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二十二話→誇り

 猫を思う存分撫で、ふと時計を見ると就寝時間はそろそろだった。

 今晩は、この拾い子たちに時間を奪われてしまったわけだが、むしろ一生すら奉ってもいい気分だ。そう思えるほどの魅力が猫という動物にはあり、その溢れんばかりの魅力が魔力とも言われる所以だろうか。とにかくいと美しき彼らは、すっかり里親に懐いているようだった。白いお腹が丸見えですよ。


「僕、この子と寝るね」


 引き取った子猫は二匹だが、一度に拾ったので親は一緒なのだろう。故に、二匹は双子で、顔も体格も瓜二つ。見分け方をいえば──背中の茶色の濃さ。二匹揃って、背中は楕円形な茶色に染まり、それ以外は真っ白。

 中でも僕を好いてくれているらしいのは、茶色が薄い方。濃い方であるもう一方の猫は、姉に懐いているらしい。

 僕は、僕から離れようとしないその子を抱きかかえ、寝室へ向かう。

 "この子"と呼んだところで、ある大事な事に気が付いた。


「名前、どうしようか」

「ん……まあゆっくり考えようよ、明日」


 それにしても、と姉は僕に向かって口を尖らせる。


「一回くらい、私と寝てくれてもいいでしょ?」

「……やだ。絶対なにかするでしょ」


 姉は大きく首を横に振る。

 ここまで必死な姉を見るのは久しぶりである。


「ちょっとくらい恩義感じてくれてるんだったら、きょう神奈ちゃんと話してたときに考えてくれててもおかしくないじゃない」

「あーたはエスパーですか!?」


 なんで地味に的中してるの。


「あれ、適当に言ったんだけど──ほんとに思ってたんだ」


 誘導尋問って反則だと思うんですよ僕。

 姉は好機とばかりに、僕に迫る。


「なら、いいでしょ?」

「うぐっ」


 僕はたじろぎ、思わず息を喉に詰まらせて変な声音を出してしまう。

 たしかに、それで姉が満足してくれるのなら悪くないとも思った。姉もこうして期待しているのだから、僕が一緒に寝れば、姉は恩を返された気になってくれるのだろう。やる事はなにより簡単なので、僕としても苦労はない。

 真剣な瞳を見る限り──何かする気というのは僕が添い寝を拒む口実にしているだけで、姉は寝てる僕に悪戯をする気は毛頭なく、純粋に僕と寝たいだけなのだろう。しかしながら考慮して頂きたいのは、僕は身体は女であれど精神は男のままなのであって、おまけに多感なお年頃なので、血の繋がった実の姉といえど女性と一緒のベッドで寝るという出来事に対して思うところがたくさんあるのだ。

 自己防衛の一つもできず、なにより孤独が怖かった幼少期は、添い寝どころか何をするにも姉が傍にいてくれなければ落ち着かなかった。しかし今となっては、傍にいてくれた方が落ち着かない場合もあるのである。要するに、思春期とは複雑なのである。


「……姉ちゃんにだって、その子がいるでしょ」

「だから、二人と二匹で寝ようってこと。私は何もしないし、吉海だって何かできるわけでもないし」

「そんなに僕と寝たいの?」

「お姉ちゃんはとびきり可愛い妹と本気で寝たいです」

「……はぁ」


 僕はため息を吐き、リビングを出る。

 明確に拒否をしたわけでもない僕の様子から、ついに観念したと察したらしい姉は、嬉しそうに鼻歌なぞ奏でながら僕の背中についてくる。階段を上がり、僕の部屋へとたどり着くと、僕はいったんベッドに腰を掛け、姉を指差していちおう忠告する。


「朝になって僕の身に何か起こってるようだったら、二度と一緒に寝ないからね」

「大丈夫よ、任せなさい」


 任せろも何も、何かを任せたつもりは無い。


「……全く、ほら」


 ベッドに横たわって端の壁際に寄ると、被った毛布を煽り、姉に入るよう促す。姉はいかにも嬉しそうに僕のベッドに侵入し、仰向けになって僕に肩を寄せる。


「ほんと、久しぶりだね──一緒に寝るの」

「……うん」

「吉海が大きくなったからかな、ちょっと窮屈」

「……うん」


 姉のささやきに頷きはするが、目は合わせられない。

 ふと足元に暖かい感触がやって来た。それは隣も同じなようで、姉は毛布に潜り込んでもぞもぞしている小動物に笑いかけている。


「くすぐったいから、そんな動かないでよ」


 子猫たちはしばらく毛布の中で動き回った後、僕と姉の脇へやってきて、そのまま寝息を立て始める。


「ほんと気ままだね」

「……そうだね」


 くすくすと笑う姉に釣られ、僕も笑みがこぼれる。不意に、唇に何かが当たったかと思うと、それは姉の指だった。


「笑った」

「…………?」

「女の子になってからの吉海って、本当に見せてくれなかったよね。なんていうか、混じりけの無い笑顔っていうか」

「…………」

「でも、今日は笑ってくれた。安心した──私も、きっと神奈ちゃんも」


 姉は僕に身体を向けるように寝返り、僕を見ると、誇らしげに微笑む。


「私のおかげかな?」


 今日、姉の腕の中で泣いたこと。

 たしかに、それはきっかけと言える──僕が、性転換を踏まえて考えるべき物事と、性転換を踏まえずに考えるべき物事とを分別する、そのきっかけに。

 性転換してしまったのだから、生活は身体に合わせて変えなくてはならない。衣服は性別に合わせ、用を足すにも体を洗うにも、勝手を知らなくてはならない。生理にまで訪れられてしまった僕は、男の頃は知らなかった種類の我慢を覚えなくてはならない。

 性転換したところで、僕が恋人の傍にいる権利は消えない。交際の問題が生まれる根本は別にあり、またそれですら、優月さんという寛容なお人は許容されている。故に、僕が優月神奈を好きになったところで、神様にだって咎められる筋合いは無いのだ。

 つまりは、そういう事。

 いくら非現実的といえど、起こった以上、性転換は一現象に過ぎない。事実は小説より奇なりというように、この世のなか何が起こってもなんら不思議ではないのだ。とんだ妄想でも、それがこの世に存在する人間の想像である以上、それはこの世の範疇にある。人間ごときが、この世を超えることは決して無い。

 とはいえ、突発的な性転換が珍しいどころの話では済まないのも事実である。

 手術により、憧れていた異性に成り果てる人もいるが、僕の場合はそうではない。その日は熱を治したくて、普段より一時間ほど早くベッドに入って、翌日の朝にはようやく熱が治ったかと思いきや、こんなことになっていたのだ。何もかもが不本意なのだ。

 不本意が故に、現状を受け止めきれずにいた。今日のあの時までは。

 本来なら訪れるはずのなかった生理が訪れ、あまりのショックにその場で倒れ、姉の膝の上で目を覚まし、涙をこらえ、こらえようとした涙を姉に流すよう仕向けられた──あの時、心を塞ぎこんでいた何かがようやく外れ、性転換という事実が滑り込んできたのだ。

 すると、優月さんは『また可愛くなりましたね』と言った。

 複雑だったが、そんな彼女の言葉こそが、僕が少しでも成長した証でもあるような気がするのだ。

 からかい混じりに褒められたその後、迷った末に、僕はまた優月さんに笑みを見せていた。

 それに返してくれた彼女の笑顔は、さも誇らしげに見えた。

 そしていま、僕の微笑を見た姉も、やはり誇らしげなのである。

 誇りは自信の表れというが、二人は、いったい何に対して自信を抱いているのだろう。

 

 ──なんとなく、わかっている。


「うん。姉ちゃんのおかげ」


 ──否、はっきりと。


「ありがと」


 性転換して尚、心から笑う僕の可愛げ。

 二人は、それが計り知れないことに、自信を抱いているのだろう。


「……そっか」


 僕が笑顔でお礼を言うと、姉は少し、照れ気味に頷いた。


「それ、神奈ちゃんにも言ってあげてね」


 いざ本心を告げられると気恥ずかしかったのか、姉は半端に相好を崩す。

 でもその顔は、やっぱり誇らしげだった。

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