花の三女神
「お前ら遅すぎんだろ」
あの後船着場で隠れていたミケーレを船に載せ無事脱出を果たしたのだが、当の本人は文句ばかり言っている。
「お前が逃走方法を事前に言わないからだろ」
「誤魔化すの大変だったんだぞ」
カルロの家で勝手にコーヒーを飲む二人組を睨みながら家主は紅茶を淹れている。母親の残した茶葉のストックは今でも少し残っており、カルロは好んでそれを飲んでいた。
「一番の功労者は俺だぞ。もっと労われよな」
ポンとレオナルドの方に平たい四角の箱を放り投げるので、彼は慌ててそれを受け止めた。
「落としたらどうするんだ!国宝なんだぞ!」
レオナルドが泣きそうになりながら叫ぶが、ミケーレは手をヒラヒラさせて首元を見せる。そこには件の首飾りが輝いていた。女物なのに男のミケーレが違和感なく身につけているのがカルロには腹立たしく思えた。
「問題はこれをどうやってフレイメントまで届けるかだな」
レオナルドが投げ返した空の箱を易々と受け止めたミケーレが呟く。今頃はマフィアも無くなった目玉商品を血眼で探していることだろう。港も封鎖されている可能性が高い。ああだこうだと角を突き合わせている二人を横目に、カルロはテーブルに置きっぱなしにしていた新聞を眺めた。カーニバルの盛況を伝える一面の端に花の三女神を募集する広告がある。カルロはそれを見た途端、ある事を思いついた。
「花船に乗る三女神に応募する?」
「カーニバルの最終日に出るアレか」
カルロは新聞を二人に見せながら頷く。カスケードでは毎年カーニバルの最終日に花を飾り付けた大型船を出す。その船に乗る三女神の役は公募で決まる。そしてこのイベントには毎年必ず大物が招待される。
「そういや今年は枢機卿が来るんだったな」
ミケーレが興味なさそうにクッキーを摘んでいる。カルロの母は熱心なエイレネ教徒だったので正直緊張するが、彼女には目的があった。
「私が出ることになったら、街中の水夫が協力してくれると思う」
水夫協会は長い間マフィアと対立しているが未だに問題は解決していない。カルロが関わってマフィアに一矢報いる事ができるかもしれないと分かれば、水夫たちは街を挙げて協力してくれるはずである。
「でもお前が女だって知ってるの親方くらいだろ。大丈夫なのか?」
「そこは何とか誤魔化す」
「おいおい…」
「そもそも何故三女神に出るんだ?」
レオナルドだけ事の需要性が理解できていないようで首を傾げている。大方イベントの時は来賓席で居眠りでもしていたんだろう。
「三女神の衣装はそれぞれ自前なんだよ」
「そこでこいつが首飾りのレプリカつけて出たら、マフィアは皆そっちに集中するだろ」
色味などは統一するが、基本衣装は自前だ。なのでカルロが模造品をつけて船の上に出れば、マフィアの意識がカルロに向く。その間に別ルートで本物をフレイメントまで送ればいい。単純な囮作戦である。
「カルロが危険じゃないか!」
「お前、三女神が乗るの船だってこと忘れてるだろ」
三女神が乗るのは港に停泊させている改造された大型船だ。ちなみに、普段小型ボートを愛用しているマフィア達は大型船への乗り込み方に慣れていない。一方、カスケードの水夫たちは閑散期には貿易船の水夫もこなすベテラン揃いである。
「カスケードの水夫舐めんなよ」
「水夫たちよりお前の方がよっぽど怖いわ」
レオナルドが両腕を摩りながら怯えているのを見て、カルロとミケーレは声をあげて笑った。
親方に三女神の応募について相談しに行ったカルロは、その場で面白い人材を得た。カスケード新聞社の若旦那である。
「おぉ、カルロッタ!大きくなったなぁ」
「おいやめろ、うちの子が潰れる」
元々豪快な性格の若旦那はカルロの父の親友で、カルロが生まれた時からいつもぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。親方が見かねて引き剥がしてくれなかったら、今頃ぺたんこになっていたと思われる。カルロは親方に首根っこを掴まれたまま、ふと思いついた事を尋ねてみた。
「若旦那って三女神の選出日も取材に来る?」
「勿論。親父と殴りあって勝ち取ったぜ」
新聞社の大旦那はまだまだ現役と言い張り、息子に家督を譲る気がない。記事の取り合いで今でもしょっちゅう喧嘩しているらしい。鍛え上げられた立派な腕を見て、カルロは呆れつつ渾身のおねだりをしてみる。
「私が選出されたら、綺麗に写真を撮って記事にしてくれない?」
「当然だろ!とびっきりの美人として紹介するからな!」
ジョリジョリの髭を押し付けられながら、カルロはひとまず目的を達成できたと安堵した。