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二十六話→ついで

 西に傾きつつある夕日が窓をはさみ、窓際の僕に降り注ぐ。逃れるように、鞄を肩に机とクラスメイトを掻き分けていそいそと教室を出ようとする僕に、クラスメイトから別れの挨拶が投げかけられる。


「ばいばい、新立君!」

「うん、さよなら」


 今朝の一幕があってからというもの、クラスメイトの(主に)女子たちからやたらと視線を浴びせられるようになった。それも、目尻の下がりきった眼で。朝以降の接触は、僕の精神が持たないのもあり、理由をこじつけてお断りしたが。順番待ちも辞さない姿勢でいた熱狂者にはちょっとだけ悪いと思う。

 それに反比例して、男子たちからは妬ましげに接されるのである。敵視まではされないが、なんとなく無愛想な態度で通されることがある。とはいえ、僕が機転を利かせ、想い人がいるようなら本人から個人情報をそれとなしに聞き出してみることを提案すれば、次の瞬間には手のひら返して謝礼まで考え始めるような調子のいい連中ばかりだが。

 そんな様子を、外野から眺めていた人物もいたようで。


「……じゃあな、新立」

「う、うん。じゃあね」


 教室を出ようと僕が開けた扉の脇に立っていた加邉と目が合い、互いに小声を交わす。加邉は達者な仏頂面を顔に貼り付け、どこか怪訝な目つきで僕を見つめている。他のクラスメイトのそれとは訳が違う視線に耐えかね、僕は彼に背を向けて足早に去った。

 伊達に観察が趣味じゃないらしい。周囲はイメチェンと認識している僕の変化が、加邉にとっては引っかかるみたいだ。人間という種において、普通なら不変である性別。それを疑うまではいかないだろうが、新立吉海の変容が見た目の一部に限らないことに気付きつつある可能性はある。

 だからといって、僕に何が出来ようか。

 露骨に否定すれば、かえって懐疑心が膨らむというものだろう。かといって、訝っている相手をさりげなく誤魔化せる事実でもあるまい。

 ひとまずは、注意するべきだろうか。



 優月さんの家庭において、親は日ごとに帰宅する時間帯がまちまちらしい。お兄さんも、研究職なだけあって、こないだのように夕方に帰ってくることすら極々稀なんだとか。ゆえに、優月さんが洗濯したり夕食を作り置きしておいたりすることはままあるらしい。


「すみません先輩」

「いいよ別に。送ってもらう方がむしろ悪いくらいだし」

「距離が距離ですからね。子猫さんたちと会えるのが先延ばしになるのは残念ですけど──それでは、急ぎますね」


 今日がその日であったらしく、晩の家事を頼まれていたことを思い出したという優月さんは、申し訳なさげに僕に頭を下げてから小走りで先を急いでいった。これで、彼女が子猫たちと戯れるのは明日になった。少しずつ小さくなっていく彼女の背中を見つめているうちに、無意識に自分の足も慌てそうになるのを堪え、隣に人肌の無い帰り道にすこし寂しさを覚えながら僕はゆっくり歩を進める。

 付き合い始めて一週間にも満たないというのに、ちょっと横に視線をずらせば恋人がいる状況が僕のあたりまえになってしまったようだ。頼りがいのある人なだけに、自制しなければどうしても縋ってしまうのである。おまけに、こちらが遠慮しなければ尽くせるところまで尽くす人だから、周りが見えているかどうか時おり心配になる。


「まあ、そんなことはないか」


 優月さんのことだから。

 しばらく帰路を歩き続けて、我が家は目前。はやく休みたい足が僕を急がせる中、我が家の玄関から出てくる影。すぐ検討がついた。近寄ると、向こうもこちらに気付いたようで、腕にぶら下げたバッグを揺らしながらこちらへ駆け寄ってきた。


「おかえり、吉海」

「ただいま。買い出し?」

「そうそう。メニューはこれから考えるつもりだけど、吉海もついてくる?」


 少し迷ってから頷き、姉に並んで歩きはじめる。家を通り過ぎ、先のスーパーを目指す。


「ハンバーグがいい」

「食べれる?」

「食べれるよそれくらい、……小さければ」


 あははと笑う姉の横で、やたら小さくなった胃が恨めしくてお腹をさする。


「ところでどう、学校は?」

「……みんな、気分転換くらいに思ってくれてる」

「それならいいんだけど」


 戸籍上における僕の性別は、彼らにとって疑いの余地のない情報である。僕自身、男として生まれ、れっきとした男として育ってきたのだから。なればこそ、たしょう僕の見た目が中性寄りになったとしても、それがあくまで"表面だけの変化"と信じて疑わないのは当然。然り。


「でもさ、現に神奈ちゃんは見抜いちゃったわけだし」


 そう、優月さんは一目で僕の性転換を見抜いた。また、それは血の繋がった家族である姉も同様である。

 いくら僕が目立たない存在であっても、気付く人間はいるのだ。それが家族であり、優月さんだった。

 また、気付いていない人間の中でも、気付きつつある人間がいる。

 僕のクラスメイトの一人──加邉善博という存在。

 クラスメイトの中でいえば、比較的親しい関係といえる。高校に上がってからの付き合いだが、三年通して同級生なのもあって、学校での会話にとどまらず、何度か校外で遊んだこともある。

 そのような関係なのだ。

 いまの僕から、やましさを感じ取るのも無理ない。

 家族、優月さんについで、性転換を悟られるとしたら──加邉なのかもしれない。

 まあ、だとしても。


「……そのときは、そのときだよ」


 悩みがあるなら言えよ。

 そう言ったのはお前なんだからな──加邉?

 そうそう言い出せることじゃないけれど──僕がうっかりしちゃったときには、驚くなよ。


「……そのときだから」


 もし驚こうものなら、お前は女の子を泣かせる羽目になるんだからな。

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