一つ屋根の下
前回から大分時間が経ってしまい申し訳ありません。気長にお待ちくださると助かります。
香ばしい匂いに釣られて青年は目を覚ます。よくよく考えれば実家の屋敷でそんな目覚め方をするはずもなく、すぐにここが他人の家なのだと気が付いた。少し固いソファだったので体のあちこちが痛む。のそりと起き上がると、頭の上の方に軽い衝撃を受けた。
「貴族ってこんな遅くに起きても怒られないの?」
トレイではたかれたのだと気づいても青年はぽかんとしたまま動けなかった。トレイを手に仁王立ちして青年を睨んでいたのは昨夜の少年によく似た少女だった。この辺りでは有名な修道院発祥の女学校の制服を着ている。
「君はあの子の兄弟か?」
「寝ぼけてんのか?この家に住んでるのはオレ一人だよ」
男言葉と少女の姿が余りにも似合わなさ過ぎて青年は頭痛を覚えた。少女は銀の髪を翻して颯爽と歩き出した。
「朝ご飯食べないの?お坊ちゃん」
「坊ちゃんではない!レオナルドだ」
「ならレオ坊ちゃんって呼ぼうか?」
「それでは乳母と同じだ!やめてくれ」
余りにも悲痛な声で叫ぶので少女は笑ってしまった。
「悪かったよ。貴族って嫌味な奴が多いけど、あんたは違うみたいだからついからかいたくなったんだ」
「私の家は王家とも繋がっている。品位を損なうような物言いはしない」
改めて見ると陽の光に照らされた金髪はよく手入れされているし、手荒れなんかもない。何より自信に満ちたその姿こそ、彼が生粋の貴族なのだと証明している。
「ごめん、ちよっと言い過ぎた」
「もう良いさ。君が名前を教えてくれればそれで」
なんだか下手な口説き文句のようだが、少女は黙って微笑んだ。貴族のくせに庶民とも対等に接する彼に興味が湧いてきた。
「カルロッタ。女は舟乗りになれないから、外ではカルロって呼ばれてる」
「我が国と周辺3国を建てた偉大な大帝の名だ」
少女はそう言われて誇らしげに歩き出した。祖父が付けてくれた名前の意味を思い出しながら。
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「今は祭りの時期だから学校は休みなのでは?」
学校までの道のりを並んで歩いていると、レオナルドが至極もっともな事を口にした。彼の家は学校までの通り道にあるらしいが、彼は校門の掲示板を見たことがないようだ。
「祭りの日に教会でバザーがあるから、そこに出品する物を作る予定なんだ」
カルロの通っている学校は教会に隣接している。子ども好きの初代神父の方針で学校と孤児院を運営しているのだ。
「何を出品する予定なんだ?」
「手袋とかマフラーを出すクラスもあるけど、うちはお菓子」
お菓子と聞いて微妙な表情を浮かべたレオナルドを見て、カルロは不機嫌になったようだ。
「今、似合わないとか思っただろ」
「違う、そうじゃない。折角だから君の作った物を買おうと思ったんだが、甘い物は苦手だから」
誤解させてすまない、とレオナルドが頭を下げたので、カルロも不問に処すことにした。
「甘くない物もあるから見てみなよ」
「そうすることにしよう。…あぁ、ここだ」
レオナルドが指差した先を見てカルロは絶句した。途轍もなく大きな門扉と、果てが何処なのかわからない程長い塀。そして門扉の飾りに書かれている家名。
「あんた、オルセオロ家の息子だったのか」
オルセオロ家はカスケードの実質的統治者ーー総督に何度も選ばれた名家中の名家だ。前回は別の家が選ばれたが、変わらず権力は強い。
「有名なのは父の方で、私はまだまだだがな」
「オレと同じだ」
カルロも同業者から祖父と比べられてうんざりした事がある。有名になるのも良し悪しだと親方も言っていた程だ。
「昨日は本当に助かった。今度は舟を利用させてくれ」
「代金はきっちり取るからそのつもりでね」
レオナルドが苦笑しながら家に入るのを見届けると、カルロも真っ直ぐに学校へ向かった。既に非日常へと足を突っ込んでいることなど全く気づかずに。
予告通りに人物紹介。第一回はこの方。
カルロ(カルロッタ)…17歳の舟乗り。女子であることは商会の中でも極少数しか知らない。伝説を持つ祖父を目指している。母親は北方の国の貴族出身なので、銀の髪に紫の瞳を持つ。寡黙な美人だが口を開くと辛辣。困っている人を放って置けない性格のせいで何かと面倒事に巻き込まれがち。
この主人公が幸せになれる…のか?はてさて。