潜入開始
カーニバルの時期はどこもかしこも明るく、普段は夕方で閉まるカフェなども深夜まで開いている。街中で楽隊が演奏する中、一歩裏通りに入れば途端に暗く静かになるのが不気味なくらいである。水路も同じで、夜間運行はほとんどしないからかなり空いていた。
「親方にばれたら減給どころじゃすまないぞ…」
「諦めろ。もうとっくに舟は動き出してんだから」
暗いので分かりづらいが、掛け布の下にはレオナルドとミケーレがいる。彼らはこのまま運搬舟としてある屋敷に忍び込むのである。ちなみに、載せてある積み荷の酒はミケーレが用意した。が、そもそもどこで調達したのかは皆目見当がつかない。相変わらず謎の多い男である。
「ブルネッロにバローロ…おい、何本持ってきた?」
「知らん。倉庫にあるだけ買い占めたからな」
レオナルドの溜息も分かる気がする。見るだけでも分かる高級品を載せているのだ。最悪男二人が落ちても酒だけは死守しないと。
「おい、物騒なこと考えるなよ。酒はあくまで囮だ」
「分かってるよ」
この男、読心術でも持ってるんじゃないかとカルロは悪態をつきたくなったが、目的の物を見つけてそれはやめた。趣味の悪い紫の薔薇に銃の紋章だ。
「着いたぞ。静かにしてろよ」
波を極力立てずに水門に入る。脇には搬入用の船着場がある。荷物を確認する係はこちらをちらと見ると、手を差し出してきた。
「身分証と積み荷一覧を」
あらかじめ用意されていた物を手渡す。男は身分証を見、こちらの姿を見ると訝しげな顔をした。
「新人か?随分若いが」
「カーニヴァルが盛況すぎて人手が足りないんだ」
「こっちも同じだ。待ってろ、荷を下ろす人間を連れて―」
「――その必要は、ない」
男が背を向けた隙をついて、ミケーレが男の首に針を打ち込んだ。
「なっ、が、あ…」
男は何事か呟くと、ふらふらと床に倒れこんだ。
「お、おい死んでないよな」
「寝てるだけだって。ま、朝までぐっすりだろうが」
慌てて出てきたレオナルドもほっとしたようだが、正直この辺りの段取りは教えておいて欲しかった。傍で見ている側は非常に胃が痛い。
「さて下男の振りして酒運ぶか」
ミケーレは着ていたジャケットを船に放ると、シャツを着崩しベストを身に着けた。髪を軽く崩せば多少見目の良い下男にしか見えなかった。一方、どうしたって下男に見えないレオナルドは給仕の格好をしている。
「この酒どうするんだ」
「囮だって言っただろ。ここに置いていく。必要なのはこれだけだ」
そう言ってミケーレが取り出したのは後で着替える衣装と何かのケースだった。レオナルドは目を丸くしていたが、カルロにはさっぱり分からない。何かを察したらしいレオナルドがミケーレの腕を掴んで引き寄せ、小声で何やら話し始めた。二人が話している間船がすぐにでも使えるよう整えていたカルロだったが、ふと二人の姿を見て同級生たちが騒いでいた内容を思い出した。
『麗しい殿方が二人も並ぶと、周りに花が舞って見えるわね』
『そうそう。軽く言い争っていても、恋仲のじゃれあいにしか見えないのよね』
どうやら女子には二人が男性同士の恋愛小説の登場人物のように見えているらしかった。確かに、そういった本の表紙を飾れるぐらいの容姿なのは認めるが…。
「…いちゃつくなら余所でやってくれよ」
カルロがそう言って二人の間を通り抜けると、一瞬固まった二人はすぐに「誰がいちゃついてるって⁉」と小声で叫んでいた。息ぴったりなのに認めないところも含めて、カルロは溜息をついた。