事前連絡をください
「…ありえない」
後方で頭を抱えたレオナルドが呻くように呟いた。
気持ち的にはカルロも同様である。目の前で小切手をヒラヒラさせている元凶は鼻歌なんぞ歌いながら意気揚々とオークション会場へと向かっている。
「よくガードマンに追い出されなかったね」
「持ち物が護身用のナイフとハンカチでは疑えないからな」
レオナルドとカルロは遊技場でのアレコレを思い出していた。立て続けに勝ちを収めるミケーレに激昂した客が、彼の胸倉を掴み「イカサマだ」と叫んだ時には肝が冷えた。すぐさまガードマンがやって来てその場で彼の持ち物を確認したが、出てきたのは前述の通り。イカサマに使える物は何もないということで勝ち金を手に出てきたのだ。
「俺には幸運の女神がついてるからな」
そう言ってミケーレは首から下げていたネックレスの先に口付けた。何かのコインの様だった。
「さて、こっからは戦場だ」
「は?おい!」
ミケーレは突然小切手をレオナルドに押し付けると、会場の前で踵を返した。
「健闘を祈るぜ、騎士殿?」
それだけ言って男は忽然と姿を消した。
オークション会場は既に熱気に満ちていた。レオナルドの後について歩くが、小柄なカルロにはかなりの苦行だった。
「もう売れちゃったとか無いよね」
「ミケーレも言っていたが、あれは恐らく最後の方にしか出さないだろう」
先に指示があったのか出口に近い所に陣取る。カルロは動きやすいようにスカートの裾を縛っておいた。すると、カンカンと木槌を叩く音が会場中に鳴り響いた。
「お待たせいたしました!お次は本日の目玉、花の首飾りでございます!」
司会が大声で紹介した物は、花の名に相応しくダイヤを散りばめた豪奢な首飾りだった。正直重そうである。
「あれ?」
「あれだな…」
レオナルドが遠い目をしながら首飾りを見つめている。恐らくこの騒動を生み出した従姉のことを思い浮かべているのだろう。次々と目玉が飛び出るような金額が叫ばれカルロはその音量に耳を塞いだ。レオナルドは小切手を握りしめ手を挙げるタイミングを計っているようだ。もうそろそろかとカルロが思った途端、入口のドアが勢いよく開かれた。
「おい何事だ!」
「火事です!急いで避難を!」
飛び込んできた男が言い終わる前に辺りは騒然となり、客は一斉に入口のドアに向かって駆け出した。マフィア側も大物顧客たちを失うのは避けたいらしく、真面目に誘導している。
「これアイツの作戦?」
「あぁ、見ろ!舞台の上」
客たちに押されながら移動していると、レオナルドが首だけで舞台を指した。誰もいなくなった舞台の上のショーケースは空になっていた。
「小切手の意味ないじゃないか!」
レオナルドは呻くと同時に小切手をぐしゃりと握り潰した。奴曰くこれは「敵を欺くにはまず味方から」ということなのだろう。案の定ドアを出たところで叫び声が聞こえた。「賊だ!追え!」
ガシャン、という大きな音とともに黒い影が廊下のシャンデリアを次々と飛び移っていく。マフィアも銃で撃ち落とそうとしているが、会場から出てきた客でごった返す中発砲したら流れ弾で死者が出る可能性があり二の足を踏んでいた。
「カルロ、こっちだ」
レオナルドに腕を引っ張られ向かったのは清掃控室だった。2人は中に入り清掃員の作業着を拝借し、何食わぬ顔で外へ出る。
「そこのお前たち、何をしている」
すぐに呼び止められたが、レオナルドが前へ出てバケツと消化器を見せた。
「火事だから火消しを手伝えって言われたんですけど」
「それならあっちだ!さっさと行け」
廊下の奥を指さしマフィアの男は2人を追い払った。ここの人間はもう少し疑う事を覚えた方がいいんじゃないかとカルロは嘆息する。
「レオもすっかり悪知恵が働くようになっちゃったね」
「うるさい」
悪態をつきながら先を行くレオナルドの後をついて、カルロも笑いながら本来の目的地へ向かった。