四十三話→髪
優月さんとの一時は通り雨がごとく過ぎさり、午後の目玉は体育の授業。
雨が依然として屋根を打ちつづけている体育館で、僕は肩身の狭いバドミントンに勤しんでいる。バスケットボールやバレーボールで汗を流す生徒に隅へ隅へと追いやられて。ネットも置けないので、半ば羽子板のような状態である。
僕の相手をしてくれているのは例のお隣さん。
加邉といえば高い体躯が災いしてバレーボールに引き込まれていた。スポーツはあまり好まないわりに、平然とシュートを決めているあたり奴は左利きなのかもしれない。でも箸は右手で持っていたような気がする。統計はあてにならない。
お隣さんはラケットの扱いに慣れていることは自負しているらしく、僕に合わせてくれている。シャトルを取り落とすことがあるとすれば、その九割は僕。一割というのも、僕が誤ってあらぬ方向に打ち返してしまった場合。とはいえ、変哲のないラリーばかり繰り返していれば、僕のとろい目でもシャトルは追えるようになるもので。
「お、綺麗に返せたね」
子供に教える親のような褒め言葉が聞こえるたび、飛んでくるシャトルは次第にこちらの虚をつくようになってきた。
こうして二人でバドミントンを始めたのがお隣さんのご希望だったこともあり、本人はとても愉快そうにはしゃいでいる。僕もラケットに振り回されながらも、それなりの充足感は感じていた。
気になることがあるとすれば、そんな僕に刺さる複数の視線。もはや気にすることにも飽きてしまったが、今回の僕はそれにわずかばかりの興奮を感じ取った。
その原因は、たったいま僕の後頭部で激しく揺れているわけで。
お隣さんから頂いた例のプレゼントを持て余すのも忍びなく、早速使わせていただいている次第なのである。
「やっぱり……、なんで似合っちゃうかな」
そんな小言が聞こえてくる昼下がり。
僕が知りたいですよ、そんなこと。
いい加減、小さな獲物を追う目も疲れてきてしまった。
「バレーにしない?」
安定した軌道で飛んできたシャトルを手でキャッチし、ラケットと一緒に片して提案した。隣人さんは快く頷いて、ボールを取りに駆けていった。
彼女は僕と時間を潰せるならそれでいいらしい。席を隣にしているよしみもあるだろうが、一番の理由を挙げるなら僕をかわいがりたいだけなのだろう。
ここ一週間そこそこで精神が超回復を繰り返した僕は、そう思っているのが隣人さんだけに限らないことも、嫌というほど察していた。
「せっかくだし、みんなでボール回す?」
とうとう躊躇いを忘れてしまった足で花園に近づき、微笑をもって誘った。数人の女子は少し面食らった様子だったが、次の瞬間には喜色満面。その場にはすぐさま輪ができあがった。
そこへボールを持った隣人さんが戻ってきて、適当にパスした。
ボールは輪の中で弧を描いたり、暴れたり、時には輪を抜けて飛んでいったり。僕はどちからといえばふっとばしてしまう側だったが、それでも周りの女子たちは絶えず笑顔を湛えていた。
ムードメーカーにでもなったような気分だ。僕が気さくに振る舞えば、みんなもも楽しそうにしてくれる。
当の僕もまた、はしゃいでいた。女子たちに褒めてもらった髪を精一杯に揺らして。
心の底から楽しそうに。