❓❓❓「大聖女・アースガルナの伝説」
魔王の瘴気に汚染された大地。
人々は彷徨うばかり。
魔王勢に立ち向かう戦士達がいた。
しかし彼らの攻撃は通じず。
そればかりか今まで古より伝わってきた気の力も魔王には通用しなかった。
そんな時、とある少女に不思議な力が授けられた。
その力、何者も癒し、どんな毒気も浄化し、祓う。
そんな彼女を人々は聖女と呼んだ。
聖女の名はアースガルナ。若干六才にしてその力を授かった。
それから二年ほどの歳月が経過したある日。
とある預言者が神託を受けたという。
その預言者は世界・ディスガリアを救う勇者の名を聞いたという。
その勇者の名はアースガルナ……そう、それは噂の聖女の名だった。
アースガルナはノンキだった。
教会に行き、神に祈りを捧げる毎日。
聖女になってもそれは変わりはしなかった。
勇者と聖女の名が世界中に知れ渡った時、各国はその二つの力を持った少女の力がほしいことと、勇者として育ってもらわなければという焦りもあったが、最終的にはアースガルナの出身国に任せることが決まった。
勇者としての力をつけるならやはり旅が一番だろうと考え、半ば強引にアースガルナを旅に出させた。
アースガルナにはその聖女の癒しの力でディスガリア中の人達を救うという命令を下して。
そしてアースガルナは世界中の人々を癒し、魔王の瘴気で汚染された土地を浄化して回った。
しかし真の目的は勇者として経験を積むこと。
アースガルナは嫌がったが仕方なしに武器である剣を振るった。
それから言われるがままに剣を振るい、十一になる頃には世界でも五本の指には入る強さの戦士を負かすほどに強くなり、その上達の早さは信じられないものだった。そしてそれを見た誰もが思った。
“アースガルナ様は魔王を倒す勇者に間違いない”と。
十二歳の頃、アースガルナは神のように崇められ、旅の先々では普通なら信じられないほどの扱いを受けていた。
魔王の力は更に増すばかりだったが、アースガルナには未だ勇者としての自覚がなかった。
そんなある日、一人の若者がアースガルナに言い放った。
「アナタは勇者としての自覚がなさすぎます! アナタは魔王を倒す勇者様なのですよ!」
アースガルナはその言葉に雷を撃たれたように固まった。
勇者――アースガルナは自分が勇者だとこの時、初めて自覚し、知ったのだ。
周りの者も王も今までアースガルナが勇者ということをひた隠しにしていた。
勇者という重圧に耐えかね、逃げ出してしまうことを恐れていたのだ。
ならば旅を通じて自分が勇者であると自然に意識してもらえればいいと考えていた。
この時、アースガルナは全てを悟った。
何故、聖女である自分が武器などで戦わせられてきたのか、それは勇者として魔王を倒すため。
この日を境に勇者は人々の前から姿を消した。
“やはり逃げたか”そう誰もが思った。
「私が勇者……魔王を倒す勇者…………」
しかしアースガルナはただ逃げたわけではなかった。
勇者として自分が何が出来るか考えた結果、人々を避けたのだ。
勇者として自覚したことにより、アースガルナに新しい力が目覚めた。
それは闇の力。
聖女としての力が光の聖なる力ならば、まったく反対の力で自分は聖女などではないのではないかと考える彼女だったが、今は聖女としての自分より、勇者として自分が何が出来るのか、それを優先することにした。
勇者・アースガルナは光と闇の力で色々なことを試した。
それから四年もの月日が流れた。
勇者は闇と光の力で応用に応用を重ね、魔王を倒すための法術を完成させていた。
最初は水・火・土・風などを起こせるぐらいだったが力を磨いてるうちに威力も技も大きなものになり、炎と土、水と風――といった他のものを組み合わせることも可能になっていた。
最初は自然などの力を借りていたが力を磨き上げているうちに自然や精霊などの力を借りずとも扱えるようになっていた。
「これならきっと魔王にも対抗出来ます。ありがとうございます神様! 私にこの力を授けてくださって……私は必ず、勇者として魔王を倒し、ディスガリア中を笑顔に――」
数ヶ月が経過したある日。
勇者・アースガルナは再び人々の前に姿を現した。
人々はその勇ましいとも思える自信に満ちた姿を見て涙した。
勇者は見てもらう方が早いだろうと思い、魔王を倒すための法術――魔法術を披露した。
人々は驚き、震えた。
そこから更に自分が今までやってきたことを全て説明し、ここにいる皆さんもきっと使えます。
と言った。
その言葉に更に人々は驚愕の色を浮かべた。
アースガルナは人々の体に触れ、魔法の素質を目覚めさせる。
人々はやがて、魔法が当たり前のように使えるようになっていた。
だがアースガルナはあることに気付いた。
自分を上回る力どころか互角ほどの力を持った人物がいないことに。
そして更に驚くべき事実が分かってしまった。
それは魔法を教えた時よりも力が弱まっている人がいたことに。
アースガルナはそれは何故か調べ、気付いた。
気、生命の力が弱まっていると同時に魔法の力も弱まっていたのだ。
魔法があまりにも便利すぎて気を使うことがなくなり魔法の威力が極端に下がっていたのだ。
何故だか分からなかったが気の大きさによって魔法の威力や発動時間短縮や魔法力の消費減等が気の力と大きく関わっていた。
このままでは魔王どころか魔物にすら勝てるかどうか分からなかった。
その危険を恐れたアースガルナは急ぎ、気の力も日常的に使うようにと教えていったが人々は頷くだけで実際にアースガルナが言ったことを実行することはなかった。
そんな様子を見たアースガルナは人類に絶望していた。
「私はいったい、何のために…っ…」
この四年間の勇者として費やした日々はなんだったのだろうと。
もし一人で魔王を倒したところで何が残るのかとアースガルナは考えた。
「でも私は聖女であり、勇者……神様に誓ったように魔王は必ず」
魔王を倒しても何も見出だせる気はしなかったが、自分に課せられた使命のままに魔王を倒すことだけを考えようと心に誓った。
もはや彼女を突き動かしているのは勇者としての使命のみだった。
準備を整えた勇者は魔王を倒す旅に――
「お待ちになってください、勇者様!」
「? あ……」
城下街を出るところに現れたのは四人の女性。
その姿を見てアースガルナは感動の涙を流した。
それはその四人を見ただけで気と魔力が満ちていることが分かったからだった。
それでもアースガルナには及ばなかったが今まで見てきた誰よりも輝いて見えた。
アースガルナはこの人達とならきっと魔王を倒せると心からそう思った。
まだ自分の言葉を聞いてくれる者がいたのだと――その事実に感動したのだった。
アースガルナは旅の末にその四人と瘴気が深く濃い魔王の城に辿り着き、見事に魔王を倒した。しかし――
「おのれええぇッ!! 勇者あぁあああッ!」
「っ……何?」
魔王が倒れる寸前に黒く球状の玉を勇者に放つ。
勇者はそれを受けるが、大したダメージではなかった。
「フハハハハハッ! これで貴様はおしまいだ! 余は何度でも甦る! しかし貴様はどうだ? 貴様は余の三つの呪いにより来世より苦しむが良いッッ!!」
「の、呪い……? そういえば急に体が重くなったような感覚が――」
「大丈夫ですか勇者様!?」
「三つの呪いっていったいなんなんだい?」
倒れた魔王の言葉に勇者は胸を押さえる。
そんな勇者の様子を桃色の羽根の天使、ラスタリアは心配した様子で声を掛ける。
そして女戦士は倒れた魔王を睨みながら訊く。
「フッフッフッ……どうせ覚えてはいないだろう。特別に教えてやろう」
「早く言えっ!」
「フッ……一つ目は転生した時、魂が分けられ、力も分けられる……二つの身体にな」
「魂と力が……」
もはやすぐに魔王を葬ることは出来たが、アースガルナに掛けられた魔王の呪いがどのようなものなのかを知るため、五人は魔王を見る。
「呪い二つ目は転生時に勇者としての記憶を全て失う」
「それって普通のことじゃないのかい?」
「確か、世界に大きく貢献した者は記憶を引き継いで転生することが出来ます。記憶継承転生という名称だったはずです」
「…………」
女戦士・ヘルスカイヤの疑問に天使のラスタリアが答える。
「そうか……じゃあガルナの場合はそのなんとか転生ってやつが出来るのか」
「記憶継承転生です」
ヘルスカイヤの言葉に透かさずラスタリアが言う。
「み、三つ目! 三つ目の呪いは?」
「三つ目ぇ? フハハハハハッ! それは教えん。余が復活するまでに対策されては困るのでな。精々苦しむがいい勇者――」
勇者・アースガルナは三つ目の呪いを問うが魔王は答えることはなかった。
そして最後まで言えず葬り去った。
それはアースガルナがとどめを刺したからだった。
「ガルナ……お前………」
「帰りましょう。もう魔王は倒した……なのでもうここに用はありません」
「ああ……そう、だな」
女戦士ヘルスカイヤはアースガルナの様子が一瞬、少しだけおかしいことが気になった。
ヘルスカイヤの目にはアースガルナの横顔が一瞬、狂喜に満ちた顔に映ったのだが、自分たちが信じる勇者がそんな顔をするはずがないと、きっと気のせいだと、気のせいだということにした。
そして勇者一行は魔王城を後にする。すると――
「! 魔王の城が」
「崩壊していく……」
魔王の城は崩れ、ガレキの山と化した。
そして瘴気も消滅し、辺りの景色が晴れ渡る。
「終わったんだな……」
「うん、間違いないわ。終わった。私達が魔王を倒したことでね?」
女戦士の言葉にエルフのエルスフィスは肯定し笑みを浮かべた。
それから勇者達は世界中を訪れ、魔王を倒したことを報告して回った。
世界中を回ることは必要ないのだが見て回りたかったという。
こうして平和を取り戻し、アースガルナの勇者としての旅は終わった。
彼女はこれから勇者ではなく普通の女の子として生活したいという。
しかしついにその願いが叶うことはなかった。
晩年のアースガルナは古城に幽閉され、彼女が望む普通の生活は夢の中へ消えていった。
アースガルナの死後、アースガルナの孫が戦争で混乱する国内の戦士たちをまとめあげて、建国するまでに至る。
その名はアースガルナ王国。
彼女は死後、聖女でありながら戦闘種族国家の象徴になる。
皮肉にもそれは一つの勇者国家誕生を意味し、聖女の国とは名ばかりのものに変わっていくのだった。