引き出せたならきっと大魔王を倒せるって。

なのに、その聖剣が砕け散るなんて……


「クーアディア、まだ、やりますか?」


「……私の敗けです。大魔王……い、いえ……大魔王、様……」


「くすくす、これは最高に気分が良いですね。クーアディア、あなたはわたくしの者になるのです。さすれば、人間たちを奴隷のように扱おうとも、滅ぼすことは致しません」


「……はい、大魔王様……」


「それと、わたくしのことはデスラスリリィとお呼びなさい。我が忠実なる下僕、クーアディア・アースガルナよ」


「はい。デスラスリリィさまの仰せのままに」


こうして、私は大魔王に屈服した。



それから二百年ほどの月日が流れた。


「あれから、どれほどの時間が過ぎたのでしょうか……」


「アークお兄さま……あなたが生きていたなら、この世界は救われていたのでしょうか……?」


死んだか生きてるかもわからない兄の墓前で私は兄に語りかける。

あれから二百年以上経っているのだ。

普通なら死んでいてもおかしくはない。

それでも兄なら生きてどこかで生きて、いつかこの生き地獄から救ってくれるのではないかと兄の墓前に来る度に考えてしまう。


「大魔王国家デスラール……ここが、かつて私たちの祖国、アースガルナ王国だったなんて考えられません。人間なんて魔族にとって奴隷と同等かそれ以下の存在です」


加えて私は魔王に敗北した勇者として同じ人間たちからも忌み嫌われている。

この世界に救いなんて一つもない。


「あぁ……できることならもう一度あの時代をやり直したい。やり直せたなら、アークお兄さまを護る剣士となれたら……」


「なぁにぶつくさ言ってんだ聖女サマ。魔王神官サマたちがお待ちだぜぃ? さっさと来な」


「は、はい……すぐに、」


今日もまたお呼びがかかる。

魔族の慰みものにされる毎日……死ねない年老いることもないこの身体で、いったいいつになったら救いがあるのだろう。

勇者のいないこの世界では魔王に抗おうとする者なんて存在しないのに、世界最期の大魔王に仇なした勇者と呼ばれる私にはわかる。

もう人間の中には魔族を倒すどころか戦える人間は数えるほどしかいない。

そんな世界で私は何を、何に期待すれば良いのか。


「何にもない……希望も願いも、それを実行できるものも何も……」


静かに魔族に奉仕するだけの日々。

それが私の日常だ。

アースガルナ王国なんて覚えている者もいないだろう。

それだけの時間が経った。

知り合いもほとんど死んだ。

私はただ生かされ、奴隷のように魔族に尽くすだけだ。

今日も明日も明後日もなく、繰り返すだけのこの日々を。


「……アークお兄さま、もしも生きているならどうかこの世界を私をこの地獄の日々から救ってください。それだけがあなたの妹、クーアディアのたった一つの願いです」


空を仰ぎ、そんなことを呟く。

そして私は兄の墓前を後にした。

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