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???「世界崩壊の日」

「くっくっくっ……バカな男だ。妹を庇い、余を手こずらせてはくれたものの、その末に死してしまうとはな」


「…………」


瘴気しょうきを満たす魔王城。

低く笑う魔王が一人。

その前には怒りを抑え俯く女一人。


瘴気の中、粒子の光が瞬き、やがて消えていく。

それはここ、異世界・ディスガリアにおいて死を意味している。

生きとし生けるもの、全ては最期、光に還るのだ。

曰く生命絶えても肉を残し、身体を残す。

それは今を生きる者達への置き土産なのかもしれない。


「しかし今まで何者も破壊に至れなかった死の魔道具を破壊してしまうとは。やはり奴は侮れぬ、ただでは死なぬ男よ」


「くっ……私は、私はっ!!」


真魔王・デスラスカオスは何がおかしいのか笑いを堪えるのに必死である。

対してそんな魔王の前に銀色の中で淡い青色の光り輝く長い髪を黒きリボンで束ねている女性が立っている。


右手には旧語で聖剣アークスという名が刻まれた淡い青光を纏った聖剣を握っている。


身体を纏うは海底のような深い色合いの青のバトルドレス。


その名も水神聖霊の戦闘聖衣アクアレインのバトルドレス

その昔、水聖霊アクアレインが聖女勇者アースガルナに友情と敬愛の証として贈ったのが始まりとされる。


その水神聖霊の戦闘聖衣はアクアレインのペットの水龍の鱗などから作られたと現代まで伝えられている。

その性能は着用すれば瞬時に涼しく、どんな高温低温の水も弾き、雷すらも吸収する。

そして溶岩に飲まれた聖女が生還した伝説が残るほどの逸品。

但しそれは聖女勇者アースガルナの直系の聖女のみにしか着用が許されない品であったとも言われるものだった。


そしてそれを隠すようにしているのが神に与えられし力、神力とは別に存在する聖女力を増幅させる。

大聖女の羽衣と呼ばれる聖装。

これは水神聖霊の戦闘聖衣の装備可能条件の更に上をいく。


その条件は大聖女に選ばれること。

それだけが条件だった。

一見すると簡単に感じるが現代では大聖女とも呼ばれるアースガルナに選ばれた者のみがその着用を許される。



大聖女アースガルナに選ばれるには、聖女としての気品、容姿、神々しさ、性格、心構え、強さ。


様々なものが理由と考えられている。


それは外面だけではなく内面的にも満たしていないと不可能だと考えられてきたがそれはあくまで推測であり、何が確かな要素になるのかは誰も分からない。


ただ一つ分かるのは、現在も含め歴史上五人の聖女のみがこの大聖女の羽衣を纏うことを許されたという事実。


何故、大聖女に選ばれることが必要なのか。

それはこの大聖女の羽衣を纏うことが許された聖女全員が大聖女アースガルナに逢ったことがあると言ったのだ。


それから大聖女に選ばれることが必須条件だと判断された。


そしてその聖女達が持っていた強大な聖女力。



“聖女力”


これは現代では神力と混同されることがあるが、それは神力と併用されるために勘違いされやすい。


ほとんどのものは神力と同一の力であると認識しているが

聖女力に出来て神力では出来ないものが存在する。

その代表的なものが蘇生術や浄化術である。


聖女力が高ければ高いほどに蘇生の速度、浄化速度、運動能力を始めとした戦闘面に重要な能力も向上する。


そして聖女力と神力をそれぞれ別個の力であると認識した者は神力と聖女力の使い方も上手く、そしてその力も強大となる。


そのことに魔王の前に立つ、彼女もその違いを理解していた。



「全く愚かな男よ! 余の配下になってさえいればこのように死すこともなかったろうに……だがしかし、一番の愚か者は――はっ、貴様だったな? 聖浄の勇者よ」


「………………」


「……しかし魔壊の勇者であったアークは。奴はこのようなことは考えもしなかっただろうな」


「アークは、お兄様は……お前が、」


「しかし奴は極端な男だ。容赦せずと決めたならば一切の容赦を許さず、守ると一度決めたならば最後まで守り抜く。そんな男だ」


「な、なんで、お前がそんなことを……」


「この世界で多くの偽りの名を持つも奴の魂は死なず。知らぬ者などいない。まるで宗教を始めるのではないかと疑うほどに信仰力を持っておった。いや、今尚持っていると言うべきか」


「よくも私の使い魔達を……お兄様をファティマを、テレスをッ!!」


「魔壊の勇者アーク、光闇の巫女であるテレスフィスとファティマリィと、勝利の鍵を次々失っても尚、抗い続けるか聖浄の勇者クーアディアよ。しかしそれでこそ勇気ある者……まだまだ楽しめそうで安心したぞ」


聖浄の勇者クーアディア。

そう呼ばれた彼女は聖剣を構える。

彼女を突き動かしているのはただ一つ、大切なものを失った怒りである。

その怒り、単純なものではなかった。

何故ならそれは目の前にいる仇だけではなく彼女自身にも向いているのだから。


彼女は、残された勇者は振るう。

聖剣を、鍛え抜かれたその右手で振るう。

彼女の、クーアの一振りは何者も斬り裂く断罪の剣。

それが悪しき存在ならば尚更だ。

その一振り一振りが致命的、或いは絶命に導くことも少なくない。

それほどまでに極められた剣を彼女はその身から放つ。


「くっくっくっ! なかなかに心地よき攻撃であるぞ勇者ぁ!」



「くっ、どうして効かな――」


しかしそれほどまでに極められたはずの剣はまったく目の前にいる真魔王には傷一つ付けられずにいた。

どうしてか考えを巡らせる。

しかしその瞬間にも魔王の攻撃は止まってはくれなかった。


魔王の掌より放たれた紫色の球体がクーアディアを包み、大爆発を発生させた。



「こ、この程度なら!」


「ほう? 立つか」


その攻撃、名のある剣聖であっても立ち上がること儘ならず。

最悪の場合、身体ごと消し飛んでしまうほどの高威力を誇っている。

しかし彼女は立ち上がる。

聖女であり勇者であり、そして剣聖でもある彼女は後退も怯むことすらもなかった。


ただ毅然と大魔王の姿を見据え、駆けた。


「ほう? あの攻撃を耐え抜き、向かってくるか」


「くっ! “聖光断罪剣”」


彼女は剣を振るった。

その身から放たれた剣撃は確かに大魔王へヒットしていた。


しかしダメージがない。

それはまるで一枚の壁に護られ、攻撃を弾かれているかのようだった。

だが彼女は諦めなかった。

聖剣が銀色の光に包まれた。

その光、もはや纏っているとは言い難い。

覆われているほどの強い光だ。

そして叫びと共にクーアディアは薙ぎ払うように剣を振るった。


「素晴らしい攻撃だ。しかし、余には効かんな」


「そ、そんな……」


しかし剣から放たれた聖光断罪剣ジャッジメントソードと呼ばれる粒子剣斬砲は右に逸れ、壁を貫き破壊し彼方へ散った。

それはかつて聖女勇者が編み出したという全ての邪悪を滅ぼす究極奥義・永遠なる聖断罪破壊剣エターナルジャッジメントブレイカーの劣化技である。



それはクーアが剣聖に至る前の修行の末に編み出した至高にして究極なる必殺剣。


その名が聖光断罪剣。

しかしそれも大魔王には通用しなかった。




「聖浄の勇者──いや、“聖魔の勇者”、余はこの時まで聖浄と魔壊の勇者が揃うことを恐れていた。何故だか解るか?」


「……知らない」


「そうか。余はな、“今の聖魔の勇者”には以前感じていた恐ろしさを微塵も感じなくなったのだ」


本当は理解していた。

その意味も完全に理解してしまっていた。

何故なら彼女はアークが持っていた魔壊の勇者の記憶、魔壊の勇者の力、アーク自身の記憶も力も彼が持っていた全てを、魂の記憶さえも彼が文字通り死んでしまったその瞬間から彼女、クーアディアへ継承を果たしてしまうのだから。

それは彼女自身の記憶も全て甦ったことを意味する。

王城で過ごした籠の鳥のような日々。


ただ兄の背中を追うだけだったその一日一日を思い出す。


そして幼少時代に最後に兄と顔を合わし、語り合った将来の約束を。


結局のところ、その約束は果たされなかった。

クーアディアは思う。

兄は剣聖になった私をいったいどんな風に思ったのだろう?


いや、それもクーアディアには解っていた。

兄は心から喜んでいたのだ。



そもそも彼女が剣聖に至れたのも彼の働きが大きかった。

彼は前アースガルナ王であり父のアローズ王とクーアとアーク、二人の姉であるアルフィネ王女と共に剣聖を定める機関・世界剣聖審議会へ乗り込み、その当日、議題に挙がっていた第一回女剣聖世界大会について。

これは優勝した者を初の女性剣聖に認定するというものだ。

そして各国代表が誰を候補者に選出するかまず決めるというのがこの議題のメインテーマである。


しかし何もクーアディアを剣聖にするためだけに乗り込んだのではない。

決定的理由が存在した。

それこそがアースガルナ王国を乗っ取ってみせた偽物の王を捕らえ、アーク自らが我こそがアースガルナの王であると宣言することだった。


見事それらは成功を果たし、彼女を剣聖候補に選出することが出来た――同様にアクアレイン女王も候補者にしたがっていたが出身地ではないということで却下されていたが――



「そして貴様はこれほどまでに非力。これ以上、余が手出しをしてもつまらぬ」


「何を、企んでるの……」


「何、哀れな聖女に冥土の土産だ。出よ、我が絶対的な僕、アースの子のクローン達よ」


「え? そんな嘘……どうして」


真魔王は静かに笑む。

その瞬間黒き魔方陣から突如現れた二人の戦士と一人の杖術士じょうじゅつしが立つ。

一人は猛々しいほどの魔気力を纏い、魔剣を左手に持つ男。


その髪、長く血のように赤々としている。

背中には赤黒い翼が見えた。


一人は禍々しい魔力波動を身に纏い槍を持ち、八重歯を覗かせる漆黒の翼と尻尾を持つ少女。

また一人は神々しき聖気を纏い杖を持って桃色の髪と桃色に白みがかった羽根、そして頭上には金色の輪が浮かぶ少女。


「まさか知らないわけはなかろう? 貴様の会いたがっていた三者だ」


「ファティマ、アーク、テレス……どうしてそんな」


「我が配下の作りしクローン達だ。どうだ? 似ているだろう?」


クーアは彼らを知っていた。

それは左から闇の巫女にして悪魔のファティマリィ。

真ん中には魔の勇者であり兄のアーク。

そしてその右隣には妹のように思っていた聖天使で光の巫女のテレスフィスという見知った者達だった。


それはクーアディアにとって過去味わったことのない強敵。

最強最悪のパーティがただ冷たく見据えてくる。


「ねぇ……何か、言ってよ」


「…………」


肉親の、昨日までは味方だったはずの者達は喋らない答えない。

何故ならそれはクローンで彼らに感情がないからだった。

会話も仕えし主の許しを得るまで口を開くこともない。


「どうして、何も言ってくれないの……?」


「無駄だ。これは絶対的で最強のクローン……会話こそしないがそれ以外は完璧だ」


「あまりにも似すぎでしょ……何、私にこれと戦えって?」


「そうだ。戦い殺し合え! たった一人の聖魔の勇者とそのクローン達よ!」


「うわああああッ!!!」


襲い掛かるクローンが三体。

クーアは三方向から向けられる武器の攻撃を受け流し逃げるように距離を取る。


彼女には酷だった。


愛した少女と兄達を斬らなければならない殺さなければならない。

たとえそれがクローンだとしても斬れなかった。

兄は魔王だ邪悪だと何度も殺そうと思ったこともあった。

だが今はその兄が何を想い、自分に刃を向けていたのか理解した今では斬りかかることすらも躊躇われた。



「どうした聖魔の勇者。戦わなければ死ぬぞ?」


「くっ、こんなっ!」


次第に戦いは激しさを増していく。


アーククローンは魔剣を最大限に使った攻撃を仕掛け、ファティマリィクローンはアーククローンの支援攻撃に終始し、テレスフィスクローンは後方援護魔法で全体を見た攻撃だ。


前衛二人と後衛一人。

言葉だけならクーアも振り払うことが可能だろう。


「ほらほらどうした聖魔勇者。押されているぞ」


「くっ! 薙ぎ払え、聖空破斬!」


だが相手が悪すぎた。

アーククローンとファティマリィクローンの連携は見事なまでに息の合った動き。

たとえその二体を振り払ってもテレスフィスクローンが放つ魔法攻撃の砲火の渦に飲まれてしまう。


そんな中、クーアディアは聖空破斬剣を放った。


これは空中を中心に攻撃を加えるクーアディアオリジナルの剣技である。

元は彼女が新米剣士時代に編み出した聖空剣と呼ばれる技から派生した技だ。

その技は空中対策の剣技だが、聖空剣が空中のみを攻撃出来るのに対し、聖空破斬剣の範囲は空中に加え自身の周囲にいる者も吹き飛ばしてしまうほどの技だ。




「ほう。なかなかに面白い……さすがは剣聖といったところか」


「くっ、はああッ!」


テレスフィスクローンとファティマリィクローンはそれぞれバラバラに吹き飛ぶ。

ただ一体、アーククローンは一切の攻撃を受けず斬りかかる。

彼にとってはこの程度の攻撃は風を受けるが如し。

普通ならば竜巻のような攻撃も涼しい風に感じられるほどの力があった。

それはクーアも承知の上。

テレスフィスクローン達をとりあえず散り散りに出来ただけでも良かった。

その攻撃を受け、剣斬烈華を繰り出す。


一瞬単純にも見える剣撃の応酬。

しかしそれゆえに無駄なく洗練された動き。

そんな攻撃を受け、徐々にアーククローンは対応が難しくなっていく。

それは剣舞のようであり剣術でもある彼女が剣聖であることの証明でもあった。


「ぐぬぅ……まさかこうも押されようとは。貴様らも加勢せい!」


「…………」


やがてアーククローンはクーアの振るう聖剣を受けて吹っ飛び、身体が壁にめり込んだ。

そんな姿を見て真魔王は表情を歪め、苦々しくも怒号にも似た声色で棒立ちになっていた二体のクローンへ命令を下す。


「何をやっている!? さっさとアレを始末しろ!」


「くっ……!」


テレスフィスとファティマリィのクローンは一斉に槍と杖を以て前後からクーアへ攻撃を開始した。


「な、なんだ……! 何が起きた!?」


「あ……あれは……」


しかしその刹那、左右の窓ガラスが割れた音共に現れた二人の紫色の美女と藍色の髪の少女。

その一人の紫色の髪の美女はテレスフィスをクローンを剣で制し、もう一人の少女はファティマリィクローンを近接戦闘術で圧倒した末、踏みつけにしている。



「クーアちゃん早く!」


「あいつを……アークの偽者を倒して!」


「でも……」


「…………」


「なっ、うぐっ……!? 聖防壁っ!!」


態勢を立て直したアーククローンの魔剣から放出された零なる元素である無数の魔の風刃の雨の如き攻撃を受け、聖剣全体から神々しく強固な防壁で受ける。

続いて陽炎の型と呼ばれた技は盗むことに長けた上位のごく限られた者のみが使うことが許された扱いが難しい秘中の奥義の一つである。


その特長は使用者を視認することが難しく、唯一可能なのは影のみであり、それ以外に攻撃を回避する術はない。

アークの使う陽炎の型とは影以外見えない状況で剣撃が飛んでくる異様な技だった。


「くくっ! これは面白い。聖剣使いに魔剣使いの攻撃は一撃でも致命傷だと聞いていたが……強ち、嘘でもないらしい」


「くっ、はぐがぁっ!?」


「クーアちゃん!」


「そ、そんな……こんなことって」


そんな聖壁も意味を成さず破られてしまう。

アークの魔属性の攻撃は聖の属性であるクーアディアにはダメージが大きすぎた。


気付けばクーアディアの身体も防具類も今、正に砕け散ってしまってもおかしくないほどの傷を負っている。

どんなに強力な攻撃を弾く防具でも伝説の魔の攻撃をどうにかするのは難しいようだった。

吐血するクーアディア。

そしてその時。



「さあ、もういいだろう。アーククローンよ、とどめを刺せ!」


「うっ……はぁ……炎光爆雷っ!」


「…………」


「き、効いてないっ!?」


「あ……そうだ! アークには魔法が効かないんだ!」


大魔王の命令にアーククローンは左手に魔剣を握ったまま接近する。

それを見たクーアは瞬時に雷と炎の配合魔法を放った。

その煌めく炎はアーククローンを包むと雷の光と共に爆発した――が、しかしアーククローンは無傷でまるで通用していない。

当然だった。

アークは魔法の天才で反射的に自身の外的魔力で受けた魔法を無効化。

それは本来、威力が軽減、半減するだけで現実には不可能とされていたが世界でただ一人、アークのみが魔力で魔法を完全無効化に成功している。

それも反射的に無意識に。

「クーアディア・アースガルナ……これで終わりだ。何もかも……唸れ終末の剣……善も悪も世界を導く聖も魔も光も闇も全て破壊し尽くし虚無へと葬れ! ラグナロクセイバーッ!!」


「くっ……こんなの、こんなのって!」


立ち向かう聖女の名前を呼ぶアーククローン。

その時、口上と共に魔剣に禍々しい闇という闇が魔剣へ集い収束されていく。

そしてその魔剣を振った瞬間、その魔剣から放たれた闇はクーアディア達を──いや、世界を飲み込んだ。


「ふむ。素晴らしい。さすがは魔壊の勇者のクローンか……まさかこれほどとはな……このような者が敵であったとは本物を殺して正解だったな」


「なんで……どうして、こん、な……!」


「だが、もはやここには余と貴様しか残っておらぬが」


そう、そこにあるのは何もない虚無という闇と大魔王と、クローン達の動力源である魔動石の欠片とクーアディアのみだった。

クーアディアはアーククローンを倒した。

その身からあらゆるものを浄化する力、聖浄の力を行使したことでクローンは散り散りとなった魔動石の欠片を残し消滅した。


クーアディアを助けに来た二人はいない。

恐らく、ラグナロクセイバーの闇に呑まれ死んだのだろう。


「ふむ。言ったはずだ。聖と魔の勇者揃わぬ限り余を殺すことは不可能だとな」


「大、魔王ッ……!!!」


「だが、揃ったところで無駄だったがな。がはははははっ!!」


「貴様あぁぁぁッ!!」


クーアディアは聖剣で真魔王の身体を斬り刻んでやろうとするが、怒りの感情のまま向かい振っているだけでは当たらない。

聖浄術を限界近くまで使ったせいもあってかほとんど力は残っていない。


「ふん! 効かぬわ!」


「っ!? どうして、どうして私はこんなに無力なの……?」


聖剣を振り払い弾く大魔王。

聖剣は虚無空間の闇の底に落ちていき見えなくなってしまった。

クーアは泣いた。

少女のように。


「こうなってしまってはもはや余と戦う余力も残っていないようだな!」


「ひっ!? な、なにこれ……」


「聖浄の勇者よ、その身体貰い受ける! そして貴様は死ねッ!」


大魔王の腹部から発生した無数の触手がクーアディアの身体に絡み付き、大魔王の光線で防具を溶かし、上半身を晒していく……


「いっ、いや! 入って来ないでっ!」


「ふはははッ!! 出ていけえ! 聖女よ!」


「そんな、嫌だ! 私の身体がこんな、魔王なんかにっ!?」


「がははははははっ!!! ありがとう聖女。余は新しい身体を手に入れた! 素晴らしい身体だ! これで余は最強の魔王になるであろう!」


光線で空けた小さな穴で真魔王は魂だけとなりクーアディアの身体へ入り込み。

泣き叫ぶクーアディアを追い出した。

追い出されたクーアディアの魂は真魔王の手で破壊された。

クーアディアの身体に大魔王の魂が宿ったことで銀色だった髪は紫に、蒼眼の瞳は赤く変化した。

高笑いする大魔王、両手を挙げ叫ぶ。


「さあ、出よ! 魔剣・ブラックルミナスよ」


「…………」


「おや? 魔剣化していないようだが?」


「アークもアークスも……あの女も死んだのか。魔王……」


「くくくっ! 久しいなぁ! かつての魔壊の勇者ルミナスよ」


大魔王の前に長い黒髪で黒眼の青年が現れる。

彼は大魔王を睨みつけ言った。


「我は……魔王! 貴様の思い通りになるつもりはない! 魔剣化などせん!」


「魔剣となり、余の力とならん」


「なっ!? くっ、貴様……まさか!」


「その通り、一つとなったこの身体に抗うことは不可能。さっさと魔剣化せい!」


「くっ! ぐわああああああ!!」


そんな叫びも虚しく魔王に抵抗も哀しく終わった。


黒髪の青年は魔剣と化した。

旧語で“魔剣・ブラックルミナス”という名前が描かれている。



「まずは魔剣……出よ! 聖剣・セイントアークスよ!」


大魔王が再び両手を挙げて叫ぶと先程、クーアディアが握り振るっていた聖剣が目前に姿を表した。

大魔王はその聖剣を掴み笑む。


「これで成すべきことはただ一つ!!」


大魔王は上へ上へ上がっていく。

上がり切った先にあったのは光輝く空とその中心に不自然に存在するたった一つの扉のみだった。


「ここがそうか……」


大魔王は迷うことなく豪快に扉を開き、中へ進む。


「む? 何者──君は……いや違う。このおぞましいほどの魂は」


「ほう? 貴様が創造神・ディスガリアか」


「……如何にも。まさか、天上神界へ至れるほどの大穴が開いてしまっていたとは」


その先にあったのは世界中を見ることが出来るモニターの数々。

しかし今は黒く塗り潰されているようで見えなかった。

そこにいたのは男とも女とも取れる全体的に中性的な顔立ちをしている人物だった。


「この世界、頂きに来た」


「世界を崩壊させただけでは飽きたらず世界そのものを欲したか……私がそう易々と世界創造と破壊のワールドキーを渡すと思うか?」


「必ず渡す。出なければ死ぬことになる!」


「私は死なない。この私が創造した世界で生きる者に殺せはしない」


大魔王は左手を差し出し確信めいた発言をする。

そんな少し自信過剰とも取れる言葉を聞いて創造神・ディスガリアであるらしい人物は無表情で淡々と語る。


だが大魔王は怒るわけではなく、逆に不敵な笑みを浮かべ言い放った。



「ふふふっ……果たして本当にそうか? これを見ても同じことが言えるか? この聖剣と魔剣の究極なる姿ッッ! 聖魔邪神剣を目にしてもッ!!」


「聖魔邪神剣……そんなものは聞いたことがない」


「別名・神殺剣ゴッドデストロイ。伝説の鍛冶師、ヘルスカイヤが造り出し、その末裔達が代々鍛え直してきた……神をも殺す奇跡の剣だ!」


「ヘルスカイヤ……神殺剣……今の時代においても存在していたか」


真魔王は聖剣・セイントアークスと魔剣・ブラックルミナスの二本を重ねるようにして握る。

するとその二つは輝きを放ち一つの剣となった。

上半分は淡い金色の光を帯びて神々しく、下半分は紫色の針のような分厚いトゲに覆われて禍々しく光っている。

その光は神力と魔力の輝きそのものだった。

その剣を大魔王はディスガリアに掲げて見せた。

それを見たディスガリアは神妙な面持ちで顎に手を当て見やる。

そんな姿を見てか、大魔王は勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「どうだ創造神? 恐ろしくて声も出まい?」


「いや、しかし……私が以前見たものとはだいぶ形が違うようだ。それに二本だったはず。一本にはならな──」


「ええいどうでもいいわ! 貴様がどのような知識を持っていようがこの剣が神殺す最終兵器であることには変わらん!」


「ふむ、確かに」


しかし大魔王の考えと、態度とは真逆にディスガリアはどこまでも冷静だった。

自分を殺すたった一つの武器を見せられてもまるで意に介さない。

ただ興味ありげに見るだけだった。

そんな態度が大魔王を苛立たせ、気に食わないと思わせる原因となっていた。

大魔王は焦っている。

それもそうだった。


アーククローンの放ったラグナロクセイバーにより、世界は崩壊へ向かっている。

ディスガリアを殺し、一刻も早く鍵を手に入れ、再生する必要があったからだ。

それも真魔王好みの暗黒世界に染めて。



「それにしても聖天使の翼がまるで堕天使のようだね」


「ふん! このような翼、余には必要ないな」


「それもそうか。それは彼女らの友情と愛情の証だ。君には持て余すだろう」


「そんなことはどうでもいいわ! 孤高の勇者アルケイド、大聖女アースガルナ……その末裔であるところのアースの子ら。大地神ドワームガ、天界最上位存在となった大聖天使ラスタリア、そして先程も挙げたどんなものでも武器に変貌させてしまう伝説の鍛聖ヘルスカイヤ……これら全て、貴様の差し金か」


「それは確かに私の手で等しく誕生させたものだ。だがそれは君も同じだろう? 私の手に余るという意味では変わらないよ。君の挙げた子達も君自身もね」


クーアディアの翼は髪の色や肌色と同じく変色してしまっていた。


純白の翼は黒く濁ってしまっている。


そのことについてディスガリアは然も残念そうに言うが、大魔王はくだらないと吐き捨てた。

大魔王は自分が見てきた者達は創造神の差し金ではないかと告げるがそれは当然だった。

この世界も生きとし生ける全てが創造神によって誕生したのだから。


「……貴様に創造と破壊が可能ならば余を消すことも出来たのではないか?」


「それは出来ない。何故ならそれは過干渉となり、世界創造のルールに反してしまう。一度誕生してしまったものはその世界に住む者達にしか消し去ることは出来ない。私は外から与えることは出来るが、外から奪うことは出来ないのだ」


「ならば内部からやればよいではないか」


「私、つまり創造主の内部干渉は世界の均衡を破壊してしまう危険性があってね……それも無理なんだ。残念だがね」


大魔王の問いに次々と饒舌に答えていく創造神ディスガリア。

大魔王は納得したかのように親指、人差し指とを弾き鳴らし、聖魔邪神剣を構えた。

その様子にディスガリアは小さく横に何度か首を振って気付けばその右手には杖が握られていた。



「戦いは避けられない、か」


「無論。貴様が余に鍵を寄越さぬならば力ずくで奪うまでよ」


空中へ浮遊するディスガリア。

杖を軽く振ると、天候が悪化し雷鳴と共に雷雲が現れて、いくつもの雷が真魔王目掛けて落ちていく。


「ふん! やる気になったか創造神よ!」


「私は争いは好まないが、これも世界のためだ」


それを軽快な足取りで避けていく。

続いて杖から放たれた攻撃は見ている暇もないほどの豪風だったがそれを真魔王は聖魔邪神剣で切り裂いた。


「なんだと!?」


「ふはははははっ!! この聖魔邪神剣に斬れないものなど存在せぬわ!」


「くっ……この私の絶対魔障壁がこうも容易く破れるとは!」


「この身体にはその絶対魔障壁をも使いこなすアークの記憶も力もある。無駄なことよ」


透かさず大魔王はディスガリアの前に立ち聖魔邪神剣を振るった。

その攻撃がディスガリアを護る強力な障壁を粉々に破壊してしまっていた。


そしてその障壁の奥にある創造神ディスガリアの身体の、心臓を貫いた。


「かはっ!? まさか本当に私が創造した世界で作られた武器がこの私に通用するとは……」


「言っただろう? この聖魔邪神剣は神をも殺す奇跡の剣だとな!」


ディスガリアが口から出した血反吐が地を汚し、口元を汚した。

そしてディスガリアの身体の色が徐々に薄まり始める。



「くっ……ならばっ!!」


「そんなものなど――ん? 貴様……今、何をした?」


「ふふっ……何、単なる最期の悪足掻きだよ。私が死んでも、この“世界達”は死なない証だ」


「……何を言っている?」


ディスガリアは再び杖から豪風を放った。

それを軽々と避けた真魔王だったが、その攻撃の中に一筋の光が見えたことを見逃さなかった。

それがいったい何なのか分からなかった。

きっとそれは目の前の身体の透明化が進むディスガリアにしか分からないだろう。


「世界は一つも欠けることなく繋がっているということさ。そう、一つ残らずね……」


「負け惜しみか、鍵は貰っていくぞ」


「ああ……もう時間か。聖魔邪神剣……そんなものが無ければ私はっ!」


そうこうしている間にも聖魔邪神剣の攻撃は続き、ディスガリアの身体は薄まり、そして光の粒となって弾けた。

ディスガリアの悲鳴の後に残ったのは


世界創造と破壊のワールドキーのみ。


真魔王はその鍵を掴むと高笑いを上げ、鍵を空へ掲げた。


世界が再生されていく。

黒く、光のない世界へ。


希望も夢も、青空なんて見ることも出来ない暗黒世界へ染まっていく。


これを防ぐことが出来るのは二人の勇者と二本の剣とそれを支える二人の巫女のみ。


そして時間は巻き戻る。

正しい世界を取り返すために。

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