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潜入前
暗闇に紛れて一艘の舟が水路を進んでいく。漕ぎ手は小柄で、狭い水路を巧みに移動していた。しばらく進むと、舟の座席に掛けてあった布が動き、中から男の声が聞こえた。
「おい、あとどのくらいだ?」
「もう手前まで来てる。大人しく積荷の中に隠れてろよ」
まだあどけない高めの声で漕ぎ手は返答する。すると二人の会話を聞いて、布の下からもう一人分の声がした。
「上手くいくだろうか…」
「当然だ…と言いたいところだが、向こうも素人じゃない。気を引き締めてかかれ。ーー特にそこのお前」
靴を軽く突かれて漕ぎ手は身を震わせるが、それでも舟を操る技術は微塵も乱れない。
「大股で歩くなよ、口を開くのも禁止だ。黙って微笑んで立っているのが今日のお前の仕事だからな」
自らに課せられた重役を思い出して漕ぎ手はため息をついた。次第に辺りの照明が増してくると、布の下は静かになった。
「行くよ」
漕ぎ手はそれだけ告げると、薔薇の看板が提げられた水門へと舟を進めた。
かなりの遅筆となりますが気長にお待ちください。作品中で見憶えのある地名描写があってもスルーでお願いいたします。






