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???「魔王に敗北」

俺と妹は勇者だった。

いや、正確には勇者家系だった。


そんな俺の妹は世界初の女性剣聖で聖浄のクーアディアと呼ばれている。

名前はクーアディア・D・アースガルナ。

長い髪をリボンでポニーテールに結っている。

俺たち二人は魔王城を進んでいた。


「…………」


「………………」


ただただ無言でただただ静かに。


「おかしい。何の気配もしないし魔物も、」


「確かに、妙だな……」


クーアディアの言う通り、何の気配もなく静かで不気味だった。

まるでここには誰もいないと告げているように。

だが進めば進むだけ大魔王の瘴気は濃くなる一方だ。

確信はないが俺の直感が大魔王はこの先にいると言っている気がした。


「やっぱり、貴方が魔王なんじゃないの?」


「……俺は違う」


「どうだか。まぁ、それは進んでいけば判ることか」


「…………」


クーアディアは未だに俺を魔王だと信じて疑わないといった様子。

無理もないか。

こいつには俺と共に過ごした記憶など欠片もないんだから、疑われなかったら逆に裏があるんじゃないか疑うレベルだ。


「うっ……何? この臭い……」


「こいつはきついな……」


進んでいる途中、血生臭さと瘴気が混じった異臭がする。

なんなんだ? この臭いは……


「もうすぐ、か」


「…………」


最上層まであと少しという具合。

クーアは黙々と歩き、瘴気は更に濃さを増し異臭も酷くなる。

そして最上層に辿り着いた時――


「っ!? て、テレス!」



「おい一人で行ったら危な――ファティマ!? おいっ、しっかりしろ! ファティマ!」


「無理だよ……死んでる。テレスも、もうっ……」


「くっ! ファティマ……どうしてこんなところに」


光の巫女天使と闇の巫女悪魔のテレスフィスとファティマリィの死体が血塗れで絶望しきった顔で倒れていた。

当然話し掛けても体を揺すっても反応はない。

だがおかしなことがある。

死んでから随分と時間が経っているのに体が消えていない。

人だろうと魔物だろうと関係なく命を落としたら最後には等しく光に還るはずが、今は――


「ふっ……フハハハハハッ! これは愉快愉快。貴様らの悲痛に歪んだ顔は傑作であるなぁ……なぁ? 勇者共よ」


「え? アルクゥ……なの?」


「…………いや、こいつは……」


背後から笑い声が聞こえたとほぼ同時か、テレスとファティマの体が光輝き弾け消えた。

背後を見る。

そこには俺達の祖国・アースガルナ王国の国王直属の親衛隊の隊長をしていたアルクゥ・アルスターの顔があった。

タテガミのような威厳ある金髪は確かに俺の知るアルクゥその人のものだった。

だがその顔は俺達が王子、王女だった時の優しさなどまるでなくおぞましいほどの悪意ある笑み。

人の身でそんな顔ができるのかと疑うほどの背筋が凍り付くほどの心から憎悪を感じるほどの笑み。

いや、できるはずがない! こいつは……こいつはっ!!


「どうしたのだ? この魔王を前にして恐れを抱いたか」


「え? 魔王? 本当に?」


「…………」


こいつが現れたと同時にあの二人の体は消えた。

死とは死の瞬間とはもっとも尊重されるべきこと。

決して死を遮ったりしてはならない。

それは死に往く者への冒涜。

死体をそのままに死を止めることは万死に値する! こいつはテレスの死に際をファティマの死に際を汚したんだ!


「あ、アーク!?」


「ほう……なんという殺気。目に見えるようだ……正に殺気のみで魔族を殺さんとするか。まこと、恐ろしい男よなぁ。魔壊の勇者よ」



「クーア……一度距離を取るぞ」


「え? ぁ、うん……」


「ほぅ……怒りに任せては来ぬか。あの国のニンゲンにしては頭が回るではないか」


魔王に飛び掛かるのは簡単だ。

だがそれではこいつには勝てない。

言い伝えによると大聖女アースガルナ伝説の前までは勇者はたった一人。

それまでは決まって一人だったんだ。

だがそれ以降の時代の勇者は決まって二人以上で魔王を倒している。

つまり今、俺が感情のままに奴に攻撃を仕掛けても勝てる可能性がガクンと低くなる。

ここは言い伝えに倣って二人で仕掛けるのが妥当だ。


「クーア……決してテレスを殺された怒りを奴に向けるんじゃないぞ」



「は? 奴に今、怒りをぶつけなくていつぶつけろと言うの!?」


「落ち着け。何も怒りをぶつけるなとは言ってない。ぶつけ方が問題なんだ」


「ぶつけ方?」


「テレスもファティマも奴に殺された。それは揺るぎない事実のはず。だが怒り任せに奴に斬りかかって、二人が喜ぶか?」


「それは……」


冷静に冷徹に魔王に大して無慈悲な心を持たないといけない。

勇者の怒りを冷厳に冷然とした感情に変えて事を成さなければ魔王を討ち取ることは恐らくできない。


「怒るな、冷厳であれ。それがテレスやファティマ、俺やお前の大切な人達を守ることに繋がる」


「で、でも……」


「奴を倒せば世界を救い、大切な人達を守るだけじゃない。テレスの仇を討ったことと同義だ」


「大切な人を、テレスの仇を討ったことと同義……」


「冷厳に徹しろよ……? 俺達は魔王を討ち、世界を守り、ファティマたちの仇を討つんだ……」


「……うん、わかった……」


クーアは聖剣・セイントアークスを抜き、俺は愛刀・勇身夜桜いさみよざくらを抜刀する。

クーアディアの顔に一切の迷いが消えた。

これが勇者の顔付きか。



「ククククッ! 余に殺される話し合いは終わったのかぁ? 勇者共よ」


「なにふざけたことを言ってやがる……していたのはお前を殺す相談だぜ?」


「余を殺す相談だと……? クククッ! この大魔王・デスラスカオスを殺すだと? フヒヒヒヒッ! アーハッハッハッハー!! 愚かすぎて笑いが止まらんぞぉ? 勇者ぁ!」


「…………」


笑い転げていやがる。

なめてやがると後悔するのはお前の方だぜ? 真魔王。



「……クーア」


「ん? なに?」


「好きに動け。俺はお前にタイミングを合わせる」


「好きに動けって……どういうこと?」


「説明している余裕はない。来るぞ!」


「……っ!?」


俺はクーアディアに到底、作戦とは呼べない作戦を伝える。

クーアディアは俺の言葉の真意を読み取れなかったようだが、読み取る必要はない。

クーアディアが好き放題動けば必ず真魔王に隙が生まれるはずだ。


「は! はっ! やぁぁぁぁッ!!」


「フッ。そのような太刀捌きで余がどうなるはずがなかろうがあああああっ!!」


「くっ! やはりそう簡単にはいかないか」


真魔王の剣をかわす。

クーアディアは後ろへ下がり、攻撃の隙を窺う。

俺はクーアディアが攻撃に加わる隙を作るため、刀を振るい小技で攻め、一発そこそこ強力な一撃を放つ。

しかし易々と弾き返されてしまった。

やはり親衛隊長のアルクゥの体。

それに大魔王の圧倒的な力が合わさり、隙を作るにはなかなか苦労しそうだ。


「はぁぁぁぁっ! せあっ!!」


「ふん! 来おったか!」


「…………」



「やっ! やあぁっ!! であぁぁぁッ!」


「ふん! そのような攻撃が――何!?」


「よし……いくぜぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


攻撃の隙ができたのかクーアディアは大魔王に斬り込む。

クーアディアの太刀捌きは最初こそ真っ直ぐで素直なものだったが次第に変則的なものへ変わる。

それと同時に動きまでもが予測が不可能な領域へ到達していく。

ダリアス流という臨機応変、大胆不敵な身のこなしを要求される剣術を最大限に発揮している。

それに加え、剣聖独自の戦闘剣舞術が合わさり大魔王すらも翻弄する。

それが大魔王の動揺を誘い、その隙を狙って俺も刀を振るって大魔王に斬りかかる。


「こ、この! 糞共が!」


「や! やぁっ! でやああああっ!!」


「らっ! うららっ! うっらあああああっ!!」


入れ替わり立ち替わり大魔王へ刀を剣を振るっていく。

時にはタイミングを見計らい同時攻撃を仕掛ける。


「くっ……なんという連携。まるで先ほどまで敵視していた者同士とは思えぬ」


「…………」


「何を言っている? まだこんなものじゃないぜ?」


「……アーク」


「ああ!」


一度小休止するように様子を窺うように離れ、言葉を交わす。

しかしすぐにクーアディアに名前を呼ばれアイコンタクトを受け取ると体と頭でクーアディアの動きに合わせて動いて真魔王に再び斬りかかる。


「ふん! 余が貴様ら何ぞにやられるものか」




「せいっ! はあぁぁぁぁっ」


「はっ! でやああああっ!!」


「くっ! 小賢しいわ!(一人を斬り伏せるまでにはそんなに時間は掛からぬ。しかしそこに到達するにはもう片方が邪魔じゃ。片方は全く何物にも囚われない自由すぎるがその動きに一切の無駄はなく素早く滑らか。もう片方は自由度はさほどではないが真っ直ぐも鋭く重い的確な攻撃……正に真逆。だというのに何故こうもタイミングが合う?)」


「はっ……二人がかりだってのに全然堪えやがらねぇ……」



やはり真魔王は強い。

クーアディアは自らの力をフルに発揮している。

そのクーアディアの動きに合わせて時には一瞬でも剣が鈍らないようにサポートにだって回っているというのになかなか決まらない。


「ぐ、ぐぬぅっ!?(偶然ではない。明らかにタイミングを合わせに来ている。女の方には合わせる気などは全く感じられん。むしろ我が思いのままに好き勝手に動いているように見える……ならば男の方か。まったく憎らしい……)」


「っ!? 見えた! クーア! タイミングを俺に合わせろ!」


「え? うん、わかった!」


「このまま一気に畳み掛ける!」


「なら私も全力でいく!」



「ぐっ! ぐぐっ!?(バカな! いったいどこからこのような力が!?)」


「くらえ! 魔王激烈――」


「聖王断罪――」


「「けえええええんっ!!」」


「ぐおおぉぉぉぉっ!?」



俺とクーアディアはひたすらに斬り刻む。

そして俺は魔をクーアディアは聖の力をその一振りの剣、刀に込めて解き放った。

それは魔王城の頑丈な壁を突き破って天井がなくなってもまだ余りあるほどの威力。



「やったか!?」


「くっ……クククククッ!! アーハッハッハ! 面白い。面白いぞ……勇者共! よもや、我が呪いの力で代々、力が失われていく中でこれほどの力を有していようとはな!」


「な……に……?」


「嘘、でしょ……? 私は確かに全力でやったのに」


「……少し遊んでやろうと思ったが終いだ。早々に決着をつけてやるぞ」


「くっ!」


しかし魔王は立っていた。

一瞬、表情が歪んでいるように見えたがすぐ高笑いを上げた。

あれほどの攻撃を受けていながら堪えていないのか? いや、そんなはずはない……

俺とクーアディアは戦いはまだ終わっていないことを悟ると再び刀を剣を構える。




「フハハハハハッ! どうした? かかっては来ぬのか! 先ほどのように勇猛果敢に余に歯向かってみよ!」


「あ、アーク……」


「くっ……」


別に大魔王を倒す気力がなくなったわけじゃない。

ただ腕も足も震えて動けない。

滝のように額から汗が吹き出る。

大魔王は確かに恐ろしい。

だがそれ以上に恐ろしいのはその大魔王の背後に浮いている八つもある謎の円形の物体。

デフォルメされているようで小さな手足があって一見すると可愛らしい少年少女を連想させるがその物体からは禍々しいものを感じる。

俺の戦闘種族としての勘が奴は危険だと告げている。

今すぐこの場から逃げ出せと告げている……!

どうやらクーアディアも同じらしくその顔からは動揺の色が露になっている。


「フッ……ならばこちらからいくぞ? ゆけぇっ! 死の魔道具よ! 奴らの血という血を! 肉という肉を! 魔力という魔力を! 死ぬまで搾り、骨の隅々までしゃぶり尽くせ!」


「くっ! 早い!」


「うっ……はやっ――あがっ!?」


「クーア! くそ、邪魔だ! どけえええええッ! 鬱陶しいんだよこの糞共があああああッ!! はぁぁぁぁぁぁっ!!」


「……ふむ」


大魔王の命令の声に死の魔道具と呼ばれた八つの円形物体は一斉に俺とクーアディアに襲い掛かる。

そのスピードは今まで戦ってきた誰よりも速く、反応するだけで、剣を振るって薙ぎ倒すのがやっとという具合。

大したダメージではないらしく叩いても叩いてもすぐに群がってくる。

そんな時、クーアディアの短い悲鳴が聞こえてくる。

俺は一、二もなく邪魔立てする円形物体を薙ぎ払い、クーアディアにくっついている何故かその円形の体を眩く光らせた物体を斬りつける。

斬り伏せることはできなかったがクーアディアから離れた。

傷は一応、付いているように見えるが素早い動きに変わりはない……


「あ、アーク……その、ありがとう……」


「……いや」


一応クーアディアは俺に礼を言うが、クーアディアの顔色は優れない。

何をあの物体から吸い取られたのか判らないが命の危険があるということだけはその顔から察することはできる。

この短時間でクーアディアはどれほどのパワーを奪われたのか考えたくもない。


「良いぜ……かかってきな。このアーク・アースガルナが貴様ら全部をまとめて相手になってやる。ただぶっ壊れても知らないぜ? てめえら相手じゃ、手加減できそうにないからな……」


「あ、アーク……私も、」


「お前は下がってろ。こいつは俺一人でやる」


「……やはりそうか。そうであるか……」


「は? 何が、そうか、なんだよ?」


「…………」


クーアディアを庇うように前へ出て妖刀・勇身夜桜を構えて円形物体共を睨み付けながら言い放つ。

そこで何故か大魔王・デスラスカオスが何か得心したように呟いた。


「……どちらも亡き者にしたいのは変わらぬが、厄介なのは魔壊の勇者、貴様のようだ。ならば先に厄介な方を始末しなければならん」


「なんだ? この期に及んで、俺と決闘でもしたくなったか?」


「フッ……確かにそれも面白そうではあるが余は直接、手は下さん。貴様を殺すのはこの死の魔道具たちよ!」


「なっ!? ちぃっ!」


「フハハハハハッ! 足掻け足掻け! そして死ねい!」


「このっ! はぁぁぁぁぁっ!!」





「無駄だ無駄だ! 貴様の太刀筋などで死の魔道具を破壊することは叶わぬ!」


「そうか……やはりこの辺りが限界か」


「なぬっ!? き、貴様……何故、剣を仕舞う? もはや戦う気力すら尽きたか!? それとも余を愚弄しておるのか!?」


「んなわけあるか。勘違いするな。元々、俺には剣は性に合わないんだ。こっちの方がやり易い」


刀を鞘に収める。

そのことが余ほど意外だったのか焦りを生む。

だがどうにかできる気はしなかった。

死の魔道具と呼ばれる物体達は俺を囲むように浮いている。


「ほぅ……では見せてもらおうか」


「ファティマリィデビル!」


「空中戦か……貴様は空中戦は得意だったのか?」



「良いからさっさとかかって来いよ。見事全て叩き落としてやっぜ?」


「ふん! ナメた口を。ゆけえっ! 死の魔道具たちよ!」


俺はそう叫び、俺の背中に悪魔の翼が、そして尾てい骨辺りに悪魔の尻尾が発現する。

その悪魔の翼を利用して屋根の無くなった空へ飛び上がり浮遊する。

世界を、ディスガリアを救う鍵らしい巫女悪魔のファティマと契約を交わして手に入れた悪魔の翼。

どうやらこれはファティマが死んだ後でも有効らしい。


俺は魔王城内部を見下ろす。

奴の真魔王の狙いは俺のみ。

少なくとも俺が死ぬまではクーアディアに危害は及ばないだろう。

さっきからクーアディアを見もしないのがその証拠だ。

俺は大魔王に向けて言いつつ円形物体に手招くように挑発めいた行動を取る。


「いくぜ……死の魔道具!」


「果たして貴様に死の魔道具をどうにかできるかな?」


「……ふん! はっ! せいっ!」


やはりだ。

やはり魔王は油断している。

この期に及んでまだ遊ぶことをやめきれないでいる。

魔王特有の自信。

それが過信であることも知らずに奴は傍観している。

それが命取りになることも知らずに。


「ぐぬぬ……! 何故捉え切れぬ!? 奴は素手、幾度となく絡む機会はあるというのに。やはりスピードを速めるか」


「…………」


どれくらい時間が経っただろうか。

紅茶三杯分、大魔王が業を煮やすくらいの時間は経ったのは解るが。

とりあえず八体の死の魔道具とやら全てに拳と脚での攻撃を繰り出す合間、合間の時間で少しずつだが目では視認できないほどの細かな見えない魔力の鎖で緩めに縛ることはできたが……

これで上手くいくだろうか? いや、いかせるしかない。

恐らくチャンスは次、大魔王が仕掛けてきた時の一度だけだ。

集中しろ、俺。

失敗は許されないんだ……


「ゆけえっ! 奴を捕らえよ!」


「っ!? かかった! 捕らえられるのは、大魔王! 貴様だああああああッ!!」


「な、なに!? 何故、余のところに来る!? ぐっ、ぐあああっ!!」


「えっ……どうして?」


先ほどよりも早い、死の魔道具。

しかし視認できないほどのスピードではなかった。

大魔王の命令に従って動こうとした八つの死の魔道具を魔力の鎖で縛り上げる。

そして操り人形のように鎖を動かし、大魔王に取り付かせる。

クーアが驚くのも無理もない。

自慢じゃないがこんなに繊細に魔力を操作できるのは世界広しといえども俺くらいのものだろう。


「ぐぐっ! ぐわあああっ!? 謀ったな、勇者ぁッ!!」


「何を言ってやがる? 赤子に乳をやるのは親の役目だろう? さしずめ、死の魔道具共は魔力という乳をねだる赤子で、お前はねだられる女親というわけだ」


「何をわけの解らぬことを!」



「そうか? 赤子に飯を食わせるのも世話をするのも親の役目だろ? まぁ、何でもいいさ。少々、無理矢理感はあるが、てめぇのガキだったらそれくらいが丁度良いってもんだろ?」


「ぐぐっ!? ふざけるな! すぐにこれを外せ!」


「何故、俺が外してやらなければならないんだ? ほら、お前の子供たちが欲しがってるぜ? たぁんと飲ませてやりなッ!!」


我ながら素晴らしい例えだと思った。

天才すぎるだろ、俺。

大魔王の言葉には、すげない返事をして魔力の鎖で縛り上げる。

八つの死の魔道具が光りを放ち始める。

どうやら魔力を吸収し始めたらしい。




「ぐっ、ぐおおぉぉっ!? ふ、ふざけるな……私は、余は貴様の思い通りにはならん! 決してならんぞおおおおおッ!!!」


「な、なに!? 魔力の鎖が焼き切れた!?」


「ふ……ふふふふっ、ははははははっ!! …………く、くそ……つ、つまらん……つまらんつまらんつまらんつまらんつまらぬ! このような辱しめを受けたのは何千年ぶりか! 許さぬ許さぬ許さぬッ!! 魔壊の勇者! 貴様だけはどんなことがあろうと生かしては帰さぬぞ!」


「なっ……早い……しかも動きもどこかおかしい。どうなってやがる」


大魔王の魔力のオーラ……魔力圧で焼き切れた。

大魔王の頭もぶちギレたのか鬼の形相を浮かべて死の魔道具が高速で乱舞する。

もはや目で追うことが不可能なくらい速い。

死の魔道具たちが動いた跡の音のみが何処を移動したのかを教えてくれた。

その音を辿っていくと動きが不規則すぎる。

たとえ、目で追えていたとしても上手くかわせたか怪しい。


わざと当てに来ていないように見える。


「ふはははははは! どうした勇者、かかって来ぬのか!?」


「…………」


「な、なんだ……何故黙る? ま、まさか、まだ何か隠しておるのか!?」


「………………」


手など全くない。

万策尽きたとはこの事だ。

策、何かないのか? 策は……


「ふん! 策があるなら見せてみるがよい! あるのならばな!」


「くそっ! どうにでもなれえええっ!!」


「グギギギギィィッ!!」


「はっ! せいっ! こ、このっ――なっ、ぐがっ!?」


「あ、アーク!」


「おっと。貴様は後で相手をしてやる。今は大人しくしておるのだな? あはははははっ!」


「……くっ!」




早い。

早いだけじゃなく硬く、そして予測のできない動きに対処ができない。

そして終いには捉えられてしまった。

取り付かれて初めて解る、こいつらは見た目よりも全然重い。

全身から力が抜けていく……悪魔の翼を以て浮遊していることすら儘ならず魔王城内に落下する。


「ほほぅ……? 空中戦はもう終いか?」


「終わりなもん……かよ……」


「その割りにはかなりつらそうに見えるぞ」


「……っく……うぐっ!?」


予想以上の吸収スピード。

生命活動に関わる全てが吸い取られていくような錯覚が――いや、これは錯覚なのか? 錯覚などではなく事実、命に関わる力という力がこの八体もの死の魔道具と呼ばれる存在に吸い尽くされているんじゃないか?


「ふははははっ! 貴様の命も、もはやここまでよ。死の魔道具は一体につき、大魔導士、一千万人分相当もの魔力を余裕で吸収できる。貴様など骨すらも残らんだろうなぁ?」


「…………」


一体だけで大魔導士一千万人分だって? なんだよ、そりゃ……

一体だけでもやべえってのに八体もいるなんて、絶望すると同時に戦慄する。



「アーク……」


「それにしてもなかなか時間がかかるな。ここは一つ、余が引導をくれてやろうか」


「ふ、ふざけるんじゃねぇぜ? このアークがこのようなところでくたばる……わけねぇだろ? 俺は……俺を……っ」


だがこんな、こんな奴らに力を吸い尽くされて死ぬなんざ、認められねぇ。

何より死んでも死に切れねぇだろ、こんなの……

今まで散々戦ってきたがこんな死に様は御免だ。


俺の中の戦闘種族アースガルナ人の誇りがそんな死に方は許さないと告げている。

全身の血が怒りで沸き起こるのを感じる。


気付けば俺はよろめきながらも立ち上がっていた。


「ほぅ? 俺を、なんなのだぁ?」


「俺を、俺達を侮るんじゃねぇよ……アースガルナ人の血は、アースガルナ人の力はな……まだまだこんなもんじゃ、ねぇんだよ……」


「何を訳の解らぬことを言う? 貴様の力など、高が知れておろうが!」


このまま死んじゃ、アースガルナ王家、末代までの恥だ。

そんな恥を晒すつもりも、恥を背負わせるつもりもない。

こいつは、大魔王は俺達、アースガルナ人をナメ切ってる。

俺達、アースガルナ人はこんなものじゃない。

そんなすぐに死ねるほど生易しくはないんだよっ!!

俺は誇りのため、これからを生きる全てのアースガルナ人のためにこんなところじゃ、到底死ねないッ!!


「だからっ! 俺をクーアを――アースガルナ人の底力ってやつを侮るんじゃねええええええッッ!!!」


「なっ、なにぃっ!? し、死ねえーっ! この剣を以て息絶えよ、勇者ああああああッ!!」


「なっ――あがっ!? かはっ!?」


俺は確かに八体もの死の魔道具が弾ける音を聞いた、聞いた気がした。

多分、俺の溢れ出た魔力を吸い過ぎたんだろう。

高すぎる魔力濃度は時に死へ繋がる。

だがそんなことをぼんやり考えている余裕もすぐに消え失せる。


何故なら真魔王が、デスラスカオスが俺の腹をその剣で貫いていたからだ。


「ふふふふっ! まさか、死の魔道具を破壊されるとは思いもよらなかったが、これで終いだ。魔壊の勇者、貴様の名は決して忘れぬぞ?」


「…………とう、ざん……」


「んん? なんだと? 死ぬ間際となって、ついに訳の解らぬことを口走るようになったのか?」


「……抜刀! 魔斬剣!」


「ぐがああああ!? な、何故、未だそんな力が残っている? なぜ……ぐおおぉ……!」


「はぁ……はぁ……っ! バカがッ! 俺を、アースガルナ人の底力を侮るなと……今しがた俺が……言った……のを……もう……忘れ、た、のか……?うっ、はぁ、はぁ……くっ」


「アーク!」


俺は何度あるかわからない油断した大魔王・デスラスカオスの隙を突き、渾身の力をその刀、勇身夜桜に込めて解き放った。

刀が綺麗に大魔王の体を裂いた。

切断できるほどではないにしても破壊の魔と呼ばれる力を解き放ったんだ。

大魔王といえども無事では済まないはずだ。

これがもし――魔剣・ブラックルミナスだったなら大魔王、というかアルクゥの体は跡形も微塵も残ることなく消滅していただろうな。

しかし、力を奪われすぎたのか抜刀魔斬剣で力を使いすぎたのか体がよろめいたところをクーアになんとか支えられてやっと立っていられるという状況。

こんなんでまともに戦えるのか……


「ぐおおぉぉぉっ!! 体が、体の細胞が焼き焦げるぅぅ!? い、いいっ、痛いぃぃ!?」


「……アーク、あれって、やったの?」


「いや、かなり弱まったと思うがどうやら奴を仕留めるには些か力が足りなかったらしい」


「それじゃあ……」


「あぁ……まだ終わっていない」


奴の苦しむ姿は尋常ではない。

どうやら直接、破壊の魔力の力を受けるとあのように抜群の効果を発揮するらしい。

だが、今の俺には奴を殺せるほどの力はもはや残ってはいない。

座して死を待つのみ。

だがそんなことはしたくない。

したくないが、今の俺にはクーアディアの邪魔にしかならない。


「ゆ、許さぬぞ……魔力の鎖などで余を蹂躙し辱しめ、あまつさえ隙を突き、余に楯突き、このような傷を……これほどまでの屈辱! 奴と、アースガルナと同等……いやそれ以上に憎き存在となった貴様にはもはや慈悲もない。早々にこの世から、余の目の前から、この余の手で葬ってくれるわッ!!」


「くそ……なんて魔力圧だ。だいぶ削ったと思ったがまさか、これほどまでに差があったとはな……」


「くっ! ならば今度こそ私が」


「いや、ここは俺に任せてくれ」


「で、でも……その体じゃ……」


「頼む。ここは俺に……」


「……。わかった。でも危なくなったら助けるよ?」


「あぁ、その時は頼む」


どうやら奴はだいぶ頭にキテるらしい。

奴の魔力圧だけで城内全体の重力が重くなった気すらする。

奴は俺を殺すことにしか頭にないように見える。

俺がやらなければ。

奴をなんとかしなければ……

俺はクーアディアに必死に懇願すると許しをもらって、単独で前に出る。



「ほぉ……? そのようなボロボロの体で余と戦うと申すか」


「ふん! 余もナメられたものだな!」


「っ!? 効かない……?」


残った力を振り絞り、拳をぶつけるが通らない。

その間にも何度かぶつかり、残る少ない魔力で魔法を放ってみるが何か見えない何かに阻まれたように感じた。

だがそれならいったい、何に俺は――俺の拳や魔法は何に阻まれたと言うんだ?



「クククッ! 当然だ。もはや余には貴様ら勇者――いや? 何者の攻撃も通りはしないのだからなッッ!!!」



「なん……だと……?」


「ふははははははっ!! 絶望しながら死んでゆくがよい、アーク・アースガルナよ!」


「くっ! いったい、なぜ、効かない!?」


「はひひひひひ!!あーはっはっはっ!! 思えばこんなに楽しいことは他にはない! アーク・アースガルナという、もっとも憎き名前を二つも持つ者をこの手で葬れるのだからな!」


「くっ、魔光け――」


「死ぬがよい! デスクロォォォッ!!」


「なっ!? がふぁはっ!?」


「あ、アークぅぅっ!!!」


クーアディアは助けに来れないことは解っていた。

デスラスカオスと俺の戦いはもはや誰にも見届けることはできない。

ただ見届けることができるとすれば敗者の死に様ぐらいか。

結局、俺の攻撃は一度として通らず得意技だった魔光拳すらも通らない。


入ったのはデスラスカオスの腕。

その腕は俺の心臓を恐らく貫いた。

敗者は―――俺だ。










俺は何度殺されただろうか。

剣聖となった妹に魔王扱いされて殺され、それを回避しても結局、本物の魔王に殺される。


「ふ……ふはははっ! 愚かよのぅ。魔壊の勇者・アークよ! 余に仇なさなければ、ほんの少しの時間でも生き長らえたものを。まことに、愚かな奴よなぁ!」


「! えっ……お兄、さま……?」



「俺は死ぬのか、また……」



「アークお兄、さま……」


「やっと、思い出したか。クーア──いや、クーアディア」


仰向けに倒れてる俺。

少し前に後退したらしき魔王が腕を組んで高笑いしている。

目前には涙を流す妹の姿があった。

おかしいな今頃になってやっと妹のクーアディアに再会できた実感が湧いて来やがった。


「はい、今、思い出しました。本当に今頃になって……」


「いや良いんだ。悪いな。どうやら今回も俺は駄目だったらしい。今更思い出して悪いが」



「そ、そんなことは……」


「クーアディア、手を出せ」


「え?」


俺が、俺達が思い出したということはどうやら一族の、アースガルナ王族に掛けられた魔王の呪いが解けつつあるらしい。

解けるのは俺か妹の死が確定した時だと甦った記憶が言っている。

つまりはこの記憶そのものが俺が死ぬことを伝えているわけだ。

俺はそんなことを考えながら差し出された妹の手に触れる。


「え……これって」


「お前に俺の持つ力の全てを余すことなく託した。勝手だと思うかもしれない。だがどうか魔王を倒してくれ……自分のため、世界のために――」


闇色に光り輝く妹の身体。

俺の力の全てを妹に託したせいか身体も意識も薄まっていく。


これで俺の役目は終わったってことなのか。




「いや! 駄目! 死なないでっ、アークお兄さまああああっ!!」


妹が俺の名前を叫ぶ声をバックに意識がぷつりと途切れた。

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